※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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彩れ、七天弓

乱刃車の唸りが昼の広場へ響いているのに、それだけではまだ足りないと分かるのが嫌だった。

柚木友奈の一撃は強い。

強いし、目の前のものを無理やり裂いて道を開くには、これ以上なく正しい力だ。

けれど、今相手にしているものは、ただ前へ進んで切れば終わる種類の厄介さじゃない。

倒れかけた看板の影から伸びた歪みは、柚木友奈が振るう刃の軌道だけを避けるように揺れ、そのたびに広場の別の場所へ小さな異常を落としてくる。

噴水の水面が突然逆向きに跳ね、街路樹の枝が風もないのに裂け、離れたベンチの脚が一斉に軋む。

目の前に立つ一つの敵じゃない。

広がって、散って、こっちの注意を奪いに来るタイプだ。

 

「太郎、右の影が二つに割れた、柚木さんの方へ行くのと、こっちへ回るのがいる」

 

絶花の声が飛ぶ。

短い。

短いのに、その中にある情報量だけは妙に重い。

俺が右へ踏み出そうとした瞬間、柚木友奈の方からエンジンの唸りが一段上がった。

 

「逃がすかよ!」

 

乱刃車が横薙ぎに走る。

刃の回転に昼の光が噛み砕かれるみたいな火花が散って、影の片方が無理やり引き裂かれる。

だが、引き裂かれたはずの黒はその場で砕けず、石畳の上を滑るように散って、今度は別の場所へ滲んでいく。

切れていない。

切れてはいる。

ただ、切った先から形を変えて逃げている。

単純な破壊だけでは押し切れない。

 

「うそだろ、今のでまだ残るのかよ!」

 

柚木友奈の声に焦りが混じる。

無理もない。

あれだけの力を初めて振るって、それでも相手の芯に届かないと知った瞬間の戸惑いは、たぶん簡単に飲み込めるものじゃない。

 

「柚木、そのまま追わないで、そっちは囮みたいなものだよ!」

 

芙蓉の声が飛ぶ。

昨日まで日常側にいたはずの子の声とは思えないくらい、視線の置き方が正確だった。

柚木友奈がほんのわずかだけ止まる。

止まるだけで、今度は別の影が噴水の裏側から伸びる。

広場に残っていた人たちの避難は進んでいる。

でも、進んでいると終わっているは違う。

たった一人でもまだ取り残されていれば、この戦場は閉じない。

 

「芙蓉、どこが本体だ」

 

訊く。

自分でも、もう彼女に“分かるかもしれない”と期待しているのが分かった。

芙蓉は一瞬だけ目を閉じ、それから広場の一番奥、噴水の水が落ちる影へ視線を向けた。

 

「……たぶん、あそこ、動いてるものじゃなくて、動きを見てる場所」

 

言葉に迷いはある。

けれど、迷いながらでも“見えている人間”の声だった。

絶花が危険の広がりを読むなら、芙蓉はその広がり方の癖を読んでいる。

似ている。

でも、見ている高さが少し違う。

 

その時、噴水の縁に避難しきれていなかった子どもの影が、小さく揺れた。

近くにいた母親が腕を引こうとする。

だが遅い。

黒い歪みが石畳の継ぎ目を這うみたいに伸び、その足元へ食い込みかける。

 

「っ、そこ!」

 

芙蓉が駆けた。

柚木友奈みたいに、考える前に飛び出す走り方じゃない。

一歩ごとに見る場所が増えていく走り方だ。

子どもへ向かう。

同時に、噴水の縁、揺れているベンチ、頭上の看板の欠片、その全部を見ている。

あの目は、前へ出るだけじゃ足りない時の目だ。

 

だが、素手では届かない。

届いても支えきれない。

それが分かった瞬間、胸の奥で王国の駒が熱を持った。

柚木友奈の時と同じ熱。

けれど、意味は少し違う。

前へ出る手に渡すためじゃない。

散った局面を束ねる手に渡すための熱だ。

 

「芙蓉!」

 

呼ぶと、彼女が一瞬だけこちらを見る。

迷いはなかった。

あるのは、足りないという理解だけだ。

その理解があるなら十分だ。

 

掌を開く。

駒が現れる。

小さいくせに、この昼の広場で今一番重いものみたいに感じる。

 

「それを取れ!」

 

芙蓉の目が見開く。

理由を訊く暇はない。

それでも、ただ勢いで掴むだけの人じゃない。

一瞬だけ、何を求められているのかを測る顔になる。

その一拍の遅さが、逆に彼女らしかった。

けれど、そのあとで差し出した手には迷いが残っていない。

 

「彩れ、七天弓」

 

触れた瞬間、光が広がった。

乱刃車の荒々しい顕現とは違う。

七色の薄い膜が何層にも重なって、彼女の身体を包みながら形を整えていく。

薙刀が現れ、その刃の上に七つの色を秘めた光輪が浮かび上がる。

昼の明るさの中なのに、そこだけ別の空が開いたみたいに鮮やかだった。

 

芙蓉は新しい武器を見ても慌てない。

驚きはある。

でも、驚きを後へ回して、まず何に使うかを選ぶ。

それがこの子の本質なんだろう。

 

「七天弓・白」

 

呟いた瞬間、光輪が白へ染まり、広場の地面すれすれに薄い霧が流れた。

派手な爆発はない。

ないのに、さっきまで好き勝手に広がっていた影の動きが一瞬だけ乱れる。

霧に触れた場所から、ノイズみたいな揺らぎが起きる。

本体を見つけるための撹乱。

ただ斬るためじゃない。

戦場そのものの見え方を変える力だ。

 

「柚木、右じゃなくて左、その奥が本体!」

 

芙蓉が叫ぶ。

柚木友奈は振り向きもしない。

振り向きもしないまま、その声を信じて乱刃車を振り上げる。

そこが、この二人のすごいところだった。

普段は衝突しそうなほど違うのに、いざという時だけ、前へ出る子は後ろの声を疑わない。

 

「狂い裂け、乱刃車!」

 

回転刃が白い霧の奥を裂く。

今度は手応えが違った。

黒い歪みが悲鳴みたいな音を立てて弾け、その中心から今まで隠れていた影の芯が露出する。

そこを俺が斬月で叩き割る。

斬るというより、決着の印を押し込むみたいな一撃だった。

 

噴水の水が元へ戻る。

石畳のきしみも止まる。

子どもの泣き声だけが遅れて響き、母親が崩れ込むように抱き寄せる。

助かった。

今回も、どうにか。

 

芙蓉が薙刀を握ったまま、小さく息を吐く。

柚木友奈は乱刃車を下ろしながら、まだ興奮と困惑が混ざった顔でこちらを見た。

二人とも、何を得たのかはまだ完全には分かっていない。

でも、何をしたのかだけは、もう身体が知ってしまっている。

 

「……なんかもう、普通には戻れない感じがするんだけど」

 

柚木友奈の言葉に、芙蓉が少しだけ困ったように笑う。

それから、薙刀の柄を握り直したまま、俺の方へ視線を向けた。

 

「たぶん、もう引けないんだと思う」

 

静かな声だった。

けれど、その静けさの奥には、覚悟の形をした諦めがちゃんとあった。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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