サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
ハーニッシュが名乗った、その直後だった。
港の朝が、ほんの一瞬だけ妙に静かになる。
さっきまで耳の端で揺れていた波の音まで、こっちの出方を待っているみたいに薄くなった。
静かなのは嫌いじゃない。
けど、目の前の男が作る沈黙は別だ。
海霧みたいに包む静けさじゃない。
もっと乾いていて、重い。うっかり触れたら、そのまま腕ごと持っていかれそうな種類の無音だった。
「……そんな顔されると、こっちも釣り糸を巻く暇がなさそうなんだけどな」
軽口を投げる。
だが返事はない。
その代わり、ハーニッシュが半歩だけ前に出た。
たったそれだけで、港の空気が先にきしんだ。
積み上がったコンテナの影が揺れ、足元のコンクリートの向こうから、重機が動き出す前みたいな鈍い震えが伝わってくる。
その時、袖が引かれた。
絶花の指先だった。
一瞬だけ、けれどはっきりと力がこもっている。声にするより早く、危ないと伝えてくる掴み方だ。
「太郎。この人、気配が真っ直ぐじゃない。前に出るだけで、周りまで巻き込む」
「そりゃまた、厄介な個性だな――」
言い終わる前に、ハーニッシュの身体が沈んだ。
構えた、という感じじゃない。
重さそのものが一段下に落ちた、そんな沈み方だった。
次の瞬間、その巨体が嘘みたいな速さで踏み込んでくる。
拳でも武器でもない。
ただ腕を振っただけだ。
それだけで、港の足場ごとこっちへ叩きつけてきた。
「っ、絶花!」
咄嗟に身をずらし、絶花の肩を押して横へ逃がす。
すぐ脇を、砲撃みたいな風圧が突き抜けた。
係留鎖が激しく鳴る。
床板がめくれ上がる。
背後のコンテナが片側だけ浮き、鈍い金属音を吐きながら傾いた。
殴られたのは空間のはずなのに、港そのものが一発食らったみたいだった。
「いや派手すぎるだろ! 普通こういうのって、もうちょっと挨拶から入らないか!」
文句を言いながら、斬月を呼ぶ。
巨刀の重みが手に落ちた瞬間、ようやく身体の芯が戦う形に噛み合った。
ハーニッシュはそこで初めて、ほんの少しだけ目を細める。
面白がってるわけじゃない。
こっちが折れないと分かって、ようやく話が通じる相手だと認識した、そんな顔だった。
「私はアリナ・クローバーですが、先に言っておきます。こういう始まり方はまったく好みではありません」
少し離れた場所で、案内役の女――アリナが額に手を当てていた。
声は丁寧なのに、言ってる中身はほとんど悲鳴だ。
「ハーニッシュ、港を壊す前提で殴るのはやめてください。これ以上やると、あとで説明を求められるのは私なんです」
現実的すぎる一言だった。
でも、その現実感のおかげで頭が冷える。
なるほど。
こいつは本気で戦いに来ている。
嫌がらせでも見せしめでもない。
ただ純粋に、俺を試しに来たんだ。
ハーニッシュが再び踏み込む。
今度は足場の鉄骨ごと蹴り上げるつもりらしく、支柱が先に悲鳴を上げた。
斬月を横へ構え、正面から受ける。
重い。
海の底でも丸ごと落ちてきたのかと思う圧力が、腕から肩、骨の奥まで突き抜けた。
痛い。重い。厄介だ。
けど――まだ立てる。
「……なるほど。噂だけで済む相手なら、港はここまで騒がしくならないか」
押し返す。
斬月の腹で力を逃がしながら、傾いた足場の流れを読む。崩れるなら外へ。巻き込むなら最小限に。
勝つ前に、壊れ方を選ぶ。
最近ようやく覚え始めた戦い方だった。
王になるなら、叩き潰す順番より先に、壊さない順番を覚えろ。
そんなことを言ってきた式の顔が、頭の隅をよぎる。
「太郎! 右、次は右から! それと奥のコンテナ、もう限界近い!」
「助かる!」
短く返した直後、ハーニッシュが来た。
無口なくせに、一撃ごとに迷いがない。
探っているというより、殴るたびにこっちの骨格を測っているみたいだった。
強い相手と殴り合うこと自体が、たぶんこいつにとっては会話なんだろう。
面倒だ。
面倒だけど――嫌いじゃないと思ってる自分にも、ちょっとだけ呆れる。
三撃目。
今度は拳じゃない。肩から丸ごとぶつかってきた。
鉄柵が捻じれる。
背後で留め金がひとつ外れる音がした。
互角だ。
だからこそまずい。
このまま付き合えば、勝っても負けても港のほうが先に死ぬ。
「本当にやるんですか、あなたたち……! 場所を選ぶって発想はないんですか!」
とうとうアリナがそう叫んだ時には、もう遅かった。
その声が波止場へ落ちるより先に、次の一撃の気配が、俺の目の前まで迫っていた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア