サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
山裾へ沿って伸びるその町は、温泉町と宿場町と神社町を、少しずつ混ぜて一つにまとめたみたいな顔をしていた。
石畳は古いのに掃き清められていて、軒先には土産物の幟が揺れ、湯気の匂いが風に混じるたび、ここがちゃんと人の暮らしのある場所だと分かる。
遠くには鳥居の朱が見えて、そのさらに奥で、山の緑が昼の光を受けて薄く息をしていた。
休息と小仕事の延長で来ただけだ。
そう言い聞かせるように、俺は町並みを眺めながら歩いた。
客を呼ぶ店はどこも愛想がよく、道の幅は狭すぎず、逃げ道や裏手の坂まで含めて見れば、何か起きた時の動きも悪くない。
そういうふうに、景色を見るより先に使い道を量ってしまうのは、もう癖みたいなものだった。
「……太郎、今、店じゃなくて道の方を見てましたよね」
横を歩く絶花が、小さく首を傾げる。
声は柔らかい。
でも、言い方の端に、ちゃんと呆れが混ざっている。
「見てた、観光地ってのは、見た目のわりに通りが詰まりやすいからな」
「ふ、普通の感想がそれなんですか」
絶花はそう言って、少しだけ眉を寄せた。
その反応がいかにも絶花らしくて、口元がわずかに緩む。
驚き方は素直なのに、声を張るほどではなく、困ったみたいに言葉を挟んでくるところが昔から変わらない。
「お前はどうなんだ、温泉まんじゅうと鳥居しか見てなさそうだけど」
「そ、そんなことないです……その、見てます、ちゃんと」
言い返してから、絶花は一度だけ視線を逸らした。
それから、ほんの少しだけ歩幅を詰める。
癖だ。
気になるものがある時、絶花は黙って俺の近くへ寄る。
それが怖さのせいなのか、警戒のせいなのか、今はまだ言葉にしない。
「……さっきから、変なんです」
小さな声だった。
観光客のざわめきに混ぜれば消えてしまうような声だったのに、耳には妙にはっきり届いた。
「何が」
「見られてるみたいな、気配が……ずっと」
足は止めない。
止めないまま、絶花は胸元へ手をやりかけて、途中で引っ込めた。
天聖を呼ぶほどじゃない。
でも、何もないとも言い切れない。
そういう時の絶花は、いつも少しだけ息が浅くなる。
「人通りは多いし、観光地なら視線くらい飛ぶだろ」
そう答えたものの、完全に軽くは流せなかった。
絶花がこういう言い方をする時は、ただ誰かに見られた、というだけでは済まないことが多い。
それに、俺自身もこの町へ入ってから、妙な感覚を一つだけ拾っていた。
害意ではない。
ただ、何かがこっちを知っているみたいな、湿った視線の名残だけが、風の隙間へ薄く残っている。
古い旅館の角を曲がった時、石垣の上を黒い影がひとつだけ走った。
猫だと思った。
細い尻尾が一度だけしなり、次の瞬間には屋根の向こうへ消えている。
その速さ自体は、どこにでもいる野良猫と変わらない。
なのに、胸の奥にだけ妙な引っかかりが残った。
昔、家の裏手で、ひどく汚れた猫を拾ったことがある。
手を伸ばした時、毛は濡れた布みたいに冷たくて、脇腹のあたりだけ不自然に硬かった。
乾いた血の匂いと、薬を塗ったあとの苦い匂いと、警戒しながらも逃げきれずに震えていた身体の重さだけが、断片みたいに思い出へ浮く。
細かいことは、もう曖昧だ。
けれど、指先へ残っているあの手触りだけは、たまに妙に鮮明になる。
「……猫、いましたか」
絶花がそう訊く。
見えていたらしい。
俺は石垣の上を一度だけ見てから、頷いた。
「いたな」
「この町、猫が多いんでしょうか」
「さあな、温泉町ならいても変じゃない」
答えながらも、目だけは少し長く石垣の上へ残した。
さっきの影はもうない。
ないのに、見られている感じだけがわずかに濃くなる。
絶花の言う“視線”と、今の黒い影が、たぶん同じところへ繋がっているのだろうと、根拠もないままそう思った。
神社へ続く石段は、町の賑わいから少し離れたところにあった。
鳥居をくぐる前までは土産屋の声も届いていたのに、一歩入っただけで音の質が変わる。
静かになるわけじゃない。
遠くなる。
人の暮らしの音が一段向こうへ引いて、その代わりに、木々の葉擦れや砂利を踏む自分たちの足音だけがやけに耳へ残った。
絶花が足を止める。
止めるというより、足の裏で地面の硬さを確かめるみたいに、そっと立ち止まった。
「……ここ、少し違います」
「境目か」
「た、たぶん……です、上手く言えないんですけど、濃いです」
言葉にするのが難しい時ほど、絶花は短くなる。
それだけで十分だった。
空気が変わっている。
いや、空気そのものより、空気の通り方が変わっている。
この神社の辺りだけ、見えない線が何本か交差していて、そこへ足を踏み入れた時にだけ、身体の奥の感覚が薄くきしむ。
無意識に、腰のあたりへ手が触れた。
斬月を抜くつもりはなかった。
そんな大層な気配じゃない。
なのに、柄に触れる前の位置へ手を置いただけで、周囲の空気がほんの少しだけ張る。
神社の前にいるせいかもしれない。
あるいは、この土地が、俺の中にある異質さを先に見つけたのかもしれなかった。
武器としてではなく、“外から来たもの”として斬月がここへ反応している。
そう感じた瞬間だけ、鳥居の向こうの木陰が少し深く見えた。
石段の脇、落ち葉の隙間に小さな痕がある。
猫の足跡に見えた。
見えたが、雨も降っていないのにそこだけ土が湿り、爪先の形まで妙にくっきり残っているのが気になった。
気になってしゃがみ込む。
絶花もすぐ横へ寄る。
「……ありますね」
「あるな」
「でも、普通の猫の足跡って、こんなに残りますか」
質問はもっともだった。
石段の脇へ残るには、少し輪郭が鮮明すぎる。
それに、痕は続いていない。
ここへ来て、ここで途切れている。
歩いて消えたんじゃなく、最初から“ここだけ置いていった”みたいな残り方だ。
顔を上げる。
境内の奥には何もいない。
木漏れ日が斑に落ち、拝殿の前には供え花が風もないのにわずかに揺れている。
何も起きない。
何も起きないまま、ただ“入口”だけがここにあると告げてくる。
それが一番面倒だった。
「戻るか」
そう言うと、絶花が少しだけ意外そうな顔をした。
「いいんですか」
「この回で派手に動く気はない」
言ってから、自分でも少しだけおかしくなる。
誰に説明してるんだと思った。
絶花は小さく瞬きをして、それから、ほんの少しだけ安心したみたいに頷く。
「……そうですね、その方がいいです」
石段を下り、宿へ戻る道すがら、町はまたただの昼の顔へ戻っていた。
湯気の匂いも、土産物屋の呼び声も、子どもの笑い声も、さっきまでと同じはずなのに、こちらだけが何かを一つ持ち帰ってしまったみたいで、少しだけ景色が違って見える。
宿の障子を開ければ、部屋の中は静かで、何事もなかったみたいに畳の匂いだけがやわらかく残っていた。
「今日は、休んだ方がいいですね」
絶花がそう言って、窓際へ座る。
その声はいつもの敬語なのに、まだ半歩ぶんだけ神社の気配を引きずっている。
「お前は寝る前にもう一回風呂行っとけ、緊張してる時は肩から先に固まるだろ」
「……な、なんで分かるんですか」
「長い付き合いだし」
そう返すと、絶花は少しだけ口元を尖らせて、それから観念したみたいに肩を落とした。
そういうところが、昔から変わらない。
変わらないものが一つでもあると、知らない町でも少しだけ呼吸が楽になる。
その夜、窓の外で瓦の上を軽いものが歩く音がした。
音は短く、爪先が乾いた屋根を撫でるみたいに一度だけ続き、それから止まる。
開けるほどでもない。
けれど、開けたらもう戻れなくなる種類の気配だと、何となく分かった。
だから俺は布団へ横になったまま、ただ目を閉じる。
視線の気配だけが、障子一枚ぶんの向こうで、静かにこちらを見ていた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア