サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
ライザが笑ったあと、倉庫の中に残っていた熱だけが、少しずつ夜へ溶けていった。
壊れた扉の向こうでは、さっきまで床を走っていた錬成の線が消えている。消えているのに、ここで起きたことだけは、まだ空気の中に薄く残っていた。
焦げた薬品の匂いと、金属の冷たさと、爆発のあとにしかない変な静けさ。そういうものが全部まざって、いま目の前にいるライザって女の輪郭を、余計にはっきり見せていた。
放っておかない。
お互い様だろ、と言ったのは俺だ。
言った以上、たぶんもう引き返せない。こいつも、こっちがその目をしていると気づいた顔をしている。
ライザは少し首を傾げて、俺を見たまま口元だけで笑った。
軽い笑い方なのに、目だけは妙に真剣だ。ふざけているようで、肝心なところでは冗談にしない。そういう温度が、だんだん分かってくる。
「じゃあさ」
夜風の中で、ライザが一歩だけ近づいた。
さっきまで爆発を起こしていたやつとは思えないくらい、声は明るい。
「放っておかないなら、ちゃんと面倒見てくれる?」
冗談みたいな言い方だった。
でも、ただ甘えるような響きじゃない。試すみたいな、確かめるみたいな、そんな問い方だ。
俺の答え方を見て、この先を決めるつもりなんだろう。
絶花が横で、小さく息を呑んだのが分かった。
たぶん、こいつも同じことを感じたんだと思う。
今の一言は、軽く聞き流せる種類のものじゃない。
「面倒って、どこまでだよ」
わざと軽く返した。
軽く返さないと、こっちの方が先に飲まれそうだった。
ライザは指を一本立てて、それを顎のあたりで揺らす。
「少なくとも、一人で勝手に爆発しそうなところに放り出さないくらい」
「もうしてるだろ、それ」
「今回は、たまたまそうなっただけ」
「たまたまで倉庫の扉吹き飛ばすな」
言いながらも、胸の奥では別のことを考えていた。
こいつをこのまま放っておけば、たぶんまた一人で何かやる。
しかも、止めたところで、はいそうですかと大人しく引き下がるようなタイプじゃない。
未知に手を伸ばすことをやめない人間は、だいたい、止めるより手綱を持った方が早い。
王国の駒が、胸の奥で静かに熱を持つ。
反応している。
それだけで、こっちの答えはもう半分出ていた。
「……ライザ」
「うん?」
「俺のところに来い」
口に出してから、ああやっぱりこうなるのかと思った。
勧誘の言葉としては、たぶん、もう少しましな言い方があった。
でも回りくどくすると、この女には逆に通じない気がした。
ライザの目が、ほんの少し大きくなる。
驚いたのは一瞬だけで、すぐにその奥で何かが弾んだ。
面白いものを見つけた時の顔に近い。
なのに、それだけじゃない。ちゃんと、自分に向けられた言葉として受け取っている目だ。
「それって、お誘い?」
「見りゃ分かるだろ」
「いや、分かるけど」
ライザは笑う。
けれど、その笑い方はさっきより少し静かだった。
「どういう意味で?」
問い返されて、喉の奥で言葉がつかえた。
便利そうだから欲しい、なんて言い方はしたくない。
実際、それだけじゃない。
「お前のやり方、危なっかしい」
「いきなり悪口だ」
「最後まで聞け」
そう言うと、ライザは素直に黙った。
この切り替えの早さも、妙にやりやすい。
「危なっかしいし、面倒だし、放っておくと絶対また何かやる」
絶花が横で、小さく頷く気配がする。
たぶん、そこは完全に同意なんだろう。
「でも、お前は壊すためにやってない」
夜風が吹いた。
壊れた扉の隙間を抜けて、冷たい空気が頬に触れる。
「ほどくために、先を見たいから手を伸ばしてる」
ライザの表情が、そこで少し変わった。
笑うのをやめて、まっすぐ俺を見る。
その目の色が変わる瞬間は、たぶん、この女にとってかなり大事な時なんだろう。
「そういうやつは、俺の国には必要だ」
口にしたあとで、自分でも少しだけ照れくさい。
王とか国とか、そういう言葉は何度も言ってきた。
でも、誰かを迎え入れる言葉として使うと、急に重さが変わる。
ライザはしばらく黙っていた。
冗談めかして返すのかと思ったのに、そうしなかった。
壊れた扉、煤けた床、夜の匂い、その全部の真ん中で、考えるみたいに目を伏せる。
絶花が、そっと口を開いた。
「……私は、賛成」
短い言葉だった。
けど、それだけで十分だった。
絶花がそう言うなら、もう“変な女を拾うのはどうなの”って段階は越えている。
ライザが絶花を見る。
その視線の中に、少しだけやわらかいものが混じった。
「いいの?」
「太郎だけだと不安だから」
「おい」
反射でつっこんだら、絶花はこっちも見ずに続けた。
「でも、ライザも一人でやってたら、たぶんそのうちもっと危ないことするでしょ」
「う」
そこで言葉に詰まるあたり、図星らしい。
ライザは視線を逸らして頬を掻いた。
こういう時、流子なら露骨にふてくされる。東郷なら困ったように笑う。
ライザはそのどっちでもなく、少しだけ照れたみたいに黙る。
「……否定はしない」
「でしょ」
絶花の声はやわらかい。
やわらかいのに、逃がさない時の声だった。
俺はそのやり取りを見ながら、たぶんもう決まったなと思った。
問題は次だ。
迎え入れると決めたとして、じゃあどこへ置くのか。
ライザが自分からそこに触れた。
「でもさ」
今度は本当に困ったみたいに笑う。
「来いって言われても、住む場所まで込みなのかは聞いておきたいなって」
「……ああ」
そこだった。
勧誘の勢いで口にしたはいいが、現実はちゃんとついてくる。
王国の駒は渡せても、寝る場所は空から降ってこない。
絶花が少し考えるように視線を上げた。
胸元を押さえていた手が、いつの間にか少しゆるんでいる。
「今の倉庫は無し」
「それは私も分かる」
「分かってるなら最初から爆発させるなよ」
「いや、それは実験と住居は別の話で」
「別に聞こえないんだよ」
言い返しながら、頭の中で使えそうな場所を探る。
太郎の王国と言いながら、実態はまだそんなに大きくない。
流子だって、東郷だって、最初から完璧な居場所があったわけじゃない。
結局、使える手札と人の縁を繋いで、どうにか形にしてきた。
そして、そういう時に一番頼りになるのは――
「……式か」
呟くと、絶花が露骨に嫌そうな顔をした。
「また式さん?」
「だって、あの人、そういう時だけ妙に手際いいし」
「そうだけど」
絶花は認める。認めるけど、ちょっとだけ納得したくない顔だ。
たぶん、前に別荘だの病院だので借りが増えたのが気になってるんだろう。
ライザはそのやり取りを興味深そうに見ていた。
「式って、あの……ちょっと怖い人?」
「ちょっとじゃない」
俺と絶花の声が揃って、ライザが吹き出した。
こういうふうに、笑うべき場所を見つけるのも早い。
「じゃあ、その式さんに頼るとして、普通の部屋よりは……」
ライザが少し首を傾げる。
考えている時の目だ。
実験材料を並べる場所を頭の中で測っている顔でもある。
「工房にできる場所がいいな」
やっぱり、と思った。
ただ住めればいいとは最初から言わない。
生活の中に、作ることが組み込まれている人間なんだろう。
「火気と薬品を置いても怒られない場所」
「条件が一気に重くなったな」
「あと、床は多少傷んでも平気だと嬉しい」
「さらに重い」
絶花が額に手を当てる。
その仕草が、もうすでに“仲間が増えた時の面倒”を引き受ける側のものだった。
俺は小さく息を吐いて、壊れた倉庫を見た。
こんな場所でも、こいつは作ろうとしていた。
それなら、最低限、もう少しましな場所を用意するのは王の仕事だろう。
「分かった」
ライザが顔を上げる。
その反応が少し早い。期待してるのが丸分かりだ。
「とりあえず今夜は、式に連絡して空きの場所を探す」
「とりあえず今夜は、ってことは」
「仮住まいだ」
言ってから、少しだけ言葉を足す。
「その代わり、工房にできる場所までちゃんと考える」
ライザの表情が、そこでぱっと明るくなった。
単純に住む場所が見つかったからじゃない。工房、って言葉をちゃんと拾ったからだ。
必要なのは寝床だけじゃない。作れる場所。そういう生き方ごと受け入れるって、たぶんそういうことなんだろう。
「……うん」
短い返事だった。
でも、その短さの中に、さっきまでとは違う温度があった。
試す側の目じゃない。少しだけ、預ける側の目だ。
「じゃあ、入る」
「何が」
「王国」
さらっと言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。
絶花も、隣で目を瞬いた。
ライザは困ったように笑う。
でも、その笑い方はもう、倉庫の中で一人だった時のものじゃなかった。
「だって、面白そうだし」
「それだけかよ」
「それだけじゃないよ」
そう言って、俺を見た。
また、あの目だ。未知を見る目。
ただ今度は、知らないものを見るだけじゃない。自分もその中に入っていくと決めた人間の目だ。
「あなたが何を作るのか、見てみたい」
風が吹く。
壊れた扉の隙間を抜けて、煤と夜の匂いを巻き上げていく。
俺は胸の奥で、王国の駒が静かに脈を打つのを感じた。
また一つ、盤面が広がる。
厄介で、面倒で、放っておけないやつばかり集まるのに、不思議と、間違ってない気がした。
女王は誰にする?
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アルファ
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エミリア