サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
京都から戻る列車を降りて、さらに乗り継いで、最後は歩きだ。
面倒くせえが、嫌いじゃない。
夕方の海辺は、いろんな匂いが混ざる。潮、湿った土、干しかけの網、どこかの家から漏れてくる煮魚の湯気。京都の、あの整いすぎた静けさとは違う。雑で、生活の音がして、気を抜けばそのまま足が止まりそうになる。
もっとも、気を抜く理由にはならねえが。
「……少し、戻った感じがします」
隣を歩く絶花が、小さく言った。
海沿いの細い道だ。片側に低い石垣、向こうに灰色の海。夕陽はもう傾いていて、水面だけが鈍く赤い。村へ続く坂の手前で、俺は肩の荷を少しだけ上げ直した。
「京都が濃すぎたんだろ。こっちはこっちで面倒はあるが、少なくとも息はしやすい」
「はい。……でも」
絶花がそこで口を切る。
言いかけて、足が止まった。
俺も止まる。理由を聞くまでもない。絶花の顔つきが変わっていた。いつもの硬さとは違う。もっと薄く、鋭い。空気の継ぎ目を見つけた時の顔だ。
「太郎さん」
声が低い。
「来ます」
早えな、と思うより先に、絶花の視線が俺の左前を刺した。
石垣の上。
誰もいなかったはずのそこに、いつの間にか一つ、人影が立っていた。
フードを深く被っている。女だ。背は高すぎないが、立ち方に迷いがない。海風が外套の裾を揺らしているのに、その中心だけが妙にぶれなかった。
「へえ」
喉の奥で笑うような声だった。
「ちゃんと気づくんだ」
「気づかれないつもりで立ってたなら、趣味が悪いな」
俺が言うと、フードの影の奥で口元だけが吊り上がる。
「そういう返し、嫌いじゃない」
「こっちは好きになる理由がまだねえよ」
次の瞬間、そいつが消えた。
いや、落ちたんじゃない。踏み込んだ。こっちへ。
「絶花、下が――」
言い切る前に、銀が走る。
剣だ。
細身じゃない。もっと重い、西洋剣の軌道。真正面から叩き割るんじゃなく、一歩で間合いを奪って、こっちの出鼻を潰すための速い斬撃だった。
悪くない。むしろかなりいい。
斬月を抜く。
布を巻いた柄を掴み、そのまま横へ流す。ぶつける。火花が散った。重い。だが、見た目ほど馬鹿正直な一撃じゃない。刃を当てた瞬間、向こうはもう次を作ってやがる。
「っ――」
絶花が短く息を呑む気配。
俺は斬月を押し返すんじゃなく、半歩だけ軸をずらした。殺しきれなかった衝撃が肩から背へ抜ける。そこへ、もう一閃。
今度は絶花だ。
天聖が抜かれる音は短い。鋭い金属音が夕方の道を裂いて、女の二撃目と噛み合う。真正面から受けるんじゃなく、刃先を外へ滑らせる。絶花らしい受け方だ。
「……いきなりですね」
言葉はいつも通り敬語だが、短い。戦闘の声だった。
フードの女は、そこで初めて笑った。
不敵、って言葉がそのまま顔になったみたいな笑みだ。
「いきなりじゃないと、意味がないでしょう」
「意味なら、先に説明してください」
「斬り合う相手に?」
「知らない相手に斬りかかるよりは、ずっと筋がいいです」
女は楽しそうに目を細めた。
「なるほど。噂通り、真面目」
「噂?」
「そう。あなたの」
女は石畳へ着地し、剣を一度だけ振って潮風を払うような仕草をした。
西洋剣。いや、一振りだけじゃない。今の組み方、利き手と逆側の肩の開き、腰の残し方――本来はもっと手数が多い型だ。片手剣を二つ持ってる奴の体捌きに近い。なのに、今こいつが手にしてるのは一本だけ。
噛み合ってねえ。
その違和感が先に立つ。
「誰だ」
斬月を下げないまま聞くと、女は少しだけ首を傾けた。
「名乗る前にもう少し斬り合うものかと思ったけど」
「港でも神社町でも散々やってきた。帰り道まで付き合ってやるほど暇じゃねえ」
「ずいぶん忙しい人なんだね」
「おかげさまでな。で、誰の差し金だ」
「違うよ」
女はあっさり答えた。
「私は、私の用で来ただけ」
「その用とやらが襲撃かよ」
「襲いかかったつもりはないんだけどな」
「剣抜いて飛び込んできた時点で十分だろ」
「でも、あなたはちゃんと受けた」
「受けるしかねえ距離で来ただけだ」
「それでも、反応は上等」
女は俺を見る。真っ直ぐだ。だが、その焦点はすぐに絶花へ戻る。
「あなたも」
剣先が、わずかに絶花の方へ向く。
「綺麗に流した。力で止めないんだ」
「止めたら、次が来ると思ったので」
「来るよ。もちろん」
「でしょうね」
絶花は天聖を構えたまま、一歩も引かない。
「でも、あなたは本気で殺しに来てるわけじゃないです」
フードの女が、少しだけ眉を上げた。
「へえ」
「殺気はあります。けど……試してる感じの方が強いです」
「それを言われると、ちょっと困るな」
「図星なんだろ」
「まあね」
あっさり認めやがった。
面倒くせえ類だ。だが、嫌いじゃない。目的があるなら、まだ読みようがある。
「聞いていた通りだね」
「何をだ」
「少女剣豪と、その隣にいる厄介な男のこと」
絶花の肩が小さく揺れた。
少女剣豪。
ああ、なるほど。絶花の噂か。
京都まで動いた後だ。八坂んとこから漏れたとは思わねえが、剣の話なんざ広がる時は勝手に広がる。海を越えようが町を跨ごうが、そういう連中の耳は妙なところで繋がってる。
「私が会いに来たのは、そっち」
女の剣先が、すっと絶花を指す。
「宮本絶花。あなた」
絶花は目を細めた。
「……私、ですか」
「うん。あなた」
「それで、いきなり斬りかかるんですか」
「普通に会いに行っても、噂って本当か分からないでしょ」
「それは、かなり乱暴な確かめ方だと思います」
「剣のことなら、剣が一番早い」
「雑な理屈だな」
俺が挟むと、女は肩をすくめる。
「でも間違ってない」
「正しいからって筋がいいとは限らねえよ」
「あなた、ほんと口が悪いね」
「よく言われる」
「でも、言ってることは分かる。そういうの、少し羨ましいな」
最後の一言だけ、少し温度が違った。
絶花もそれを拾ったらしい。構えは解かないまま、ほんのわずかに声を落とす。
「……あなた、剣の人ですね」
「そうだよ」
「でも、今の剣、少し苦しそうでした」
風が止まる。
女の笑みが、一瞬だけ固まった。
図星だ。
俺が感じた噛み合わなさを、絶花も拾ってやがる。
「苦しそう?」
聞き返す声は笑ってる。だが、さっきより低い。
「言ってくれるね」
「すみません。失礼でした」
「いや。いい」
女はそこで、逆に笑みを深くした。
「やっぱり、あなたで正解だ」
「何がです」
「会いに来た相手」
絶花は無言だった。警戒はしてる。だが、目は逸らしていない。相手の剣を見て、その奥まで見ようとしてる顔だ。
女はその様子を見て、ますます楽しそうにする。
「やっぱり来てよかった」
「こっちはまだ来てもらってよかったとは思ってねえぞ」
「すぐそういうこと言う」
「事実だからな」
「でも、嫌いじゃないよ。そういうの」
言いながら、女はゆっくりと剣を下ろした。
完全に解いたわけじゃない。いつでも踏み込める角度を残してる。こっちと同じだ。距離は五歩少し。潮風の匂いの中に、鉄の匂いが混ざっている。
夕陽が、石垣の向こうで沈みかけていた。
村の方から、遠く子どもの声がする。犬も鳴いた。なのにこの場だけ、妙に切り離されている。海辺の道に三人。剣を抜いたまま、誰も次の一歩を急がない。
「確認するぞ」
俺は斬月を少しだけ持ち直した。
「お前の目的は絶花との手合わせ。殺し合いじゃない」
「そう」
「誰かの命令でもない」
「そう」
「だったら、最低限の筋は通せ。名前くらい置いてけ」
女はそこで、空いた手をフードへかけた。
ゆっくり外す。
夕陽を受けた髪が、ふわりと揺れた。顔立ちは整っている。勝ち気で、綺麗で、そして厄介そうだ。目は真っ直ぐ絶花を見ていたが、その奥で俺のことも計ってるのが分かる。
「初めまして、でいいのかな」
不敵な笑みが、今度は隠しもせず浮かんだ。
「私はランスロット」
その名を置いて、女――ランスロットは剣を肩へ担ぐ。
「あなたと手合わせしに来たの。宮本絶花」
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア