※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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闇を越えて

 枠線の内側だけ、世界が重い。青子の縫いが引いた“枠”は檻じゃない。檻だと敵を閉じ込めたつもりで安心して、だいたい外側が壊れる。枠は違う。ここまで、という線だ。被害を最小にするための線。俺はその線の手前で息を短くし、胸の縫いのきしみと、砂みたいに削れていく残量の直感を噛みしめていた。

 

「太郎、枠は保ってる。でも、吸われてる。英雄派の術式が燃料にされてるわ」

 

「分かってる。燃料が尽きる前に、火を消す」

 

 英雄派は枠の外へ退かせた。説教をする余裕があるなら走れ、正義を語る余裕があるなら生き残れ、って話だ。断罪の女はまだ言いたい顔をしていたけど、今は肺が優先らしい。秩序は呼吸より重くない。重くしようとする奴が厄介なだけだ。

 

 その“厄介”が、今さら礼儀正しく登場してきた。

 

「ご無沙汰しております、唯我太郎殿。恐れ入りますが、そのご様子――以前、私どもが刃を交えた折を思い出します」

 

 枠の外側、英雄派の背後に影が立っていた。立体の辻褄が合わない影。舞台のスポットで作られたみたいな、演出が先にある影。影が一歩進むと、端正な顔の男が浮かび上がる。背筋を伸ばして、襟元まで正しい。正しいのに、目だけが嘘だ。嘘というより、値踏みだ。

 

「……メフィラス星人」

 

 名前が口から落ちた瞬間、俺の中の闇が薄く反応した。甘く笑う。嫌な笑いだ。前にこいつと戦ったときも、こいつはこの笑いをしていた。勝ち負けじゃない、計測の笑い。俺の痛みを数字にしている笑い。

 

「覚えていてくださり光栄に存じます。前回は、失礼ながら――まだ“王”という器の硬さを測る段階でございましたので」

 

「ご託はいい。今度は何を測りに来た」

 

「はい。結論だけ申し上げますと、殿が“本当の闇の皇帝の後継者”に相応しいか、確かめに参りました」

 

 英雄派がざわつく。断罪の女が、メフィラスを睨んだ。

 

「あなたが……この儀式の資料を渡したの?」

 

「はい、お渡し申し上げました。お望みでしたでしょう、“証明”の手順を。私めは、必要な道具を揃え、皆様にお運びいただいただけでございます」

 

「あなたは……我々を利用した!」

 

「恐れ入りますが、“利用”というほど一方的ではございません。皆様は皆様の大義のために選択なさった。私めは、その選択がどこへ辿り着くかを、静かに拝見する役目に過ぎません」

 

 言葉が丁寧なのに腹が立つ。丁寧だからこそ、責任が消えて見える。メフィラスはそういう喋り方をわざと選んでいる。責任を落とさず、罪悪感だけを落とすために。

 

 枠線の内側で、黒金の雷を纏った魔力の塊――エンペラ星人の残響が脈打った。目はない。口もない。なのに、確かに俺を見ている。いや、俺の“血”を見ている。見られていると分かった瞬間、胸の縫い目が跳ねた。押さえ込んでいた闇が、こちらの意思を無視して漏れようとする。

 

「さて。差し支えなければ、本題へ移らせていただきます。唯我太郎殿、先代を――目の前にご用意いたしました。英雄派の皆様の手腕は、実に見事でございました」

 

「ふざけないで! 我々は制御するはずだった!」

 

「制御……結構なお言葉でございます。ですが、血と王権は貸し借りできません。皆様は扉を開けられましたが、鍵は――殿がお持ちです」

 

 次の瞬間、英雄派の術式が逆流した。鎖のような光が黒く染まり、術者の膝が折れる。杖が折れる。祈りが喉で途切れる。塊が“喰う”。喰うという言い方しかできない。光が黒に沈み、黒が金に跳ね、金が雷になる。世界が、皇帝の呼吸に合わせて縮む。

 

「……ッ」

 

 俺は刀を抜かなかった。抜けば簡単だ。簡単な方に行くと、俺が壊す側に傾く。傾けば、塊が喜ぶ。喜べば、もっと大きくなる。だから、今は距離を支配する。剣術の基本に戻る。王様ごっこじゃない。避難導線の仕事だ。

 

「青子、枠の維持。絶花、外周の揺れを止めろ。英雄派は枠の外、絶対に入れるな」

 

「了解」

 

 返事が二つ重なった。背中の支えが増える。支えが増えると、俺が踏み外せない現実も増える。逃げ道が減る。減るのは悪くない。逃げたくなる自分が、たまにいるからだ。

 

 そしてその“逃げたくなる自分”が、外へ出ようとした。

 

 胸の縫い目がきしむ。漏れた闇が霧になる前に形を取る。俺と同じ背丈、同じ構え。顔がない。あるのは裂け目みたいな笑いだけ。アーマード・ダークネスの輪郭が中途半端に貼り付いた、未完成の“俺”。俺の中の破壊衝動だけを抽出した存在が、こちらへ踏み込んできた。

 

「……来るな」

 

「恐れ入りますが、殿。それは“来るな”では止まりません。殿の闇は、殿の座を欲しております。いわば――乗っ取りにございます」

 

 メフィラスの声は落ち着きすぎていた。事務連絡みたいな口調で、最悪の内容を告げる。腹が立つ。腹が立つのに、耳は信じてしまう。こいつは嘘をつかない。嘘のつき方が上手いだけだ。

 

 塊が鳴いた。声じゃない。圧のうなりだ。枠線が震える。影が笑う。笑いながら、俺の胸の縫い目――入口を狙ってくる。剣で斬る気じゃない。体重で押し込んで、縫いの隙間から入る気だ。

 

「太郎!」

 

「分かってる!」

 

 俺は受けない。受ければ縫いが裂ける。裂ければ中に入られる。だから外す。外して、影を“塊の近く”へ誘導する。俺の闇は俺の闇だ。なら、塊の餌にしてしまえばいい。餌を奪うんじゃない。餌の流れを変える。そういう、嫌な算数。

 

 刃が交差する。乾いた音。影の刀の線が、俺の胸へ伸びる。俺は肩と腕だけ鎧を薄く立てた。全身を纏えば楽になる。楽になるのが怖い。楽になった瞬間、守るじゃなく壊すに傾く。傾いたら、メフィラスは勝つ。どちらが生き残ってもいいと言っていたが、あれは嘘じゃない。本当にどちらが勝ってもいいのだ。俺が勝っても“皇帝の器”が確定する。皇帝が勝っても“先代の継続”で収まる。どっちでも成果。最悪の中立。

 

「誠に僭越ながら、私めはどちらが生き残られても差し支えございません。殿が勝てば殿が皇帝の器。先代が勝てば先代が継続。いずれも“結論”として整っておりますゆえ」

 

 その丁寧さが、背骨に冷水を流し込む。こいつにとって人の生死は結論の整頓でしかない。

 

「青子、縫い止め! 一瞬でいい、入口を閉じろ!」

 

「止めるとあなたも動けない!」

 

「動けなくていい! 入られるよりマシだ!」

 

 青子の縫いが走り、俺の身体が一拍だけ糸に縛られたみたいに鈍る。その一拍で影が笑い、縫い目へ指を突っ込もうとする。焦りが喉を焼いた。焦りが闇を呼ぶ。闇が塊を呼ぶ。塊が、さらに世界を縮める。負の連鎖が、手を伸ばしてくる。

 

 そこで、絶花の声が届いた。

 

「太郎――戻って。あなたが守った日常、まだここにある。置いていかないで」

 

 声は耳からじゃなかった。胸の奥からだった。いや、もっと奥。闇の底に沈みかけたところへ、一本の糸が垂れたみたいに。俺はその糸を掴む。掴んだ瞬間、俺の中の“光”が、確かに増した。メビウスの光。闇を否定せず、闇に呑まれずに立った光。十字の記憶が、呼吸の形になって戻ってくる。

 

 影の指が縫い目に触れる寸前、俺は息を短く切り、刃に光を一滴乗せた。金色の線が闇の刀の背を走る。光と闇が喧嘩しない。混ざる。混ざって、落ち着く。落ち着いて、冷える。冷えた判断が、今の俺の救いだ。

 

「――離れろ」

 

 払う。振るのではなく払う。払った線が影の腕を切り、影が一歩だけ下がる。下がった瞬間、塊が“喜ぶ”ように脈打った。そうだ、こいつは光にも反応する。闇にも反応する。俺が出せば出すほど、先代は濃くなる。

 

「お見事にございます。殿は闇を抱えながら、光を増やせる。でしたら――混ぜてよろしい。皇帝の鎧を、殿の意思に従わせる。その可能性が、今ここにございます」

 

 メフィラスの声が、相変わらず執事みたいに穏やかなのが逆に怖い。怖いが、言っている中身は正しい。正しいからこそ、拒否しなきゃいけない。正しさに流されたら、こいつの望む結論に近づく。

 

 俺は立ち直り、胸の縫い目の痛みを無視して一歩踏み込んだ。影と塊、両方の引力が俺を掴もうとする。掴まれる前に、俺が掴む。王としてじゃない。守る側として。責任を取る側として。

 

「青子、枠を保て。絶花――声、もう一度くれ」

 

「太郎、ここにいる。戻ってきて」

 

 その一言で、光がまた増した。増した光は闇を消さない。闇を殴り飛ばさない。闇を“着せる”。鎧として整える。今までのアーマード・ダークネスは、力が強すぎて扱いにくい嵐だった。嵐を纏えば世界が壊れる。なら、嵐を鎧に縫い直す。

 

 黒い装甲が、胸と腕だけでなく全身へ滑り出した。だが以前みたいに悪役の鎧として硬直しない。形が変わる。刀を好んで使った癖に合わせるように、肩と腰のラインが“斬るための構え”に寄っていく。そこへ金色の光が筋のように走り、黒い装甲の継ぎ目を縫い留める。闇が暴れない。光が暴れない。混ざって、落ち着く。

 

 俺は、光と闇が混ざったアーマード・ダークネスを身に纏った。呼吸が通る。視界が広がる。破壊衝動は消えていない。だが以前より“距離”がある。手綱が、少しだけ短く握れる。残量が減っていく直感はまだある。けれど、減る速さが変わった。伸びた。伸びた分だけ、俺は手順を選べる。

 

 影が、初めて怯えた。塊が、初めて怒った。怒った圧が枠線を押す。押されても、青子の縫いが持ちこたえる。絶花の声が、俺の背中を押す。

 

「さあ、唯我太郎殿。誠に不躾ながら、先代を斬られるか、先代に斬られるか――どちらが皇帝に相応しいか、私めが拝見いたします。どうぞ、ご遠慮なく」

 

 俺は刀を構えた。線が、ぶれない。ぶれないまま、怖い。怖いのは負けるからじゃない。勝ち方を間違えるからだ。先代を斬っても終わらない。斬られても終わらない。終わらせるのは、俺の選択だ。

 

 枠線の内側で、皇帝の塊がさらに脈打つ。影が再び俺へ踏み込もうとする。俺は新しい鎧の重さと軽さを同時に感じながら、短く息を切った。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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