※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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崩れる港

ハーニッシュの一撃を斬月で受けた瞬間、刃に伝わったのは殴打の衝撃というより、港そのものを一度に持ち上げて落としてきたみたいな重さだった。

足裏から膝、膝から腰へと痺れが駆け上がり、受け切ったはずの衝撃が遅れて背骨の奥を鈍く叩く。

それでも踏みとどまれたのは、俺が強くなったからだけじゃなく、後ろに絶花がいて、その向こうにまだ壊していない朝の港が残っていたからだ。

 

斬月の腹をわずかに傾け、叩きつけられた力の流れを左へ逃がす。

真正面で受け止めれば格好はつくかもしれないが、その代わり折れるのは俺の腕じゃなく、足元の桟橋と係留柱の方だ。

最近ようやく分かってきた、王ってのは自分が立っている場所まで勘定に入れて戦うものなんだろう。

 

「太郎、左の鎖がもう駄目、その奥のコンテナも傾いてる」

 

絶花の声が飛ぶ。

短いのに、そこへ含まれている焦りだけは妙にはっきり伝わってきて、視界の端で揺れる鉄の影が一気に現実味を増した。

海風に晒され続けた係留鎖が、一つ、また一つと不吉な軋みを上げ、引きつった金属の音を薄い朝の空へ散らしている。

 

「分かった、そっちは見といてくれ」

 

返しながら、ハーニッシュの二撃目を待つ。

待つと言っても、こいつは合図らしい合図をくれない。

無口なまま、こちらが立っていることを確かめた次の瞬間には、また同じ熱量で踏み込んでくる。

だからこそ厄介で、だからこそ面白いと思ってしまう自分がいて、その呑気さをぶん殴りたくもなる。

 

ハーニッシュの肩がわずかに沈む。

次は拳じゃない、その重心の落ち方で分かる。

こいつは今、港の床ごと俺を削るつもりだ。

 

「おい、そこを踏み抜かれたら、この辺まとめて崩れますよ」

 

後ろから飛んできたアリナの声は、状況の深刻さに反してやけに事務的で、余計に切羽詰まって聞こえた。

喚くわけでも怒鳴るわけでもなく、ただ面倒な現実を読み上げるみたいに危険を告げるから、この女の言葉は変に刺さる。

戦う気はないくせに、見えているものだけは見過ごせない人間の声だった。

 

ハーニッシュは振り返りもしない。

足場の鉄骨が悲鳴を上げるほど強く踏み込み、そのまま身体ごとぶつかるように突っ込んでくる。

斬月を縦に立てて迎えた瞬間、桟橋の板が一斉にきしみ、足元の隙間から上がった潮の飛沫が朝日を弾いて散った。

 

押される。

だが押し負けるほどじゃない。

互角という言葉が一番しっくりくるのに、その互角の代償が俺たちの周りに積まれていくのが、どうにも性に合わなかった。

 

「っ、太郎、そのまま押し返さないで、後ろのクレーンが揺れてる」

 

絶花の警告で、力任せに斬り返そうとしていた腕を止める。

止めたところへ、ハーニッシュの重さがなおさら深く食い込んできて、靴底が数寸ぶん後ろへ滑った。

その一瞬の押し合いの向こうで、クレーンの先端がぎこちなく軋み、吊られたコンテナが嫌な角度で揺れる。

この男と戦うってことは、相手の体だけじゃなく、周囲の構造物まで相手に回すことと同じだった。

 

「噂通り、逃げないな」

 

ハーニッシュが初めて少し長い言葉を落とす。

低くて平らな声なのに、その中にはようやく獲物へ手が届いた獣みたいな納得があった。

 

「逃げたら、お前が面白くなくなるだろ」

 

口元だけで笑って返すと、ハーニッシュの目がほんのわずかだけ細くなる。

喋ることで崩れる男じゃないが、言葉の殴り合いくらいなら成立するらしい。

それが分かっただけでも、少しだけ戦いやすい。

 

だが、戦いやすいことと、被害が減ることはまるで別だ。

ハーニッシュが身を離した瞬間、今度は横殴りの一撃が港の空気ごと薙いでくる。

斬月で受けた衝撃の余波が後ろへ抜け、コンテナの一角が大きく跳ね上がり、積み重なっていた箱の列がずるりと不吉にずれる。

落ちる。

その予感が形になるより少し先に、絶花が息を呑んだ。

 

「待って、奥に人の気配がある、まだ逃げ切れてない」

 

その言葉で、俺の中の何かが一段深く冷えた。

見えたのは、コンテナの隙間でうずくまる作業服の色だけだったが、それで十分だった。

あの列が崩れれば、勝負も何もあったもんじゃない。

 

「ハーニッシュ、そこまでだ、続けるなら場所を変えろ」

 

呼びかける。

命令の形にはならない。

今のこいつは誰かに従うために立っているんじゃなく、ただ俺と戦うためにここにいるのだから。

 

「まだ足りない」

 

返ってきたのは短い拒絶だけで、その拒絶のあとには、もう次の踏み込みが始まっていた。

こいつにとって戦いは会話で、会話の途中で場所を気にするほど器用じゃない。

だからこそ危ないし、だからこそ、誰かが別の順番を押し込まないと止まらない。

 

「本当にやるんですか、まだ続けるんですか、見えてますよね、あそこ」

 

今度のアリナの声は、さっきより半歩だけ強かった。

丁寧さは崩していないのに、言葉の端が切れている。

それは呆れを通り越して、とうとう我慢の輪郭が目に見えるところまで浮いてきた声だった。

 

ハーニッシュはそちらを見ない。

見ないまま、三撃目へ入る。

俺は斬月を振り上げ、今度は真正面で止めるんじゃなく、上へ逸らして港の外へ流すつもりで足を踏み替える。

やれる。

だが、その一拍の間に、傾いたコンテナの列が耐えきれず、金属の悲鳴を撒き散らしながらさらに前へ滑った。

 

絶花が一歩前へ出る。

俺も踏み込む。

その時だった。

 

「……ちょっと、さすがにそれは駄目です」

 

アリナの声が、今までで一番低く落ちた。

振り返るまでもなく分かった。

さっきまで距離を置いていた女が、とうとう一歩、前へ出たのだと。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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