※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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朝陽の戦いの決着

ハーニッシュの肩がゆっくり回るのを見た瞬間、港の朝がもう一段だけ重くなった気がした。

さっきまでのあいつは、強い相手と殴り合えること自体を楽しんでいた。

けれど今、目の前にあるのはもっと質の悪い熱だ。

勝負が成立したと理解した途端に、相手の限界ごと踏み抜きに来るやつの顔。

楽しさが消えたわけじゃない。

楽しさの奥へ、ようやく本気が沈んだだけだ。

 

「絶花、次はどこが壊れる」

 

「右手の係留柱、それと足場の継ぎ目、たぶんあの人はそっちを踏み抜いてくる」

 

返ってきた声は短いのに、見えている景色の広さだけはその一言で分かる。

絶花は俺やハーニッシュを見ているんじゃない。

この港全体の“崩れ方”を先に読んで、どこから死ぬかを見ている。

ありがたいし、胃が痛い。

そういう視点が必要な戦場へ、俺はもう立っている。

 

「アリナ、次は左から入れ、あいつの重心を半歩ぶんでもずらせばいい」

 

「また雑に難しいことを言いますね、半歩がどれだけ大きいか分かってますか」

 

「分かってる、だからお前に頼んでる」

 

言い返した瞬間、アリナがほんの少しだけ言葉を止めた。

嫌がる。

文句も言う。

それでも、自分にできると分かってしまうと、引き下がる方が気持ち悪い。

そういう顔をしていた。

 

ハーニッシュが動く。

踏み込みは静かだったのに、その一歩が入った途端に係留柱の根元が嫌な音を立てて沈み、海へ固定されていた鎖が張りつめて、次の瞬間には鞭みたいな勢いで跳ねた。

斬月で受ける。

火花じゃない、金属が悲鳴を上げる時の白い軋みが視界を走る。

腕が痺れる。

だが、その衝撃は俺一人で受けるもんじゃない。

 

「今!」

 

絶花の声と同時に、アリナの大鎚が横から飛び込んだ。

狙ったのはハーニッシュの腕でも肩でもない。

足元だ。

あいつの重さを支えている桟橋の継ぎ目、その一点へ叩き込まれた巨神の破鎚が、木材と鉄骨の噛み合いごと砕き、踏み込みの勢いだけを横へ滑らせる。

ハーニッシュの身体が一瞬、真っ直ぐ立てなくなる。

その一瞬を、今は逃すわけにいかない。

 

斬月を返す。

真っ向から切るんじゃない。

肩口へ叩きつけ、上体をさらに崩す。

鈍い音。

海風が遅れて吹き抜け、砕けた木片が足元を跳ねる。

ハーニッシュは三歩ぶん滑り、それでも転ばずに止まった。

止まったけれど、初めて明確に“押された”顔をする。

 

「……いい」

 

またそれか、と思う。

こっちは港の設備と一般人の残り気配と、横で文句を言いながらも支点を砕いてくれる新入りと、考えることが山ほどあるのに、あいつだけは勝負の熱へ嬉しそうに沈んでいく。

本当に面倒くさい。

面倒くさいが、嫌いじゃないのも腹が立つ。

 

「よくないです、私はまだ全然納得してませんからね」

 

アリナが即座に切る。

だが、その声はもう明らかにさっきまでより前に出ていた。

嫌々だ。

嫌々なのに、俺の半歩横という一番危ない場所から動かない。

逃げるならいくらでも逃げられるのに、そこへいるということは、もうそういうことなんだろう。

 

ハーニッシュが息を吸う。

いや、吸ったように見えただけで、本当は全身の重さを一点へ集めている。

次は来る。

今までで一番深いやつが。

 

「太郎、下がって!」

 

絶花の叫びと同時に、俺も分かった。

正面じゃない。

港そのものを叩き割る気だ。

ハーニッシュは俺たちを狙うんじゃない。

この足場を沈めて、立っている場所ごと潰すつもりで拳を振り下ろしてくる。

 

「アリナ、支点を砕け!」

 

「どっちを!」

 

「俺の前!」

 

ほとんど同時だった。

ハーニッシュの拳が床を割るより半拍早く、アリナの鎚が俺の足元の継ぎ目へ落ちる。

床板が砕ける。

けれどそれは崩壊じゃない。

崩れるはずだった流れを切って、衝撃を逃がすための破壊だ。

そのわずかな空白へ、俺は斬月を突き立てた。

 

斬月の刃が、砕けた床の奥で軋む鉄骨へ食い込む。

ハーニッシュの一撃が落ちる。

港全体が震え、海が下から殴り返してきたみたいに大きく波打つ。

それでも、沈まない。

沈ませない。

俺一人なら押し切られていた。

だが今は違う。

絶花が壊れる順番を読み、アリナが支点を砕き、俺がその隙間へ斬月を通す。

その形ができた瞬間、ようやく戦場がこちらのものになる。

 

「っ、今だ、太郎!」

 

絶花の声が刺さる。

俺は斬月を引き抜き、そのまま踏み込んだ。

ハーニッシュの懐へ入る。

重い。

近い。

それでも、もう迷わない。

斬月を肩から叩き下ろす。

切るんじゃない、叩き潰すでもない。

勝負の芯だけを折るための一撃。

 

ハーニッシュの体が、今度こそ大きく崩れた。

膝が床へ落ちる。

港の鉄と木の匂いの中で、その着地音だけがひどく静かだった。

勝った。

そう思うより先に、相手がまだ立ち上がるかどうかだけを見ていた。

立ち上がらない。

少なくとも、今すぐは。

 

しばらくして、ハーニッシュが顔を上げる。

その目には怒りはなく、悔しさとも少し違う、妙に澄んだ納得だけがあった。

 

「……負けた」

 

短い声だった。

けれど、その一言に余計な濁りがないせいで、かえって重かった。

アリナが大鎚を抱えたまま肩で息をし、俺の横で本気で嫌そうな顔をする。

 

「私、今さらですけど、本当に巻き込まれましたよね」

 

「今さらだな」

 

「笑い事じゃないんですけど」

 

そう言いながらも、逃げる気配はもうない。

絶花がようやく大きく息を吐き、胸元を押さえたまま小さく呟く。

 

「……終わった、かな」

 

朝の港に残るのは、軋んだ設備と、砕けた木片と、潮の匂い、それから俺たち四人の荒い呼吸だけだった。

釣り糸はとうに絡まり、浮きは海面のどこかへ消えている。

暇つぶしの朝は、ずいぶん遠くへ行ってしまったらしい。

女王は誰にする?

  • アルファ
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