※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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変な気配、変な縁

商店街を抜けると、急に音が減った。

 

さっきまで耳にまとわりついていた呼び込みの声や、自転車のベルや、店先の笑い声が、一本裏の道に入っただけで遠くへ引いていく。夕方の空気はまだ明るいのに、路地の奥だけが少し早く夜になりかけているみたいだった。

 

流子はその変化に、俺より先に気づいたらしい。

 

「……なんか、変だな」

 

ぼそっと落ちた声に、絶花が隣を見た。

 

「変って?」

 

「うまく言えねえけど……さっきまでうるさかったのに、急に静かすぎる」

 

言いながら、流子は足を止めなかった。けど、歩幅が半歩ぶんだけ狭くなる。警戒してる。喧嘩の前に重心を落とす時と、少し似た動きだった。

 

俺は前方の細い道を見た。

街灯はまだ点いていない。電線の影がアスファルトを斜めに切っていて、その先、曲がり角のあたりだけ空気がわずかに揺れている。熱でもない、風でもない、あの手の揺れだ。

 

「……絶花」

 

小さく呼ぶと、すぐに返事が来た。

 

「うん。私も、ちょっと嫌な感じしてる」

 

そう言った絶花の手は、もう胸元に添えられていた。制服の布越しに、天聖を押さえる癖。まだ光ってはいない。なのに、触れていないと落ち着かない時の手つきだ。

 

流子が、俺たちを交互に見た。

 

「お前ら、さっきからそういう“分かってる会話”すんの、何なんだよ」

 

棘のある言い方だった。けど、怒ってるというより、置いていかれるのが気に食わない声だ。

その温度が分かったせいで、返事に迷う。

 

ここで誤魔化すのは簡単だ。

「気のせい」とか、「疲れてるんじゃないか」とか、適当な言葉で押し戻せる。けど、それをやった瞬間、この場にいる三人のうち、一人だけをわざと外に置くことになる。

 

それが、妙に嫌だった。

 

「……今は、説明しにくい」

 

そう言うのがやっとだった。

我ながら、ひどい答えだと思う。

 

案の定、流子の眉が寄る。

 

「は? それで納得できると思ってんのか」

 

「思ってない。だから困ってる」

 

返しながら、路地の先から目を離さない。

気配が薄い。薄いくせに、そこにいる。こういう時の嫌さは、海の時とも病院の時とも違う。もっと小さい。小さいぶん、見落としやすい。

 

『雑だな、王様』

 

胸の奥で、斬月が低く言った。

 

『遠ざけたいなら、遠ざける言葉を選べ。巻き込む気なら、腹を括れ』

 

内側から刺されるみたいな言い方だった。

その通りすぎて、腹が立つ。

 

「太郎?」

 

絶花の声が、少しだけ近くなる。

不安にさせた、と思った瞬間、路地の奥で、カラン、と小さな音が鳴った。

 

空き缶が転がったような、軽い音。

でも、そのあとがない。風で鳴ったなら、もう少し転がる。人が蹴ったなら、足音が続く。

 

静かすぎる。

 

流子が息を詰めたのが分かった。

 

「……あそこ、何かいる」

 

その言い方は、直感だった。断言じゃない。なのに、たぶん当たっている。

 

絶花の指先に力が入る。

制服の胸元が、ほんのわずかに熱を帯びた。光まではいかない、前触れの熱だ。

 

「っ、天聖……今は、まだ」

 

押し込むみたいに、絶花が小さく呟く。

流子の目が、その仕草に止まった。

 

「おい、今……」

 

「下がって」

 

俺は流子の方を見ずに言った。

視線を逸らしたら、たぶんあれは動く。

 

「何がいるか分かんねえ。でも、普通じゃない」

 

言葉を選ぶ余裕はなかった。

それでも、今度は誤魔化さなかった。

 

流子はしばらく黙った。

その沈黙が、やけに長く感じる。怒るか、笑うか、馬鹿にするか。どれでもありえた。そう思っていたのに、返ってきたのは、少し低い声だった。

 

「……じゃあ、お前らは知ってるんだな。こういうの」

 

責めるでもなく、試すでもない。

確認するみたいな声だった。

 

「知ってる、ってほど偉そうには言えないけど」

 

絶花が先に答える。

顔は路地の先を向いたまま。けど、声は流子に向いていた。

 

「何度か、巻き込まれてる」

 

「巻き込まれてる、で済ますことかよ、それ」

 

「済んでないよ」

 

絶花の返事は、思ったより静かだった。

言い返すでもなく、弱るでもなく、そのまま置く声。

 

「済んでないから、今も怖いし。だから、流子には下がってほしいの」

 

流子が息を飲む。

たぶん、そこだ。絶花はこういう時、自分だけ取り繕わない。強がるくせに、肝心なところでは本音を隠しきれない。その不器用さが、変に真っ直ぐ届く。

 

「……あたしだけ下がらせて、お前らはどうすんだよ」

 

「どうにかする」

 

俺が言うと、流子はすぐに睨んだ。

 

「どうにか、って何だよ。一番信用できねえやつだろ、それ」

 

言われて、少しだけ言葉に詰まる。

否定できない。俺自身、「どうにかする」の中身が、いつも綺麗に説明できるわけじゃない。

 

『そこだ』

 

斬月が言う。

 

『言葉が足りない時に、独りで背負うから歪む』

 

うるさい。

けど、間違ってないのが一番うるさい。

 

路地の奥で、今度は影が動いた。

猫ほどの大きさ。いや、もっと低い。地面を這うみたいに、黒い塊がゆっくり滲み出てくる。輪郭が曖昧で、目だけが妙に濡れて光っていた。

 

使い魔。

下っ端。

まだ小さい。けど、小さいからこそ厄介だ。物陰に潜って、人を驚かせて、傷つけるには十分なサイズ。

 

流子が一歩前に出る。

 

「……見えてる。今、あれ見えてるよな?」

 

「ああ」

 

もう誤魔化せない。

ここで「見間違いだ」と言ったら、それこそ嘘になる。

 

「じゃあ、下がれってのは無理だ」

 

流子の声が、さっきまでと変わっていた。

意地を張る時の声だ。怖くないわけじゃない。怖いまま、引かない時の、あの短い声。

 

「見て見ぬふりなんか、できるかよ」

 

胸の奥が、少しだけ熱くなる。

似てる、と思った。こういう時に引けないところが、馬鹿みたいで、だから放っておけない。

 

絶花も、それは分かったらしい。

困ったように眉を寄せて、それでも、少しだけ口元を緩めた。

 

「……流子、ほんとに変なとこで頑固」

 

「お前にだけは言われたくねえ」

 

「私も、そう思う」

 

二人の言葉がぶつかって、その間に、妙に静かなものが落ちる。

まだ友達と言い切れる距離じゃない。けど、片方が手を伸ばして、もう片方が完全には振り払わなかった、その続きの空気だ。

 

黒い塊が、じり、と地面を擦る。

舗装の上に薄い爪跡が残る。

 

俺は息を吸った。

大きく戦うほどじゃない。けど、ここで見せるには十分にまずい。人通りがまったくないわけでもない。長引かせたくない。

 

「絶花、光は抑えろ」

 

「分かってる」

 

「流子は――」

 

そこまで言って、止まる。

下がれ、と言っても下がらない。だったら、言い方を変えるしかない。

 

「……そこから動くな。俺たちの後ろに立て」

 

流子の目が細くなる。反発するかと思った。

でも、数秒だけ考えて、それから舌打ちに近い息を吐いた。

 

「命令すんなよ」

 

「命令じゃない。頼んでる」

 

「なお悪い」

 

そう言いながら、それでも流子は絶花の半歩後ろに移った。

渋々だ。けど、その渋々の中に、ちゃんと“任せる”が混じっている。

 

黒い塊が跳ねた。

 

その瞬間、絶花の胸元がかすかに光る。

抑えていた熱が、細い線になって漏れた。眩しいほどじゃない。けれど、普通じゃないと知るには十分だった。

 

流子が、息を呑む。

 

「……っ、今の」

 

その声に、驚きと、妙な納得が同時に混ざる。

見間違いじゃない。気のせいじゃない。自分がおかしいわけでもない。そういう確信が、一番最初に人を黙らせる。

 

俺は前へ出て、黒い塊を蹴り飛ばすみたいに間合いを潰した。

斬月を出すまでもない。まだ、その段階じゃない。足で払えば十分な雑魚だ。影は短く軋んで、壁の向こうへ逃げるように消えた。

 

静けさが戻る。

けど、さっきまでの静けさとは違う。今の沈黙には、見てしまったものがちゃんと残っている。

 

流子が、ゆっくり口を開いた。

 

「……ほんとに、いたんだな」

 

それは俺たちに向けた言葉で、同時に、自分自身へ言い聞かせる声でもあった。

 

絶花が胸元を押さえ直しながら、そっと答える。

 

「うん。いる」

 

短い返事だった。

でも、その短さの中に、隠してきたものを認める重みがあった。

 

流子はしばらく黙っていた。

それから、いつものぶっきらぼうな口調に戻そうとして、少し失敗したみたいに低く言う。

 

「……先に言えよ、そういうの」

 

「言ったら、信じた?」

 

絶花の問いに、流子はすぐには答えなかった。

視線が一度だけ路地の暗がりを見て、それから俺たちに戻る。

 

「……分かんねえ。けど」

 

そこで言葉を切る。

頑固なやつが、本音を出す前の間だ。

 

「今は、信じる」

 

夕方の風が、三人の間を抜けていく。

変な気配はまだ、完全には消えていない。なのに、その場に残った空気は、さっきより少しだけましだった。

 

変な縁だ、と思う。

こっちが隠していたものを、たった一度見られただけで、もう昨日までと同じ他人ではいられなくなる。

 

たぶん、それでも。

こういうのを、縁って呼ぶしかないんだろう。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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