サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
以前の海の一件。
あの夜の出来事が、本当に終わったのかどうか――俺はいまだに確信が持てずにいた。
敵は倒した。
少なくとも、目に見える脅威は消えた。
それなのに、胸の奥に残るざらついた感覚が、どうしても消えない。
波が引いた後に、砂の下に何かが残っているような、そんな感触だった。
「それにしてもさ……別に絶花は付き合わなくても良かったのに」
口にしてから、少しだけ後悔する。
どうせ、こう返ってくるのは分かっていたのに。
事件の痕跡を確かめるため、俺は再びあの海へ足を運んでいた。
潮の匂い、湿った風、遠くで鳴く海鳥の声。
すべてが、あの夜と同じなのに、同じではない。
その隣で、絶花は頬をぷくっと膨らませ、じっと俺を見ていた。
「当たり前だよ」
少し強めの声。
でも、その奥には心配が混じっているのが分かる。
「太郎って、こういう時に変に目を離すと、何をするのか分からないんだから」
図星だった。
「王様だからって、何でも好き勝手に動かせると思わないでよ」
その言葉は、冗談めいているようで、どこか真剣だった。
俺の中の“王様”という言葉を、現実に引き戻してくる。
「うぅ……」
喉の奥で、情けない声が漏れる。
反論したい気持ちはあった。でも、絶花の言葉には、昔からどうにも弱い。
正しいことを、正しいタイミングで言われると、何も言えなくなる。
それは今も、昔も変わらない。
『さすがの王様も、絶花の言葉には弱いようだなぁ』
間の抜けた、からかうような声が響く。
「天聖っ!」
思わず声を上げると、絶花の胸元がふわりと光った。
それに合わせるように、天聖が楽しそうに笑っているのが分かる。
俺の反応が、そんなに面白かったのか。
絶花は一瞬きょとんとして、それから一気に顔を赤くした。
「ちょ、ちょっと! 急に喋らないでって言ってるでしょ!」
叫び声に近い。
天聖が声を出すたび、こうなるのも、もうすっかりお約束だ。
俺は苦笑しながら、海へと視線を戻す。
「……まぁ、どちらにしても」
言葉を選びながら、静かに続ける。
「まだ、終わってない気はするんだよな。斬月」
周囲をぐるりと見渡す。
人気はない。
漁港も静かで、ただ波の音だけが規則正しく耳に届く。
俺は手を前に翳した。
意識を集中させる。
次の瞬間、空間が軋むような感覚と共に、斬月が姿を現した。
「……うわ」
絶花が、思わず声を漏らす。
「なんというか……こうして見ると、とんでもない大きさだよね。太郎の刀って」
その通りだった。
俺の身長ほどもある、柄のない巨大な包丁。
刀身は包帯でぐるぐると巻かれ、それが鞘代わりになっている。
人が扱うことを、最初から考えていないような代物。
以前、絶花に見せてもらった天聖とは、まるで性質が違う。
彼女が戸惑いを隠せないのも、無理はない。
「……何か感じるか?」
俺は斬月に問いかけた。
すぐには返事が来ない。
斬月は沈黙したまま、海の方へと視線を向けている。
その沈黙は、拒絶じゃない。
むしろ、周囲の何かを“聴いている”ような感覚だった。
波の音。
風の流れ。
そして、その奥に紛れた、異質な何か。
『……感じるぞ』
低く、重い声。
『以前、お前と私が倒した奴と、似た気配がな』
俺の背筋に、冷たいものが走る。
斬月の視線の先。
それは、どこまでも広がる――海だった。
海面が、不自然に揺れていた。
波が立っているわけじゃない。
風が強いわけでもない。
それなのに、黒い影が水の下で蠢き、浮かび、沈む。
無数の手。
肩。
顔になりきれなかった何か。
喉の奥が、ひりつく。
「……こいつらは一体……」
言葉にした瞬間、答えは内側から返ってきた。
『溺霊だ』
斬月の声は、低く、迷いがない。
だが、どこか苦々しい。
「溺霊って……」
聞き返した俺の声は、自分でも分かるほど乾いていた。
視線は海から外せない。外したら、足元を掴まれそうだった。
『海坊主によって囚われ、死んだ者たちの魂だろう』
淡々とした説明なのに、その言葉一つ一つが重い。
囚われた。
死んだ。
魂。
どれも、簡単に口にしていい言葉じゃない。
「……海坊主」
その名を口にしただけで、海の奥が応えるようにうねった。
「それが、今回の一件の黒幕だろうな」
自分に言い聞かせるように呟く。
敵の正体を言語化しないと、恐怖が形を持ってしまいそうだった。
斬月の言葉が終わるのと同時に、俺の身体は動いていた。
考えるより先に、構える。
巨大な刀身を正面に据え、足に力を込める。
胸の奥で、王国の駒が回る。
斬月が、確かに“そこ”にある。
それに応じるように、隣で衣擦れの音がした。
絶花だ。
彼女もまた、一歩前に出ていた。
怯えた様子はない。ただ、覚悟を決めた目。
「……ここで逃げようとしても」
一瞬だけ、海を見てから、俺を見る。
「駄目だよね」
問いかけの形をしているのに、答えはもう出ている。
天聖が胸元で光り、静かに刃の気配を帯びる。
「……ああ」
短く頷く。
逃げ場はない。
逃げたところで、この海は追ってくる。
「なら――」
絶花は天聖を構え、しっかりと地面を踏みしめた。
「なんとかするしか、ないよね」
その言葉に、背中を押される。
俺は、斬月を強く握り直した。
「そうだな!」
声を張り上げる。
恐怖を振り払うためじゃない。
自分に命令するためだ。
「ここで引いたら、王様失格だ!」
海面が、大きく盛り上がる。
溺霊たちが、一斉にこちらへ向き直る。
沈める気だ。
引きずり込む気だ。
それでも、俺は一歩も下がらなかった。
女王は誰にする?
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