※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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前へ出る子と、止める子

翌日の昼も、町は昨日と同じ顔をしていた。

同じはずなのに、いったん気になってしまったものは、何も起きていない景色の中でも妙に目につくようになる。

商店街の角、通りの抜け方、人の流れ、風の音、そういう日常の隙間へ、昨日会った二人の気配だけが、まだ残っているみたいだった。

 

「……また来たんだ」

 

昼休みを少し過ぎた広場の縁で、俺がそう言うと、絶花は缶のジュースへ口をつけたまま、横目だけをこちらへ寄越した。

呆れ半分、納得半分という顔だ。

 

「太郎って、一度気になったら本当に見に来るよね」

 

「見に来るってほどでもないだろ、たまたまこっちを通っただけだ」

 

「その言い訳、昨日も別の時に聞いた気がする」

 

返す言葉がなくて肩をすくめる。

たまたまじゃない。

そんなことは自分が一番分かっている。

昨日の二人は、ただの通りすがりにしては妙に引っかかった。

前へ出る方と、支える方。

その形が、頭の中で妙に残ってしまっている。

 

広場の向こう、焼き菓子屋の前に見覚えのある髪色が見えた。

先に見つけたのは柚木友奈の方で、相変わらず落ち着きなく周りを見ながら、何か文句でも言いたそうな顔で立っている。

その隣で、芙蓉は紙袋の中身を確かめながら、人の流れと店先の位置を同時に見ていた。

昨日と同じだ。

目立つ方と、目立たないくせに全体を見ている方。

 

「声かけるの」

 

絶花がそう訊く。

俺は返事の代わりに、先に足を動かした。

それを見て、絶花が小さく息を吐く。

否定はしない。

どうせ止めても行くと分かっている時のため息だ。

 

「よっ」

 

軽く手を上げると、先に反応したのは柚木友奈だった。

明らかに「またお前か」という顔をしている。

だが、その顔にうっすら混じっているのは嫌悪よりも、少しの驚きだ。

 

「うわ、本当にまた会った」

 

「そんな言い方するなよ、こっちだって少し傷つく」

 

「いや、傷つくって顔してないだろ」

 

言い返しが速い。

速いくせに、口調の端には少しだけ安心した色があって、昨日の出会いが完全に無意味だったわけじゃないのが分かる。

芙蓉は一歩遅れてこちらへ会釈した。

今日も声より先に目がくる。

誰がどう立っているか、まずそこから見ている。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは、今日は騒がしいことしてないんだな」

 

俺がそう言うと、柚木友奈が眉を寄せた。

 

「人をトラブルメーカーみたいに言うなよ、昨日だって別に好きで飛び出したわけじゃないし」

 

「でも飛び出してたよね」

 

絶花が容赦なく言う。

その一言に、柚木友奈がぐっと詰まった。

図星を突かれた時の顔が分かりやすい。

分かりやすいから、なんとなくからかいたくなる。

 

「……まあ、あれは放っとけなかっただけで」

 

「うん、そういうところだと思う」

 

絶花の返しは軽い。

軽いのに、妙に真っ直ぐで逃げ場がない。

柚木友奈が頬をしかめる横で、芙蓉の口元がわずかに緩んだ。

 

「柚木は、見つけると先に身体が動くから」

 

「芙蓉、そこでさらっと言うのやめろよ」

 

「事実をそのまま言っただけだけど」

 

そのやり取りを見ていると、昨日より少しだけ二人の距離が分かる。

柚木友奈は止まれない。

芙蓉はそれを止めようとする。

でも、止めることだけが役目じゃない。

飛び出した先でどう転ばないようにするか、そこまでまとめて引き受けている。

だからこの二人は、片方だけじゃ成立しないんだろう。

 

その時だった。

広場の端から、短い悲鳴が上がる。

振り向くと、自転車へ荷物を積んでいた若い男の横で、積み重ねた木箱が不安定に傾いていた。

崩れれば、すぐ下を歩いている小さな子どもへ落ちる。

大きな事故じゃない。

でも、間に合わなければ十分に危ない。

 

「危ない!」

 

柚木友奈が反射で走る。

躊躇がない。

あれは考えてからの動きじゃない。

危険を見た身体が、そのまま先に前へ出た形だ。

俺も動こうとしたが、その半歩手前で絶花の手が袖を掴んだ。

 

「待って、見て」

 

短く囁く。

絶花が見ろと言う時は、だいたいそういうことだ。

 

柚木友奈は木箱の前へ滑り込み、身体ごと支えようとする。

だが、勢いだけでは足りない。

落ちる角度が悪い。

そこへ、芙蓉が斜めから入った。

木箱そのものに触れるんじゃなく、倒れる先にいた子どもを抱えて横へ引く。

同時に、自転車の後輪を足で押して向きを変え、崩れた箱が流れる先を少しだけずらす。

その判断が妙に早い。

何が危ないかを見ているんじゃない。

何がどこへ落ちるかを読んでいる。

 

木箱は地面へ落ちて派手な音を立てた。

中からみかんが転がり、子どもは泣きそうな顔で母親へ抱きつく。

騒ぎはそれだけで済んだ。

小さな事故だ。

小さい。

なのに、そこで見えたものは昨日より濃い。

 

「……すげえな」

 

思わずそう漏れる。

柚木友奈は肩で息をしながら、転がったみかんを一つ拾って男へ渡した。

 

「だから危ないって思ったら先に固定しとけって、昨日も同じとこで揺れてただろ」

 

怒っているようで、言っていることはまともだ。

芙蓉は子どもを母親へ返してから、静かに服の裾を払った。

その顔だけは変わらない。

変わらないのに、目の奥の緊張だけがまだ解けていない。

怖くなかったわけじゃないのだと、その小さな硬さが教えてくる。

 

「前に出るだけじゃ、足りないんだな」

 

俺がそう言うと、芙蓉がこちらを見た。

視線がぶつかる。

昨日より、少しだけ深く。

 

「足りないというより、出た後の方が長いから」

 

静かな声だった。

けれど、その一言に、この子がどこを見て生きているのかがそのまま入っていた。

飛び出す瞬間より、その後どうするか。

壊れないように、巻き込まれないように、転ばないように。

その順番を考えるのが、この子の役目なんだろう。

 

絶花が、小さく息を吐く。

たぶん、同じことを感じていた。

 

「……似てる」

 

「何が?」

 

柚木友奈が訊き返す。

絶花は少しだけ迷ってから答えた。

 

「止めるわけじゃなくて、ちゃんと最後まで見てるところ」

 

芙蓉はすぐには返さなかった。

けれど、視線だけがほんの少し揺れて、それからわずかに柔らかくなる。

そういう反応をするなら、たぶんまるきり嫌われてはいない。

 

その時、胸の奥に小さな違和感が刺さった。

嫌な気配というほど濃くはない。

だが、日向の広場へ一滴だけ冷たい水が落ちたみたいな、そんな不自然さだ。

絶花も同じものを感じたのか、指先がほんのわずかに胸元へ寄る。

 

「太郎」

 

名前だけ。

それで十分だった。

 

俺は広場の端へ目をやる。

人混みの向こう、風の流れが一瞬だけおかしかった。

昼の明るさに紛れているくせに、そこだけが少しだけ沈んで見える。

まだ事件とは呼べない。

でも、放っておいたら形になりそうな“芽”の匂いがした。

 

柚木友奈はその変化には気づいていない。

芙蓉は、気づいてはいないが、何かが引っかかっている顔をしている。

この二人はまだ、こちら側の事情を知らない。

けれど、知らないまま巻き込まれる気がしてならなかった。

 

「……また会うかもな」

 

俺がそう言うと、柚木友奈が眉を寄せる。

 

「昨日もそんなこと言ってなかったか?」

 

「言ったな」

 

「適当だろ」

 

「いや、今回は少し嫌な予感込みだ」

 

そう返した瞬間、絶花が小さくこちらを見る。

否定しない。

その沈黙が答えだった。

 

芙蓉は少しだけ空を見上げ、それから俺たちへ視線を戻した。

 

「その時は、たぶん今日より穏やかじゃないんだろうね」

 

その言い方が、予言みたいに静かで、妙に耳へ残る。

昼の光はまだまっすぐ町へ落ちているのに、景色のどこかだけ、次の影の置き場所を探している気がした。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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