サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
京都へ向かう電車の中で、絶花はいつもより窓の外を見ていた。
景色を見ているというより、流れていくものの隙間を読んでいる顔だった。
黒歌の件が終わってから、あいつの感知は少しだけ変わった気がする。見えていなかったものまで見えるようになったのか、それとも見なくてよかったものが近づいてきたのか、そのどっちかだ。
「まだ、いるか」
俺が訊くと、絶花は小さく肩をすくめた。
視線は窓に残したまま、返事だけが短い。
「……います。黒歌さんの時みたいな、近い感じじゃないですけど」
「じゃあ、見られてるだけか」
「た、たぶん……でも、あれより静かです」
あれ、で通じる。
神社町で感じた、湿った獣みたいな気配とは違う。
手紙を門の前へ置いていった相手の方が、ずっと整っていた。礼儀がある。無駄に踏み込まず、それでいて断る余地だけはきっちり削る。そういう圧のかけ方だった。
「静かな方が面倒そうだな」
「……はい。私も、そう思います」
絶花はそこでやっとこっちを見た。
強がってはいない。
でも、引くつもりもない目だ。
それを見ると、こっちも中途半端なことは言えなくなる。
京都駅で降りると、人の多さがまずうるさかった。
駒王だって人は多い。けれど京都の雑踏は、もう少しだけ古い匂いがする。新しい駅の構内へ、人の流れとは別に、ずっと前からここに積もっていた何かが残っているような感じだ。
手紙にあった待ち合わせの場所は駅から少し離れた、観光客の足が途切れはじめる辺りの古い茶屋の前だった。
目立たない。
でも、分かるように置かれている。
そういう場所だ。
「……ここ、ですか」
絶花が小さく言う。
茶屋の暖簾は出ているのに、中から人の気配がしない。
潰れているわけでもない。
ただ、こっちから見える範囲だけ、都合よく音が薄い。
「手紙にはそう書いてあった」
「嫌な感じ、します」
「だろうな」
言ってから、少しだけ笑いそうになる。
嫌だと思う場所を、嫌だとそのまま言うようになったのは、絶花が前より少し強くなったからかもしれない。
暖簾の前へ立つ。
声をかけるより先に、内側から扉が静かに開いた。
出てきたのは若い女だった。
巫女に見える。
けれど、神社で見るそれより、ずっと余計なものを削ぎ落としてある。白と赤の色味すら、どこか冷たい。
「唯我太郎さま、宮本絶花さま」
確認するみたいに、でも迷いなく名前を呼ぶ。
絶花の肩がわずかに強張る。
俺も黙ったまま相手を見る。
敵意はない。
ないが、安心できる空気でもない。
礼儀そのものが距離の線を引いてくる。
「八坂さまがお待ちです」
「随分、話が早いな」
そう言うと、巫女の女はほんの少しだけ目を伏せた。
笑いもしないし、謝りもしない。
「こちらとしては、来ていただける前提で支度しておりました」
言い方は丁寧だ。
なのに、その一文だけで分かる。
断る選択肢も最初から読んだうえで、それでもこっちが来ると踏んでいた。
読みの深さが、もう面倒くさい。
「……太郎」
絶花が小さく呼ぶ。
その声には、引き返しますか、とは言っていない。
行くんですよね、と確認している響きの方が強い。
「行く」
「はい」
それだけで、絶花はもう一歩前へ出る。
相変わらず怖がりなくせに、覚悟が決まると戻らない。
茶屋の中は、表から見たよりずっと広かった。
広いというより、奥行きが変だ。
一つ角を曲がるたびに外の音が減っていって、畳の匂いより先に、水の気配と土の匂いが近くなる。
歩いているだけなのに、町中から山裾へ移っていくみたいな感覚がある。
こういう作りは嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、好きとも言いたくない。
「これ、建物の中じゃないだろ」
思わず言うと、案内役の女は足を止めずに答えた。
「京都は、折り重なっておりますので」
「便利な言い方ですね」
絶花がぽつりとこぼす。
女はそこで初めて、少しだけ振り返った。
怒るでもなく、面白がるでもない顔だ。
「便利でなければ、守れません」
短い。
短いのに、その答え方だけで、こっちがまだ入口にいるのだと分からされる。
京都を知っている側の言葉だった。
廊下の先、障子の外へ見える庭が一度だけ揺れた。
風じゃない。
白いものが走った。
狐火だ、と気づくより先に、匂いで分かった。
熱いのに煙たくない、乾いた火の匂い。
あの箱に結ばれていた紐と同じ匂いだった。
「……やっぱり、狐なんですね」
絶花が言う。
ひどく小さい声だった。
たぶん、自分へ言い聞かせるためのものだ。
「手紙の時点でそうだろ」
「で、でも、こうして近づくと、ちゃんと別なんだって分かります」
「何と別なんだ」
「黒歌さんと、です」
その一言に、俺も少しだけ納得した。
同じ妖怪でも、黒歌はもっと近かった。
気配が湿っていて、引っかいてきて、笑い方まで生き物じみていた。
今ここにあるのは、もっと整っている。
力が個人から溢れるんじゃなく、場所そのものへ染み込んでる感じだ。
「……はい」
案内の女が、そこで初めて少しだけ肯定した。
会話へ入ったというより、こっちの認識の置き方が大きく外れていないと認めた程度の返事だった。
「黒歌さまと八坂さまでは、在り方が違います」
「そうだろうな」
「黒歌さまは、野に近い方です」
それはずいぶん遠慮した言い方だと思った。
絶花もそう感じたらしく、少しだけ口元を引いた。
でも否定はしない。
たぶん、同じことを思っている。
「では、八坂は」
俺がそう訊くと、女はまた少しだけ目を伏せる。
「西の理、そのものに近いお方です」
その言い方が嫌に静かで、少しだけ背筋が冷えた。
個人の強さじゃない。
理そのものに近い。
つまり、会いに行く相手は、強い妖怪というより、もう少し大きなものの顔なんだろう。
廊下が終わる。
最後の襖の前で、女がようやく止まった。
何も言わない。
中からも音はしない。
それなのに、向こう側に座っている存在の大きさだけが、襖一枚ぶんの向こうからじわじわ染みてくる。
絶花が息を止める気配がした。
俺も無意識に、斬月の位置を確かめていた。
抜く気はない。
でも、ここでこっちが何を持っているのか、向こうはたぶん最初から分かっている。
「……太郎」
「なんだ」
「緊張してますか」
絶花が小さく訊く。
いまさらそこを確かめるのかと思ったが、答えは簡単だった。
「してる」
「……私もです」
「なら、ちょうどいい」
そう返すと、絶花はほんの少しだけ目を丸くした。
そして、小さく頷く。
怖い。
でも、引かない。
その形だけは二人で揃っていた。
案内の女が、静かに襖へ手をかけた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア