※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

346 / 484
西洋からの剣士

 京都から戻る列車を降りて、さらに乗り継いで、最後は歩きだ。

 

 面倒くせえが、嫌いじゃない。

 

 夕方の海辺は、いろんな匂いが混ざる。潮、湿った土、干しかけの網、どこかの家から漏れてくる煮魚の湯気。京都の、あの整いすぎた静けさとは違う。雑で、生活の音がして、気を抜けばそのまま足が止まりそうになる。

 

 もっとも、気を抜く理由にはならねえが。

 

「……少し、戻った感じがします」

 

 隣を歩く絶花が、小さく言った。

 

 海沿いの細い道だ。片側に低い石垣、向こうに灰色の海。夕陽はもう傾いていて、水面だけが鈍く赤い。村へ続く坂の手前で、俺は肩の荷を少しだけ上げ直した。

 

「京都が濃すぎたんだろ。こっちはこっちで面倒はあるが、少なくとも息はしやすい」

 

「はい。……でも」

 

 絶花がそこで口を切る。

 

 言いかけて、足が止まった。

 

 俺も止まる。理由を聞くまでもない。絶花の顔つきが変わっていた。いつもの硬さとは違う。もっと薄く、鋭い。空気の継ぎ目を見つけた時の顔だ。

 

「太郎さん」

 

 声が低い。

 

「来ます」

 

 早えな、と思うより先に、絶花の視線が俺の左前を刺した。

 

 石垣の上。

 

 誰もいなかったはずのそこに、いつの間にか一つ、人影が立っていた。

 

 フードを深く被っている。女だ。背は高すぎないが、立ち方に迷いがない。海風が外套の裾を揺らしているのに、その中心だけが妙にぶれなかった。

 

「へえ」

 

 喉の奥で笑うような声だった。

 

「ちゃんと気づくんだ」

 

「気づかれないつもりで立ってたなら、趣味が悪いな」

 

 俺が言うと、フードの影の奥で口元だけが吊り上がる。

 

「そういう返し、嫌いじゃない」

 

「こっちは好きになる理由がまだねえよ」

 

 次の瞬間、そいつが消えた。

 

 いや、落ちたんじゃない。踏み込んだ。こっちへ。

 

「絶花、下が――」

 

 言い切る前に、銀が走る。

 

 剣だ。

 

 細身じゃない。もっと重い、西洋剣の軌道。真正面から叩き割るんじゃなく、一歩で間合いを奪って、こっちの出鼻を潰すための速い斬撃だった。

 

 悪くない。むしろかなりいい。

 

 斬月を抜く。

 

 布を巻いた柄を掴み、そのまま横へ流す。ぶつける。火花が散った。重い。だが、見た目ほど馬鹿正直な一撃じゃない。刃を当てた瞬間、向こうはもう次を作ってやがる。

 

「っ――」

 

 絶花が短く息を呑む気配。

 

 俺は斬月を押し返すんじゃなく、半歩だけ軸をずらした。殺しきれなかった衝撃が肩から背へ抜ける。そこへ、もう一閃。

 

 今度は絶花だ。

 

 天聖が抜かれる音は短い。鋭い金属音が夕方の道を裂いて、女の二撃目と噛み合う。真正面から受けるんじゃなく、刃先を外へ滑らせる。絶花らしい受け方だ。

 

「……いきなりですね」

 

 言葉はいつも通り敬語だが、短い。戦闘の声だった。

 

 フードの女は、そこで初めて笑った。

 

 不敵、って言葉がそのまま顔になったみたいな笑みだ。

 

「いきなりじゃないと、意味がないでしょう」

 

「意味なら、先に説明してください」

 

「斬り合う相手に?」

 

「知らない相手に斬りかかるよりは、ずっと筋がいいです」

 

 女は楽しそうに目を細めた。

 

「なるほど。噂通り、真面目」

 

「噂?」

 

「そう。あなたの」

 

 女は石畳へ着地し、剣を一度だけ振って潮風を払うような仕草をした。

 

 西洋剣。いや、一振りだけじゃない。今の組み方、利き手と逆側の肩の開き、腰の残し方――本来はもっと手数が多い型だ。片手剣を二つ持ってる奴の体捌きに近い。なのに、今こいつが手にしてるのは一本だけ。

 

 噛み合ってねえ。

 

 その違和感が先に立つ。

 

「誰だ」

 

 斬月を下げないまま聞くと、女は少しだけ首を傾けた。

 

「名乗る前にもう少し斬り合うものかと思ったけど」

 

「港でも神社町でも散々やってきた。帰り道まで付き合ってやるほど暇じゃねえ」

 

「ずいぶん忙しい人なんだね」

 

「おかげさまでな。で、誰の差し金だ」

 

「違うよ」

 

 女はあっさり答えた。

 

「私は、私の用で来ただけ」

 

「その用とやらが襲撃かよ」

 

「襲いかかったつもりはないんだけどな」

 

「剣抜いて飛び込んできた時点で十分だろ」

 

「でも、あなたはちゃんと受けた」

 

「受けるしかねえ距離で来ただけだ」

 

「それでも、反応は上等」

 

 女は俺を見る。真っ直ぐだ。だが、その焦点はすぐに絶花へ戻る。

 

「あなたも」

 

 剣先が、わずかに絶花の方へ向く。

 

「綺麗に流した。力で止めないんだ」

 

「止めたら、次が来ると思ったので」

 

「来るよ。もちろん」

 

「でしょうね」

 

 絶花は天聖を構えたまま、一歩も引かない。

 

「でも、あなたは本気で殺しに来てるわけじゃないです」

 

 フードの女が、少しだけ眉を上げた。

 

「へえ」

 

「殺気はあります。けど……試してる感じの方が強いです」

 

「それを言われると、ちょっと困るな」

 

「図星なんだろ」

 

「まあね」

 

 あっさり認めやがった。

 

 面倒くせえ類だ。だが、嫌いじゃない。目的があるなら、まだ読みようがある。

 

「聞いていた通りだね」

 

「何をだ」

 

「少女剣豪と、その隣にいる厄介な男のこと」

 

 絶花の肩が小さく揺れた。

 

 少女剣豪。

 

 ああ、なるほど。絶花の噂か。

 

 京都まで動いた後だ。八坂んとこから漏れたとは思わねえが、剣の話なんざ広がる時は勝手に広がる。海を越えようが町を跨ごうが、そういう連中の耳は妙なところで繋がってる。

 

「私が会いに来たのは、そっち」

 

 女の剣先が、すっと絶花を指す。

 

「宮本絶花。あなた」

 

 絶花は目を細めた。

 

「……私、ですか」

 

「うん。あなた」

 

「それで、いきなり斬りかかるんですか」

 

「普通に会いに行っても、噂って本当か分からないでしょ」

 

「それは、かなり乱暴な確かめ方だと思います」

 

「剣のことなら、剣が一番早い」

 

「雑な理屈だな」

 

 俺が挟むと、女は肩をすくめる。

 

「でも間違ってない」

 

「正しいからって筋がいいとは限らねえよ」

 

「あなた、ほんと口が悪いね」

 

「よく言われる」

 

「でも、言ってることは分かる。そういうの、少し羨ましいな」

 

 最後の一言だけ、少し温度が違った。

 

 絶花もそれを拾ったらしい。構えは解かないまま、ほんのわずかに声を落とす。

 

「……あなた、剣の人ですね」

 

「そうだよ」

 

「でも、今の剣、少し苦しそうでした」

 

 風が止まる。

 

 女の笑みが、一瞬だけ固まった。

 

 図星だ。

 

 俺が感じた噛み合わなさを、絶花も拾ってやがる。

 

「苦しそう?」

 

 聞き返す声は笑ってる。だが、さっきより低い。

 

「言ってくれるね」

 

「すみません。失礼でした」

 

「いや。いい」

 

 女はそこで、逆に笑みを深くした。

 

「やっぱり、あなたで正解だ」

 

「何がです」

 

「会いに来た相手」

 

 絶花は無言だった。警戒はしてる。だが、目は逸らしていない。相手の剣を見て、その奥まで見ようとしてる顔だ。

 

 女はその様子を見て、ますます楽しそうにする。

 

「やっぱり来てよかった」

 

「こっちはまだ来てもらってよかったとは思ってねえぞ」

 

「すぐそういうこと言う」

 

「事実だからな」

 

「でも、嫌いじゃないよ。そういうの」

 

 言いながら、女はゆっくりと剣を下ろした。

 

 完全に解いたわけじゃない。いつでも踏み込める角度を残してる。こっちと同じだ。距離は五歩少し。潮風の匂いの中に、鉄の匂いが混ざっている。

 

 夕陽が、石垣の向こうで沈みかけていた。

 

 村の方から、遠く子どもの声がする。犬も鳴いた。なのにこの場だけ、妙に切り離されている。海辺の道に三人。剣を抜いたまま、誰も次の一歩を急がない。

 

「確認するぞ」

 

 俺は斬月を少しだけ持ち直した。

 

「お前の目的は絶花との手合わせ。殺し合いじゃない」

 

「そう」

 

「誰かの命令でもない」

 

「そう」

 

「だったら、最低限の筋は通せ。名前くらい置いてけ」

 

 女はそこで、空いた手をフードへかけた。

 

 ゆっくり外す。

 

 夕陽を受けた髪が、ふわりと揺れた。顔立ちは整っている。勝ち気で、綺麗で、そして厄介そうだ。目は真っ直ぐ絶花を見ていたが、その奥で俺のことも計ってるのが分かる。

 

「初めまして、でいいのかな」

 

 不敵な笑みが、今度は隠しもせず浮かんだ。

 

「私はランスロット」

 

 その名を置いて、女――ランスロットは剣を肩へ担ぐ。

 

「あなたと手合わせしに来たの。宮本絶花」

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。