※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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復活

、勝利の味がするはずなのに、実際に舌に残るのは鉄の味だった。血じゃない。疲労だ。剣を握る指の痺れが、勝った証拠みたいに居座っている。アーマード・ダークネスは薄く沈黙していたが、沈黙しているから安全、という話にはならない。むしろ逆だ。嵐の前の凪がいちばん信用できないのと同じで、闇の前の静けさがいちばん信用できない。

 

「太郎、縫いはまだ残してる。解くと反動が来るわよ」

 

「分かってる。今は“楽”になりたくない」

 

 青子の縫いが胸の継ぎ目を押さえ、呼吸のたびに針が皮膚の内側を撫でるみたいな感覚がする。絶花は外周の状況を見ていた。封鎖、避難、連絡、回収。戦いが終わった直後こそ仕事が増える。日常ってやつは、守った瞬間に勝手に戻ってくるほど気が利かない。

 

 そのとき、空気の匂いが変わった。焦げた聖別、みたいな匂い。嫌な例えだが、そうとしか言いようがない。視界の端で結界が一度だけ揺れ、揺れが“線”になって近づいてくる。誰かが来る。しかも、こちらが望んだ相手じゃない。

 

「……英雄派か」

 

 影から出てきたのは、白と金の気配をまとった連中だった。自信だけで立っているような足取り。正しさで武装した目。言い換えるなら、手が届きそうな正義ほど厄介なものはない。先頭に立つ女が、俺を見て一歩だけ顎を上げた。断罪する角度で。

 

「人間の身で、そこまで堕ちた力を振るう。見過ごせないわね。あなたの闇は、いずれ世界を壊す」

 

「初対面の奴に将来を決められるほど、俺は便利にできてない」

 

「便利であるべきよ。世界の秩序のために」

 

 青子が、ほんの少しだけ俺の前に重心を置いた。絶花の気配が低くなる。俺は刀を抜かなかった。抜けば簡単だ。簡単な方へ行くと、結果的に街が壊れる。勝ちやすい道が、いつも正しいわけじゃない。

 

「用件は何だ。説教なら時間がない」

 

 英雄派の一人が、笑った。笑い方が、勝ちを確信している奴のそれだった。嫌な確信だ。俺は直感で理解した。こいつらは“戦いに来た”んじゃない。“結論を持ってきた”。

 

「用件は一つだ。お前を倒し、我らの大義を証明する。暗黒の王が生まれる前に摘む。英雄とはそういうものだ」

 

「英雄ってのは、他人を盾にして名乗るものじゃない」

 

「盾? 違う。証拠だ。――見せてやる。お前の血が何を呼ぶか」

 

 その瞬間、足元が冷えた。冷えたのは温度じゃなく、意味だ。地面の奥で何かが“起動”する。結界の縫い目に似た、だが青子の縫いと違う、乱暴な回路。戦場に薄く広がっていた闇の残滓が、吸い上げられるように線を描き始めた。俺の胸の縫いが、ぎしりと鳴る。押さえているのに、引っ張られる。引っ張っているのは外側じゃない。内側だ。

 

「太郎、これ……罠。闇の残りを集めてる」

 

「分かってる。しかも――俺の血に反応してる」

 

 英雄派の魔法陣が、光った。光り方が嫌だった。祝福の光じゃない。検体を照らすライトだ。俺の中のエンペラの闇が、薄く笑った。笑いながら囁く。「懐かしいだろう」と。「これが、お前の出自だ」と。俺は否定しなかった。否定できない。否定できないから、選ぶしかない。

 

 魔法陣の中心で、黒金の雷が跳ねた。雷なのに熱がない。熱がないのに、空間が重くなる。圧力が増す。視界が狭まる。呼吸が浅くなる。そこに現れたのは、人の形じゃなかった。まず核だ。王冠の芯だけが、世界に刺さったみたいな“塊”。黒い魔力の塊が、黄金の稲妻を纏いながら脈打っている。心臓みたいに。惑星みたいに。こちらを見ているようで、まだ目もないのに、確かに見られている。

 

「……エンペラ星人」

 

 俺の口から名前が落ちた。落ちた瞬間、塊が“応える”ように膨らんだ。英雄派が息を呑む。呑んだくせに、次の瞬間には勝ち誇った声を出した。

 

「見たか! これが貴様の闇の根源! 我らが制御し、証明として掲げる!」

 

 制御。掲げる。言葉が軽い。軽い言葉は、重いものを扱えない。英雄派の術者たちが一斉に術式を重ねた。鎖のような光が塊に絡みつき、聖別の印が周囲を囲む。結界が鳴く。青子の縫いが軋む。俺の胸の奥で、闇が甘く笑った。「やめろ」と言う。「もっと寄越せ」と言う。矛盾しているのに、両方とも本音だ。

 

 次に起きたのは、支配じゃなかった。逆流だった。塊が鎖を“喰った”。喰うという言い方しかできない。光が黒く染まる。鎖が重力みたいに沈む。術者が膝を折った。誰かの杖が折れた。誰かの祈りが声にならず喉で途切れた。制御どころか、術式そのものが塊の栄養になっていく。

 

「な、何だこれは……! 止まらない!」

 

「抑えろ! 抑え――」

 

 英雄派の指揮が乱れる。乱れた瞬間、塊が一段大きくなった。まるで“王が席を立つ”みたいに、周囲の空気が押し出される。結界の縁が揺れ、揺れが外へ伝播しそうになる。ここで漏れたら、日常が舞台になる。舞台になると、誰かが死ぬ。誰かが死ねば、英雄派は“英雄”になれる。最低の因果が、最短距離で繋がる。

 

「太郎、縫いで抑える? でも、あなたが引っ張られる!」

 

「抑える。引っ張られる前に、枠を作る」

 

 俺は刀を呼んだ。薄い線。線のまま、塊へ届かせるんじゃない。塊の周囲に“距離”を作る。剣術は斬る技術じゃない。距離を支配する技術だ。王様ごっこも同じだ。支配するのは他人じゃなく、被害の範囲だ。

 

「青子、縫いで“檻”は作るな。“枠”だ。これ以上広がらせない」

 

「了解。枠を引く。……でも太郎、これ、あなたの血に反応してる。近づくほど――」

 

「分かってる。だから、近づくのは俺がやる」

 

 英雄派の連中が、必死に下がろうとしている。さっきまでの断罪の顔が、今は逃げの顔になっている。逃げるな、とは言わない。逃げるべきだ。だが逃げながら“正しさ”だけを置いていくな。置いていった正しさが、誰かの首を絞める。

 

「あなたは……止められるの?」

 

 断罪の女が、初めて声色を変えた。怖がっている。怖がっているのに、まだ自分が正しいと思っている目だ。あの目が一番危ない。正しいと思ったまま間違える奴は、間違いを認めない。

 

「止める。俺の血が呼んだなら、俺が責任を取る」

 

「責任? 人間が……?」

 

「人間だからだ」

 

 塊が、こちらへ“向き”を変えた。目はないのに目が合う。エンペラの闇が、俺の中で囁く。「来い」と。「王なら、跪かせろ」と。俺は一歩踏み出して、囁きに答えなかった。答えないことが、今の俺の戦い方だ。

 

 青子の縫いが光り、塊の周囲に枠線が走る。枠線の内側だけ、空気が重くなる。枠線の外側だけ、日常が息をする。枠線が震える。震えるたびに、俺の胸の縫いが鳴る。残量が減る直感が、確実に針を刺してくる。間に合うか。間に合わせるしかない。

 

 英雄派が、制御不能のまま撤退しようとしている。撤退するなら勝手にしろ。だが、その背中を追っている余裕はない。俺の相手は、目の前の“血の塊”だ。俺が追うべきは敵じゃない。被害の最小だ。

 

 塊の中で、黄金の雷が一度だけ十字に走った。十字――胸が冷える。メビウスの光の記憶が、俺の中で反射する。闇と光が同時に疼く。世界がその矛盾を嫌がって、歪む。

 

 俺は刀を構え直した。線の刀。王のための刀じゃない。日常のための刀だ。次の一歩で、何かが決まる。英雄派が勝手に作った“証明”を、俺が終わらせる。終わらせ方を、俺が決める。

 

 塊が鳴いた。声じゃない。圧のうなりだ。

 俺の血が、それに返事をしそうになる。

 返事をしたら終わる。

 返事をしなければ、始まる。

 

 ――ここからが、本当の最終幕だ。

女王は誰にする?

  • アルファ
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