サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
乱刃車の唸りが昼の広場へ響いているのに、それだけではまだ足りないと分かるのが嫌だった。
柚木友奈の一撃は強い。
強いし、目の前のものを無理やり裂いて道を開くには、これ以上なく正しい力だ。
けれど、今相手にしているものは、ただ前へ進んで切れば終わる種類の厄介さじゃない。
倒れかけた看板の影から伸びた歪みは、柚木友奈が振るう刃の軌道だけを避けるように揺れ、そのたびに広場の別の場所へ小さな異常を落としてくる。
噴水の水面が突然逆向きに跳ね、街路樹の枝が風もないのに裂け、離れたベンチの脚が一斉に軋む。
目の前に立つ一つの敵じゃない。
広がって、散って、こっちの注意を奪いに来るタイプだ。
「太郎、右の影が二つに割れた、柚木さんの方へ行くのと、こっちへ回るのがいる」
絶花の声が飛ぶ。
短い。
短いのに、その中にある情報量だけは妙に重い。
俺が右へ踏み出そうとした瞬間、柚木友奈の方からエンジンの唸りが一段上がった。
「逃がすかよ!」
乱刃車が横薙ぎに走る。
刃の回転に昼の光が噛み砕かれるみたいな火花が散って、影の片方が無理やり引き裂かれる。
だが、引き裂かれたはずの黒はその場で砕けず、石畳の上を滑るように散って、今度は別の場所へ滲んでいく。
切れていない。
切れてはいる。
ただ、切った先から形を変えて逃げている。
単純な破壊だけでは押し切れない。
「うそだろ、今のでまだ残るのかよ!」
柚木友奈の声に焦りが混じる。
無理もない。
あれだけの力を初めて振るって、それでも相手の芯に届かないと知った瞬間の戸惑いは、たぶん簡単に飲み込めるものじゃない。
「柚木、そのまま追わないで、そっちは囮みたいなものだよ!」
芙蓉の声が飛ぶ。
昨日まで日常側にいたはずの子の声とは思えないくらい、視線の置き方が正確だった。
柚木友奈がほんのわずかだけ止まる。
止まるだけで、今度は別の影が噴水の裏側から伸びる。
広場に残っていた人たちの避難は進んでいる。
でも、進んでいると終わっているは違う。
たった一人でもまだ取り残されていれば、この戦場は閉じない。
「芙蓉、どこが本体だ」
訊く。
自分でも、もう彼女に“分かるかもしれない”と期待しているのが分かった。
芙蓉は一瞬だけ目を閉じ、それから広場の一番奥、噴水の水が落ちる影へ視線を向けた。
「……たぶん、あそこ、動いてるものじゃなくて、動きを見てる場所」
言葉に迷いはある。
けれど、迷いながらでも“見えている人間”の声だった。
絶花が危険の広がりを読むなら、芙蓉はその広がり方の癖を読んでいる。
似ている。
でも、見ている高さが少し違う。
その時、噴水の縁に避難しきれていなかった子どもの影が、小さく揺れた。
近くにいた母親が腕を引こうとする。
だが遅い。
黒い歪みが石畳の継ぎ目を這うみたいに伸び、その足元へ食い込みかける。
「っ、そこ!」
芙蓉が駆けた。
柚木友奈みたいに、考える前に飛び出す走り方じゃない。
一歩ごとに見る場所が増えていく走り方だ。
子どもへ向かう。
同時に、噴水の縁、揺れているベンチ、頭上の看板の欠片、その全部を見ている。
あの目は、前へ出るだけじゃ足りない時の目だ。
だが、素手では届かない。
届いても支えきれない。
それが分かった瞬間、胸の奥で王国の駒が熱を持った。
柚木友奈の時と同じ熱。
けれど、意味は少し違う。
前へ出る手に渡すためじゃない。
散った局面を束ねる手に渡すための熱だ。
「芙蓉!」
呼ぶと、彼女が一瞬だけこちらを見る。
迷いはなかった。
あるのは、足りないという理解だけだ。
その理解があるなら十分だ。
掌を開く。
駒が現れる。
小さいくせに、この昼の広場で今一番重いものみたいに感じる。
「それを取れ!」
芙蓉の目が見開く。
理由を訊く暇はない。
それでも、ただ勢いで掴むだけの人じゃない。
一瞬だけ、何を求められているのかを測る顔になる。
その一拍の遅さが、逆に彼女らしかった。
けれど、そのあとで差し出した手には迷いが残っていない。
「彩れ、七天弓」
触れた瞬間、光が広がった。
乱刃車の荒々しい顕現とは違う。
七色の薄い膜が何層にも重なって、彼女の身体を包みながら形を整えていく。
薙刀が現れ、その刃の上に七つの色を秘めた光輪が浮かび上がる。
昼の明るさの中なのに、そこだけ別の空が開いたみたいに鮮やかだった。
芙蓉は新しい武器を見ても慌てない。
驚きはある。
でも、驚きを後へ回して、まず何に使うかを選ぶ。
それがこの子の本質なんだろう。
「七天弓・白」
呟いた瞬間、光輪が白へ染まり、広場の地面すれすれに薄い霧が流れた。
派手な爆発はない。
ないのに、さっきまで好き勝手に広がっていた影の動きが一瞬だけ乱れる。
霧に触れた場所から、ノイズみたいな揺らぎが起きる。
本体を見つけるための撹乱。
ただ斬るためじゃない。
戦場そのものの見え方を変える力だ。
「柚木、右じゃなくて左、その奥が本体!」
芙蓉が叫ぶ。
柚木友奈は振り向きもしない。
振り向きもしないまま、その声を信じて乱刃車を振り上げる。
そこが、この二人のすごいところだった。
普段は衝突しそうなほど違うのに、いざという時だけ、前へ出る子は後ろの声を疑わない。
「狂い裂け、乱刃車!」
回転刃が白い霧の奥を裂く。
今度は手応えが違った。
黒い歪みが悲鳴みたいな音を立てて弾け、その中心から今まで隠れていた影の芯が露出する。
そこを俺が斬月で叩き割る。
斬るというより、決着の印を押し込むみたいな一撃だった。
噴水の水が元へ戻る。
石畳のきしみも止まる。
子どもの泣き声だけが遅れて響き、母親が崩れ込むように抱き寄せる。
助かった。
今回も、どうにか。
芙蓉が薙刀を握ったまま、小さく息を吐く。
柚木友奈は乱刃車を下ろしながら、まだ興奮と困惑が混ざった顔でこちらを見た。
二人とも、何を得たのかはまだ完全には分かっていない。
でも、何をしたのかだけは、もう身体が知ってしまっている。
「……なんかもう、普通には戻れない感じがするんだけど」
柚木友奈の言葉に、芙蓉が少しだけ困ったように笑う。
それから、薙刀の柄を握り直したまま、俺の方へ視線を向けた。
「たぶん、もう引けないんだと思う」
静かな声だった。
けれど、その静けさの奥には、覚悟の形をした諦めがちゃんとあった。
女王は誰にする?
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エミリア