サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
縫いの幕の内側は、音が少し遅れて聞こえる。自分の呼吸が、半拍遅れて胸に返ってくる。青子の糸が俺の胸の継ぎ目を押さえたままだから、アーマード・ダークネスは静かだ。静かであるほど、俺は逆に神経質になる。漏れない闇は安全じゃない、漏れたがって暴れる直前の沈黙でもある。残量が減っている直感が、喉の奥で砂みたいにざらついて、時間の代わりに焦りだけを増やす。
「正面からやろうぜ。変な小細工は抜きだ」
黒い衣装の男――Ⅳが、肩を軽く回して言った。口調は気安いのに、立ち方が戦闘者のそれだ。重心が踵じゃなく母趾球に乗っている。視線が剣先じゃなく“次の一歩”を見ている。軽口を叩きながら、もう間合いに入る準備ができている。
「その台詞、信用していいのか?」
「信用しなくていい。ただ、俺は斬り合いが好きなだけだ。……君もだろ?」
好き、というより、必要だから斬る。そう言い返すのも癪で、俺は刀を呼んだ。闇の刃は薄い。輪郭だけの約束。縫いがある以上、濃くすれば漏れる。漏れれば吸われる。吸われれば、また“相手の都合の強化”が始まる。だから薄く、短く、速く。勝つためじゃない。終わらせるために振る。
「来い」
「遠慮なく」
Ⅳが滑るように踏み込んだ。右手に握られた剣が、妙に自然に見えた。元からそこにあるべき道具を、やっと持ったみたいに。初太刀は縦。俺は受けずに外す。受けると衝撃が縫い目をきしませる。きしめば漏れる。だから外す。外した刃が俺の肩口を撫で、黒い霜が一瞬だけ舞った。
キン、と乾いた音。二太刀目は横薙ぎ。俺は半歩だけ入り、刃の腹で押し返して間合いを殺す。押し返した瞬間に三太刀目が来る。速い。速いくせに無駄がない。遊びがない。遊びがないから、遊びの言葉が余計に腹立つ。
「いいね、その我慢。闇、漏らさないのか?」
「漏らしたら、お前が喜ぶだろ」
「喜ぶね。だから漏らせって言ってる」
会話の軽さと斬撃の重さが釣り合っていない。釣り合っていないのに、噛み合っている。噛み合っているのが嫌だ。俺は踏み込みを短く刻み、刃を最短距離で往復させる。剣術ってのは、派手に見せるほど時間がかかる。時間がかかるほど残量が削れる。削れた先にあるのは、勝利じゃなく暴走だ。
Ⅳはわざと一度、剣を引いた。引いたのは退いたんじゃない。寄るための引きだ。次の瞬間、彼は距離を詰め、鍔迫り合いの圧を作ってきた。腕力じゃなく体重の乗せ方が上手い。俺の刃が押し負けそうになる。押し負けると、胸の縫い目に無理がかかる。縫い目が鳴る。鳴れば青子が締める。締められれば動けない。動けない瞬間に、こいつは“何か”をする。
分かってる。分かってるのに、止めきれない。止めるには、俺が相手を押し返すしかない。押し返すには、闇を足すしかない。足せば漏れる。漏れれば吸われる。詰んでる、というほどじゃないが、嫌な方に誘導されている。
「太郎!」
青子の声が飛んだ。援護射撃じゃない、注意喚起だ。次の瞬間、俺の胸の継ぎ目が“ちくり”とした。痛みというより、違和感。縫いとは別の、薄い何かが装甲の隙間に貼り付いた感触。
Ⅳが俺の耳元で、囁くみたいに言う。
「ごめん。小細工、抜きって言ったのは嘘だ」
「……ッ!」
俺は反射で肘を入れた。Ⅳはそれを受け流しながら一歩引く。引き際が綺麗すぎる。最初から、ここまでが動線だったみたいに。俺は刃を振り直し、距離を作りながら胸の違和感に意識を向けた。薄片。栞。あのとき落とされた、あの“目印”。
「青子、見えるか」
「見える。貼られた。……反応してる。これ、記録してる」
最悪だ。闇を漏らさないために縫われているのに、縫い目の外側に“観測口”を作られた。俺の動きが、戦いが、全部ログになる。ログになれば、次はもっと対策される。次はもっと、俺の残量を削る形で来る。
「なんだよ、それ」
俺が吐き捨てると、Ⅳは肩をすくめた。剣先は下げない。下げないまま、余裕だけ見せる。
「保険だよ。君って、同じ失敗をしないタイプだろ? なら俺も一回で覚えたい」
「覚えるのは勝手だ。……今、剥がす」
「剥がせるなら剥がせ。剥がしてる間に、斬るから」
理屈は簡単だ。剥がすには手を離す。手を離せば斬られる。斬られたくないなら剥がせない。剥がせないなら記録される。記録されたくないなら短期決着。短期決着するには出力が要る。出力を上げれば闇が漏れる。漏れれば吸われる。吸われれば長引く。長引けば終わる。綺麗な地獄の円環だ。
俺は舌打ちを飲み込んで、剥がす手順を捨てた。代わりに剥がす“瞬間”だけを作る。瞬間を作るには、相手の視線と刃の両方をずらす。ずらす役は、俺じゃない。
「青子、スナップ。右肩の外側、ゼロ・コンマでいい」
「了解」
青子の魔弾が、乾いた音もなく飛んだ。火力じゃない。圧でもない。狙いはⅣの“目”。ほんの一瞬、視線がそちらへ引かれる。剣の軌道がゼロ・コンマだけ外れる。そのゼロ・コンマが、剣術では一秒になる。
俺は踏み込んだ。薄い闇の刀を、さらに薄くする。刃というより線。線のまま、Ⅳの剣の内側へ潜り込む。鍔が当たる寸前、俺は手首を返して“押す”のではなく“滑らせる”。滑らせた刃がⅣの手元をかすめ、彼の剣先がわずかに下がる。下がった、その瞬間だけ。
俺は左手を胸に走らせ、栞を掴んだ。薄い。薄すぎる。紙じゃない。カードでもない。皮膚に吸い付くフィルムみたいにぴったり貼り付いている。
「……剥がれろ!」
剥がれた。半分だけ。半分だけ剥がれた時点で、Ⅳの剣が戻ってくる。戻る速度が早い。さっきのスナップを、もう“学習”しているみたいに。俺は左手を引っ込めざるを得なかった。剥がれた薄片が、ぶら下がったまま揺れる。まだ記録が続いている気配がする。ぶら下がっている分、余計に嫌だ。
「惜しい」
Ⅳが笑う。笑いながら斬ってくる。斬ってくるくせに、どこか楽しそうだ。楽しそうなのが腹立たしい。だが腹を立てたら負ける。怒りは闇を呼ぶ。闇は漏れる。漏れた闇は、相手の餌になる。
「太郎、今のままだと……」
「分かってる。長引かせない」
残量の直感が、また削れた。短いのに、苦しい時間が延びている。以前より耐えられる。耐えられるから、余計に削られる。削られるのが分かるから、焦る。焦りが闇の手を引く。引かれる前に、俺は決めるしかない。ここで勝つ。勝ち方は、“派手に勝つ”じゃない。“終わらせる”だ。
Ⅳが踏み込む。俺も踏み込む。刃と刃がぶつかり、火花じゃなく黒い霜が散る。俺は薄片がぶら下がる胸の違和感を無視して、目の前の剣だけを見る。目の前の剣だけを見ることで、余計な物語を切り捨てる。王様ごっこは後でいい。今は剣だ。
「いい顔になったな」
Ⅳが言う。言いながら、剣の角度が変わる。さっきまでより深く、俺の内側へ入ろうとしてくる。俺の縫い目を裂く角度。裂かれたら終わる。終わる前に、終わらせる。
「お前は、喋りすぎだ」
「喋らないと退屈だろ?」
「退屈でいい。俺は“結果”だけ要る」
俺が言い切った瞬間、Ⅳの笑みが少しだけ薄くなった。感情が動いた。今だ。俺は足を一段だけ前に出し、刃を最短で振り下ろす――のではなく、振り下ろす“ふり”をした。誘い。剣術の中で一番嫌いな、でも一番効くやつ。Ⅳの剣が上がる。上がった瞬間、俺は刃を返し、線のまま胸のぶら下がった薄片へ当てた。
紙を切る音がした。薄片が、落ちた。
落ちた瞬間、空気が軽くなった気がする。記録の視線が消えた気がする。気がするだけかもしれない。だが、その“気がする”が、次の一太刀を真っ直ぐにした。
Ⅳが一瞬だけ目を細めた。その一瞬が、戦いの始まりを告げる合図みたいに見えた。
「……へえ。やるじゃん」
彼の剣が、今までで一番静かに構えられた。軽口が消え、身体の芯だけが前に出る。俺たちは互いの名前も、互いの正体も、まだ何も知らないまま、ただ“斬り合う”ための距離に立っている。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア