※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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病院の堕天使

スマホが震えた瞬間、病院の静けさがひときわ薄っぺらく感じた。

蛍光灯の白さ、空調の乾いた風、遠くで鳴る電子音――どれも「日常」の顔をしてるのに、指先だけが先に戦場の温度へ戻っていく。

 

絶花は少し離れた待合の椅子に座っていて、俺の表情を見た途端に背筋を伸ばした。胸元を押さえる手が強くなる。天聖が余計なタイミングで口を開かないように、というより、彼女自身が落ち着くための癖みたいな動きだ。

 

俺は廊下の端に寄って、誰にも聞こえない角度でスマホを耳に当てた。

心臓が、秒針みたいに規則正しく打っている。さっきまでの検査の音より、ずっと大きい。

 

「んっ、もしもし?どうしました、式さん」

 

自分の声が、思ったより軽く出た。軽く出さないと、今いる場所が場所だけに、俺まで変に浮く。病院の空気ってのは、声の温度ひとつで人を選別する。

 

『聞こえるか、太郎?』

 

式さんの声はいつも通り、乾いていて、余計な響きがない。

その平坦さが逆に嫌だった。こういう時の式さんは、言葉を削って核心だけを投げてくる。

 

「いきなりどうしたんですか?良い問うは俺、言われた通り、病院にいますけど?」

 

冗談めかして返しながら、俺の視線は勝手に動いていた。

受付のカウンター。廊下の曲がり角。非常口の表示。

人の流れ。死角。距離。

さっき会った“東郷”って人が自然に見ていたものを、俺も真似するみたいに拾ってしまう。

 

そうして、俺が言うと。

 

『医者が殺された』

 

「っ」

 

喉が鳴った。息がひっかかった。

病院という場所で「医者が殺された」って言葉は、現実味がありすぎて、想像の逃げ道を塞いでくる。

 

同時に、俺は周囲を見渡してしまう。

白衣の医師が通る。看護師がカルテを抱えて歩く。

すれ違う誰もが無関係に見えて、無関係だと断言できない。

さっきまで“守られる側”の空気に浸かっていたはずなのに、皮膚の下に棘が戻ってくる。

 

「どういう事ですか?」

 

声を低くした。

絶花が俺の方を見て、目だけで「何?」と訊いてくる。俺は首を横に振った。今は、ここで余計な説明をしてる場合じゃない。

 

『こっちの仕事で、ある場所へと向かった。そこでお前達の病院にいる医者の死体があった』

 

「……この病院の?」

 

言いかけて、やめた。確認の言葉が、喉の奥で引っかかる。

“ここ”が巻き込まれている。

そう思っただけで、床が一段冷たく感じた。

 

「犯人は分かるんですか?」

 

自分でも意外なくらい、言葉は平静だった。

たぶん、平静じゃないと崩れる。崩れたら、絶花が崩れる。

それは、最悪だ。

 

『さぁな、けれど、現場に残っている物から、推測は出来る』

 

推測。現場。残っている物。

式さんがそんな言い方をする時は、答えがほぼ出てる時だ。

俺の中で、斬月の気配が静かに身を起こす。実体はないのに、刃の重さだけが手の内に蘇ってくる。

 

緊張感がある最中で式さんから告げられたのは。

 

『堕天使だ』

 

空調の風が、一瞬だけ止まった気がした。もちろん止まってない。ただ、俺の身体がそれを“止まったことにした”。

危険を受け取った瞬間、人間は世界を勝手に編集する。

 

「……堕天使?」

 

その言葉に俺は首を傾げる。

知識としては聞いたことがある。けど、それは遠い世界の話のはずだった。悪魔とか天使とか、そういう存在は“あっち側”の物語で、田舎町の病院の廊下とは結びつかない――そう思いたかった。

 

『天使から墜ちた存在だ。奴らに関しては私も詳しい事は知らない。けれど、人間を狙う理由が一つだけ心当たりがある』

 

式さんが「詳しく知らない」と言う時点で、嫌な予感しかしない。

知らない=油断できない。

知っている敵より、ずっと厄介だ。

 

「心当たり、それは」

 

言いながら、俺は絶花の方へ視線を投げた。

彼女は俺の目を見て、すぐに察したのか、胸元を押さえる手に力を込めた。天聖の光は出ていない。それが逆に怖い。静かな時ほど、突然跳ねる。

 

『神器だ』

 

その一言が、胸の奥に落ちた。

王国の駒。斬月。天聖。

俺たちが“普通の病院”に持ち込んでしまった異物の一覧が、勝手に頭の中に並ぶ。

 

俺はその言葉に心当たりはある。

 

「それは俺が持つ王国の駒や絶花の天聖とか?」

 

言いながら、喉が乾く。

認めたら、狙われる。狙われるなら、守る。

思考が勝手にそこまで滑っていく。

 

『そうなるな。だからこそ、お前達を狙う可能性がある。それに』

 

「それに?」

 

言葉の続きを、俺は無意識に待っていた。

“それに”の後に来るものは、いつも面倒だ。

逃げられない面倒。

 

その言葉に疑問に思っていると。

 

『とにかく、気をつけろ。堕天使は今はその病院にいるはずだ』

 

耳の奥が、じん、と鳴った。

“いるはずだ”という言い方は、ほぼ断定だ。式さんの断定は、外れない。

 

それと共に電話が切られる。

 

通話終了の画面が、妙に明るい。

俺は数秒そのまま固まって、スマホを下ろした。

掌に汗が滲んでいる。病院の冷房が、汗を冷やしていく。

 

絶花が静かに近づいてきた。声は出さない。出せない。

その代わり、俺の袖口をそっと掴む。小さい力。だけど、これだけで呼吸が整う。

 

「……この中に堕天使がいるか」

 

呟いた瞬間、さっきまで無害に見えた白い廊下が、急に“舞台”へ変わった。

誰かの靴音が近づく。

カートの車輪が軋む。

その全部が、敵の前兆に聞こえる。

 

斬月の気配が、胸の奥で静かに笑った気がした。

笑い声は聞こえない。ただ、そういう圧だけがある。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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