サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
七天弓の白い霧が薄れていくにつれて、広場にこびりついていた嫌な歪みは少しずつ形を失っていった。
けれど、消えたわけじゃない。
散っただけだ。
だからこそ分かる。
今まで一つに見えていた異形の気配は、最初から一体じゃなく、昼の影へ薄く広がりながら何度もこちらを試していたんだと。
その散り方の中心が、今はようやく見える位置へ降りてきている。
「絶花、まだ終わってないな」
俺が低く言うと、絶花は胸元へ手を添えたまま、息を整えてから頷いた。
さっきまでの警戒は細く鋭かったが、今はそれが面になって広がっている。
一つを見る感覚じゃない。
二人が入ったことで、見えてくる危険の輪郭まで変わったんだろう。
「うん、今は一つじゃなくて、四方から薄く寄ってきてる感じ、でも……中心は真ん中」
その言葉に、芙蓉がすぐ反応する。
薙刀を持った姿はまだ馴染みきっていないはずなのに、立ち位置だけはもう戦う者のものだった。
前へ出る柚木友奈の半歩後ろ、でも隠れるには遠すぎる位置。
支えるための距離感というのは、たぶんこういうことなんだろう。
「柚木、正面だけ見ないで、今は真ん中へ寄せる」
「分かってるって、でもこっちは動いてる方を見たくなるんだよ!」
ぼやきながらも、柚木友奈の視線がちゃんと正面から中央へ戻る。
さっきまでなら勢いのまま飛び出していたはずなのに、今は芙蓉の言葉を一度通してから足を出す。
その変化が、戦いの中で起きている。
人間ってのは、案外こういう場面でしか変われないのかもしれない。
広場の中央、噴水の影が急に濃くなる。
ただの影じゃない。
光を食って膨らんだみたいな黒が、水面の揺れを足場にして持ち上がり、人の形にも獣の形にもなりきらないまま歪んだ輪郭を作る。
さっきまで散っていた気配が、今度は最初からここへ帰るために散っていたように見えて、背中の奥が冷えた。
「来る!」
絶花の声が飛んだ瞬間、影の塊が噴水の縁ごと弾け、黒い裂け目みたいなものがこちらへ走る。
正面だけじゃない。
左右、足元、頭上、全部から同時に来る。
一人なら厄介だった。
二人いても、ただ力が足された程度じゃ捌ききれない。
だが今は違う。
前へ出るやつと、戦場の形を変えるやつがいる。
「柚木、上!」
「分かってる!」
乱刃車が唸る。
エンジン音が昼の広場を裂き、上から落ちてくる影を真正面から噛み砕く。
けれど、その一撃で刃の熱が明らかに上がるのが見ていて分かった。
乱刃車は万能じゃない。
重いし、荒いし、長く振ればそのぶん鈍る。
だから、ずっと一人で押し切る形には向いていない。
「芙蓉、次!」
「七天弓・緑」
光輪が緑へ染まり、突風が広場の中央へ集まる。
ただ吹き飛ばすんじゃない。
散りかけた黒を、また一つの場所へ押し戻すための風だ。
広がるものを寄せる。
逃げるものをまとめる。
あの薙刀は、戦うための武器というより、戦場を一枚の盤へ戻す道具みたいだった。
「太郎!」
絶花の声が刺さる。
考えるより先に斬月を振るう。
集められた黒の中心へ、刃の重さをそのまま押し込む。
切る。
切るというより、裂け目の芯へ楔を打ち込む感じに近い。
影が震えた。
だが、まだ終わらない。
終わらないから、柚木友奈が踏み込む。
「だったら、もう一回だ!」
乱刃車の回転がさらに高くなる。
歯の回る音が少し乱れた。
オーバーヒートの兆候だ。
それでも止まらない。
止まれないんじゃない。
止まる気がない。
「柚木、切りすぎると熱を持つ、次で止めて!」
芙蓉が叫ぶ。
心配より判断が先に来る言い方だ。
それが柚木友奈にはちょうどいいらしい。
感情で止めようとされるより、必要だから止まれと言われた方が飲み込める。
「……一発で終わらせる!」
返事と同時に、乱刃車が中央へ叩き込まれる。
同時に、芙蓉の光輪が黄へ変わり、電撃が裂け目の輪郭を縫いとめた。
逃げ場を消され、形を固定された黒の中心へ、俺の斬月が最後に落ちる。
三つの方向の違う意志が、同じ一点へ重なった瞬間だった。
広場の中央で、黒い歪みが音もなく裂ける。
昼の光がそこへ流れ込み、水面がようやく本来の反射を取り戻した。
終わった。
今度こそ、本当に。
その感覚が広場へ戻るより先に、柚木友奈の乱刃車がぶすっと不機嫌な音を立てて止まる。
熱を持ちすぎたらしい。
本人は大きく息を吐いて、その場へへたりこみそうになりながら、なんとか柄を支えた。
「……重いし、うるさいし、手は痺れるし、何なのこれ」
「似合ってたよ」
俺がそう言うと、柚木友奈は明らかに照れたくせに、すぐに眉を寄せた。
「今それ言うの、ずるいだろ」
「さっきも聞いたな、それ」
「だって本当だし!」
そのやり取りの横で、芙蓉が小さく息をついた。
疲れてはいる。
でも、崩れてはいない。
視線だけはまだ周囲を見ている。
最後まで確認しないと終われない、その性分が分かりやすすぎた。
「もう……こうなったら、引けないね」
静かな声だった。
誰へ言うでもないはずなのに、ちゃんと俺たちへ届く。
その言葉に、柚木友奈が顔を上げた。
少し考えてから、悔しそうな、でも妙にすっきりした顔で笑う。
「そっちがそう言うなら、もうそうなんだろうな」
二人を見る。
一人は前へ出る。
一人は支える。
でも、もうどちらか片方だけじゃ足りないのも、本人たちが一番よく分かったはずだ。
掌を開く。
王国の駒の熱は、もう二人の中へ渡っている。
形式として改めて告げるべきことは、たぶん一つしかない。
「お前ら、二人まとめて来い」
言うと、柚木友奈が笑って、芙蓉が小さく目を細める。
返事の仕方は違う。
でも、その頷きのタイミングだけは揃っていた。
昼の広場は何事もなかった顔へ戻りつつあった。
けれど、俺たちの方はもう少しだけ騒がしくなる。
その面倒さが、少しだけ心地よかった。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア