サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
商店街に入ると、夕方の空気が少しだけ変わる。
学校の帰り道の匂いに、揚げ物の油と、魚屋の潮っぽさと、八百屋の青い匂いが混ざる。さっきまで並んでいた三つの影も、人の流れに紛れて細く伸びた。
流子は相変わらず、こっちを気にしていないふうを装っていた。
実際には、気にしている。歩幅が微妙に速くなったり、絶花が話しかけるたびに返事が半拍遅れたりするあたり、見ていれば分かる。けれど、そこをわざわざ言うほど野暮でもない。
「この辺、よく通るの?」
絶花がそう聞くと、流子は前を向いたまま肩をすくめた。
「別に。近いから歩いてるだけだ」
「じゃあ、よく知ってるんだ」
「知らねえよ。歩いてるだけだって言ってんだろ」
言い方は刺がある。けど、会話そのものは切っていない。
その程度の変化でも、絶花はうれしいらしい。横顔が少しだけやわらいで、見ているこっちまで気が抜ける。こんなふうに誰かとの距離を詰めていくのが、絶花は昔からうまい。うまいというより、怖がるくせに、引かない。
そのとき、前の方で小さな悲鳴が上がった。
商店街の角、駄菓子屋の前で、小学生くらいの子が尻もちをついている。立ちふさがっていたのは、高校生くらいの男二人。笑いながら、落ちた財布を靴先で転がしていた。
「返してよ!」
細い声が震えて、余計に腹が立つ。
俺が一歩出るより先に、黒い影が前へ飛び出した。流子だ。
「おい」
たった一言。
低くて、短くて、妙に響いた。男たちが振り返る。流子はそのまま、落ちた財布を足で引き寄せ、小学生の方へ蹴るように滑らせた。
「ガキ相手に何してんだ。みっともねえ」
言葉だけなら正論だ。
ただ、立ち方が悪い。喧嘩慣れしたやつの重心で、相手の逃げ道を半分塞いでいる。知らないやつが見れば、“助けに入った”じゃなく、“絡みにいった”に見える。
案の定、周りの視線がざわついた。
「またあの子……」
「不良でしょ、あれ」
「店の前でやめてほしいわね」
向けられた言葉に、流子の肩がぴくりと動く。
怒った、というより、慣れた反応だ。刺さる前に、もう身構えている。ああいう顔を見せるやつは、だいたい、何度も同じことを言われてきたやつだ。
「なんだよ、文句あんのか」
男の一人が凄む。
流子は鼻で笑った。
「あるから言ってんだろ。聞こえなかったか?」
空気がきしんだ。
今にも殴り合いになりそうな温度だった。俺は止めに入るタイミングを測ったが、今度は絶花が先だった。
「違います!」
商店街のざわめきを切るように、絶花の声が通る。
流子も、男たちも、一瞬だけ動きを止めた。
「この子は、止めに入っただけです。財布も返しました。悪いのはそっちでしょう」
まっすぐだった。
変に取り繕わないぶん、言葉の芯がぶれない。絶花は流子の隣に立って、ためらいもなくそう言い切った。ああいう時のこいつは、怖いものを見ているくせに、怖い顔をしない。
「……あ?」
男たちが絶花にまで視線を向ける。
その瞬間、俺も前へ出た。流子の反対側に立つ。三人並ぶ形になる。
「子ども相手に財布いじってたのは見えてる。まだ続けるなら、今度はこっちも黙ってない」
言いながら、視線は男たちの足に落とす。
踏み込み方、肩の上がり方、拳の握り方。喧嘩する気はあるけど、本気でやり合う度胸は薄い。流子が前に出た時点で、半分は気圧されていた。
沈黙がひとつ落ちて、それから男たちは舌打ちした。
「……ちっ。面倒くせえな」
吐き捨てるように言って、二人は去っていく。
残ったのは、まだ震えている小学生と、妙に居心地の悪そうな流子だった。
「ほら」
流子が財布を拾って、しゃがみ込んだ子に差し出す。
声はさっきより少しだけ低い。
「次からは、ちゃんとしまっとけ」
乱暴な言い方なのに、その子は泣きそうな顔で何度も頭を下げた。
それを見て、周りのざわめきが少しずつ静まっていく。さっきまで好き勝手に言っていた連中は、何事もなかった顔で店の中に戻っていった。そういうところまで含めて、妙に腹が立つ。
流子は立ち上がると、こっちを見ずに吐き捨てた。
「……別に、助けてもらわなくても平気だった」
「うん。でも、言わないと、みんな勝手に決めつけるから」
絶花が答える。責める調子じゃない。事実を置く声だった。
「勝手に決めつけられるの、慣れてるし」
「慣れてても、嫌なものは嫌でしょ」
その返しに、流子が初めて言葉を失った。
目を細めて絶花を見る。睨むみたいな顔なのに、その奥にあるのは戸惑いだった。真正面からそう言われるのに、慣れていない。たぶん、そういう顔だ。
俺はそのやり取りを見ながら、胸の奥に小さく引っかかるものを感じていた。
さっきの踏み込み、間合い、肩の開き。素人の喧嘩じゃない。下手に力を振り回さず、それでも引かない立ち方をしていた。あれは、ただ荒っぽいだけじゃ身につかない。
「……太郎」
絶花が小さく俺を呼ぶ。
たぶん、同じことを考えているわけじゃない。でも、こっちが黙って観察しているのは見抜かれている。
「分かってる。今は言わない」
そう返すと、絶花は少しだけ口元をゆるめた。
流子はそんな俺たちを怪訝そうに見て、それからふいと顔を背ける。
「ほんと、お前ら変だな」
「よく言われる」
絶花がまた同じことを言う。
今度は流子も、すぐには突っ込まなかった。代わりに、深く息を吐いて、鞄を肩にかけ直す。
「……帰るぞ」
ぶっきらぼうなその言葉が、誰に向けたものなのか、一瞬分からなかった。
でも、歩き出したあとで、ちゃんと速度を落としている。二人分、並べるくらいの速さに。
絶花がうれしそうな顔をしたのを見て、俺はわざと何も言わず、その少し後ろについた。
誤解されるやつは、放っておけない。
たぶん絶花は、最初からそう思っていたんだろう。俺はそこまで器用じゃない。けれど、今はもう分かる。放っておいたら、あいつは一人で噛みついて、一人で血を流す側の人間だ。
夕方の商店街を、三人で歩く。
さっきより、影の間が少しだけ狭くなっていた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア