サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
アリナが一歩前へ出た瞬間、さっきまでこの場へ置いていた距離だけが、港の床へ置き去りにされたみたいに見えた。
付き添いだとか案内役だとか、そういう言い訳はまだ彼女の口の中に残っているはずなのに、身体の方が先にそれを追い越してしまったのだと、横顔を見ただけで分かった。
理屈より先に足が出る人間は信用できる、とは簡単に言えない。
だが、見過ごせないものが目に入った時だけ、損得より前に動いてしまう人間の顔を、俺はもう何人か知っている。
「絶花、あの人の位置、まだ見えるか」
「見える、コンテナの影、二人…いや、奥にもう一人いる」
返ってきた声は短くて鋭い。
絶花の視線は崩れた鋼材と海風に煽られるシートの隙間を縫うように走り、俺にはまだ見えていない危険の順番を、先にこの場へ並べてくれていた。
そこへ重なるように、ハーニッシュの四撃目が来る。
構えに無駄がないぶん、止める側のこちらだけが、守るものの数だけ計算を増やさなきゃいけない。
「まだやるのかよ、お前は」
言い捨てて斬月を振るう。
刃と肉体がぶつかった音というより、鋼の塊同士を港の真ん中で無理やり噛み合わせたみたいな濁った衝撃が広がり、足元の床板から潮の飛沫が細かく跳ねる。
押し返したい。
けれど押し返した先には、今にも傾き切りそうなコンテナの列がある。
だから受ける。
受けた力を右へ流し、流した先で鉄柵が捻じれ、悲鳴みたいな音を上げる。
「本当に、どいつもこいつも……!」
アリナの声に、ついさっきまでの事務的な疲労とは別の熱が混じった。
腹の底から怒っているのに、怒鳴り方までどこか真面目で、だから余計に切実に聞こえる。
彼女は崩落しかけた足場の端へ走り、落ちかけた資材の前へ身体を滑り込ませると、コンテナの影へ向かって叫んだ。
「そこにいる人は動かないでください、今出ると逆に巻き込まれます」
言葉の置き方に迷いがなかった。
戦う気はなくても、危険な場所で誰に何を言うべきかだけは、最初から身体に入っているらしい。
ハーニッシュがその横顔を一度だけ見た。
見るだけで止まらない。
止まれないというより、戦いの最中に他の優先順位を差し込む術を知らないんだろう。
「ハーニッシュ、もう十分だろ」
俺が言うと、男は初めてほんの少しだけ呼吸を乱した顔でこちらを見る。
強さしか測っていなかった目の中へ、別の物差しが無理やり差し込まれた時の顔だった。
「まだだ」
短い。
だが、その短さの中にあるのは意地じゃない。
純度の高すぎる戦闘欲だ。
だから質が悪い。
悪意で壊すやつなら、壊した瞬間に止める理由ができる。
こいつみたいに、本気で戦いたいだけのやつは、自分の周りが壊れる音に意味を見出していないぶん、止まる理屈を持っていない。
その一瞬の空白を狙ったみたいに、傾いていたコンテナの列が、とうとう限界を超えて軋んだ。
金属と金属が擦れる嫌な音が、朝の港には大きすぎる。
一段、二段と重心が崩れ、斜めに持ち上がった箱の影が、アリナと、その向こうにいる作業員たちの上へ落ちてくる。
アリナは振り返った。
逃げられる距離じゃない。
庇えるかどうかで言えば、庇えない。
それでも彼女は、その場から退かなかった。
退かなかった瞬間に、もう答えは出ていたのだと思う。
「……っ、最悪」
吐き捨てた声は、自分の運の悪さに対してなのか、ここで足を止められない性分に対してなのか、たぶん両方だった。
俺はその背中を見た。
見た瞬間に、胸の奥で王国の駒が熱を持つ。
必要だと、もう身体の方が決めている。
「アリナ!」
呼ぶ。
彼女が振り向く。
目の奥にはまだ迷いがあった。
巻き込まれたくない、戦いたくない、面倒だ、うんざりする、その全部がちゃんと残っている。
残っているのに、それでも人の前に立ってしまう。
そういう人間を見た時、王の側がやることは、もう一つしかない。
掌を開く。
王国の駒が、朝の光の中へ落ちてきた。
小さな駒のはずなのに、この場の騒音や風圧や金属の悲鳴まで一瞬だけ押しのけるみたいに、静かな存在感でそこにある。
「それを受け取れ!」
アリナの目が見開かれる。
状況が状況だ。
意味を考える暇もない。
けれど、受け取るかどうかだけは、その一瞬でも人間の本音が出る。
「はあ!?」
拒絶の形をした声だった。
けれど、完全な拒否じゃない。
分からない、嫌だ、面倒だ、でも今ここで何もしない方がもっと嫌だ、そういうぐちゃぐちゃしたものが全部一緒に乗った叫びだ。
「今さらそんな得体の知れないものを渡されても困るんですけど!」
「知ってる、でも今はそれしかない!」
コンテナの影が落ちてくる。
絶花の息が詰まる音がした。
ハーニッシュの視線さえ、初めてほんのわずかに揺れる。
アリナは舌打ちしたいみたいに顔を歪め、それでも最後には、ほとんど反射で手を伸ばした。
駒が、彼女の掌へ触れた。
その瞬間、光が爆ぜる。
爆発とは違う。
破壊じゃない。
骨の奥まで通るような硬質な光が、彼女の身体の輪郭を一息で塗り替えていく。
服の一部が処刑人めいた意匠へ変わり、両手に抱えるには大きすぎる鎚が、その手の中へ現れた。
ただ大きいだけじゃない。
見ただけで分かる。
これは、壊すために生まれた重さだ。
アリナは目を見開いたまま、その重さにほんの一瞬だけ腕を沈めた。
だが次の瞬間には、もう持ち直している。
戸惑う暇もない。
人が死ぬより先に、身体の方が順応を選んだんだろう。
「打ち砕け、巨神の破鎚!」
初めて振るうには、あまりにも躊躇のない一撃だった。
大鎚が振り上げられ、落ちる。
狙ったのはコンテナそのものじゃない。
落下の力が集まる“継ぎ目”だ。
鉄の塊がぶつかり合う寸前、そこへ叩き込まれた破壊が、落ちるはずだった重さそのものを砕いて散らした。
凄まじい轟音が港へ響いた。
コンテナの角が弾け、崩れかけた列がそこで一度だけ持ち直し、破片だけが海側へ飛び散る。
完全に壊したのに、守るべきものだけは壊れていない。
その矛盾みたいな結果に、俺は思わず息を呑んだ。
「……は?」
自分がやったことを理解したのかしていないのか、アリナはその場で固まったまま、手の中の大鎚と、まだ震えている港の床とを見比べていた。
助かった作業員たちは腰を抜かし、絶花は胸元を押さえたまま、小さく、でもはっきり息を吐く。
ハーニッシュだけが、初めて面白いものを見たみたいに、アリナの方を向いていた。
「……壊した、のに」
アリナの声は震えていない。
震えていない代わりに、現実へ追いつこうとしている硬さだけがあった。
その硬さの中へ、俺は一歩だけ近づく。
「助けたんだよ」
言うと、アリナがこっちを見る。
疲れた案内役の顔じゃない。
戦いたくないのに戦場へ立ってしまった人間の、最悪な朝を迎えた顔だ。
「いや、全然ありがたくないんですけど、なんでこんな面倒なことになってるんですか、私」
「そこは俺も今から説明したい」
返した瞬間、ようやく自分でも少し笑いそうになった。
戦場のど真ん中で、こんなにも本気で嫌がっているやつを新しい仲間として迎えることになるのかと思うと、頭が痛い。
でも、それでいいとも思った。
見過ごせないやつが、面倒を抱えたまま立ってしまうなら、王の側がやることは一つだけだ。
アリナはまだ大鎚を握ったまま、呆然と立っている。
そして、その視線の先には、今の一撃を見て明らかに何かを変えたハーニッシュの顔があった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア