※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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謎の女性

まぶたの裏が白かった。

 

光というより、薄く伸ばした布を通した朝の色だ。

目を開ける前から分かる。ここは屋外じゃない。空気が静かすぎる。

 

息を吸う。潮の匂いがほとんどしない。

昨夜あれだけ濃かった海の気配が、遠くに押しやられている。

 

ゆっくり目を開けた。

 

天井は木目。梁が見える。

古い別荘か、海沿いの保養所みたいな造りだった。壁は白く塗られているが、ところどころに細いひびが走っている。使われていない時間の長さが分かる。

 

身体を起こそうとして、止まる。

 

重い。

 

筋肉痛とは違う。

内側が空になって、その分だけ殻が軋んでいる感じだ。

 

右手を握る。開く。

指は動くが、力が入りきらない。

 

「……生きてるな」

 

声が普通に出た。喉は無事らしい。

 

胸の奥に意識を向ける。

王国の駒の鼓動は、かすかだ。深いところで小さく脈打っている。昨夜の熱量はない。使い切った後の炉みたいに静かだ。

 

斬月の気配も、遠い。

呼べば届きそうだが、今は寝ているような沈み方をしている。

 

布団はきれいだった。

新しくはないが、手入れされている。血の跡も、海水の染みもない。俺の服も乾いている。潮幽に引きずられたはずなのに、汚れがほとんど落ちていた。

 

誰かが運んだ。

 

そこまでは確定だ。

 

視線を横に流す。

木の椅子。小さな机。ガラスのコップ。半分だけ減った水。置き方が正確すぎる。生活の雑さがない。

 

窓の外は、林だった。

海は見えない。だが、鳥の声で位置が分かる。港から少し離れた高台だ。

 

記憶が戻る。

 

黒い海。

巨大な影。

刃の光。

三日月の斬撃。

 

それから——足音。

 

静かな、まっすぐな足音。

 

俺は布団をどけて立ち上がった。

足元がふらつく。一歩目で床が近くなる。壁に手をついて止めた。

 

玄関の方を見る。

 

廊下の床板に、うっすらと水の跡が残っている。

完全には拭き切れていない線だ。昨夜か、明け方か。乾き方が中途半端だ。

 

その上から、別の足跡が重なっている。

軽い。歩幅が狭い。迷いがない直線。

 

俺を運んだやつの足取りだ。

 

音がした。

 

気配の薄い、衣擦れだけの音。

 

振り向く。

 

戸口に人影があった。

 

黒を基調にした外套。無駄のない立ち姿。

光の入り方のせいで表情はよく見えないが、視線だけがはっきり分かる。測る目だ。

 

昨夜の影と同じ輪郭。

 

「起きたか」

 

声は低い。平坦。

体調を気遣う調子でも、安心した調子でもない。ただ確認だけを置く言い方だった。

 

「……あんたが運んだのか」

 

「他に誰がいる」

 

部屋を見回しながら言う。事実しか置かない口調だ。

 

「ここ、どこだ」

 

「近くの別荘。今は空いてる」

 

借りたとも、持ち主とも言わない。

説明が最短距離で止まる。

 

俺は壁から背を離した。まだ足が不安定だ。

 

「助けた理由は」

 

間を置かずに聞く。

 

その人物は少しだけ視線を下げ、俺の足元を見る。

立てているかどうかの確認だけしている目だ。

 

「死んでないからだ」

 

それだけ言った。

 

冗談にも聞こえないし、突き放してもいない。

基準がそこにある、というだけの響きだった。

 

沈黙が落ちる。

 

遠くで鳥が鳴く。

木が風に触れる音がする。

 

この部屋だけが、妙に整っている。

救われた場所のはずなのに、安心はまだ来ない。

 

助けられた。

それは事実だ。

林を抜けると、空気が変わった。

 

別荘の周りは乾いた匂いだったのに、下り坂に入った途端、潮の気配が戻ってくる。喉の奥が少しだけ重くなる。昨夜より薄いが、確かに海だ。

 

前を歩くあの人は、振り返らない。

 

歩幅が一定だ。

枝も石も避ける動きが自然すぎる。道を知っているというより、危険じゃない線だけを選んで踏んでいる感じがした。

 

「まだふらつくな」

 

背中越しに言われた。

 

見ていないはずなのに、分かっている口調だった。

 

「平気だ」

 

「そういうやつほど転ぶ」

 

会話は続かない。

必要分だけ置いて、終わる。

 

坂を下りきると、港が見えた。

 

朝の光の中にある漁港は、昨夜と別の場所みたいだった。

波は静かで、係留された船も揺れが小さい。カモメの声が普通の高さで響いている。

 

なのに、ところどころが不自然だった。

 

コンクリートの地面に、細い白い筋が走っている。

塩が乾いた跡に見えるが、形が直線すぎる。誰かが線を引いたみたいに続いている。

 

「あれ、昨日は無かったよな」

 

「あるべきじゃない線だ」

 

短い返事。

 

防波堤の方へ近づく。

俺が倒れた場所だ。

 

潮の跡は残っていない。

水浸しだったはずの範囲だけ、逆に乾きすぎている。拭いたというより、“抜けた”感じだ。

 

あの人は足を止めた。

 

しゃがみ込み、指先で地面すれすれの空間をなぞる。

触れていないのに、空気がわずかに揺れた。

 

ガラスに爪を立てたみたいな、耳の奥に引っかかる感覚が走る。

 

「境目が歪んでる」

 

独り言のように言う。

 

「境目?」

 

「海とこっちの線引きだ」

 

言い方が雑なのに、意味は妙にはっきり伝わる。

 

あの人は腰の後ろからナイフを抜いた。

細身で、光をあまり反射しない刃だ。

 

地面ではなく、“空間”に向けて軽く振る。

 

何も無いはずのところが、すっと裂けた気配がした。

 

音はない。

だが、港の空気が一段、軽くなる。

 

胸の奥がちくりと反応した。

 

心臓じゃない。もっと内側。

王国の駒がある場所だ。名前も仕組みもよく分かっていない、あの核。

 

無意識に胸を押さえる。

 

「触るな」

 

すぐ言われた。

 

「何もしてない」

 

「しようとした」

 

否定できないタイミングだった。

 

「お前、昨夜ここをこじ開けた側だ」

 

視線だけが向く。

責める調子はない。ただ分類しているだけだ。

 

「……俺が?」

 

「刃の光を見た」

 

それだけで十分、という言い方だった。

 

俺は防波堤の外を見る。

海は普通に見える。黒い影も、泡の声もない。

 

「もう出ないのか」

 

「大物は退いた」

 

“大物”という言い方をした。

種類じゃなく、格で見ている感じがする。

 

あの人は白い線の交差点に立ち、もう一度ナイフを振った。

今度は二回。

 

見えない糸が切れるような感覚が続けて走る。

風向きが変わった。波の音が揃う。

 

さっきまで微妙にずれていたリズムが、ぴたりと合う。

 

「これで当面は閉じる」

 

立ち上がりながら言う。

 

俺はその手元を見る。

ナイフは普通だ。特別な光も気配もない。

 

なのに、やっていることだけが普通じゃない。

 

「……あんた、何者だ」

 

質問が雑になる。

 

「後処理だ」

 

職業名みたいに言う。

 

それ以上は出さない。

 

代わりに、視線が俺の腰元に落ちた。

そこには何も下げていない。刀も武器も持っていない。

 

それでも、じっと見る。

 

「昨夜の刀はどうした」

 

「刀?」

 

言われて、記憶を探る。

 

巨大な刃。

柄のない、でかい包丁みたいな刀身。

 

だが今は、手の中に何もない。

 

「出てこない」

 

正直に言う。

 

「あれ、たぶん今は無い」

 

「消えたのか」

 

「中に戻った感じだ」

 

自分の言葉が曖昧なのは分かっている。

でも、それしか言いようがない。

 

胸の奥を指で叩く。

 

あの人は少しだけ目を細めた。

興味の向け方が、敵を見る時と違う。

 

「外付けじゃないな」

 

独り言の調子で言う。

 

「……お前自身かもしれないな、その刀」

 

軽い断定だった。

 

重く言わない。だが、否定の余地も残さない。

 

「武器じゃなくて?」

 

「境界に噛んでる」

 

それだけ言って、視線を海へ戻す。

 

俺はもう一度胸の奥に意識を向けた。

確かにそこに“何か”はある。

 

名前も理屈も分からない。

ただ、自分と切り離せない感触だけがあった。

港の空気が、ようやく均一になった。

 

さっきまで耳の奥でざらついていた波音が、きれいに重なる。

潮の匂いも普通だ。昨夜のような、まとわりつく重さがない。

 

防波堤の端で、あの人はナイフを布で拭き、迷いなく収めた。

仕事が終わった、という動きだった。

 

「これで閉じた」

 

誰に報告するでもなく言う。

 

俺は海を見る。

黒い影も、呼ぶ声も、もうない。

 

「……また開くのか」

 

「開く」

 

即答だった。

 

「境目は動く。押せば歪む」

 

俺の方を見ないまま続ける。

 

「昨夜みたいにな」

 

自覚が刺さる。

 

胸の奥がわずかに熱を持つ。

あの刃の光と同じ場所だ。

 

「俺がやったって言いたいのか」

 

「一因だ」

 

言葉を選ばない。

だが、断罪でもない。ただ位置づける。

 

沈黙が落ちる。

 

船のロープが軋む音がする。

遠くで誰かがシャッターを開ける音。町は普通に朝へ戻っている。

 

その中で、ここだけ話が続いている。

 

あの人が、初めて正面から俺を見た。

 

測る目だ。

敵を見る目とも違う。道具を見る目とも違う。もう少し長く使うかもしれない物を確認する視線だった。

 

「王を名乗るなら」

 

唐突に言う。

 

「守る為に、何を切る」

 

短い。

だが逃げ道がない問いだった。

 

俺はすぐに答えられなかった。

 

敵、とか。命、とか。そういう単語が頭に浮かぶ。

でもどれも、しっくり来ない。

 

視界の端に、絶花の顔が浮かぶ。

店先で少し浮いている横顔。周りと距離がある空気。

 

「……場所だ」

 

口から出た。

 

「場所?」

 

「誰でも普通に友達が作れる場所」

 

自分で言いながら、輪郭がはっきりしてくる。

 

「そこを目指す。その為の盤面を作る」

 

王様になる、って言葉よりも先に、それが来た。

 

あの人は数秒、何も言わなかった。

否定もしない。肯定もしない。ただ、その答えの形を見ている。

 

「甘いな」

 

結論だけ落とす。

 

「知ってる」

 

被せて言う。

 

「だからやる」

 

少しだけ、口元が動いた気がした。

笑いじゃない。評価でもない。判断が更新された時の変化だ。

 

「条件がある」

 

今度ははっきり俺を見る。

 

「これから行く先を見させてもらう」

 

「監視か」

 

「観測だ」

 

言い換えただけなのに、意味が少し違って聞こえる。

 

「助けるとは言わない。止める時は止める」

 

契約書みたいな口調だった。

 

「断るなら、ここで切る」

 

物騒な単語を普通の声量で言う。

 

俺は首を振る。

 

「断らない」

 

即答だった。

 

「王様やるなら、見られるくらいで丁度いい」

 

嘘は言っていない。

むしろ、誰かが見ていないと、俺はやりすぎる気がした。

 

あの人は小さく息を吐いた。

 

「そうか」

 

それで話を終えた。

 

名前も、所属も、何も足さない。

 

「じゃあな」

 

軽く手を上げるでもなく、体の向きを変える。

 

帰るのかと思った。

 

「待て」

 

反射で声が出る。

 

聞きたいことは山ほどある。

名前。正体。力の種類。昨夜の全部。

 

一歩踏み出す。

 

その瞬間、港の入口の方で大きな音がした。

トラックの荷台が閉まる音だ。

 

視線がそっちへ引っ張られる。

ほんの一瞬。

 

戻した時には、もういなかった。

 

一本道だ。

隠れる場所はない。

 

霧も、影もないのに、気配だけが消えている。

 

「……はやすぎだろ」

 

呟く。

 

胸の奥で、かすかに脈が打つ。

王国の駒の場所だ。

 

さっきより、ほんの少しだけ強い。

 

去り際の視線を思い出す。

無関心じゃない。完全な興味でもない。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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