※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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素手の挑戦者

ハーニッシュが名乗った、その直後だった。

 

港の朝が、ほんの一瞬だけ妙に静かになる。

さっきまで耳の端で揺れていた波の音まで、こっちの出方を待っているみたいに薄くなった。

 

静かなのは嫌いじゃない。

けど、目の前の男が作る沈黙は別だ。

 

海霧みたいに包む静けさじゃない。

もっと乾いていて、重い。うっかり触れたら、そのまま腕ごと持っていかれそうな種類の無音だった。

 

「……そんな顔されると、こっちも釣り糸を巻く暇がなさそうなんだけどな」

 

軽口を投げる。

だが返事はない。

 

その代わり、ハーニッシュが半歩だけ前に出た。

 

たったそれだけで、港の空気が先にきしんだ。

積み上がったコンテナの影が揺れ、足元のコンクリートの向こうから、重機が動き出す前みたいな鈍い震えが伝わってくる。

 

その時、袖が引かれた。

 

絶花の指先だった。

一瞬だけ、けれどはっきりと力がこもっている。声にするより早く、危ないと伝えてくる掴み方だ。

 

「太郎。この人、気配が真っ直ぐじゃない。前に出るだけで、周りまで巻き込む」

 

「そりゃまた、厄介な個性だな――」

 

言い終わる前に、ハーニッシュの身体が沈んだ。

 

構えた、という感じじゃない。

重さそのものが一段下に落ちた、そんな沈み方だった。

 

次の瞬間、その巨体が嘘みたいな速さで踏み込んでくる。

 

拳でも武器でもない。

ただ腕を振っただけだ。

 

それだけで、港の足場ごとこっちへ叩きつけてきた。

 

「っ、絶花!」

 

咄嗟に身をずらし、絶花の肩を押して横へ逃がす。

すぐ脇を、砲撃みたいな風圧が突き抜けた。

 

係留鎖が激しく鳴る。

床板がめくれ上がる。

背後のコンテナが片側だけ浮き、鈍い金属音を吐きながら傾いた。

 

殴られたのは空間のはずなのに、港そのものが一発食らったみたいだった。

 

「いや派手すぎるだろ! 普通こういうのって、もうちょっと挨拶から入らないか!」

 

文句を言いながら、斬月を呼ぶ。

 

巨刀の重みが手に落ちた瞬間、ようやく身体の芯が戦う形に噛み合った。

ハーニッシュはそこで初めて、ほんの少しだけ目を細める。

 

面白がってるわけじゃない。

こっちが折れないと分かって、ようやく話が通じる相手だと認識した、そんな顔だった。

 

「私はアリナ・クローバーですが、先に言っておきます。こういう始まり方はまったく好みではありません」

 

少し離れた場所で、案内役の女――アリナが額に手を当てていた。

声は丁寧なのに、言ってる中身はほとんど悲鳴だ。

 

「ハーニッシュ、港を壊す前提で殴るのはやめてください。これ以上やると、あとで説明を求められるのは私なんです」

 

現実的すぎる一言だった。

でも、その現実感のおかげで頭が冷える。

 

なるほど。

こいつは本気で戦いに来ている。

 

嫌がらせでも見せしめでもない。

ただ純粋に、俺を試しに来たんだ。

 

ハーニッシュが再び踏み込む。

今度は足場の鉄骨ごと蹴り上げるつもりらしく、支柱が先に悲鳴を上げた。

 

斬月を横へ構え、正面から受ける。

 

重い。

 

海の底でも丸ごと落ちてきたのかと思う圧力が、腕から肩、骨の奥まで突き抜けた。

痛い。重い。厄介だ。

 

けど――まだ立てる。

 

「……なるほど。噂だけで済む相手なら、港はここまで騒がしくならないか」

 

押し返す。

斬月の腹で力を逃がしながら、傾いた足場の流れを読む。崩れるなら外へ。巻き込むなら最小限に。

 

勝つ前に、壊れ方を選ぶ。

最近ようやく覚え始めた戦い方だった。

 

王になるなら、叩き潰す順番より先に、壊さない順番を覚えろ。

そんなことを言ってきた式の顔が、頭の隅をよぎる。

 

「太郎! 右、次は右から! それと奥のコンテナ、もう限界近い!」

 

「助かる!」

 

短く返した直後、ハーニッシュが来た。

 

無口なくせに、一撃ごとに迷いがない。

探っているというより、殴るたびにこっちの骨格を測っているみたいだった。

 

強い相手と殴り合うこと自体が、たぶんこいつにとっては会話なんだろう。

 

面倒だ。

面倒だけど――嫌いじゃないと思ってる自分にも、ちょっとだけ呆れる。

 

三撃目。

今度は拳じゃない。肩から丸ごとぶつかってきた。

 

鉄柵が捻じれる。

背後で留め金がひとつ外れる音がした。

 

互角だ。

だからこそまずい。

 

このまま付き合えば、勝っても負けても港のほうが先に死ぬ。

 

「本当にやるんですか、あなたたち……! 場所を選ぶって発想はないんですか!」

 

とうとうアリナがそう叫んだ時には、もう遅かった。

 

その声が波止場へ落ちるより先に、次の一撃の気配が、俺の目の前まで迫っていた。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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