サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
東郷の声が、階段の冷気を裂いて入ってきた。
振り返る暇はない。光の槍が二本、踊り場をなぞるように滑り込み、逃げ場を細く切り取ろうとしている。こいつは刺すより“分ける”。分けた先に、人の命を置く。
「了解……っ!」
息を吐きながら、視線だけで探す。病院ってのは不思議だ。必要なものが必ず近くにある。必要じゃないものも、同じくらい近くにある。
踊り場の壁際、ストレッチャーの横に金属のワゴン。滅菌パックが積まれて、銀色のトレーが一枚、端から少しはみ出していた。
光の槍が来る。
斬月を立てて受ける――受けた瞬間、腕が痺れて膝が沈みかけた。火花は白い。眩しさが視界を削る。
堕天使の息が、扉の隙間の向こうで低く鳴った。面白がってる。
『今だ』
斬月の声が胸の奥で落ちる。短い。迷いを切る音。
俺は受け流した反動のまま横へ踏み、ワゴンへ手を伸ばした。
トレーは冷たく、指が一瞬だけ張りつく。消毒液の匂いが鼻を突く。
持ち上げた途端、金属が小さく鳴った。やべえ、と思った瞬間、東郷が床に落ちた紙コップを足で止め、音の逃げ道を塞いだ。そういう動きが、妙に早い。
「角度! 正面じゃない!」
東郷が言った。
その声に従うように、俺はトレーを斜めに構える。鏡面。光を返す面。
槍が飛ぶ。針みたいに細い光が、俺の喉元じゃなく、トレーの中心へ吸い込まれてくる。
「……返す!」
トレーが白く染まった。
目の奥が焼ける。熱いのに、冷たい。光が金属にぶつかる音が、耳じゃなく骨に響く。
次の瞬間、光が跳ねた。真っ直ぐじゃない。斜めに折れて、扉の向こうへ――堕天使の方へ戻っていく。
「っ!?」
堕天使の声が、初めて形になった。驚きは短い。短いけど、十分だった。
戻った光が白衣の肩口を掠め、黒い翼の縁が焦げた匂いを立てる。羽根が一枚、床に落ちて、そこからまた細い槍が生まれかける。
『踏み込め』
斬月が言う。
俺は迷わずトレーを放り投げた。投げる先は堕天使じゃない。床。踊り場の角。鏡面が横倒しに滑って、槍の“道”をもう一度歪ませるための餌になる。
「絶花、下がれ! 東郷も壁!」
二人が動く気配が背中で揃った。足音が重ならない。息だけが同時に止まる。
この瞬間、病院の人間の気配が遠い。防火シャッターの向こうの世界を、しっかり切り離せてる。
俺は斬月を両手で握り直した。さらしが汗を吸い、掌の中でずれる。ずれるのを指で噛ませて止める。
堕天使が槍を作り直そうと腕を上げる。光が集まる。さっきより荒い。怒りが混ざってる。
「遅い」
言い捨てて、踏み込んだ。
斬月を振り上げる。横じゃない。月牙も撃たない。ここで飛ばしたら壁も床も割れる。割れた先に誰がいるか分からない。
やるのは一つ。
叩きつけ。
刃の腹を落とす。
重量が世界を沈める。空気が潰れ、階段の反響が一拍遅れて返ってくる。
堕天使が受けようと槍を差し出した瞬間、鏡面トレーに反射した光が一度だけ視界を乱し、槍の芯がぶれた。
斬月が、そのぶれを逃さなかった。
鈍い音。金属でも骨でもない、硬いものが折れる手応え。
白衣の男の身体が、膝から崩れた。翼が力なく垂れ、槍は溶けるみたいに霧散する。マスクの奥から息が漏れ、それきり動かなくなる。
気絶――そう判断する前に、俺の腕が勝手に震え出した。
「……終わった、のか」
答えは返らない。
返らないのが答えだ。
東郷が壁際から一歩出て、堕天使を見た。さっきの鋭さがまだ残っているのに、顔色は薄い。呼吸が浅い。
絶花は胸元を押さえたまま俺を見て、口を開きかけて、閉じた。天聖が黙っているのを確かめるみたいに指先が布を掴む。
『よくやった』
斬月の声が、胸の底で小さく鳴った。
褒め言葉なのに、あったかくはならない。代わりに、全身の力が抜けていく。抜け方が急すぎる。
「……まだ、病院……」
言いかけて、言葉が途切れた。
視界の端が暗くなる。斬月の重さが急に倍になる。膝が勝手に折れ、床が近づいてくる。
倒れる前に何か掴もうとして、指が空を掴んだ。冷たい空気だけが掌に残る。
東郷の足音が近づく。
何か言おうとしている気配がある。
その声を聞かなきゃいけないのに、まぶたが重い。重いのに、閉じるのが怖い。
「……太郎!」
絶花の声が遠い。
斬月が消える気配がする。実体が霧みたいにほどけて、胸の奥へ戻っていく。
胸の中に残ったのは、鉄の匂いと、光の焼ける痛みと、守る順番の感触。
床に肩が当たった。冷たい。硬い。
呼吸の音だけが、階段に薄く残る。
そして――東郷の声が、最後に割り込んできた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア