サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
川筋を離れて屋敷へ戻るまで、誰も無駄口を叩かなかった。
来た時と同じ道を通っているはずなのに、空気は少し違う。張りつめたものが抜けたわけじゃない。だが、こっちを測る針の向きが変わっている。
分かりやすいのは距離だ。
先導する妖の歩幅が、さっきよりわずかに自然だった。見張るための先導じゃない。通すための先導に変わっている。誤差みたいな違いだが、こういうのは誤差の方が当てになる。
隣で絶花が小さく息を吐く。
「……もう、さっきほどは張ってません。でも、線は残ってます」
「十分だ。全部抜けたら、逆に信用できねえ」
俺が言うと、前を歩く八坂が肩越しに少しだけ笑った。
「そういう見方をするあたり、やっぱり甘ないですな」
絶花は少しだけ迷ってから続ける。
「たぶんですけど、もう見張る目ではないです」
「なら、次は評価を聞かせてもらう番だな」
八坂は返事をしなかった。ただ、否定もしない。
屋敷へ入る。渡りを二つ。庭をひとつ回り、最初に通された座敷を過ぎる。さらに奥だ。
絶花の足が半歩だけ止まった。
「……最初より、奥です。通され方が違います」
「扱いが変わったなら、理由はひとつだろ」
通された座敷は、前より狭い。だが、静かで、余計なものがない。客間というより、話を選ぶための部屋に見えた。茶が置かれ、香が薄く焚かれている。さっきまでのような、見せるための整え方じゃない。通すと決めた相手にだけ見せる整え方だ。
面白い。
八坂は上座へ着き、俺たちへ視線を向ける。
「ここから先は、お客人としてやのうて、見た者として話します」
「そりゃ助かる。建前ばかり聞かされるのは性に合わねえ」
「そういう物言いでも、礼を外してへんのが不思議やこと」
八坂の口元がわずかに緩む。絶花はその横顔を見て、何かを確かめるみたいに目を細めた。
茶が出る。湯気の立ち方まで静かだった。
八坂はすぐには口を開かなかった。ひと口だけ茶を含み、それから言う。
「うちは、あんたさんを排する気はもうあらへん」
直球だ。嫌いじゃない。
「要するに、敵じゃなくなったって理解でいいんだな」
「そう単純でもあらへんけど、少なくとも切る相手ではないどす」
そこで一度、八坂は絶花も見る。
「そちらのお嬢さんも含めて、や」
絶花の肩が小さく揺れた。
「……ありがとうございます」
「礼を言われることでもあらへん。見たもんに対して、筋を通してるだけどす」
そう言ってから、八坂は俺へ視線を戻した。
「未熟やのに、筋だけはよう通ってる。そこが厄介で、面白い」
「面白いで済ませるには、こっちも抱えてるもんが多い」
「せやからこそ、長の目で見て値打ちがあるんや」
その言い方で分かった。ここから先は、ただの機嫌や好みの話じゃない。
八坂は長だ。土地と理を背負ってる。その目で見て、値をつけにきている。
俺は茶に手を伸ばす。温度はちょうどいい。こういうところまで抜かりがない。
「言っとくが、俺はそっちの庇護下に入る気はねえぞ」
「分かってますえ。そういう子やなかったら、うちもここまで言いまへん」
「なら話は早い」
八坂は頷く。
「強いだけの子ぉやったら、うちはここまで通してへん」
声が少しだけ低くなった。柔らかいまま、芯だけが前に出る。
「ひとりで背負う気でいて、少しずつ人を置けるようになってる。前へ出るだけやのうて、誰をどこに立たせるかも考え始めてる」
港でのこと。友奈たちのこと。黒歌の件。第六感で言ってるわけじゃない。ちゃんと見られていたらしい。
「そういう変わり方をする子は、王になる芽を持ってます」
絶花が息を呑んだのが分かった。
俺は少しだけ肩をすくめる。
「買い被りだ。まだそんな立派なもんじゃねえ」
「立派やから見るんやない。育つから、見ておくんどす」
まっすぐだ。
甘やかす気はないくせに、見込みがあるものは見落とさない。厄介で、筋の通った長の目だ。
絶花が、八坂と俺の間を見て、そっと言う。
「……八坂さん、本気でそう思ってるんですね」
「本気やなかったら、奥へ通したりしませんえ」
そこで八坂は少しだけ笑った。柔らかいが、さっきまでの「京都妖怪の長」の笑みとは違う。もっと近い温度だ。
「うち、若い子を甘く見る趣味はあらへんのです」
「だろうな。甘い読みしてる長は、だいたい先に死ぬ」
言ってから、絶花がぎょっとした気配を出す。八坂は逆に、くすりと笑った。
「ほんまに、口が悪い」
「事実だ」
「せやけど、その事実を口にしても下品にならへん。そこは得やね」
そこから少し、間ができた。
静かな間だった。張っているわけじゃない。だが、空気が変わる前の沈黙は分かる。
八坂は茶碗を置き、ほんの少しだけ姿勢を崩す。崩したと言っても、俺たち相手だから許される程度だろう。長の顔を外したわけじゃない。ただ、一枚だけ薄く外す。
「長として見ても、ひとりの女として見ても、あんたさんは目ぇを引きます」
絶花の呼吸が止まった。
俺は一瞬だけ黙る。なるほど。そう来るか。
「そいつは光栄だが、軽く受け取れる話でもなさそうだな」
「軽うは言うてまへん。未亡人の目は、案外よう見えるんどす」
八坂の声は穏やかだった。冗談めかしてはいない。かといって、場を煽るつもりもない。ただ、事実として置いてきた。
「無茶をするのに筋は違えへん男いうのは、嫌いやあらへん」
絶花が、ほんの少しだけ俺を見る。それから八坂へ。
「……そういう意味でも、気に入ってるんですか」
「ええ」
八坂は迷わなかった。
「せやけど、それで理を曲げるほど甘うはないですえ」
「そこを曲げられたら、こっちが困る」
俺が言うと、八坂は目を細めた。
「そう返せるから、なお気に入るんやけどね」
やれやれだ。
気に入られたこと自体は分かる。だが、浮かれる理由にはならない。こういう好意は、扱いを間違えると一気に腐る。特に相手が長ならなおさらだ。
ただ、悪い気分もしなかった。
長としての評価と、女としての好意。その二つを混ぜずに置いてくるあたり、やっぱりこの女は筋がいい。
絶花はまだ少しだけ硬い。だが、敵意を感じているわけじゃない。ただ、理解の追いつかない熱を、先に空気で拾っているだけだ。
八坂はそんな絶花にも視線を向ける。
「心配せんでも、取って食おういう話やあらへんよ」
「……してません」
少し間を置いてから、絶花は小さく付け足す。
「たぶん」
その返しに、さすがに俺も笑いそうになった。八坂も声を立てずに笑う。
張っていたものが、ほんの少しだけほどける。
そこから先は、結論だった。
八坂は指先で卓の縁をなぞり、落ち着いた声で言う。
「黒歌の縁とは別に、うちはうちの判断で線を結びます」
それが一番大事なところだ。
黒歌の恩返しの延長じゃない。八坂自身の判断。つまり、ここから先の関係は、黒歌がいなくても成立する。
「なら、その線は使わせてもらう。切る時は先に言え」
「言わんでも切る時は切ります。でも、今は通す側どす」
はっきりしていて助かる。
絶花が、今度は少しだけ安堵を混ぜた声で言った。
「……もう、お客じゃないんですね」
「内ではあらへん。でも、外に立たせたままにもせえへん」
「十分だ。それなら、こっちも筋は違えねえ」
俺がそう答えると、八坂は満足そうに頷いた。
「ええ返事どす」
話はそこで終わりでもよかった。だが、八坂は最後にもう一枚だけ、私的な温度を置いた。
立ち上がって見送りに出る。その途中、庭へ面した渡りで足を止め、俺の方だけを見て言う。
「次に来はる時は、今日より奥まで通せるやもしれまへん」
「そりゃ楽しみだ。期待はしすぎねえで待っとく」
「期待するくらいでちょうどええんどす。待たせる価値は作ります」
その言い方は、長としての約束にも聞こえるし、もう少し別の響きにも聞こえた。
絶花がそのやり取りを黙って見ていた。屋敷の門が近づいたところで、ようやく小さく呟く。
「……本当に、気に入られたんですね」
「さてな」
俺は少し考えてから言う。
「だが、悪い線じゃない」
絶花はそれを聞いて、すぐには返事をしなかった。少し歩いてから、ようやく「はい」とだけ言う。
その声に刺はなかった。整理してる最中の音だ。絶花らしい。
門前で八坂が立ち止まる。
「ええ線に育てていけるかは、これからのあんたさん次第どす」
「百も承知だ」
「なら、よろし」
月が高い。京都の夜は静かだった。けれど、その静けさはもうさっきまでと違う。閉ざされた外じゃない。細いが、確かな線が通っている。
黒歌の恩で開いた扉の、その先だ。
八坂はもう、ただの「妖怪社会の顔」じゃない。向こう側に立ちながら、こっちへ一本の筋を伸ばしてきた長だ。そしてたぶん、少しだけ、個人としても俺を見ている。
厄介だが、嫌いじゃない。
「また来ます」
俺が言うと、八坂は袖口を重ねたまま、静かに微笑んだ。
「お待ちしてますえ。王はん」
門が閉まる。
夜気を吸い込む。冷えてるのに、妙に肺の奥が澄んでいた。
駒王の外にも、見ている奴がいる。
測る奴がいる。
そして、筋を通せば、味方になる奴もいる。
悪くねえ。
絶花が隣で、まだ少し考え込んだ顔のまま歩き出す。
「太郎さん」
「なんだ」
「……次、行く時は、もっとちゃんと見ます」
「そうしてくれ。こっちも、もう少し話を早くする」
「はい」
短い返事。だが、その声は前より強い。
俺は前を向く。
京都の線は繋がった。細いが、切るには惜しい。なら使う。使いながら、もっと先まで取りに行く。
王になるってのは、そういうことだ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア