※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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東の策

東郷の声が、階段の冷気を裂いて入ってきた。

振り返る暇はない。光の槍が二本、踊り場をなぞるように滑り込み、逃げ場を細く切り取ろうとしている。こいつは刺すより“分ける”。分けた先に、人の命を置く。

 

「了解……っ!」

 

息を吐きながら、視線だけで探す。病院ってのは不思議だ。必要なものが必ず近くにある。必要じゃないものも、同じくらい近くにある。

踊り場の壁際、ストレッチャーの横に金属のワゴン。滅菌パックが積まれて、銀色のトレーが一枚、端から少しはみ出していた。

 

光の槍が来る。

斬月を立てて受ける――受けた瞬間、腕が痺れて膝が沈みかけた。火花は白い。眩しさが視界を削る。

堕天使の息が、扉の隙間の向こうで低く鳴った。面白がってる。

 

『今だ』

 

斬月の声が胸の奥で落ちる。短い。迷いを切る音。

 

俺は受け流した反動のまま横へ踏み、ワゴンへ手を伸ばした。

トレーは冷たく、指が一瞬だけ張りつく。消毒液の匂いが鼻を突く。

持ち上げた途端、金属が小さく鳴った。やべえ、と思った瞬間、東郷が床に落ちた紙コップを足で止め、音の逃げ道を塞いだ。そういう動きが、妙に早い。

 

「角度! 正面じゃない!」

 

東郷が言った。

その声に従うように、俺はトレーを斜めに構える。鏡面。光を返す面。

槍が飛ぶ。針みたいに細い光が、俺の喉元じゃなく、トレーの中心へ吸い込まれてくる。

 

「……返す!」

 

トレーが白く染まった。

目の奥が焼ける。熱いのに、冷たい。光が金属にぶつかる音が、耳じゃなく骨に響く。

次の瞬間、光が跳ねた。真っ直ぐじゃない。斜めに折れて、扉の向こうへ――堕天使の方へ戻っていく。

 

「っ!?」

 

堕天使の声が、初めて形になった。驚きは短い。短いけど、十分だった。

戻った光が白衣の肩口を掠め、黒い翼の縁が焦げた匂いを立てる。羽根が一枚、床に落ちて、そこからまた細い槍が生まれかける。

 

『踏み込め』

 

斬月が言う。

俺は迷わずトレーを放り投げた。投げる先は堕天使じゃない。床。踊り場の角。鏡面が横倒しに滑って、槍の“道”をもう一度歪ませるための餌になる。

 

「絶花、下がれ! 東郷も壁!」

 

二人が動く気配が背中で揃った。足音が重ならない。息だけが同時に止まる。

この瞬間、病院の人間の気配が遠い。防火シャッターの向こうの世界を、しっかり切り離せてる。

 

俺は斬月を両手で握り直した。さらしが汗を吸い、掌の中でずれる。ずれるのを指で噛ませて止める。

堕天使が槍を作り直そうと腕を上げる。光が集まる。さっきより荒い。怒りが混ざってる。

 

「遅い」

 

言い捨てて、踏み込んだ。

斬月を振り上げる。横じゃない。月牙も撃たない。ここで飛ばしたら壁も床も割れる。割れた先に誰がいるか分からない。

やるのは一つ。

 

叩きつけ。

 

刃の腹を落とす。

重量が世界を沈める。空気が潰れ、階段の反響が一拍遅れて返ってくる。

堕天使が受けようと槍を差し出した瞬間、鏡面トレーに反射した光が一度だけ視界を乱し、槍の芯がぶれた。

 

斬月が、そのぶれを逃さなかった。

 

鈍い音。金属でも骨でもない、硬いものが折れる手応え。

白衣の男の身体が、膝から崩れた。翼が力なく垂れ、槍は溶けるみたいに霧散する。マスクの奥から息が漏れ、それきり動かなくなる。

気絶――そう判断する前に、俺の腕が勝手に震え出した。

 

「……終わった、のか」

 

答えは返らない。

返らないのが答えだ。

 

東郷が壁際から一歩出て、堕天使を見た。さっきの鋭さがまだ残っているのに、顔色は薄い。呼吸が浅い。

絶花は胸元を押さえたまま俺を見て、口を開きかけて、閉じた。天聖が黙っているのを確かめるみたいに指先が布を掴む。

 

『よくやった』

 

斬月の声が、胸の底で小さく鳴った。

褒め言葉なのに、あったかくはならない。代わりに、全身の力が抜けていく。抜け方が急すぎる。

 

「……まだ、病院……」

 

言いかけて、言葉が途切れた。

視界の端が暗くなる。斬月の重さが急に倍になる。膝が勝手に折れ、床が近づいてくる。

倒れる前に何か掴もうとして、指が空を掴んだ。冷たい空気だけが掌に残る。

 

東郷の足音が近づく。

何か言おうとしている気配がある。

その声を聞かなきゃいけないのに、まぶたが重い。重いのに、閉じるのが怖い。

 

「……太郎!」

 

絶花の声が遠い。

斬月が消える気配がする。実体が霧みたいにほどけて、胸の奥へ戻っていく。

胸の中に残ったのは、鉄の匂いと、光の焼ける痛みと、守る順番の感触。

 

床に肩が当たった。冷たい。硬い。

呼吸の音だけが、階段に薄く残る。

 

そして――東郷の声が、最後に割り込んできた。

女王は誰にする?

  • アルファ
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