※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

337 / 483
その答えは

 川筋を離れて屋敷へ戻るまで、誰も無駄口を叩かなかった。

 

 来た時と同じ道を通っているはずなのに、空気は少し違う。張りつめたものが抜けたわけじゃない。だが、こっちを測る針の向きが変わっている。

 

 分かりやすいのは距離だ。

 

 先導する妖の歩幅が、さっきよりわずかに自然だった。見張るための先導じゃない。通すための先導に変わっている。誤差みたいな違いだが、こういうのは誤差の方が当てになる。

 

 隣で絶花が小さく息を吐く。

 

「……もう、さっきほどは張ってません。でも、線は残ってます」

 

「十分だ。全部抜けたら、逆に信用できねえ」

 

 俺が言うと、前を歩く八坂が肩越しに少しだけ笑った。

 

「そういう見方をするあたり、やっぱり甘ないですな」

 

 絶花は少しだけ迷ってから続ける。

 

「たぶんですけど、もう見張る目ではないです」

 

「なら、次は評価を聞かせてもらう番だな」

 

 八坂は返事をしなかった。ただ、否定もしない。

 

 屋敷へ入る。渡りを二つ。庭をひとつ回り、最初に通された座敷を過ぎる。さらに奥だ。

 

 絶花の足が半歩だけ止まった。

 

「……最初より、奥です。通され方が違います」

 

「扱いが変わったなら、理由はひとつだろ」

 

 通された座敷は、前より狭い。だが、静かで、余計なものがない。客間というより、話を選ぶための部屋に見えた。茶が置かれ、香が薄く焚かれている。さっきまでのような、見せるための整え方じゃない。通すと決めた相手にだけ見せる整え方だ。

 

 面白い。

 

 八坂は上座へ着き、俺たちへ視線を向ける。

 

「ここから先は、お客人としてやのうて、見た者として話します」

 

「そりゃ助かる。建前ばかり聞かされるのは性に合わねえ」

 

「そういう物言いでも、礼を外してへんのが不思議やこと」

 

 八坂の口元がわずかに緩む。絶花はその横顔を見て、何かを確かめるみたいに目を細めた。

 

 茶が出る。湯気の立ち方まで静かだった。

 

 八坂はすぐには口を開かなかった。ひと口だけ茶を含み、それから言う。

 

「うちは、あんたさんを排する気はもうあらへん」

 

 直球だ。嫌いじゃない。

 

「要するに、敵じゃなくなったって理解でいいんだな」

 

「そう単純でもあらへんけど、少なくとも切る相手ではないどす」

 

 そこで一度、八坂は絶花も見る。

 

「そちらのお嬢さんも含めて、や」

 

 絶花の肩が小さく揺れた。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼を言われることでもあらへん。見たもんに対して、筋を通してるだけどす」

 

 そう言ってから、八坂は俺へ視線を戻した。

 

「未熟やのに、筋だけはよう通ってる。そこが厄介で、面白い」

 

「面白いで済ませるには、こっちも抱えてるもんが多い」

 

「せやからこそ、長の目で見て値打ちがあるんや」

 

 その言い方で分かった。ここから先は、ただの機嫌や好みの話じゃない。

 

 八坂は長だ。土地と理を背負ってる。その目で見て、値をつけにきている。

 

 俺は茶に手を伸ばす。温度はちょうどいい。こういうところまで抜かりがない。

 

「言っとくが、俺はそっちの庇護下に入る気はねえぞ」

 

「分かってますえ。そういう子やなかったら、うちもここまで言いまへん」

 

「なら話は早い」

 

 八坂は頷く。

 

「強いだけの子ぉやったら、うちはここまで通してへん」

 

 声が少しだけ低くなった。柔らかいまま、芯だけが前に出る。

 

「ひとりで背負う気でいて、少しずつ人を置けるようになってる。前へ出るだけやのうて、誰をどこに立たせるかも考え始めてる」

 

 港でのこと。友奈たちのこと。黒歌の件。第六感で言ってるわけじゃない。ちゃんと見られていたらしい。

 

「そういう変わり方をする子は、王になる芽を持ってます」

 

 絶花が息を呑んだのが分かった。

 

 俺は少しだけ肩をすくめる。

 

「買い被りだ。まだそんな立派なもんじゃねえ」

 

「立派やから見るんやない。育つから、見ておくんどす」

 

 まっすぐだ。

 

 甘やかす気はないくせに、見込みがあるものは見落とさない。厄介で、筋の通った長の目だ。

 

 絶花が、八坂と俺の間を見て、そっと言う。

 

「……八坂さん、本気でそう思ってるんですね」

 

「本気やなかったら、奥へ通したりしませんえ」

 

 そこで八坂は少しだけ笑った。柔らかいが、さっきまでの「京都妖怪の長」の笑みとは違う。もっと近い温度だ。

 

「うち、若い子を甘く見る趣味はあらへんのです」

 

「だろうな。甘い読みしてる長は、だいたい先に死ぬ」

 

 言ってから、絶花がぎょっとした気配を出す。八坂は逆に、くすりと笑った。

 

「ほんまに、口が悪い」

 

「事実だ」

 

「せやけど、その事実を口にしても下品にならへん。そこは得やね」

 

 そこから少し、間ができた。

 

 静かな間だった。張っているわけじゃない。だが、空気が変わる前の沈黙は分かる。

 

 八坂は茶碗を置き、ほんの少しだけ姿勢を崩す。崩したと言っても、俺たち相手だから許される程度だろう。長の顔を外したわけじゃない。ただ、一枚だけ薄く外す。

 

「長として見ても、ひとりの女として見ても、あんたさんは目ぇを引きます」

 

 絶花の呼吸が止まった。

 

 俺は一瞬だけ黙る。なるほど。そう来るか。

 

「そいつは光栄だが、軽く受け取れる話でもなさそうだな」

 

「軽うは言うてまへん。未亡人の目は、案外よう見えるんどす」

 

 八坂の声は穏やかだった。冗談めかしてはいない。かといって、場を煽るつもりもない。ただ、事実として置いてきた。

 

「無茶をするのに筋は違えへん男いうのは、嫌いやあらへん」

 

 絶花が、ほんの少しだけ俺を見る。それから八坂へ。

 

「……そういう意味でも、気に入ってるんですか」

 

「ええ」

 

 八坂は迷わなかった。

 

「せやけど、それで理を曲げるほど甘うはないですえ」

 

「そこを曲げられたら、こっちが困る」

 

 俺が言うと、八坂は目を細めた。

 

「そう返せるから、なお気に入るんやけどね」

 

 やれやれだ。

 

 気に入られたこと自体は分かる。だが、浮かれる理由にはならない。こういう好意は、扱いを間違えると一気に腐る。特に相手が長ならなおさらだ。

 

 ただ、悪い気分もしなかった。

 

 長としての評価と、女としての好意。その二つを混ぜずに置いてくるあたり、やっぱりこの女は筋がいい。

 

 絶花はまだ少しだけ硬い。だが、敵意を感じているわけじゃない。ただ、理解の追いつかない熱を、先に空気で拾っているだけだ。

 

 八坂はそんな絶花にも視線を向ける。

 

「心配せんでも、取って食おういう話やあらへんよ」

 

「……してません」

 

 少し間を置いてから、絶花は小さく付け足す。

 

「たぶん」

 

 その返しに、さすがに俺も笑いそうになった。八坂も声を立てずに笑う。

 

 張っていたものが、ほんの少しだけほどける。

 

 そこから先は、結論だった。

 

 八坂は指先で卓の縁をなぞり、落ち着いた声で言う。

 

「黒歌の縁とは別に、うちはうちの判断で線を結びます」

 

 それが一番大事なところだ。

 

 黒歌の恩返しの延長じゃない。八坂自身の判断。つまり、ここから先の関係は、黒歌がいなくても成立する。

 

「なら、その線は使わせてもらう。切る時は先に言え」

 

「言わんでも切る時は切ります。でも、今は通す側どす」

 

 はっきりしていて助かる。

 

 絶花が、今度は少しだけ安堵を混ぜた声で言った。

 

「……もう、お客じゃないんですね」

 

「内ではあらへん。でも、外に立たせたままにもせえへん」

 

「十分だ。それなら、こっちも筋は違えねえ」

 

 俺がそう答えると、八坂は満足そうに頷いた。

 

「ええ返事どす」

 

 話はそこで終わりでもよかった。だが、八坂は最後にもう一枚だけ、私的な温度を置いた。

 

 立ち上がって見送りに出る。その途中、庭へ面した渡りで足を止め、俺の方だけを見て言う。

 

「次に来はる時は、今日より奥まで通せるやもしれまへん」

 

「そりゃ楽しみだ。期待はしすぎねえで待っとく」

 

「期待するくらいでちょうどええんどす。待たせる価値は作ります」

 

 その言い方は、長としての約束にも聞こえるし、もう少し別の響きにも聞こえた。

 

 絶花がそのやり取りを黙って見ていた。屋敷の門が近づいたところで、ようやく小さく呟く。

 

「……本当に、気に入られたんですね」

 

「さてな」

 

 俺は少し考えてから言う。

 

「だが、悪い線じゃない」

 

 絶花はそれを聞いて、すぐには返事をしなかった。少し歩いてから、ようやく「はい」とだけ言う。

 

 その声に刺はなかった。整理してる最中の音だ。絶花らしい。

 

 門前で八坂が立ち止まる。

 

「ええ線に育てていけるかは、これからのあんたさん次第どす」

 

「百も承知だ」

 

「なら、よろし」

 

 月が高い。京都の夜は静かだった。けれど、その静けさはもうさっきまでと違う。閉ざされた外じゃない。細いが、確かな線が通っている。

 

 黒歌の恩で開いた扉の、その先だ。

 

 八坂はもう、ただの「妖怪社会の顔」じゃない。向こう側に立ちながら、こっちへ一本の筋を伸ばしてきた長だ。そしてたぶん、少しだけ、個人としても俺を見ている。

 

 厄介だが、嫌いじゃない。

 

「また来ます」

 

 俺が言うと、八坂は袖口を重ねたまま、静かに微笑んだ。

 

「お待ちしてますえ。王はん」

 

 門が閉まる。

 

 夜気を吸い込む。冷えてるのに、妙に肺の奥が澄んでいた。

 

 駒王の外にも、見ている奴がいる。

 

 測る奴がいる。

 

 そして、筋を通せば、味方になる奴もいる。

 

 悪くねえ。

 

 絶花が隣で、まだ少し考え込んだ顔のまま歩き出す。

 

「太郎さん」

 

「なんだ」

 

「……次、行く時は、もっとちゃんと見ます」

 

「そうしてくれ。こっちも、もう少し話を早くする」

 

「はい」

 

 短い返事。だが、その声は前より強い。

 

 俺は前を向く。

 

 京都の線は繋がった。細いが、切るには惜しい。なら使う。使いながら、もっと先まで取りに行く。

 

 王になるってのは、そういうことだ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。