サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
その気配は、殴打の予兆というより、港そのものが「次は耐えられない」と呻く前触れだった。
俺は斬月を握り直し、重さを受け止める角度を変えながら、背中側の空気が冷えるのを確かめた。
絶花が言っていた「巻き込む」は比喩じゃない。
ハーニッシュが一歩踏み込むだけで、地面の振動が周囲へ波のように広がり、金属の継ぎ目や古いボルトが次々に悲鳴を上げていく。
次の一撃が来る。
そう確信した瞬間、俺は真正面の圧だけじゃなく、右奥のクレーンの旋回音を拾ってしまった。
嫌な音だった。
重機ってのは本来、決められた速度で、決められた角度で、決められた重さを運ぶから安全なんだ。
それが今は、戦闘の衝撃で軸が狂い、吊り荷が海風に煽られたみたいに揺れている。
「……絶花、避難って言っても、ここ釣り客がいるだろ」
俺がそう言い終えるより早く、絶花の視線が岸壁側へ飛んだ。
彼女の瞳が僅かに見開かれたのは、危険の種類が「敵」じゃなく「落下」へ変わった合図だった。
「いる、しかも逃げてない、釣り竿持ったままの人が多い……! 太郎、あのクレーン、荷が岸壁側へ振れてる!」
最悪のパターンが頭の中で繋がった。
吊り荷のコンテナが振れて積み荷に引っ掛かり、噛んだ瞬間にドミノみたいに倒れたら、釣り客は逃げる暇すらない。
「チッ……!」
ハーニッシュの肩が来た。
俺は斬月を横に滑らせ、衝突の一点をずらして受け流すつもりで刃を当てた。
重い。
身体が砂袋みたいに後ろへ運ばれ、踵がコンクリートを削って火花みたいな粉塵を散らす。
けど、それでも踏ん張ったのは、背後に逃げ遅れた誰かがいるかもしれないからだ。
「……止まらないな」
ハーニッシュが呟く。
声は淡々としていて、俺を褒めるでも罵るでもなく、ただ事実として面白がっている温度があった。
「止まるわけねえだろ、こんな場所で止まったら港が先に壊れる!」
叫んだのは俺なのに、言葉の意味は自分に向けて刺さった。
勝つことより先に、港を生かす順番を作らないと、俺はこの場の誰も守れない。
その瞬間、金属が軋む音が、耳の奥じゃなく胸の底で鳴った。
クレーンの旋回が一瞬だけ跳ね、吊り荷が大きく振れて、コンテナの角が積みコンテナの縁へ引っ掛かる。
「……噛んだ!」
絶花が叫んだ。
同時に、遠くの岸壁で「何だ?」と間の抜けた声が上がり、釣り竿を構えたままの老人が振り返るのが見えた。
遅い。
気づくのが遅いし、身体が動き出すのはもっと遅い。
噛んだコンテナが半落ちの姿勢で滑り、積みのバランスが崩れて横倒しの連鎖が始まる。
倒れていくのは金属の箱なのに、あれは波だ、逃げ道を塗り潰す重量の波だ。
「絶花、あっち!」
俺は叫びながら、ハーニッシュへ向けていた身体の向きを無理やり捻る。
正面の強敵を背にして走るのは、本来なら自殺行為だ。
でも、今はそれでも走るしかない。
勝っても守れなきゃ、俺の勝ちなんて何の意味もない。
「太郎、後ろ!」
絶花の声が背中を叩く。
ハーニッシュが追ってくる気配が、刺すように近い。
次の瞬間、岸壁の手前で、アリナが動いた。
あいつはさっきまで「あとで説明が」とか、現実的な愚痴を言っていた案内役だったはずなのに、今は顔色が変わっていた。
「……はぁ? マジで落ちるの? いや、落ちるっていうか、倒れるっていうか……!」
言葉が混乱しているのに、足だけは迷いなく釣り客へ向かって走っている。
その走り方が、戦士の踏み込みじゃないのが逆に分かりやすかった。
戦うためじゃなく、間に合わない現実を嫌がって、身体が勝手に動いている走り方だった。
「そこの人、竿捨てて逃げて! 今すぐ!」
アリナは怒鳴りながら、釣り竿を握ったまま固まる老人の肩を掴み、半ば投げるように後ろへ押しやった。
次に、子ども連れの父親へ手を伸ばし、子どもだけでも先に走らせるよう背中を叩く。
「ねえ、聞こえてる!? 荷物とか後でいいから、今は走って!」
口が悪い。
でも、その悪さが、今この場では命綱みたいに響いた。
俺は斬月を引きずるように構え、倒れ始めたコンテナの連鎖を見た。
倒れる角度、噛み込みの支点、次に押される箱の縁、そこを切れば流れが止まる。
月牙天衝を撃つほどの力は要らない。
必要なのは、崩落が「伝播する線」を断ち切る刃の置き方だ。
「斬月……喰え」
霊圧を刃へ食わせる。
ただし、放つんじゃない。
刃の周りに薄い圧をまとわせ、切っ先の範囲だけを鋭くする。
俺は倒れてくるコンテナそのものじゃなく、次へ押し込む角の部分へ斬月を滑らせた。
金属が裂ける嫌な音がし、角が落ち、ドミノの勢いが一瞬だけ鈍る。
「止まれ……止まれ!」
もう一度、今度は噛み込みの支点になっている縁を切る。
大仰な斬撃じゃない。
ただ、状況の“逃げ道を潰す順番”だけを切り替えるための、小さな切断だ。
それでも、完全には止まらない。
重量の波は勢いを落としただけで、まだ釣り客の避難の背中を追っている。
「くっ……!」
アリナが戻ってきて、今度は自分の身体で人の列の端を塞ぐように立った。
彼女は庇う位置を選んでいるのに、その顔には「なんで私がこんなことを」という苛立ちが浮かんでいて、怒りと恐怖が混ざっていた。
「ちょっと、そこの人、走れって言ってるでしょ! 眺めてる場合じゃないから!」
怒鳴った直後、アリナの手が震えた。
震えを隠すみたいに拳を握り、歯を噛み、もう一度だけ前へ出る。
この人は戦いたいわけじゃない。
それでも、見過ごせないから動く。
絶花が、俺の横へ並んだ。
彼女はアリナへ向けて、言葉じゃなく視線を投げる。
たぶん、あれは確信だ。
この女は、見捨てられない側の人間だと。
その瞬間、背後の空気が裂けた。
ハーニッシュが追いついたんじゃない。
追いつくのが当然だとでも言うように、俺の背中へ圧を置いてきた。
「邪魔だとは思わない」
淡々とした声。
けれど、次の踏み込みには遠慮がない。
俺は斬月を振り上げ、コンテナの連鎖とハーニッシュの圧の両方を一息で見た。
守るには足りない。
戦うには遅い。
このままじゃ、次の一撃で誰かが死ぬ。
俺の中で、結論だけが冷えて固まる。
戦場の外に置く方が危ない。
この人は、外にいたら勝手に飛び込んで壊れてしまう。
「……絶花、聞こえるか」
「うん、太郎、分かってる」
絶花の返事が短いのは、俺が何を言おうとしているか察したからだ。
その時、岸壁の端で、逃げ遅れた釣り客が足をもつれさせて転んだ。
転んだ先に、半落ちのコンテナがまだ滑ってくる。
俺は踏み出した。
アリナも同時に踏み出した。
ただし、あいつはまだ受け取っていない。
それでも受け取らないまま、受け取ったみたいに命を背負いに行く。
――次で、俺が決めないといけない。
戦いの勝敗じゃなく、誰がどこで何を背負うかを。
そう悟った瞬間、ハーニッシュの一撃が、俺の横を抜けて港の鉄骨へ叩きつけられ、今度はクレーンの根元が本格的に軋み始めた。
「……っ、止まらねえな、マジで」
俺の口から漏れた言葉は、軽口の形をしていなかった。
次の瞬間、崩落の連鎖がもう一段大きくなり、港の朝が完全に戦場の音へ塗り潰された。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア