サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
黒い影が石段を這うたび、昼の神社が一段ずつ“人の場所”ではなくなっていくのが分かった。
社の木組みはそのままなのに、足元の砂利の音だけが妙に遠くなり、風の匂いへ湿った獣臭さが混ざる。
見えている景色は変わらない。
けれど、その景色の使い方だけが、向こう側の理へすり替わっていく。
そういう変化が、一番面倒だった。
「右のは浅い、左のが本体寄りだにゃん」
黒歌が言った瞬間、指先の爪が白く光り、石段の左側を走っていた影妖の首筋が音もなく裂けた。
人の体じゃない。
猫でもない。
なのに、その動きの軽さだけは、昔縁の下から抜け出してきた黒い影を思い出させるには十分だった。
「太郎、後ろ」
絶花の声で振り返る。
社の裏手へ回った影妖が、今度は俺を正面から噛みに来る。
斬月を抜く。
この町へ来て初めて刃を外へ出した瞬間、空気がぴんと張った。
ただの武器じゃない。
この土地にとっては、明らかに“外から来たもの”だと分かる反応だ。
神社の境目が、それに少しだけざわついた。
「斬るのはいいけど、深く踏み込まないで」
黒歌の声が飛ぶ。
軽いのに、指示だけは妙に的確だった。
「ここは人間の足で戦う場所じゃないにゃ」
言われた意味は、その直後に分かった。
斬月で一体を払った次の瞬間、踏み込んだ石段の一段だけが不自然に沈み、足首を掴むみたいに重くなる。
罠だ。
地形そのものが、こっちの足運びを嫌っている。
「面倒だな」
「面倒だから言ったにゃん」
黒歌は笑う。
笑いながら、今度は絶花の前へ回り込んだ。
絶花が胸元へ手を添えたまま半歩退く。
敵意がない。
でも、味方とも言い切れない。
そんな距離感のまま、黒歌は影妖の爪を素手で受け止め、するりと横へ流した。
「この辺りは、通っていい道と踏んじゃまずい道があるんよ」
言葉の合間にも動きが止まらない。
右手で影を裂き、左へ一歩ずれて俺たちの前へ壁みたいに立つ。
猫みたいにしなやかなのに、守る時だけは不思議なくらい位置が正しい。
「人間が何も知らずに歩くぶんには、向こうも見てるだけで済むことが多いんやけど」
そこで、黒歌が石灯籠の上へひらりと飛び乗る。
影妖が二体まとめて追う。
追った瞬間、石灯籠の影が反転し、追った方だけが逆に足を取られて崩れた。
罠の位置まで知っている。
そういう戦い方だった。
「外から来た強いもんが、ずかずか踏み込むと話が変わるんよ」
俺の手の中の斬月が、うっすら熱を持つ。
土地に嫌われているのか、警戒されているのか、その両方か。
とにかく、ここは正面から押し潰す場所じゃない。
人の町の裏に重なっている、別の“通り方”がある。
「……だから、昨日から見てたのか」
思わず出た言葉に、黒歌がこちらを見る。
金色の瞳が細くなる。
否定はしない。
代わりに、少しだけ面白がるような顔になった。
「ようやくそこまで来たかにゃ」
その言い方が妙に腹立たしい。
分かっていて見ていた。
見ていて、危なくなったら出るつもりだった。
それがこいつのやり方らしい。
絶花が小さく息を吐く。
警戒は解いていない。
でも、声へ混じる硬さがほんの少しだけ変わる。
「最初から……助けるつもりで」
「さあ、どうやろ」
黒歌はそう言って、社の屋根へ跳び移る。
跳び移りながら、背中越しに続けた。
「でも、あんたらが食われたら、こっちも後味悪いにゃん」
軽口の形をしている。
だが、その軽さは誤魔化しだ。
本当にどうでもいいなら、こんな面倒な場所で、わざわざ俺たちの前へ出てくる理由がない。
影妖はまだ消えない。
消えないどころか、今度は社の周りではなく、俺たちを包むように外側へ回り始める。
追い払うんじゃなく、追い込んでいる。
この場に留まる方がまずい。
そういうやり口だった。
「ついて来るにゃ、ここで長引かせる方がまずい」
黒歌が言う。
今度は冗談の色がない。
それだけで十分だった。
「絶花、行けるか」
「……はい、たぶん」
声は短い。
でも、無理はしていない。
絶花も分かっているんだろう。
ここは勝つ場所じゃない。
まず、生きたまま抜ける場所だ。
黒歌が先に走る。
石段の脇、昨日はただの壁に見えた場所へ足をかけると、そこだけ木漏れ日の落ち方が変わり、細い獣道みたいなものが奥へ続いていた。
人には道に見えない道。
だから町の人間は自然と避けるし、観光客は近づかない。
そういう理屈なのだと、ようやく身体で分かる。
その道へ足を踏み入れた瞬間、昼の匂いが一気に変わった。
湯の匂いも団子の甘さも消えて、土と葉と獣の気配だけが残る。
ここはもう、人の町のすぐ横にありながら、人の町の続きではない。
黒歌は振り返らずに言う。
「妖怪の世界ってのは、だいたいこんなもんにゃ」
短い。
短いくせに、その一言の後ろへ、今まで俺が知らなかった景色がいくつもぶら下がっているのが見える。
駒王の外には、まだこんな場所がある。
そしてたぶん、こいつはその中を、ずっと一人で歩いてきた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア