※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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人衣一体

路地の空気は、まだ完全には静まっていなかった。

 

壁の染みに溶けたはずの黒い気配が、どこかで息を潜めている。

絶花の指先は、流子の傷ついた腕にそっと触れたまま動かない。治せるわけじゃない。けど、離したくないみたいな手つきだった。

 

流子は壁に背をつけたまま、荒い息を吐いた。

目だけは死んでいない。むしろ、さっきより強くこっちを睨んでいる。

 

「……そんな顔すんなよ」

 

「どんな顔だよ」

 

「説教する顔」

 

「するだろ。お前、次はもっと無茶する」

 

言い切ると、流子は舌打ちした。否定しない。そこが、もう答えだ。

 

俺は胸の奥に意識を向けた。

王国の駒が、静かに脈を打つ。熱い。戦う前の熱とは違う。誰かに渡す前の、少し重い熱だ。

 

掌を開く。

小さな駒が、そこに落ちてくる。夜の路地じゃ似合わないほど、きれいに光っていた。

 

流子の視線が、その光に釘づけになる。

 

「……何だ、それ」

 

「俺の力の一部」

 

「曖昧すぎんだろ」

 

「細かく話すと長い。今は時間がない」

 

言いながら、路地の奥を見た。

黒い影が、まだ薄く揺れている。散っただけだ。終わっていない。

 

俺は駒を流子へ差し出した。

 

「受け取れ」

 

流子の眉が跳ねる。

 

「は? なんであたしが」

 

「次に同じことが起きた時、お前はまた前に出る。止めても出る」

 

「だからって――」

 

「死ぬぞ」

 

短く切る。

その一言で、流子の言葉が止まった。

 

夜風が、三人の間を抜ける。

絶花が息を詰める気配がした。けど、口を挟まない。俺の言葉を待ってくれている。

 

「守られるためにもらうんじゃねえ、って顔してるのは分かる」

 

流子の目が細くなる。図星らしい。

 

「……だったら、いらねえよ。そんなもん」

 

「守られろって言ってるんじゃない」

 

駒を持つ手に、少しだけ力を込める。

 

「生き残れって言ってる」

 

その瞬間、流子の顔から、尖った反発が一段だけ落ちた。

代わりに出てきたのは、戸惑いだ。真っ直ぐ差し出されたものを、どう受け取ればいいのか分からない時の顔。

 

絶花が、そこでやっと口を開いた。

 

「流子」

 

声は小さい。けど、よく通った。

 

「私、あんたにいてほしい」

 

流子が、ゆっくり絶花を見る。

たったそれだけの言葉なのに、逃げ場がない。絶花はこういう時、変に飾らないから強い。

 

「友達になろうって言ったの、本気だから。だから、無茶して消えるのは、嫌」

 

流子の喉が、小さく動いた。

強い言葉を返そうとして、でも見つからない、そんな沈黙だった。

 

路地の奥で、黒い塊がもう一度だけ蠢く。

時間がない。

 

「決めろ」

 

俺が言うと、流子は一度だけ目を閉じた。

開いた時の目は、まだ迷っていた。迷っているのに、引いていない。

 

「……っ、分かったよ」

 

吐き捨てるみたいに言って、流子が駒をひったくる。

乱暴な受け取り方なのに、その手は震えていた。

 

次の瞬間、光が弾けた。

 

駒が砕けるんじゃない。ほどける。

光の糸みたいに流子の腕へ、肩へ、胸元へ巻きついて、肌の上を滑るように馴染んでいく。服を着る感覚じゃない。皮膚が、もう一枚、自分の意志を持ったみたいな違和感。

 

「なっ……!?」

 

流子が目を見開く。

右手には、いつの間にか片太刀バサミ。刃は大きく、夜気を裂くように光る。身体を包む戦闘服は、布というより、血の通った外殻みたいにぴたりと馴染んでいた。

 

その姿に、俺の胸の奥が、もう一度強く鳴る。

 

流子の喉から、戸惑いと本能がぶつかった声が出た。

 

「……人衣一体! 神衣・鮮血!」

 

黒い塊が跳ねた。

流子は反射みたいに踏み込み、片太刀バサミを振るう。まだ荒い。構えも雑だ。けど、勢いだけじゃない。斬る意志が、真っ直ぐだった。

 

影が裂ける。

黒が夜に溶けて、今度こそ消える。

 

静けさが落ちた。

流子は息を切らし、刃を下ろしたまま、自分の姿を見下ろす。

 

「……なんだよ、これ」

 

「似合ってる」

 

絶花が、少し笑って言う。

流子は一気に顔を赤くした。

 

「う、うるせえ! こういうの、調子狂うんだよ!」

 

「今さらそこ照れるんだな」

 

「今さらじゃねえ!」

 

怒鳴り返す声に、さっきまでの張りつめたものが少しだけほどける。

俺はそのやり取りを見ながら、肩の力を抜いた。

 

「家臣って呼び方、慣れないなら無理に慣れなくていい」

 

流子が、まだ赤い顔のままこっちを見る。

 

「……は?」

 

「その代わり、まずは」

 

言いかける前に、絶花が一歩前に出た。

 

「友達からでいいよ」

 

夜風が、鮮血の裾を揺らす。

流子はしばらく黙って、それからふいと顔を背けた。

 

「……別に、最初からそう言えってんだよ」

 

ぶっきらぼうな声だった。

でも、その声はもう、一人で立っていた時の固さじゃなかった。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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