サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
路地の空気は、まだ完全には静まっていなかった。
壁の染みに溶けたはずの黒い気配が、どこかで息を潜めている。
絶花の指先は、流子の傷ついた腕にそっと触れたまま動かない。治せるわけじゃない。けど、離したくないみたいな手つきだった。
流子は壁に背をつけたまま、荒い息を吐いた。
目だけは死んでいない。むしろ、さっきより強くこっちを睨んでいる。
「……そんな顔すんなよ」
「どんな顔だよ」
「説教する顔」
「するだろ。お前、次はもっと無茶する」
言い切ると、流子は舌打ちした。否定しない。そこが、もう答えだ。
俺は胸の奥に意識を向けた。
王国の駒が、静かに脈を打つ。熱い。戦う前の熱とは違う。誰かに渡す前の、少し重い熱だ。
掌を開く。
小さな駒が、そこに落ちてくる。夜の路地じゃ似合わないほど、きれいに光っていた。
流子の視線が、その光に釘づけになる。
「……何だ、それ」
「俺の力の一部」
「曖昧すぎんだろ」
「細かく話すと長い。今は時間がない」
言いながら、路地の奥を見た。
黒い影が、まだ薄く揺れている。散っただけだ。終わっていない。
俺は駒を流子へ差し出した。
「受け取れ」
流子の眉が跳ねる。
「は? なんであたしが」
「次に同じことが起きた時、お前はまた前に出る。止めても出る」
「だからって――」
「死ぬぞ」
短く切る。
その一言で、流子の言葉が止まった。
夜風が、三人の間を抜ける。
絶花が息を詰める気配がした。けど、口を挟まない。俺の言葉を待ってくれている。
「守られるためにもらうんじゃねえ、って顔してるのは分かる」
流子の目が細くなる。図星らしい。
「……だったら、いらねえよ。そんなもん」
「守られろって言ってるんじゃない」
駒を持つ手に、少しだけ力を込める。
「生き残れって言ってる」
その瞬間、流子の顔から、尖った反発が一段だけ落ちた。
代わりに出てきたのは、戸惑いだ。真っ直ぐ差し出されたものを、どう受け取ればいいのか分からない時の顔。
絶花が、そこでやっと口を開いた。
「流子」
声は小さい。けど、よく通った。
「私、あんたにいてほしい」
流子が、ゆっくり絶花を見る。
たったそれだけの言葉なのに、逃げ場がない。絶花はこういう時、変に飾らないから強い。
「友達になろうって言ったの、本気だから。だから、無茶して消えるのは、嫌」
流子の喉が、小さく動いた。
強い言葉を返そうとして、でも見つからない、そんな沈黙だった。
路地の奥で、黒い塊がもう一度だけ蠢く。
時間がない。
「決めろ」
俺が言うと、流子は一度だけ目を閉じた。
開いた時の目は、まだ迷っていた。迷っているのに、引いていない。
「……っ、分かったよ」
吐き捨てるみたいに言って、流子が駒をひったくる。
乱暴な受け取り方なのに、その手は震えていた。
次の瞬間、光が弾けた。
駒が砕けるんじゃない。ほどける。
光の糸みたいに流子の腕へ、肩へ、胸元へ巻きついて、肌の上を滑るように馴染んでいく。服を着る感覚じゃない。皮膚が、もう一枚、自分の意志を持ったみたいな違和感。
「なっ……!?」
流子が目を見開く。
右手には、いつの間にか片太刀バサミ。刃は大きく、夜気を裂くように光る。身体を包む戦闘服は、布というより、血の通った外殻みたいにぴたりと馴染んでいた。
その姿に、俺の胸の奥が、もう一度強く鳴る。
流子の喉から、戸惑いと本能がぶつかった声が出た。
「……人衣一体! 神衣・鮮血!」
黒い塊が跳ねた。
流子は反射みたいに踏み込み、片太刀バサミを振るう。まだ荒い。構えも雑だ。けど、勢いだけじゃない。斬る意志が、真っ直ぐだった。
影が裂ける。
黒が夜に溶けて、今度こそ消える。
静けさが落ちた。
流子は息を切らし、刃を下ろしたまま、自分の姿を見下ろす。
「……なんだよ、これ」
「似合ってる」
絶花が、少し笑って言う。
流子は一気に顔を赤くした。
「う、うるせえ! こういうの、調子狂うんだよ!」
「今さらそこ照れるんだな」
「今さらじゃねえ!」
怒鳴り返す声に、さっきまでの張りつめたものが少しだけほどける。
俺はそのやり取りを見ながら、肩の力を抜いた。
「家臣って呼び方、慣れないなら無理に慣れなくていい」
流子が、まだ赤い顔のままこっちを見る。
「……は?」
「その代わり、まずは」
言いかける前に、絶花が一歩前に出た。
「友達からでいいよ」
夜風が、鮮血の裾を揺らす。
流子はしばらく黙って、それからふいと顔を背けた。
「……別に、最初からそう言えってんだよ」
ぶっきらぼうな声だった。
でも、その声はもう、一人で立っていた時の固さじゃなかった。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア