サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
海が、さっきより静かだった。
溺霊の大軍は押し返した。
海坊主の気配も、奥に沈んだ──沈んだだけで、消えたわけじゃない。
潮の匂いは濃いまま、空気は冷えたまま、俺の肺の奥にはまだ水の感覚が残っている。
斬月を握る手が、微かに震えていた。
怖いからじゃない。
疲労と、興奮と、まだ終わっていないという確信が、手の中で混ざっているからだ。
絶花は天聖の光を抑えるように胸元へ手を置き、肩で息をしていた。
それでも目は死んでいない。
俺と同じで、まだ次を見ている。
式だけが、息を乱していなかった。
波打ち際に立ち、日本刀をだらりと下げたまま、海ではなく俺を見ている。
その視線が、妙にまっすぐで──嫌な感じがした。
助けてくれた恩人の目じゃない。
共闘した仲間の目でもない。
もっと冷たい。
もっと正確だ。
「……何だよ」
口に出したら、やっと自分の心臓の音が聞こえた。
強く、速い。
式は答えずに、一歩だけ前へ出た。
砂が、きゅ、と鳴る。
ただそれだけの音なのに、俺の背中が反射で強ばる。
「ここからは」
式の声は低く、淡々としていた。
「お前とだ」
一瞬、意味が分からなかった。
「は?」
言い返すより早く、式が踏み込んだ。
速い。
いや、速いという言葉が遅い。
気配が、消える。
消えたと思った瞬間には、もう目の前にいる。
日本刀が、抜かれていた。
抜刀の音が、俺の鼓膜に届く前に、刃が迫る。
「っ──!」
斬月を持ち上げる。
巨大な刃で受け止める。
ガン、と鈍い衝撃。
腕が痺れ、足が砂にめり込む。
「……殺す気かよ!」
叫ぶ俺に、式は眉一つ動かさない。
「死にたくないなら、死ぬように立つな」
意味が分かりそうで、分からない。
でも──分かってしまう。
式の刃は急所を外している。
外しているのに、外されている気がしない。
外されたのは命じゃない。
選択肢だ。
次の一閃。
俺は跳ねるように斬月を振るう。
月牙天衝を放つ余裕はある。放てる。
でも──放った瞬間に、絶花の背後が空く。
海面が、わずかに盛り上がった。
溺霊が、戻ろうとしている。
「くそ……!」
俺は刃を引き、式の斬撃を受け流しながら、半身で絶花の方を確認する。
式の動きが、そこで一瞬だけ変わった。
逃さない。
俺の視線の“揺れ”を、見逃さない。
「余所見」
短く言って、肩口へ鋭く入れてくる。
斬月の刃で弾いた。
火花の代わりに、冷たい金属音。
「……見てんのはお前だろ!」
俺は歯を食いしばりながら、距離を取ろうとする。
式は距離を許さない。
詰める。斬る。詰める。止める。
呼吸の隙間に刃を差し込むみたいな剣だ。
斬月が、内側で低く唸った。
『王様。判断が遅い』
「分かってる……!」
分かってるのに、身体が追いつかない。
式の剣は、技術だけじゃない。
“ためらい”を切ってくる。
絶花が声を上げた。
「太郎!」
俺の心臓が跳ねる。
反射で振り返りそうになる。
その瞬間、式の刃が視界を横切った。
俺は慌てて斬月を戻す。
ギリギリで受ける。
「……っ!」
汗が、目に入る。
砂が、口の中に入る。
呼吸が、重い。
絶花は天聖を構え、前に出ようとしていた。
「手を出すな」
式が言う。
視線を絶花へ向けずに、言葉だけで止める。
「これは王の話だ」
絶花の動きが、止まる。
悔しそうな顔。
でも、踏み込まない。
俺はその表情を見て、胸の奥が痛んだ。
王の話。
王様。
俺の言葉が、いま自分を縛っている。
式が来る。
もう一度、踏み込んでくる。
俺は──月牙天衝を撃てる。
絶花の天聖の力もまだ残っている。
この距離なら、決められる可能性だってある。
でも。
海が、また鳴った。
溺霊が、絶花の足元へ手を伸ばす気配。
“数の暴力”の戻り。
俺の頭の中で、盤面が開いた。
勝つか。
守るか。
その二択が、刃の先に見えた。
俺は息を吸って、吐く。
「……俺は」
言葉より先に、身体が選んだ。
斬月を横に振るい、式への攻めを捨てる。
攻撃ではなく、壁を作る。
月牙天衝ではない。
“押し返すための一振り”。
式の刃を受け止め、同時に絶花の前へと立つ。
溺霊の手が砂から伸びる。
俺はそれを斬る。
一体、二体。
消しても消しても、戻ってくる気配。
でも絶花の足元だけは、空けない。
式の剣が、俺の喉元へ来る。
俺は斬月を立てて止める。
刃と刃が噛み合う。
近い。
息がかかる距離。
式の目が、俺の目を覗き込んだ。
「……なるほど」
その声は、初めて少しだけ温度があった。
剣が、止まる。
式は刃を引いた。
俺の喉から離れる。
そして──刀を下ろした。
「前半は終わりだ」
何を言っているのか分からないのに、
俺の身体は、今さら遅れて震え始めた。
勝ったわけじゃない。
負けたわけでもない。
でも、確かに──
俺は今、試されていた。
式が刀を下ろした瞬間、潮の音が戻ってきた。
それまで耳を塞いでいたみたいに、波の音が急に大きくなる。
風が吹き、砂が擦れ、現実が一拍遅れて追いついてくる。
俺は斬月を構えたまま、動けずにいた。
勝ったわけじゃない。
負けたとも言い切れない。
ただ、身体の芯だけが、じんわりと熱い。
「……何だったんだよ、今の」
喉が渇いていた。
息を整えながら、それでも目は式から逸らさない。
式は刀を鞘に納めるでもなく、軽く肩に担いだまま、海を見ていた。
「確認だ」
短い答え。
「何の」
「お前が、何を優先するか」
その言葉で、胸の奥がきしんだ。
「……それを、斬り合って確かめるのかよ」
「言葉は嘘をつく」
式は淡々と言う。
「剣は、嘘をつかない」
それは、どこかで聞いたことのある理屈だった。
でも、式が言うと、言い逃れの余地がなくなる。
「さっき」
式は、ようやく俺の方を見た。
「お前は勝てた」
その断定に、思わず息を呑む。
「天聖の力を斬月に流し込めば、あの距離なら私を斬れた」
否定できない。
確かに、盤面はそうだった。
「でも、お前はやらなかった」
視線が、俺の背後──絶花の方へ一瞬だけ向く。
「理由は一つだ」
式は言う。
「勝つより、守る方を選んだ」
俺は、言葉に詰まった。
それは、戦いの最中に考えたことじゃない。
身体が、勝手に選んだことだった。
「……それが、何だよ」
絞り出すように言う。
式は少しだけ目を細めた。
「強い力を持つ者は、大抵そこを間違える」
静かな声だった。
「勝てる時に勝つ。
斬れる時に斬る。
それが正しいと、思い込む」
砂浜に、波が寄せては引く。
「だが王は違う」
その言葉が、俺に向けて真っ直ぐ飛んでくる。
「王は、選ぶ」
何を斬るか。
何を斬らないか。
「お前の力は、国を作れる」
胸の奥で、王国の駒が微かに反応する。
「同時に、国を壊せる」
重い言葉だった。
自覚は、ある。
「だから私は」
式は刀の柄に手を置いた。
「お前が、力に溺れる人間かどうかを確かめた」
俺は、拳を握った。
「……結果は」
「合格だ」
あっさりとした言い方だった。
拍子抜けするくらい、淡々と。
「少なくとも今はな」
付け足すのを忘れないあたりが、式らしい。
「私が共闘する条件は一つだけだ」
式は言う。
「自分の勝利より、誰を守るかを先に考えられること」
そして、俺を見る。
「それが出来ない王は、いずれ必ず誰かを切り捨てる」
俺は、絶花を見る。
絶花は何も言わない。
でも、その目は、全部聞いていた。
「……まだ、分からないことだらけだ」
正直な気持ちを吐く。
「王なんて、簡単じゃない」
式は、小さく鼻で息を吐いた。
「簡単な王など、存在しない」
そして、踵を返す。
「次は、私が斬る」
背中越しに言葉が落ちる。
「お前は、決めろ」
海坊主の気配は、まだ消えていない。
溺霊も、完全には沈んでいない。
それでも。
さっきより、視界ははっきりしていた。
俺は、斬月を握り直す。
王になる、という言葉が、
ようやく“責任”として胸に落ちてきた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア