※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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病院の後始末

目を開けたとき、最初に見えたのは白い天井じゃなくて、カーテンの隙間だった。

 

薄い夕方の色が差し込んでいて、病院の匂いはするのに、あの地下の冷たさはない。喉がひりつく。腕が重い。掌の奥に、まだ斬月の重さが残っていた。

 

「……起きたか」

 

声のした方を見ると、窓際に式がいた。椅子に浅く座って、こっちを見ている。いつもの顔だ。こっちが死にかけようが、眠っていようが、だいたい同じ顔をしている。

 

その横で、絶花がぱっと立ち上がる。胸元を押さえる手が先に動いて、それから俺の顔を覗き込んだ。

 

「太郎、その分かる? ここ、どこなのか?」

 

「……病院か?たぶん」

 

「たぶんって」

 

「起きたばっかなんだよ……」

 

言い返したら、喉が痛んだ。自分でも情けない声が出たと思う。

 

絶花が少しだけ肩の力を抜く。怒ってるんじゃない。ずっと張ってたのが、やっと緩んだ顔だった。

 

「水、あるけど飲む?」

 

「サンキュー」

 

コップを受け取ろうとして、腕が上がらない。肘から先が人のものじゃないみたいに重い。絶花が無言でコップを傾けてくれる。こういうところ、昔から容赦がないくらい手際がいい。

 

一口飲んで、ようやく息が整った。

 

「……で。俺が倒れた後、どうなった」

 

待ってました、みたいに式が脚を組み替えた。

 

「先に言っとくが、説教は覚悟しておけ」

 

「うっやっぱり」

 

「当たり前だ」

 

そこで一拍置いて、式はいつもの調子で続けた。

 

「まず、病院の中でおまえがやった判断は正解だ。大技を撃たなかったのも、場所を動かそうとしたのもな」

 

「褒めるの、そこだけか」

 

「褒めるだけで終わると思うな。倒れるまで戦うな、馬鹿」

 

言い切り方が速い。痛いところに刃だけ当ててくる。

 

「……結果的に終わっただろ」

 

「結果論だ。終わったのは、おまえ一人の手柄じゃない」

 

式の視線が、俺じゃなく絶花の方へ流れる。次に、部屋の出入口の方へ。

 

ちょうどそのタイミングで、扉が少し開いて、東郷が顔を出した。入るか迷ったみたいに一度止まって、それから静かに中に入ってくる。

 

「起きたんですね」

 

「……ああ。助かった。あの時の一言、なかったら普通に刺されてた」

 

東郷は少し目を伏せて、それから困ったように笑った。

 

「私も、なんで分かったのか……途中から、ちょっとだけ、思い出したみたいな感じで」

 

「“みたいな感じ”で済ませるには、だいぶ的確だったけどな」

 

「そこは後で整理する。今は事後処理の話だ」

 

式が割って入る。助かったような、助かってないような顔で、東郷が口を閉じた。

 

「……堕天使は?」

 

俺が訊くと、式はあっさり答えた。

 

「生きてる。気絶してたのを、こっちで回収した」

 

「こっちって、組か」

 

「そう。表に出せない案件を片付ける時だけは、年寄り連中も役に立つ」

 

言い方に遠慮がない。たぶん本当にそうなんだろう。

 

「病院側には?」

 

「親戚経由で話は通した。地下の騒ぎは設備トラブル、シャッターの誤作動、器具の破損。監視カメラは必要な分だけ押さえた。見られて困るところは、最初から“映ってなかった”ことになってる」

 

「そんな都合よくいくのかよ」

 

「都合よくするのが処理だ。おまえはそういうの苦手そうだな」

 

「うるさい」

 

「うるさくない。おまえが苦手なことをやるのが、こっちの役目だ」

 

式の言い方は刺々しいのに、不思議と安心する。自分で抱えきれない部分を、誰かが雑にでも引き取ってくれる声音をしているからだ。

 

「じゃあ、あの医者のことは……」

 

そこだけ、口が重くなった。堕天使の言い方が頭に残っている。器。壊れた器。

 

式の目が少しだけ細くなる。

 

「遺体はこっちで確保した。身元確認も、病院への連絡も、家族への対応も、筋を通す。少なくとも“原因不明の怪奇事件”にはしない」

 

「……そうか」

 

「納得してない顔だな」

 

「してるよ。してるけど、追いついてないだけだ」

 

言ったら、絶花が小さく頷いた。たぶん、同じ気持ちなんだろう。

 

式はそれ以上そこを追わなかった。代わりに、指先で窓の方をとん、と叩く。

 

「で、堕天使の目的。あれはおまえらの神器の“共鳴”を取ってた。天聖と斬月、正確には王国の駒が変質した後の反応だ」

 

「やっぱり狙いはそこか」

 

「そこ“だけ”じゃない」

 

「……まだあるのか」

 

「あったから、医者が死んだ」

 

部屋が少し静かになる。空調の音だけが目立つ。

 

式は脚を組み直して、こっちを見た。

 

「あいつは単独じゃない可能性が高い。病院の構造、鍵、検体の流れを把握しすぎてた。潜り込んだ期間が短いにしては、動きが馴れすぎてる」

 

「協力者……?」

 

「人間かもしれないし、人間じゃないかもしれない。そこはまだ洗ってる」

 

「洗ってる、って」

 

「おまえは寝てろ。そういう意味だ」

 

反射で言い返しそうになって、やめた。腕を少し動かしただけで筋肉が悲鳴を上げる。寝てろは、たぶん正論だ。悔しいけど。

 

「……東郷さんは」

 

絶花が口を開いた。視線は東郷に向いているけど、訊いてる相手は式だ。

 

「記憶、戻るの」

 

東郷が少し肩を揺らした。自分のことを先に他人に問われるの、慣れてない顔だった。

 

式は顎に手をやって、少しだけ考える。

 

「一気には戻らない。戻したら壊れるかもしれない。けど、きっかけは入った。今回みたいに“身体が先に思い出す”形で、端から戻る可能性はある」

 

「壊れるって……」

 

「怖がらせたいわけじゃない。雑に触るなって話だ」

 

言い方は冷たいのに、線の引き方はちゃんとしている。式らしい。

 

東郷が、今度ははっきり俺の方を見た。

 

「……あの時、背中を見て、思い出したんです。全部じゃないですけど」

 

「俺の背中?」

 

「はい。守る時の立ち方っていうか……庇う時に、ちゃんと逃げ道を残す動き。あれを見て、頭じゃなくて身体が先に反応した感じで」

 

式が小さく鼻で笑う。

 

「悪くない説明だな」

 

「褒めてます?」

 

「事実を言っただけだ」

 

「それ、褒めてる時の言い方に聞こえないんですけど」

 

東郷がそう返した瞬間、部屋の空気が少しだけ軽くなった。絶花も、ほんの少し口元を緩める。

 

俺は枕に頭を預け直して、長く息を吐いた。

 

「……じゃあ、まとめると。堕天使は組が回収。病院の処理は式の親戚と組で片付けた。目的は俺と絶花の共鳴。まだ仲間がいるかもしれない。俺は寝ろ」

 

「だいたい合ってる」

 

「最後だけ納得いかない」

 

「納得しなくていい。従え」

 

「王様に向かってその言い方する?」

 

「王様なら、寝る時は寝ろ」

 

即答だった。ひどい。正しい。ひどい。

 

絶花が小さく笑って、それから真顔に戻る。

 

「太郎。今回は、ほんとに寝て。次のこと考えるのは、起きてから」

 

「……分かったよ」

 

言いながら、たぶん顔には出てたんだろう。分かってるけど、頭はもう次を考えてるって顔が。

 

式がそれを見て、最後に一言だけ落としてきた。

 

「次を考えるのは構わない。ただし一人で考えるな。おまえ、独断で突っ込むとすぐ沈む」

 

海の時のことまで込みで言われてる。言い返せない。

 

「……覚えときます」

 

「覚えろ。で、寝ろ」

 

そこで会話が切れて、部屋の静けさが戻ってきた。

窓の外の色はもう薄くなっていて、夜に変わる手前の、いちばん曖昧な時間だった。

 

俺は目を閉じる。

女王は誰にする?

  • アルファ
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