※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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ライザの住居

ライザが笑ったあと、倉庫の中に残っていた熱だけが、少しずつ夜へ溶けていった。

壊れた扉の向こうでは、さっきまで床を走っていた錬成の線が消えている。消えているのに、ここで起きたことだけは、まだ空気の中に薄く残っていた。

焦げた薬品の匂いと、金属の冷たさと、爆発のあとにしかない変な静けさ。そういうものが全部まざって、いま目の前にいるライザって女の輪郭を、余計にはっきり見せていた。

 

放っておかない。

お互い様だろ、と言ったのは俺だ。

言った以上、たぶんもう引き返せない。こいつも、こっちがその目をしていると気づいた顔をしている。

 

ライザは少し首を傾げて、俺を見たまま口元だけで笑った。

軽い笑い方なのに、目だけは妙に真剣だ。ふざけているようで、肝心なところでは冗談にしない。そういう温度が、だんだん分かってくる。

 

「じゃあさ」

 

夜風の中で、ライザが一歩だけ近づいた。

さっきまで爆発を起こしていたやつとは思えないくらい、声は明るい。

 

「放っておかないなら、ちゃんと面倒見てくれる?」

 

冗談みたいな言い方だった。

でも、ただ甘えるような響きじゃない。試すみたいな、確かめるみたいな、そんな問い方だ。

俺の答え方を見て、この先を決めるつもりなんだろう。

 

絶花が横で、小さく息を呑んだのが分かった。

たぶん、こいつも同じことを感じたんだと思う。

今の一言は、軽く聞き流せる種類のものじゃない。

 

「面倒って、どこまでだよ」

 

わざと軽く返した。

軽く返さないと、こっちの方が先に飲まれそうだった。

 

ライザは指を一本立てて、それを顎のあたりで揺らす。

 

「少なくとも、一人で勝手に爆発しそうなところに放り出さないくらい」

 

「もうしてるだろ、それ」

 

「今回は、たまたまそうなっただけ」

 

「たまたまで倉庫の扉吹き飛ばすな」

 

言いながらも、胸の奥では別のことを考えていた。

こいつをこのまま放っておけば、たぶんまた一人で何かやる。

しかも、止めたところで、はいそうですかと大人しく引き下がるようなタイプじゃない。

未知に手を伸ばすことをやめない人間は、だいたい、止めるより手綱を持った方が早い。

 

王国の駒が、胸の奥で静かに熱を持つ。

反応している。

それだけで、こっちの答えはもう半分出ていた。

 

「……ライザ」

 

「うん?」

 

「俺のところに来い」

 

口に出してから、ああやっぱりこうなるのかと思った。

勧誘の言葉としては、たぶん、もう少しましな言い方があった。

でも回りくどくすると、この女には逆に通じない気がした。

 

ライザの目が、ほんの少し大きくなる。

驚いたのは一瞬だけで、すぐにその奥で何かが弾んだ。

面白いものを見つけた時の顔に近い。

なのに、それだけじゃない。ちゃんと、自分に向けられた言葉として受け取っている目だ。

 

「それって、お誘い?」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「いや、分かるけど」

 

ライザは笑う。

けれど、その笑い方はさっきより少し静かだった。

 

「どういう意味で?」

 

問い返されて、喉の奥で言葉がつかえた。

便利そうだから欲しい、なんて言い方はしたくない。

実際、それだけじゃない。

 

「お前のやり方、危なっかしい」

 

「いきなり悪口だ」

 

「最後まで聞け」

 

そう言うと、ライザは素直に黙った。

この切り替えの早さも、妙にやりやすい。

 

「危なっかしいし、面倒だし、放っておくと絶対また何かやる」

 

絶花が横で、小さく頷く気配がする。

たぶん、そこは完全に同意なんだろう。

 

「でも、お前は壊すためにやってない」

 

夜風が吹いた。

壊れた扉の隙間を抜けて、冷たい空気が頬に触れる。

 

「ほどくために、先を見たいから手を伸ばしてる」

 

ライザの表情が、そこで少し変わった。

笑うのをやめて、まっすぐ俺を見る。

その目の色が変わる瞬間は、たぶん、この女にとってかなり大事な時なんだろう。

 

「そういうやつは、俺の国には必要だ」

 

口にしたあとで、自分でも少しだけ照れくさい。

王とか国とか、そういう言葉は何度も言ってきた。

でも、誰かを迎え入れる言葉として使うと、急に重さが変わる。

 

ライザはしばらく黙っていた。

冗談めかして返すのかと思ったのに、そうしなかった。

壊れた扉、煤けた床、夜の匂い、その全部の真ん中で、考えるみたいに目を伏せる。

 

絶花が、そっと口を開いた。

 

「……私は、賛成」

 

短い言葉だった。

けど、それだけで十分だった。

絶花がそう言うなら、もう“変な女を拾うのはどうなの”って段階は越えている。

 

ライザが絶花を見る。

その視線の中に、少しだけやわらかいものが混じった。

 

「いいの?」

 

「太郎だけだと不安だから」

 

「おい」

 

反射でつっこんだら、絶花はこっちも見ずに続けた。

 

「でも、ライザも一人でやってたら、たぶんそのうちもっと危ないことするでしょ」

 

「う」

 

そこで言葉に詰まるあたり、図星らしい。

ライザは視線を逸らして頬を掻いた。

こういう時、流子なら露骨にふてくされる。東郷なら困ったように笑う。

ライザはそのどっちでもなく、少しだけ照れたみたいに黙る。

 

「……否定はしない」

 

「でしょ」

 

絶花の声はやわらかい。

やわらかいのに、逃がさない時の声だった。

 

俺はそのやり取りを見ながら、たぶんもう決まったなと思った。

問題は次だ。

迎え入れると決めたとして、じゃあどこへ置くのか。

 

ライザが自分からそこに触れた。

 

「でもさ」

 

今度は本当に困ったみたいに笑う。

 

「来いって言われても、住む場所まで込みなのかは聞いておきたいなって」

 

「……ああ」

 

そこだった。

勧誘の勢いで口にしたはいいが、現実はちゃんとついてくる。

王国の駒は渡せても、寝る場所は空から降ってこない。

 

絶花が少し考えるように視線を上げた。

胸元を押さえていた手が、いつの間にか少しゆるんでいる。

 

「今の倉庫は無し」

 

「それは私も分かる」

 

「分かってるなら最初から爆発させるなよ」

 

「いや、それは実験と住居は別の話で」

 

「別に聞こえないんだよ」

 

言い返しながら、頭の中で使えそうな場所を探る。

太郎の王国と言いながら、実態はまだそんなに大きくない。

流子だって、東郷だって、最初から完璧な居場所があったわけじゃない。

結局、使える手札と人の縁を繋いで、どうにか形にしてきた。

 

そして、そういう時に一番頼りになるのは――

 

「……式か」

 

呟くと、絶花が露骨に嫌そうな顔をした。

 

「また式さん?」

 

「だって、あの人、そういう時だけ妙に手際いいし」

 

「そうだけど」

 

絶花は認める。認めるけど、ちょっとだけ納得したくない顔だ。

たぶん、前に別荘だの病院だので借りが増えたのが気になってるんだろう。

 

ライザはそのやり取りを興味深そうに見ていた。

 

「式って、あの……ちょっと怖い人?」

 

「ちょっとじゃない」

 

俺と絶花の声が揃って、ライザが吹き出した。

こういうふうに、笑うべき場所を見つけるのも早い。

 

「じゃあ、その式さんに頼るとして、普通の部屋よりは……」

 

ライザが少し首を傾げる。

考えている時の目だ。

実験材料を並べる場所を頭の中で測っている顔でもある。

 

「工房にできる場所がいいな」

 

やっぱり、と思った。

ただ住めればいいとは最初から言わない。

生活の中に、作ることが組み込まれている人間なんだろう。

 

「火気と薬品を置いても怒られない場所」

 

「条件が一気に重くなったな」

 

「あと、床は多少傷んでも平気だと嬉しい」

 

「さらに重い」

 

絶花が額に手を当てる。

その仕草が、もうすでに“仲間が増えた時の面倒”を引き受ける側のものだった。

 

俺は小さく息を吐いて、壊れた倉庫を見た。

こんな場所でも、こいつは作ろうとしていた。

それなら、最低限、もう少しましな場所を用意するのは王の仕事だろう。

 

「分かった」

 

ライザが顔を上げる。

その反応が少し早い。期待してるのが丸分かりだ。

 

「とりあえず今夜は、式に連絡して空きの場所を探す」

 

「とりあえず今夜は、ってことは」

 

「仮住まいだ」

 

言ってから、少しだけ言葉を足す。

 

「その代わり、工房にできる場所までちゃんと考える」

 

ライザの表情が、そこでぱっと明るくなった。

単純に住む場所が見つかったからじゃない。工房、って言葉をちゃんと拾ったからだ。

必要なのは寝床だけじゃない。作れる場所。そういう生き方ごと受け入れるって、たぶんそういうことなんだろう。

 

「……うん」

 

短い返事だった。

でも、その短さの中に、さっきまでとは違う温度があった。

試す側の目じゃない。少しだけ、預ける側の目だ。

 

「じゃあ、入る」

 

「何が」

 

「王国」

 

さらっと言われて、一瞬だけ言葉に詰まる。

絶花も、隣で目を瞬いた。

 

ライザは困ったように笑う。

でも、その笑い方はもう、倉庫の中で一人だった時のものじゃなかった。

 

「だって、面白そうだし」

 

「それだけかよ」

 

「それだけじゃないよ」

 

そう言って、俺を見た。

また、あの目だ。未知を見る目。

ただ今度は、知らないものを見るだけじゃない。自分もその中に入っていくと決めた人間の目だ。

 

「あなたが何を作るのか、見てみたい」

 

風が吹く。

壊れた扉の隙間を抜けて、煤と夜の匂いを巻き上げていく。

 

俺は胸の奥で、王国の駒が静かに脈を打つのを感じた。

また一つ、盤面が広がる。

厄介で、面倒で、放っておけないやつばかり集まるのに、不思議と、間違ってない気がした。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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