サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
夜の校舎は、何事もなかった顔をする。
さっきまで光が走り、糸が張り、影が縫い止められていた床は、ただの暗がりに戻っている。戻ってしまうから、手触りだけが残る。掌の奥に熱がこびりつき、喉の奥に焦げた紙の匂いが貼り付いたまま離れない。夢じゃない。夢なら、こんなふうに指先が震えたりしない。
廊下の先で、蛍光灯が一つだけ瞬いた。
その瞬きが妙に現実的で、胸の奥がわずかに冷える。現実ってのは、敵を倒した直後にも平気で続く。続くから、こちらの脈拍だけが取り残される。
式が携帯を取り出す。
指先の動きは淡々としていて、戦闘の直後とは思えないほど静かだ。あの静けさは、怖さを感じないからじゃない。怖さの扱いに慣れすぎて、表に出なくなっただけだろう。
「回収」
短い一言。
それで話が進む。世界の裏側にある掃除屋の合図だ。さっきまで“命の値段”を押し付けようとしてきた相手が、今度は“処理の対象”に変わる。切り替えの速さが気持ち悪いのに、頼もしくもある。
式が窓際に寄り、外を一度だけ確認する。
校舎の影は濃い。見張りの目はまだ残っている気がする。堕天使が単独じゃない可能性を、式は最初から疑っていた。その疑いが、今は脳裏で冷たく光っている。
「……逃げ道は切った。だが気配は残る」
誰に言うでもなく、式が呟く。
その言葉だけで、背中が少し硬くなる。勝った、とは言い切れない。勝ったのはこの場で、負けていないだけだ。勝負の続きは、まだ闇の向こうに繋がっている。
東郷が倒れた堕天使を見下ろす。
白衣の形をした影は、床に沈み込むように横たわっている。黒い翼は折り畳まれ、光の槍はもうない。ないのに、床の縫い目の残骸だけが、かすかに震えている。まるで“まだ縫える”と主張しているみたいに。
「……触らない方がいいですね」
東郷の声は柔らかい。けど、言葉の芯は硬い。
触れば何かが移る、と直感で分かっている声だ。病院での記憶の断片が、彼女の中でまだ生きている。
「この縫い方、さっきと同じです、糸の角度が…」
言いかけて、東郷は止まった。
言葉にすると、思い出しそうになる。思い出すのが怖いから、止まる。止まったままでも、目だけは逃げない。あの強さは、丁寧さの中に隠れている。
流子は鮮血を解いた。
戦闘服の馴染みがほどけ、いつもの制服の乱れが戻る。それだけで、妙にほっとする。流子本人もそうなのか、袖で額の汗を雑に拭った。雑に拭うくせに、目は堕天使から離れない。怖いからじゃない。怖いのに、見ていたい目だ。
「……ったく」
吐き捨てるように言って、でも続きが出ない。
言葉が出ない時の流子は、だいたい“言葉にできないほどの本音”を抱えている。照れなのか、怒りなのか、悔しさなのか。たぶん全部だ。
俺は自分の息を数えた。
吸う。吐く。胸の奥の熱が少しずつ下がっていく。下がっていくのに、空っぽにはならない。空っぽにならないから、今の俺は倒れない。倒れない、というより、倒れそうな自分を独りで抱えないで済んでいる。
「太郎、肩」
東郷の声が近い。
気づけば、俺の腕に軽く手が添えられていた。支えるというより、逃げるなって触れ方だ。触れられた瞬間、反射で肩が硬くなる。甘えるのが下手だ。昔から。
「触るな、別に…」
口に出してから、言い方が可愛げなさすぎて自分でも苦くなる。
流子がすかさず噛みついた。
「何その言い方、減るもんじゃねえだろ」
「減る」
「減らねえよ」
「減るんだよ、俺のプライドが」
言いながら、流子の手が反対側から俺の腕を掴んだ。ぶっきらぼうで乱暴なのに、支え方だけは妙に的確だ。痛くない位置を選んでいる。俺が倒れたら面倒だと言いたげな顔で、でも目は少し真剣。
式が鼻で笑った。
「王様、学んだな」
褒めてるのか突いてるのか分からない。分からないけど、胸の奥が少しだけ軽くなる。
俺は笑いそうになって、喉の奥で息を噛んだ。笑うと、肩の力が抜けてしまう気がした。抜けてもいいのに、抜けるのが怖い。王様になるって口にしてきたのは、きっとその怖さから逃げるためだった。
式が携帯に短く返事を落とす。
「……ああ。場所はここ。回収対象一。痕跡あり。急げ」
言葉の切れ味だけが残る。
そして、もう一つ、式は床に落ちた黒い粉を拾った。羽根の残骸。指先でつまむと、粉が微かに光った。光るというより、照り返す。嫌な照りだ。
「証拠は残す。全部消すと、次が分からない」
それが式の“組のやり方”なんだろう。
隠すべきものは隠す。だが、見えるべき線は残す。線が残るから、追える。追えるから、次に備えられる。世界の裏側は、感情よりも手順で回っている。
東郷が一歩だけ近づき、粉に視線を落とした。
「これは…“縫い針”の副産物に見えます、病院の時と似ている気がします」
「気がする、でいい」
式が返す。
「断定は後でいい。今は逃がさない」
流子が腕を組み、わざとらしくため息をついた。
「お前ら、ほんとに…喋り方が落ち着きすぎなんだよ」
「落ち着いてない」
東郷が小さく言う。
「落ち着いて見えるだけです」
その返しが妙に刺さる。
落ち着いて見えるだけ。俺だってそうだ。王様になると口にして、強そうにして、結局は怖さを隠してるだけだった時がある。
廊下の端で、足音がした。
誰かが近づく音じゃない。複数の足音が、同じテンポで揃っている。息の揃い方が“現場の人間”だ。式が視線だけで合図する。東郷と流子が自然に一歩下がる。俺の前に出ようとする癖を、二人が無言で抑える。さっき決めた順番が、もう効いている。
黒い服の男たちが現れた。
顔は見えない。見る必要もない。式が呼んだ“回収”だ。彼らは堕天使の身体を布で包み、床の縫い目の痕跡を薬品で塗り潰していく。塗り潰すのに、匂いは強くない。強くないのが逆に怖い。慣れすぎている匂いだ。
「これで、表の人間は気づかない」
式が言う。
「気づく必要もない。気づけば壊れる」
壊れる、という言葉が喉に引っかかった。
壊れるのは、世界か。人か。関係か。たぶん全部だ。だから、俺たちは裏側で戦う。
東郷が小さく息を吐いた。
「……また来ますね、たぶん」
「来る」
式が即答する。
流子が舌打ちする。
「来るなら来いよ、次はもっと上手くやる」
その言葉に、俺の胸の奥が熱くなる。熱いのに、苦しくない。
仲間が増えるってこういうことか、と遅れて分かる。頼れる分だけ責任が増える。責任が増える分だけ、独りじゃなくなる。
「次も揃える」
俺が言うと、流子が鼻で笑う。
「揃えなきゃ、お前がまた倒れるだろ」
「倒れない」
「口だけなら何とでも言える」
皮肉の形で、心配が刺さる。刺さるから、言い返せない。
東郷がそっと手を上げる。
「倒れそうなら、言ってください、合図みたいに」
合図。
その言葉が、不意に胸に落ちた。戦闘の合図だけじゃない。限界の合図。助けを求める合図。
俺は今まで、そこだけは出し方を知らなかった。
式が背中を向けたまま言う。
「帰るまでが処理だ。足元を見ろ」
俺は夜空を見上げた。
校舎の上の闇は深い。深いのに、息ができる。深い闇の中で、足音が四つ揃っている。揃い方は同じじゃない。静かで、丁寧で、乱暴で、頑固で、それでも同じ方向へ揃う。
「……次は、俺が全部決めない」
口に出すと、喉が少し痛い。王様の言葉は、まだ慣れない。
けど、続ける。
「最終は俺が決める。だけど、盤面は一緒に見る」
東郷が小さく頷き、流子が肩をすくめ、式が鼻で笑った。
笑い方はばらばらだ。ばらばらなのに、同じ温度で夜を歩ける。
廊下の向こうで、扉が閉まる音がした。
堕天使の影が回収され、縫い目の痕跡が消え、世界の裏側がまた一つ、静かに畳まれる。
俺たちは歩き出した。
靴音が四つ。揃わないまま、揃っている。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア