※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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路地裏の喧嘩、命の値段

夜の路地は、昼より狭い。

 

商店街の明かりが角で途切れて、その先だけ空気の色が変わる。湿った壁、積まれた空箱、少し遅れて漂ってくる生ごみの匂い。足を踏み入れた瞬間、喉の奥がざらついた。嫌な気配がある。小さいくせに、爪だけは鋭い類のやつだ。

 

「……やっぱり、来たか」

 

俺が小さく呟くと、絶花が胸元を押さえたまま息を詰めた。

その半歩前にいる流子は、こっちを振り返りもしない。

 

「おい、太郎。これ、昨日のと同じ手合いか」

 

「似てる。けど、もっと雑魚だ」

 

「雑魚、ね」

 

吐き捨てるみたいに言って、流子が拳を握る。

力なんてない。武器もない。あるのは、前に出る癖だけだ。

 

路地の奥の闇が、ぬるりと動いた。

黒い塊が二つ、三つ。人の形には遠い。腕だけ長く、地面を這うみたいに距離を詰めてくる。目だけが濡れて光るのが、余計に気持ち悪い。

 

「……っ、流子、下がって」

 

絶花の声が鋭くなる。

けれど、流子は動かない。肩越しに、短く返した。

 

「下がって、お前らの後ろで見てろってか?」

 

「そう言ってる」

 

「できるかよ」

 

その一言が、妙にまっすぐだった。

強がりじゃない。怖くないわけでもない。怖いまま、引けない声だ。

 

黒い塊の一つが跳ねた。

狙いは流子の足首。低い軌道で噛みつくみたいに来る。

 

「っ!」

 

避けるより先に、流子が足を振り上げた。

靴底が影を蹴り飛ばす。軽い音。けれど、ただの人間なら、ああいうタイミングで足は出ない。喧嘩慣れしてる、というだけじゃない。殴られる前に踏み込むやつの反応だ。

 

「ちっ、気持ち悪いんだよ!」

 

もう一体が壁を蹴って飛ぶ。

今度は顔の高さ。流子は腕で受けた。布が裂ける音。浅い。けど、血の匂いがすぐに立つ。

 

胸の奥が熱くなる。

ああ、これだ。放っておいたら、こいつは本当にこのまま噛みつき返して、一人で血を流す。

 

『見てる場合か、王様』

 

斬月の声が低く響く。

分かってる。分かってるけど、ただ斬ればいい場面じゃない。狭い。絶花も流子も近い。ここで大振りすれば、巻き込む。

 

「絶花、光だけ!」

 

「うん!」

 

絶花の胸元が細く光る。

強くはない。けれど、それだけで黒い塊の動きが鈍る。嫌がるみたいに、壁際へ身を引いた。

 

その隙に、俺は前へ出る。

 

「流子、離れろ!」

 

「っ、まだ――」

 

言い返しかけたその肩を、無理やり引いた。

軽い。思ったよりずっと軽い。意地ばかり張って、こういうやつほど、自分の命の重さを知らない。

 

影がもう一度跳ねる。

今度は俺が足で踏み潰した。軋む音がして、黒が崩れる。残りが散る。絶花の光を嫌って、路地の奥へと逃げるように溶けた。

 

静かになる。

でも、さっきまでの静けさとは違う。息が荒い。壁に寄りかかった流子の腕から、細く血が伝っている。

 

「……だから言っただろ」

 

俺の声は、自分で思っていたより低かった。

怒鳴ってはいない。けれど、たぶん、かなり怒っていた。

 

流子が睨み返してくる。

目の強さだけは、まだ折れていない。

 

「見てるだけなんか、できるかよ。ああいうのが出てきて、お前らだけ前に出るの見てろってのか」

 

「見てろなんて言ってない。死ぬなって言ってる」

 

言い切った瞬間、流子の顔が少しだけ止まった。

絶花も、隣で息を呑む。

 

「お前、力もねえのに前へ出る。根性でどうにかなる相手と、そうじゃない相手の区別くらいつけろ」

 

「……分かってる」

 

「分かってない」

 

「分かってる! でも、引いたら、あたしじゃなくなる気がするんだよ!」

 

その声が、夜の路地で真っ直ぐ跳ねた。

強い言葉なのに、最後だけ少し掠れていた。悔しさか、痛みか、たぶん両方だ。

 

絶花が、そっと流子の傷ついた腕に触れる。

光は出さない。ただ、逃げないように、そこに手を置く。

 

「流子」

 

絶花の声は、静かだった。

 

「引くのと、見捨てるのは違うよ」

 

流子の唇が、言葉を探すみたいに動く。

でも、返事は出ない。出ないかわりに、視線だけが揺れた。

 

俺はその顔を見て、腹の底で決める。

次に同じことが起きたら、こいつはまた前へ出る。たぶん、止めても出る。だったら――止めるだけじゃ足りない。

 

死なせないための、手がいる。

 

「……次は」

 

自分の声が、思ったより静かに落ちた。

 

「次は、ちゃんと間に合う形にする」

 

流子が顔を上げる。

意味を測りかねている目だった。けれど、その目の奥に、まだ火は消えていない。

 

それを見て、俺はもう一度だけ、胸の奥の熱を確かめた。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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