※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

267 / 484
王の決意

 海が、さっきより静かだった。

 

 溺霊の大軍は押し返した。

 

 海坊主の気配も、奥に沈んだ──沈んだだけで、消えたわけじゃない。

 

 潮の匂いは濃いまま、空気は冷えたまま、俺の肺の奥にはまだ水の感覚が残っている。

 

 斬月を握る手が、微かに震えていた。

 

 怖いからじゃない。

 

 疲労と、興奮と、まだ終わっていないという確信が、手の中で混ざっているからだ。

 

 絶花は天聖の光を抑えるように胸元へ手を置き、肩で息をしていた。

 

 それでも目は死んでいない。

 

 俺と同じで、まだ次を見ている。

 

 式だけが、息を乱していなかった。

 

 波打ち際に立ち、日本刀をだらりと下げたまま、海ではなく俺を見ている。

 

 その視線が、妙にまっすぐで──嫌な感じがした。

 

 助けてくれた恩人の目じゃない。

 

 共闘した仲間の目でもない。

 

 もっと冷たい。

 

 もっと正確だ。

 

「……何だよ」

 

 口に出したら、やっと自分の心臓の音が聞こえた。

 

 強く、速い。

 

 式は答えずに、一歩だけ前へ出た。

 

 砂が、きゅ、と鳴る。

 

 ただそれだけの音なのに、俺の背中が反射で強ばる。

 

「ここからは」

 

 式の声は低く、淡々としていた。

 

「お前とだ」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 

「は?」

 

 言い返すより早く、式が踏み込んだ。

 

 速い。

 

 いや、速いという言葉が遅い。

 

 気配が、消える。

 

 消えたと思った瞬間には、もう目の前にいる。

 

 日本刀が、抜かれていた。

 

 抜刀の音が、俺の鼓膜に届く前に、刃が迫る。

 

「っ──!」

 

 斬月を持ち上げる。

 

 巨大な刃で受け止める。

 

 ガン、と鈍い衝撃。

 

 腕が痺れ、足が砂にめり込む。

 

「……殺す気かよ!」

 

 叫ぶ俺に、式は眉一つ動かさない。

 

「死にたくないなら、死ぬように立つな」

 

 意味が分かりそうで、分からない。

 

 でも──分かってしまう。

 

 式の刃は急所を外している。

 

 外しているのに、外されている気がしない。

 

 外されたのは命じゃない。

 

 選択肢だ。

 

 次の一閃。

 

 俺は跳ねるように斬月を振るう。

 

 月牙天衝を放つ余裕はある。放てる。

 

 でも──放った瞬間に、絶花の背後が空く。

 

 海面が、わずかに盛り上がった。

 

 溺霊が、戻ろうとしている。

 

「くそ……!」

 

 俺は刃を引き、式の斬撃を受け流しながら、半身で絶花の方を確認する。

 

 式の動きが、そこで一瞬だけ変わった。

 

 逃さない。

 

 俺の視線の“揺れ”を、見逃さない。

 

「余所見」

 

 短く言って、肩口へ鋭く入れてくる。

 

 斬月の刃で弾いた。

 

 火花の代わりに、冷たい金属音。

 

「……見てんのはお前だろ!」

 

 俺は歯を食いしばりながら、距離を取ろうとする。

 

 式は距離を許さない。

 

 詰める。斬る。詰める。止める。

 

 呼吸の隙間に刃を差し込むみたいな剣だ。

 

 斬月が、内側で低く唸った。

 

『王様。判断が遅い』

 

「分かってる……!」

 

 分かってるのに、身体が追いつかない。

 

 式の剣は、技術だけじゃない。

 

 “ためらい”を切ってくる。

 

 絶花が声を上げた。

 

「太郎!」

 

 俺の心臓が跳ねる。

 

 反射で振り返りそうになる。

 

 その瞬間、式の刃が視界を横切った。

 

 俺は慌てて斬月を戻す。

 

 ギリギリで受ける。

 

「……っ!」

 

 汗が、目に入る。

 

 砂が、口の中に入る。

 

 呼吸が、重い。

 

 絶花は天聖を構え、前に出ようとしていた。

 

「手を出すな」

 

 式が言う。

 

 視線を絶花へ向けずに、言葉だけで止める。

 

「これは王の話だ」

 

 絶花の動きが、止まる。

 

 悔しそうな顔。

 

 でも、踏み込まない。

 

 俺はその表情を見て、胸の奥が痛んだ。

 

 王の話。

 

 王様。

 

 俺の言葉が、いま自分を縛っている。

 

 式が来る。

 

 もう一度、踏み込んでくる。

 

 俺は──月牙天衝を撃てる。

 

 絶花の天聖の力もまだ残っている。

 

 この距離なら、決められる可能性だってある。

 

 でも。

 

 海が、また鳴った。

 

 溺霊が、絶花の足元へ手を伸ばす気配。

 

 “数の暴力”の戻り。

 

 俺の頭の中で、盤面が開いた。

 

 勝つか。

 

 守るか。

 

 その二択が、刃の先に見えた。

 

 俺は息を吸って、吐く。

 

「……俺は」

 

 言葉より先に、身体が選んだ。

 

 斬月を横に振るい、式への攻めを捨てる。

 

 攻撃ではなく、壁を作る。

 

 月牙天衝ではない。

 

 “押し返すための一振り”。

 

 式の刃を受け止め、同時に絶花の前へと立つ。

 

 溺霊の手が砂から伸びる。

 

 俺はそれを斬る。

 

 一体、二体。

 

 消しても消しても、戻ってくる気配。

 

 でも絶花の足元だけは、空けない。

 

 式の剣が、俺の喉元へ来る。

 

 俺は斬月を立てて止める。

 

 刃と刃が噛み合う。

 

 近い。

 

 息がかかる距離。

 

 式の目が、俺の目を覗き込んだ。

 

「……なるほど」

 

 その声は、初めて少しだけ温度があった。

 

 剣が、止まる。

 

 式は刃を引いた。

 

 俺の喉から離れる。

 

 そして──刀を下ろした。

 

「前半は終わりだ」

 

 何を言っているのか分からないのに、

 

 俺の身体は、今さら遅れて震え始めた。

 

 勝ったわけじゃない。

 

 負けたわけでもない。

 

 でも、確かに──

 

 俺は今、試されていた。

 

 式が刀を下ろした瞬間、潮の音が戻ってきた。

 

 それまで耳を塞いでいたみたいに、波の音が急に大きくなる。

 

 風が吹き、砂が擦れ、現実が一拍遅れて追いついてくる。

 

 俺は斬月を構えたまま、動けずにいた。

 

 勝ったわけじゃない。

 

 負けたとも言い切れない。

 

 ただ、身体の芯だけが、じんわりと熱い。

 

「……何だったんだよ、今の」

 

 喉が渇いていた。

 

 息を整えながら、それでも目は式から逸らさない。

 

 式は刀を鞘に納めるでもなく、軽く肩に担いだまま、海を見ていた。

 

「確認だ」

 

 短い答え。

 

「何の」

 

「お前が、何を優先するか」

 

 その言葉で、胸の奥がきしんだ。

 

「……それを、斬り合って確かめるのかよ」

 

「言葉は嘘をつく」

 

 式は淡々と言う。

 

「剣は、嘘をつかない」

 

 それは、どこかで聞いたことのある理屈だった。

 

 でも、式が言うと、言い逃れの余地がなくなる。

 

「さっき」

 

 式は、ようやく俺の方を見た。

 

「お前は勝てた」

 

 その断定に、思わず息を呑む。

 

「天聖の力を斬月に流し込めば、あの距離なら私を斬れた」

 

 否定できない。

 

 確かに、盤面はそうだった。

 

「でも、お前はやらなかった」

 

 視線が、俺の背後──絶花の方へ一瞬だけ向く。

 

「理由は一つだ」

 

 式は言う。

 

「勝つより、守る方を選んだ」

 

 俺は、言葉に詰まった。

 

 それは、戦いの最中に考えたことじゃない。

 

 身体が、勝手に選んだことだった。

 

「……それが、何だよ」

 

 絞り出すように言う。

 

 式は少しだけ目を細めた。

 

「強い力を持つ者は、大抵そこを間違える」

 

 静かな声だった。

 

「勝てる時に勝つ。

 

 斬れる時に斬る。

 

 それが正しいと、思い込む」

 

 砂浜に、波が寄せては引く。

 

「だが王は違う」

 

 その言葉が、俺に向けて真っ直ぐ飛んでくる。

 

「王は、選ぶ」

 

 何を斬るか。

 

 何を斬らないか。

 

「お前の力は、国を作れる」

 

 胸の奥で、王国の駒が微かに反応する。

 

「同時に、国を壊せる」

 

 重い言葉だった。

 

 自覚は、ある。

 

「だから私は」

 

 式は刀の柄に手を置いた。

 

「お前が、力に溺れる人間かどうかを確かめた」

 

 俺は、拳を握った。

 

「……結果は」

 

「合格だ」

 

 あっさりとした言い方だった。

 

 拍子抜けするくらい、淡々と。

 

「少なくとも今はな」

 

 付け足すのを忘れないあたりが、式らしい。

 

「私が共闘する条件は一つだけだ」

 

 式は言う。

 

「自分の勝利より、誰を守るかを先に考えられること」

 

 そして、俺を見る。

 

「それが出来ない王は、いずれ必ず誰かを切り捨てる」

 

 俺は、絶花を見る。

 

 絶花は何も言わない。

 

 でも、その目は、全部聞いていた。

 

「……まだ、分からないことだらけだ」

 

 正直な気持ちを吐く。

 

「王なんて、簡単じゃない」

 

 式は、小さく鼻で息を吐いた。

 

「簡単な王など、存在しない」

 

 そして、踵を返す。

 

「次は、私が斬る」

 

 背中越しに言葉が落ちる。

 

「お前は、決めろ」

 

 海坊主の気配は、まだ消えていない。

 

 溺霊も、完全には沈んでいない。

 

 それでも。

 

 さっきより、視界ははっきりしていた。

 

 俺は、斬月を握り直す。

 

 王になる、という言葉が、

 

 ようやく“責任”として胸に落ちてきた。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。