サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
翌日の昼も、町は昨日と同じ顔をしていた。
同じはずなのに、いったん気になってしまったものは、何も起きていない景色の中でも妙に目につくようになる。
商店街の角、通りの抜け方、人の流れ、風の音、そういう日常の隙間へ、昨日会った二人の気配だけが、まだ残っているみたいだった。
「……また来たんだ」
昼休みを少し過ぎた広場の縁で、俺がそう言うと、絶花は缶のジュースへ口をつけたまま、横目だけをこちらへ寄越した。
呆れ半分、納得半分という顔だ。
「太郎って、一度気になったら本当に見に来るよね」
「見に来るってほどでもないだろ、たまたまこっちを通っただけだ」
「その言い訳、昨日も別の時に聞いた気がする」
返す言葉がなくて肩をすくめる。
たまたまじゃない。
そんなことは自分が一番分かっている。
昨日の二人は、ただの通りすがりにしては妙に引っかかった。
前へ出る方と、支える方。
その形が、頭の中で妙に残ってしまっている。
広場の向こう、焼き菓子屋の前に見覚えのある髪色が見えた。
先に見つけたのは柚木友奈の方で、相変わらず落ち着きなく周りを見ながら、何か文句でも言いたそうな顔で立っている。
その隣で、芙蓉は紙袋の中身を確かめながら、人の流れと店先の位置を同時に見ていた。
昨日と同じだ。
目立つ方と、目立たないくせに全体を見ている方。
「声かけるの」
絶花がそう訊く。
俺は返事の代わりに、先に足を動かした。
それを見て、絶花が小さく息を吐く。
否定はしない。
どうせ止めても行くと分かっている時のため息だ。
「よっ」
軽く手を上げると、先に反応したのは柚木友奈だった。
明らかに「またお前か」という顔をしている。
だが、その顔にうっすら混じっているのは嫌悪よりも、少しの驚きだ。
「うわ、本当にまた会った」
「そんな言い方するなよ、こっちだって少し傷つく」
「いや、傷つくって顔してないだろ」
言い返しが速い。
速いくせに、口調の端には少しだけ安心した色があって、昨日の出会いが完全に無意味だったわけじゃないのが分かる。
芙蓉は一歩遅れてこちらへ会釈した。
今日も声より先に目がくる。
誰がどう立っているか、まずそこから見ている。
「こんにちは」
「こんにちは、今日は騒がしいことしてないんだな」
俺がそう言うと、柚木友奈が眉を寄せた。
「人をトラブルメーカーみたいに言うなよ、昨日だって別に好きで飛び出したわけじゃないし」
「でも飛び出してたよね」
絶花が容赦なく言う。
その一言に、柚木友奈がぐっと詰まった。
図星を突かれた時の顔が分かりやすい。
分かりやすいから、なんとなくからかいたくなる。
「……まあ、あれは放っとけなかっただけで」
「うん、そういうところだと思う」
絶花の返しは軽い。
軽いのに、妙に真っ直ぐで逃げ場がない。
柚木友奈が頬をしかめる横で、芙蓉の口元がわずかに緩んだ。
「柚木は、見つけると先に身体が動くから」
「芙蓉、そこでさらっと言うのやめろよ」
「事実をそのまま言っただけだけど」
そのやり取りを見ていると、昨日より少しだけ二人の距離が分かる。
柚木友奈は止まれない。
芙蓉はそれを止めようとする。
でも、止めることだけが役目じゃない。
飛び出した先でどう転ばないようにするか、そこまでまとめて引き受けている。
だからこの二人は、片方だけじゃ成立しないんだろう。
その時だった。
広場の端から、短い悲鳴が上がる。
振り向くと、自転車へ荷物を積んでいた若い男の横で、積み重ねた木箱が不安定に傾いていた。
崩れれば、すぐ下を歩いている小さな子どもへ落ちる。
大きな事故じゃない。
でも、間に合わなければ十分に危ない。
「危ない!」
柚木友奈が反射で走る。
躊躇がない。
あれは考えてからの動きじゃない。
危険を見た身体が、そのまま先に前へ出た形だ。
俺も動こうとしたが、その半歩手前で絶花の手が袖を掴んだ。
「待って、見て」
短く囁く。
絶花が見ろと言う時は、だいたいそういうことだ。
柚木友奈は木箱の前へ滑り込み、身体ごと支えようとする。
だが、勢いだけでは足りない。
落ちる角度が悪い。
そこへ、芙蓉が斜めから入った。
木箱そのものに触れるんじゃなく、倒れる先にいた子どもを抱えて横へ引く。
同時に、自転車の後輪を足で押して向きを変え、崩れた箱が流れる先を少しだけずらす。
その判断が妙に早い。
何が危ないかを見ているんじゃない。
何がどこへ落ちるかを読んでいる。
木箱は地面へ落ちて派手な音を立てた。
中からみかんが転がり、子どもは泣きそうな顔で母親へ抱きつく。
騒ぎはそれだけで済んだ。
小さな事故だ。
小さい。
なのに、そこで見えたものは昨日より濃い。
「……すげえな」
思わずそう漏れる。
柚木友奈は肩で息をしながら、転がったみかんを一つ拾って男へ渡した。
「だから危ないって思ったら先に固定しとけって、昨日も同じとこで揺れてただろ」
怒っているようで、言っていることはまともだ。
芙蓉は子どもを母親へ返してから、静かに服の裾を払った。
その顔だけは変わらない。
変わらないのに、目の奥の緊張だけがまだ解けていない。
怖くなかったわけじゃないのだと、その小さな硬さが教えてくる。
「前に出るだけじゃ、足りないんだな」
俺がそう言うと、芙蓉がこちらを見た。
視線がぶつかる。
昨日より、少しだけ深く。
「足りないというより、出た後の方が長いから」
静かな声だった。
けれど、その一言に、この子がどこを見て生きているのかがそのまま入っていた。
飛び出す瞬間より、その後どうするか。
壊れないように、巻き込まれないように、転ばないように。
その順番を考えるのが、この子の役目なんだろう。
絶花が、小さく息を吐く。
たぶん、同じことを感じていた。
「……似てる」
「何が?」
柚木友奈が訊き返す。
絶花は少しだけ迷ってから答えた。
「止めるわけじゃなくて、ちゃんと最後まで見てるところ」
芙蓉はすぐには返さなかった。
けれど、視線だけがほんの少し揺れて、それからわずかに柔らかくなる。
そういう反応をするなら、たぶんまるきり嫌われてはいない。
その時、胸の奥に小さな違和感が刺さった。
嫌な気配というほど濃くはない。
だが、日向の広場へ一滴だけ冷たい水が落ちたみたいな、そんな不自然さだ。
絶花も同じものを感じたのか、指先がほんのわずかに胸元へ寄る。
「太郎」
名前だけ。
それで十分だった。
俺は広場の端へ目をやる。
人混みの向こう、風の流れが一瞬だけおかしかった。
昼の明るさに紛れているくせに、そこだけが少しだけ沈んで見える。
まだ事件とは呼べない。
でも、放っておいたら形になりそうな“芽”の匂いがした。
柚木友奈はその変化には気づいていない。
芙蓉は、気づいてはいないが、何かが引っかかっている顔をしている。
この二人はまだ、こちら側の事情を知らない。
けれど、知らないまま巻き込まれる気がしてならなかった。
「……また会うかもな」
俺がそう言うと、柚木友奈が眉を寄せる。
「昨日もそんなこと言ってなかったか?」
「言ったな」
「適当だろ」
「いや、今回は少し嫌な予感込みだ」
そう返した瞬間、絶花が小さくこちらを見る。
否定しない。
その沈黙が答えだった。
芙蓉は少しだけ空を見上げ、それから俺たちへ視線を戻した。
「その時は、たぶん今日より穏やかじゃないんだろうね」
その言い方が、予言みたいに静かで、妙に耳へ残る。
昼の光はまだまっすぐ町へ落ちているのに、景色のどこかだけ、次の影の置き場所を探している気がした。
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