サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
薄片を斬り落とした瞬間、空気の重さが少しだけ軽くなった気がした。気がした、で済ませたくないのに、こういうときほど確信は形にならない。確かなのは、俺の胸の縫いがまだ生きていることと、残量が砂みたいに減り続けていることと、目の前のⅣが「次の手」に移った時の顔をしていることだ。軽口のまま剣を構えるくせに、重心は一ミリも遊ばない。遊ばない重心は、嘘をつかない。こいつはここから“本気の勝ち方”を選ぶ。
「いいね。邪魔は消えた」
「次は何だ。まだ小細工の続きか」
「小細工? 違うよ。手段を変えるだけだ」
Ⅳは笑って、剣先を少し下げた。斬り合いの最中に剣先を下げるのは、普通なら隙だ。だが隙ってのは“こちらが殴れる距離”にあるときだけ隙になる。距離がないなら、それはただの合図だ。
剣先の下がった手で、Ⅳは懐から一枚のカードを摘まみ出した。紙じゃない。光を噛むような、妙に硬い輪郭。指の動きが、遊びじゃなく儀式のそれだ。俺の中の闇が、嫌な記憶を掘り返す。天界で、世界にいないはずの“眼”が現れたときの、あの匂い。
「……それは」
「観客を増やそう。二人きりだと、君が息をつく暇ができる」
カードが、空中でひらりと回る。落ちるはずのカードが落ちない。見えない糸に吊られたみたいに、その場で止まり、縫いの幕の内側の空気だけを歪ませた。次の瞬間、カードの縁が裂けるように開き、裂け目の向こうから“何かの輪郭”が押し出されてくる。黒い霜が一気に増え、床に円形の凍結紋が刻まれた。
「来い。――解放」
裂け目から出てきたのは、四足の獣だった。毛並みではなく、氷晶みたいな外殻。骨格だけが剥き出しのように細いのに、存在感だけが異様に重い。口を開けると息が白くならない。白くならない代わりに、吐息の形で黒い霜が“落ちる”。落ちた霜が、地面を舐めるみたいに伸びていく。こいつがいるだけで、幕の内側が冷凍庫になる。
俺は一歩前へ出た。最前線は俺の仕事だ。青子と絶花の立ち位置を守るための距離を、俺の身体で作る。剣術は間合いの学問で、王様ごっこは間合いの責任だ。
「青子、あれの“核”を見つけられるか」
「見える。心臓じゃない。喉の奥、光ってる。……嫌な光り方ね」
「マーキングだけでいい。壊すのは俺がやる」
「了解。スナップで印をつける」
青子の魔弾が、音もなく走った。派手な爆発じゃない。熱でもない。指先で空間を弾いたみたいな速度だけがあって、獣の喉の奥に小さな“点”が灯る。目印。狙いを一本に束ねるための点だ。絶花が外周の封鎖と避難状況を確認し続けている気配が、背中から伝わる。俺がここで踏み外したら、幕の外の誰かが踏み外す。だから踏み外さない。
「さあ、忙しくなるよ」
「忙しいのは嫌いだ」
Ⅳの剣が来た。獣の影に紛れて、鋭く、迷いなく。俺は受けない。受けると縫いがきしむ。きしめば漏れる。漏れれば吸われる。吸われれば、こいつらはもっと増える。だから外す。外す代わりに刃の線で答える。薄い闇の刀を、さらに薄くする。線にして、相手の剣の内側へ滑り込ませる。
キン、と乾いた音がして、同時に獣が跳んだ。獣は俺に噛みつきたいんじゃない。俺の背後の“人間”の気配に寄っている。つまり狙いは青子だ。二正面。守りながら斬れ、という命令。Ⅳの言った通り、俺に息をつかせない勝ち方だ。
「……っ!」
俺は刀を返し、Ⅳの剣を一瞬だけ押し流した。押し流す、といっても力じゃない。角度で流す。角度で流した分だけ、足が空く。空いた足で獣の進路に割り込む。胸と腕の装甲だけ、薄く立てる。全身を出せば楽になる。楽になるのが怖い。楽になった瞬間、俺は守るじゃなく壊すに傾く。
獣の牙が装甲に当たった。冷たさが骨まで届く。だが、冷たさの“質”が違う。こいつは凍らせて壊すんじゃない。凍らせて“動きを遅らせる”。遅らせた瞬間に、Ⅳの剣が刺さる。そういう設計だ。
「いいね、その選択。守るのが先なんだ」
「黙れ。守るのは当たり前だ」
俺は獣の喉へ刃を走らせた。青子がつけた点へ、線を通す。喉の奥で、嫌な光が一瞬だけ脈打ち、獣の身体の霜が逆流する。逆流した霜が、裂け目のような音を立てて剥がれ落ちた。だが倒れない。倒れないまま、体勢だけを崩す。崩した体勢に、Ⅳの剣が滑り込んでくる。
危ない。縫いが鳴った。胸の継ぎ目が、砂時計みたいに減る感覚。残量の直感が、確実に削れた。焦りが喉に絡む。焦りは闇を呼ぶ。闇は漏れる。漏れた闇は相手の餌になる。ここで怒ったら負けだ。負けるときは、剣が折れる前に心が折れる。
「太郎、次はドロウでもいい。吹き飛ばす?」
「ダメ。幕の内側だ。被害を広げるな。スナップで十分だ」
「了解。じゃあ、もう一回だけ“点”を強くする」
青子の二発目が走った。点が濃くなる。濃い点は、切るべき場所を迷わせない。俺は獣の崩れた首筋に踏み込み、刀を“振る”んじゃなく“置く”。置いた線を引く。線が点を貫く。貫いた瞬間、獣の喉奥の光がひび割れ、身体の霜がまとめて落ちた。獣はようやく崩れ、裂け目のカードへ逆戻りするみたいに、影の中へ吸い込まれて消えた。
「……一体、終わり?」
「終わりじゃない。前菜だよ」
Ⅳが笑う。笑いながら、剣を真っ直ぐ構える。獣を使っても、俺を崩せなかった。その事実に苛立つ気配はない。むしろ、計算が合ったみたいな目をしている。息をつく暇を奪い、縫いを鳴らし、残量を削った。それが目的なら、十分に成功だ。悔しいほど。
俺は呼吸を短くして、胸の縫いの感触を確かめた。まだ持つ。だが確実に減っている。以前より耐えられる。耐えられる分だけ、削られる時間が増える。最悪のタイプの上達だ。ここで決める。長引かせない。次のカードを切らせる前に、剣の線で終わらせる。
「青子、援護は最小でいい。俺が押し込む」
「了解。視線だけずらす」
「絶花、外周の状況は」
「問題なし。……でも長引くと、結界の縁が揺れる」
揺れる、という言葉が俺の背骨を叩いた。揺れたら、幕の外へ漏れる。漏れたら、日常が舞台になる。舞台になるのは俺が嫌いだ。嫌いだから、ここで終わらせる。王様ごっこでも、手順だけは本物でいく。
「Ⅳ。次は、剣だけで来い」
「いいよ。君が望むなら。――ただし、君もちゃんと出してね。その中の“暗い方”」
「出さない。出したら、お前が増やす」
「増やすよ。増やしたいからね」
Ⅳが踏み込む。俺も踏み込む。刃と刃がぶつかり、黒い霜が火花みたいに散った。もう会話は邪魔だ。線で答える。俺の線が、こいつの線を押し返せるかどうか。押し返した先にあるのは勝利じゃない。次のカードを切られる前の、わずかな“終わり”だ。
Ⅳの剣は軽い。
軽いのに、重い。
刃の速度が軽さで、狙いの悪意が重さだ。
俺の胸の縫いが、また小さくきしんだ。
残量が削れる直感が、喉の奥で砂を噛ませる。
長引かせたら負ける。
でも無理に押し切ったら、俺が俺じゃなくなる。
だから、勝ち方を変える。
相手を斬るんじゃない。
相手の“手段”を殺す。
「まだ余裕ある? 君、顔がいいよ。焦りが似合う」
「黙れ。お前の趣味に付き合う時間はない」
Ⅳは笑ったまま、懐へ指を滑らせた。
カードを切る癖。
さっきからずっと同じ動線だ。
右腰――一瞬触れて――抜き取って――空気を裂く。
その“一瞬”が、戦闘の中では丸見えになる。
見えてるなら、潰せる。
「青子。次、腰。右。点を打てるか」
「見えてる。……やる?」
「やる。撃ってくれ。爆破じゃない、印だけでいい」
「了解。スナップで刻む」
青子の魔弾が走った。
音が遅れて届く。
でも印は先に届く。
Ⅳの右腰、カード束の位置に、淡い光の“点”が貼り付いた。
その点が、俺の視界を真っ直ぐにする。
狙いが一本に束ねられると、余計な感情が削れる。
ありがたい。今はそれがありがたい。
「おっと。狙いがきれいだね」
「お前の癖が、分かりやすすぎるだけだ」
Ⅳが剣を振る。
俺は受けない。
受けたら縫いが鳴る。
鳴ったら漏れる。
漏れたら、こいつの“次”が増える。
だから、外す。
外して、近づく。
近づくために外す。
剣術ってのはそういうケチな算数だ。
俺は一歩だけ、わざと遅れて見せた。
Ⅳの剣が「刺さる」角度で入ってくる。
刺さる前提の角度は、刺さらなかった瞬間にバランスを崩す。
俺はその瞬間だけ、刀の線を“置いた”。
振るのではなく、置く。
置いた線に相手が勝手に当たる。
Ⅳの剣がわずかに滑り、体重が前へ出た。
「……今だ」
俺は刀を捨てない。
捨てないまま、左手を伸ばした。
点のある場所――Ⅳの腰に指が届く。
カード束を掴む。
硬い。薄いのに、金属みたいに硬い。
次の瞬間、Ⅳの視線が俺の手に落ちた。
視線が落ちたぶんだけ、刃の線が甘くなる。
それで十分だ。
「っ!」
Ⅳが剣を返そうとする。
俺は胸の縫いが鳴るのも構わず、肩だけ鎧を薄く立てた。
受けるためじゃない。
“耐えるため”だ。
一拍だけ耐えれば、勝ち筋が通る。
「盗むの? それはそれで品がないね」
「卑怯汚いは敗者の戯れ言だ」
自分で言っておいて、内心で舌打ちした。
どこかで聞いた台詞だ。
だが今は理屈じゃない。
手順だ。
俺はカード束を“裂いた”。
斬るんじゃない。
裂く。
束を二つに割り、散らす。
散ったカードが空中でばらけた瞬間、Ⅳの顔から笑みが消えた。
この手段が彼の血管なのだと分かる表情だった。
「青子!」
「もう撃ってる!」
スナップ。
乾いた速度で、魔弾が散ったカードへ次々と刺さる。
一枚一枚に、無効化の刻印が走る。
燃えるんじゃない。
爆ぜるんじゃない。
ただ、機能が死ぬ。
魔力の回路が“切断”される。
カードの縁が白くなり、白紙みたいに褪せていく。
「やめろ!」
Ⅳが踏み込む。
カードを拾いに来る足。
武人の足じゃない。
道具を取り戻す足だ。
その足は、剣より遅い。
俺は刀を呼び戻した。
薄い闇の線。
線のまま、Ⅳの剣腕を狙わない。
胸を狙う。
“本体”を狙う。
カードが死んだ今、こいつの輪郭はこの場で持たない。
なら、持たないうちに倒す。
倒した証拠を作る。
「っ……!」
俺の一太刀が、Ⅳの胸元を横切った。
血は出ない。
代わりに、影が裂ける音がした。
Ⅳの剣が床に落ちた。
金属音が、やけに現実的に響く。
Ⅳは膝をつく。
膝をついた瞬間、ようやく“勝った”と分かった。
逃げたんじゃない。
負けたんだ。
「……なるほど。媒体を殺す、か」
「お前の勝ち方を、潰しただけだ」
「いいね。……君、王様ごっこが上手い」
「ごっこでも、負けない」
Ⅳの輪郭が、ぶれる。
ぶれるのに、後ろへ下がらない。
下がれない。
この場に居るための支柱が、全部折れたからだ。
青子の刻印が、最後の一枚を白紙にした。
カードは灰にもならず、ただ“意味”を失って床に落ちる。
「じゃあ、これは……終わりだ」
「終わりにする」
Ⅳは笑おうとした。
でも笑えなかった。
口角が上がる前に、顔そのものが薄くなる。
影が霧にほどけ、霧が粒になり、粒が光に溶ける。
最後に残ったのは、冷たい空気の名残だけ。
そこに“誰かがいた”という証拠が、急速に消えていく。
剣も残らない。
衣装も残らない。
ただ、俺の胸の縫いだけが、まだきしんでいる。
「……消えた、ね」
「消えた。逃げたんじゃない。……負けて、消えた」
言い切った瞬間、残量の直感がもう一段削れた。
勝ったのに、軽くならない。
勝ったからこそ、次が来るのが分かる。
だから俺は、息を短くして、次の手順を頭の中で並べ始めた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア