サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
昼の光はまだ同じように広場へ落ちているのに、さっきから胸の奥へ刺さっている違和感だけが、時間と一緒にじわじわ輪郭を持ち始めていた。
人の流れはある。
笑い声も聞こえる。
それなのに、広場の端に立つ街路樹の影だけが、風の向きと合わない揺れ方をしている。
こういう小さな食い違いは、見つけた時点でだいたい面倒の入口だ。
「絶花、まだ分かるか」
声を落として訊くと、絶花は缶を持ったまま、ごく小さく頷いた。
その表情はもう、昼休みの雑談に付き合っていた時のものじゃない。
胸元へ寄った指先が、触れる寸前で止まっている。
天聖を呼ぶほどじゃない。
でも、何もないとは言い切れない。
その中間が一番厄介だと、最近は嫌でも分かるようになった。
「薄いけど、変な感じが広がってる、ここだけじゃなくて、奥の通りまで続いてる気がする」
言葉にした瞬間、噴水の向こうで甲高い音が鳴った。
自転車のブレーキを無理に握り潰したみたいな、短くて硬い音だった。
振り向くと、通り沿いの電光掲示板が一瞬だけ白く明滅し、その下を歩いていた人たちが不思議そうに顔を上げている。
ただの故障ならいい。
そう思った次の瞬間、掲示板の支柱の一本が、内側からきしむみたいに揺れた。
「……まただ」
思わず呟く。
自然に壊れる音じゃない。
目に見えない手で、変な角度へねじられている時の音だ。
少し離れた場所で、柚木友奈もそれに気づいたらしい。
さっき荷車を助けた時と同じで、考えるより先に足が動きかけているのが、肩の入り方だけで分かった。
その横で芙蓉が、通りの先と掲示板と子どもの位置を一度で見ようとしている。
二人とも、まだ何が起きているのかまでは分かっていない。
でも、危ないことだけは分かっている顔だ。
「おい、まだ行くな」
声を飛ばす。
柚木友奈が振り向く。
不満そうな顔だった。
不満そうなのに、完全には反発してこない。
昨日から今日までで、こっちの声を少しだけ“聞く価値のあるもの”として扱い始めているのかもしれない。
「行くなって言うけど、あれ落ちるかもしれないだろ」
「分かってる、だから順番を間違えるなって言ってる」
言いながら、掲示板の支柱を見る。
揺れは止まらない。
止まらないどころか、白く明滅する表示の中に、文字じゃない何かが混じり始めていた。
広告の文面が崩れ、ノイズみたいな線へ変わり、その線が広がるたびに支柱の歪みが強くなる。
見覚えがある。
病院で見た縫いの気配とも、港で感じた圧とも違うが、同じ穴に繋がっている嫌さだ。
「絶花、あれの下に何人いる」
「子どもが二人と、大人が一人、でも動いてない、たぶんまだ気づいてない」
「最悪だな」
言った時には、もう身体が前へ出ていた。
俺だけじゃない。
柚木友奈も、ほとんど同じタイミングで走り出している。
まったく、止まれないやつだ。
でも、その止まれなさが嫌いじゃないと思ってしまう自分も、だいぶどうかしている。
芙蓉がその後ろから声を飛ばす。
走りながらなのに、声がぶれない。
「真下へ入っちゃだめ、右側の支柱の方が先に折れるから、左へ抜けさせて」
その言葉で、柚木友奈の進行方向が少しだけ変わる。
本人は考えているつもりがなくても、芙蓉の声はちゃんと身体へ届いているんだろう。
前へ出る子と、止める子。
その組み合わせが、今この瞬間だけは妙に頼もしく見えた。
俺は掲示板の真下へ入り込み、まだ状況を飲み込めていない子どもの肩をつかんで横へ押し出す。
軽い。
軽すぎる。
だからこそ、こういう時に世界の方が勝手に壊れるのが腹立たしい。
「走れ、そっちだ!」
叫ぶと、子どもは半泣きの顔のまま、ようやく足を動かした。
柚木友奈がその背中を押す。
芙蓉が大人の腕を引いて、転ばない角度へ体をずらす。
その全部が噛み合った、次の瞬間だった。
掲示板の支柱が、本当に折れた。
悲鳴より先に、金属が裂ける音が空を切る。
眩しい昼の光の中で、巨大な板がゆっくり倒れてくる。
倒れ方が変だ。
重力だけじゃなく、途中で誰かがもう一度押したみたいに、不自然に加速している。
見えない何かがいる。
そう確信するには十分だった。
「太郎!」
絶花の声が飛ぶ。
振り向く。
広場の端、木陰の境目に、昼の影とは思えない濃さが一瞬だけ立った。
人の形には見えない。
けれど、ただの影でもない。
それがこちらを見て、笑った気がした。
「……出たか」
口の中でそう呟いた時には、もう次の面倒は始まっている。
柚木友奈は折れた支柱の前に入りかけ、芙蓉はその進路を変えようと手を伸ばし、絶花は胸元を強く押さえていた。
昼の広場から裏の世界へ落ちる、その一歩目としては、だいぶ分かりやすい最悪だった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア