※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

288 / 484
不良との交流

商店街に入ると、夕方の空気が少しだけ変わる。

学校の帰り道の匂いに、揚げ物の油と、魚屋の潮っぽさと、八百屋の青い匂いが混ざる。さっきまで並んでいた三つの影も、人の流れに紛れて細く伸びた。

 

流子は相変わらず、こっちを気にしていないふうを装っていた。

実際には、気にしている。歩幅が微妙に速くなったり、絶花が話しかけるたびに返事が半拍遅れたりするあたり、見ていれば分かる。けれど、そこをわざわざ言うほど野暮でもない。

 

「この辺、よく通るの?」

 

絶花がそう聞くと、流子は前を向いたまま肩をすくめた。

 

「別に。近いから歩いてるだけだ」

 

「じゃあ、よく知ってるんだ」

 

「知らねえよ。歩いてるだけだって言ってんだろ」

 

言い方は刺がある。けど、会話そのものは切っていない。

その程度の変化でも、絶花はうれしいらしい。横顔が少しだけやわらいで、見ているこっちまで気が抜ける。こんなふうに誰かとの距離を詰めていくのが、絶花は昔からうまい。うまいというより、怖がるくせに、引かない。

 

そのとき、前の方で小さな悲鳴が上がった。

商店街の角、駄菓子屋の前で、小学生くらいの子が尻もちをついている。立ちふさがっていたのは、高校生くらいの男二人。笑いながら、落ちた財布を靴先で転がしていた。

 

「返してよ!」

 

細い声が震えて、余計に腹が立つ。

俺が一歩出るより先に、黒い影が前へ飛び出した。流子だ。

 

「おい」

 

たった一言。

低くて、短くて、妙に響いた。男たちが振り返る。流子はそのまま、落ちた財布を足で引き寄せ、小学生の方へ蹴るように滑らせた。

 

「ガキ相手に何してんだ。みっともねえ」

 

言葉だけなら正論だ。

ただ、立ち方が悪い。喧嘩慣れしたやつの重心で、相手の逃げ道を半分塞いでいる。知らないやつが見れば、“助けに入った”じゃなく、“絡みにいった”に見える。

 

案の定、周りの視線がざわついた。

 

「またあの子……」

「不良でしょ、あれ」

「店の前でやめてほしいわね」

 

向けられた言葉に、流子の肩がぴくりと動く。

怒った、というより、慣れた反応だ。刺さる前に、もう身構えている。ああいう顔を見せるやつは、だいたい、何度も同じことを言われてきたやつだ。

 

「なんだよ、文句あんのか」

 

男の一人が凄む。

流子は鼻で笑った。

 

「あるから言ってんだろ。聞こえなかったか?」

 

空気がきしんだ。

今にも殴り合いになりそうな温度だった。俺は止めに入るタイミングを測ったが、今度は絶花が先だった。

 

「違います!」

 

商店街のざわめきを切るように、絶花の声が通る。

流子も、男たちも、一瞬だけ動きを止めた。

 

「この子は、止めに入っただけです。財布も返しました。悪いのはそっちでしょう」

 

まっすぐだった。

変に取り繕わないぶん、言葉の芯がぶれない。絶花は流子の隣に立って、ためらいもなくそう言い切った。ああいう時のこいつは、怖いものを見ているくせに、怖い顔をしない。

 

「……あ?」

 

男たちが絶花にまで視線を向ける。

その瞬間、俺も前へ出た。流子の反対側に立つ。三人並ぶ形になる。

 

「子ども相手に財布いじってたのは見えてる。まだ続けるなら、今度はこっちも黙ってない」

 

言いながら、視線は男たちの足に落とす。

踏み込み方、肩の上がり方、拳の握り方。喧嘩する気はあるけど、本気でやり合う度胸は薄い。流子が前に出た時点で、半分は気圧されていた。

 

沈黙がひとつ落ちて、それから男たちは舌打ちした。

 

「……ちっ。面倒くせえな」

 

吐き捨てるように言って、二人は去っていく。

残ったのは、まだ震えている小学生と、妙に居心地の悪そうな流子だった。

 

「ほら」

 

流子が財布を拾って、しゃがみ込んだ子に差し出す。

声はさっきより少しだけ低い。

 

「次からは、ちゃんとしまっとけ」

 

乱暴な言い方なのに、その子は泣きそうな顔で何度も頭を下げた。

それを見て、周りのざわめきが少しずつ静まっていく。さっきまで好き勝手に言っていた連中は、何事もなかった顔で店の中に戻っていった。そういうところまで含めて、妙に腹が立つ。

 

流子は立ち上がると、こっちを見ずに吐き捨てた。

 

「……別に、助けてもらわなくても平気だった」

 

「うん。でも、言わないと、みんな勝手に決めつけるから」

 

絶花が答える。責める調子じゃない。事実を置く声だった。

 

「勝手に決めつけられるの、慣れてるし」

 

「慣れてても、嫌なものは嫌でしょ」

 

その返しに、流子が初めて言葉を失った。

目を細めて絶花を見る。睨むみたいな顔なのに、その奥にあるのは戸惑いだった。真正面からそう言われるのに、慣れていない。たぶん、そういう顔だ。

 

俺はそのやり取りを見ながら、胸の奥に小さく引っかかるものを感じていた。

さっきの踏み込み、間合い、肩の開き。素人の喧嘩じゃない。下手に力を振り回さず、それでも引かない立ち方をしていた。あれは、ただ荒っぽいだけじゃ身につかない。

 

「……太郎」

 

絶花が小さく俺を呼ぶ。

たぶん、同じことを考えているわけじゃない。でも、こっちが黙って観察しているのは見抜かれている。

 

「分かってる。今は言わない」

 

そう返すと、絶花は少しだけ口元をゆるめた。

流子はそんな俺たちを怪訝そうに見て、それからふいと顔を背ける。

 

「ほんと、お前ら変だな」

 

「よく言われる」

 

絶花がまた同じことを言う。

今度は流子も、すぐには突っ込まなかった。代わりに、深く息を吐いて、鞄を肩にかけ直す。

 

「……帰るぞ」

 

ぶっきらぼうなその言葉が、誰に向けたものなのか、一瞬分からなかった。

でも、歩き出したあとで、ちゃんと速度を落としている。二人分、並べるくらいの速さに。

 

絶花がうれしそうな顔をしたのを見て、俺はわざと何も言わず、その少し後ろについた。

誤解されるやつは、放っておけない。

たぶん絶花は、最初からそう思っていたんだろう。俺はそこまで器用じゃない。けれど、今はもう分かる。放っておいたら、あいつは一人で噛みついて、一人で血を流す側の人間だ。

 

夕方の商店街を、三人で歩く。

さっきより、影の間が少しだけ狭くなっていた。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。