サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
ハーニッシュが膝をついたまま動かなくなると、さっきまで暴れていた港の風景だけが、遅れて息を取り戻すみたいに軋み始めた。
砕けた床板の隙間から潮が跳ね、倒れずに済んだコンテナが不機嫌そうに軋み、遠巻きに様子を窺っていた作業員たちがようやく喉の奥の息を吐く。
勝った、という実感より先に、壊れずに残ったものの数を数える癖が先に動いたあたり、自分も少しは変わったのかもしれない。
「……終わりだな」
斬月を肩へ担ぎ直しながら言うと、ハーニッシュは顔を上げた。
その目には悔しさも熱もまだ残っている。
ただ、その熱はもうこちらを焼き切るためじゃなく、自分の中へ沈めて飲み込むためのものに変わっていた。
「負けた」
短い。
短いくせに、変な言い訳が一つも混ざっていない。
だから、その一言は重かった。
戦いにしか興味がない男だと思っていたのに、負けを認める時だけは、妙に誠実だ。
「認めるの早いな」
そう言うと、ハーニッシュはわずかに口元を動かした。
笑ったというより、ようやく言葉にする価値が出たとでも思った顔だった。
「強いだけじゃない、背負い方が違った」
その言葉が、意外なくらい真っ直ぐ胸へ落ちた。
強いと言われるのは、たぶん嫌いじゃない。
でも、背負い方を見られるのは別だ。
王なんて大きなことを口にしてきたくせに、そこだけは今でも照れくさい。
「……面倒なことを言うな」
「事実だ」
そこで会話を切るみたいに、ハーニッシュが視線を落とす。
その落ち方に迷いはなかった。
負けた。だから、次に進む。
この男の中では、たぶんそれだけなんだろう。
横でアリナがようやく大鎚を下ろし、心底くたびれた声を吐いた。
「私はまだ全然次に進みたくないんですけど、なんでこんな朝から人生の分岐点みたいなことに巻き込まれてるんですかね」
「お前はもうだいぶ巻き込まれてる」
「知ってます、知ってますけど、知ってることと納得することは別なんですよ」
文句は多い。
多いくせに、助かった作業員の方をちらりと見て、誰も大怪我をしていないかまで無意識に確認している。
そういうところがあるから、結局この場へ立ってしまったんだろう。
見ていて、少しだけ笑いそうになる。
絶花が胸元を押さえたまま近づいてきて、俺とハーニッシュ、それからアリナの順番に目を向けた。
まだ完全には緊張を解いていない顔だ。
けれど、その視線の奥にあるのは警戒だけじゃない。
この場が次へ進む瞬間を、ちゃんと見届けようとしている目だった。
「太郎」
呼ばれて、何を言われるかはだいたい分かった。
王国の駒を渡すかどうか。
その判断をするのは、いつだって俺だ。
掌を開く。
胸の奥が静かに熱を持ち、その熱が形を取るみたいに、王国の駒がそこへ現れる。
小さい。
けれど、その小ささの中へ、今まで迎え入れてきた連中の重さが全部詰まっている気がして、いつ触れても軽いとは思えない。
ハーニッシュはその駒を見ても、驚いた顔をしなかった。
知らない力に慎重になるでもなく、欲しがるでもなく、ただそれが何を意味するものかを量るみたいに目を細める。
「これを受け取れば、お前は俺の国の中へ入る」
「従えと言うのか」
「違う」
言い切る。
そこは迷わない。
「俺の戦場に立てってことだ」
ハーニッシュの目が、そこで初めて少しだけ揺れた。
支配でも服従でもなく、同じ戦場に立つことを求められる。
たぶん、こいつにとってはその言葉の方がよほど重い。
「……いい」
低く落ちた声は、今度こそ迷いがなかった。
「次は、お前の側で戦う」
返事を聞いた瞬間、俺は駒を差し出す。
ハーニッシュの手がそれを受け取る。
触れた途端、光が走った。
派手な輝きじゃない。
重火器の安全装置が一斉に外れる前みたいな、静かで危険な光だ。
「殲滅せよ、殲滅艦隊」
その言葉と同時に、ハーニッシュの身体へ砲身とミサイルポッドが一体化するみたいに現れていく。
人が武装するんじゃない。
最初から武装という概念そのものが人型を取っていたみたいな顕現だった。
港の朝日が鈍い金属光を舐め、その異様な姿を現実へ引きずり出す。
アリナが本気で嫌そうな顔で一歩引いた。
「嫌な意味で似合いすぎなんですけど」
「同感だな」
そう返すと、ハーニッシュは新しく得た自分の姿を一度だけ見下ろし、それから妙に静かな顔で腕を握った。
力に酔う様子はない。
むしろ、ようやく自分の輪郭が定まったみたいに見える。
その横で、アリナが大鎚を抱え直し、深々とため息をついた。
「……で、私はどうすればいいんですか」
「今さら聞くのかよ」
「今さらだから聞くんです、もう逃げられないのは分かってるので、せめて業務内容だけでも確認したいんですよ」
その言い方に、絶花が小さく息を漏らした。
笑いそうになって堪えた顔だった。
俺も口元が少しだけ緩む。
「とりあえず、港をこれ以上壊さない」
「一番最初の業務内容としてはだいぶ切実ですね」
「あと、人を見捨てない」
言うと、アリナはこっちを見た。
疲れた顔の奥で、さっきコンテナの下へ飛び込んだ時と同じ色が、一瞬だけ揺れる。
「……それは、嫌でもやると思います」
「知ってる」
だから選んだ。
その言葉までは口に出さなかったが、たぶん顔には少し出ていた。
アリナはそれを見てしまったらしく、面倒そうに眉を寄せたまま、それでももう完全には視線を逸らさない。
港の朝は、ようやく本当の意味で静かになり始めていた。
砕けた木片の匂いと潮風の冷たさの中で、俺の前には新しく増えた戦車が二人立っている。
片方は嫌そうな顔で、片方は静かなまま。
どっちも手がかかる。
どっちも厄介だ。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア