サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
黒歌に導かれて入った獣道は、さっきまで歩いていた宿場町の裏に重なっているはずなのに、空気の密度からしてもう別の場所だった。
木々の間を抜ける風はひやりとしていて、土の匂いが濃い。
足元の石も、昼の町で見たものより少し黒く、誰かが毎日踏みしめて道にしたというより、何年も“通っていいものだけが通った”結果、そこだけ削れて残ったように見える。
人の手が入っていないわけじゃない。
でも、人のために整えられた道ではない。
そういう違いが、歩いているだけで分かった。
「……ここ、変です」
前を行く黒歌の背を見ながら、絶花が小さく呟く。
短い声だった。
それでも、何が変なのかはちゃんと分かる。
静かなのに、安心できない。
自然の中へ入った時の静けさじゃなく、見えていないものが見ている時の静けさだ。
「変で正解にゃ」
黒歌が振り返りもしないまま返す。
尻尾こそ見えないが、歩き方だけは猫のそれに近い。
音を立てないわけじゃない。
ただ、葉の上を踏んでも、その葉が“そこを踏まれていい”と思っているみたいな足運びをする。
そういう歩き方を昔にも見たことがある気がして、胸の奥が妙にざわついた。
少し開けた場所へ出る。
小さな祠があった。
社というには素っ気なく、捨て置かれたと言うには埃が少ない。
誰かが住んでいるわけじゃないのに、忘れられてもいない。
そんな曖昧な場所だ。
黒歌は祠の前でようやく足を止めると、石灯籠の上へ軽く腰を下ろした。
「ここなら少しは落ち着けるにゃ」
「“少しは”って言い方がもう嫌なんだけど」
思わずそう返すと、黒歌がくすっと笑う。
笑い方だけは軽い。
軽いのに、その目はさっきからずっとこちらの反応を見ている。
何をどこまで思い出すのか。
そこを測っている目だ。
絶花は祠の前へ立ち、周囲の気配を探るように目を細めた。
緊張はまだ解けていない。
けれど、さっきまでの「敵かもしれない人を見る目」ではなくなっている。
黒歌が今ここで害をなすつもりはない。
そこまではもう読めているんだろう。
「さっきの、あれは何なんですか」
絶花が訊く。
問いは短く、敬語だけが残っている。
怖いものを前にした時ほど、絶花は逆に丁寧になる。
黒歌はその問いを受けても、すぐには答えなかった。
代わりに、指先で石灯籠の縁を軽く叩く。
「影に住んでるようなやつらやにゃ、形がないから余計に面倒で、縄張りに入ってきた相手を試すのが好きなんよ」
「試す?」
俺が聞き返すと、黒歌はようやくこちらへ目を向けた。
金色の瞳の中に、意地悪さと懐かしさが妙に近い距離で浮かんでいる。
「食えるかどうか、追い払えるかどうか、値打ちがあるかどうか、そういうのを見たがるんよ、獣ってのはだいたいそういうもんやろ」
その言い方が、少しだけ引っかかった。
獣。
そう口にする時の黒歌は、どこか人の外へ半歩だけ戻っているように聞こえる。
「お前は違うみたいに言うな」
「うちは、もうちょいお利口やにゃ」
平然と返されて、思わず眉を寄せる。
ふざけている。
でも、ふざけたまま話を逸らす気でもない。
この距離感が余計にやりにくい。
絶花が、祠の傍らに落ちていた小石をつまみ上げた。
それを弄びながら、黒歌へではなく、少し横へ視線をずらして言う。
「……太郎、この人の匂い、昨日よりはっきりしてます」
「匂いって、猫のか」
「はい、それと……」
絶花はそこで一度だけ言葉を切った。
言いにくいらしい。
それでも、逃がさないように続ける。
「薬の匂いです、古い傷に塗るみたいな、苦い匂いも、少しだけ」
その瞬間、黒歌の瞳がほんの少しだけ細くなった。
驚いたのか、面白がったのか、その両方か。
俺の方は、絶花の言葉に引っ張られるように、昔の断片がまた一つだけ浮いた。
小さな皿。
脱脂綿。
触ると怒ったように耳を伏せた黒猫。
傷口へ薬を塗った時にだけ、逃げるのを諦めたみたいにじっとしていた重さ。
黒い毛の下に、熱の残った細い身体。
そこまで思い出して、息が少しだけ詰まる。
「……お前」
口を開きかける。
だが、その先の言葉が名前にならない。
昔の猫と、今ここに座っている女が、同じ線の上へ乗りそうで乗り切らない。
それを黒歌は見ていた。
「やっとそこまで来たんかにゃ」
からかうような声だった。
けれど、その軽さはほんの少しだけ薄い。
自分でも無意識にそこへ触れてしまった時の声だ。
「昔、家に猫がいた」
言うと、黒歌は肩をすくめる。
否定しない。
肯定もしない。
でも、その沈黙の形がすでに答えに近い。
「怪我してて、ひどく痩せてて、なのに妙に目つきだけ悪かった」
黒歌が吹き出す。
本気で可笑しかった時の笑い方だ。
「そりゃあひどい言い草やにゃ」
「実際そうだっただろ」
「傷だらけで腹ぺこやったんよ、目つきくらい悪くなるわ」
返ってきた瞬間、胸の中で何かがぴたりと嵌まる。
知らないはずの言い方じゃない。
その頃のことを、本当に知っているやつの返しだ。
絶花が俺の顔を見る。
何も言わない。
でも、たぶんもう分かっている。
この人は、ただの助っ人じゃない。
太郎の家へ、ずっと昔に転がり込んできた“あの猫”に繋がっている。
「……なんで今さら来た」
言葉が少しだけ硬くなる。
責めたいわけじゃない。
ただ、そこだけは聞かなきゃいけない気がした。
黒歌はすぐには答えなかった。
石灯籠の上に座ったまま、視線だけを少し上へ流す。
木漏れ日が頬に落ちる。
その横顔が、今までで一番猫に見えた。
「恩があるからにゃ」
短い。
拍子抜けするほど短い。
けれど、その短さが一番ずるい。
長い説明をされるより、よほど真っ直ぐ胸へ入ってくる。
「昔、助けてもろたから」
今度は少しだけ柔らかかった。
ふざけてもいない。
甘えてもいない。
ただ、事実をそのまま置いた声だった。
俺は何も返せなかった。
あの時は、ただ怪我した猫を見過ごせなかっただけだ。
王だとか国だとか、そういうことを言い出す前の、もっと単純な善意だった。
そんなものが、姿を変えて今ここへ戻ってくるなんて、少し反則だと思う。
絶花が小さく息を吐く。
その顔には、もう警戒はほとんど残っていない。
代わりに、少しだけ複雑そうな色がある。
太郎の知らない昔を、この猫は知っていた。
そこへ立つ時の顔だ。
「……黒歌さんは、その時からずっと覚えてたんですか」
絶花の問いに、黒歌はあっさり頷いた。
「猫の時は、助けてくれた人の匂いって案外消えへんのよ」
その言い方は軽い。
でも、そこに混じる情の重さだけは、ごまかしきれていなかった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア