サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
決闘を受けることになったのは、そこまで引っ張る話でもなかった。
海辺の道でいきなり斬りかかってきた時点で、あの女――ランスロットの頭にあるのは最初からそれだけだったんだろう。襲撃というには殺気の質が違ったし、だからといって茶飲み話で済ませるつもりもなかった。
要するに、剣で話をしたい手合いだ。
そういう連中は面倒だが、分かりやすくはある。
「場所を移すぞ」
俺が言うと、ランスロットは海の方へ目をやった。
「ここじゃ駄目?」
「駄目だ。村の入り口で何本も振り回されてたまるか」
「正論だね」
「今さらだな」
絶花はまだ天聖を下げていなかったが、俺の言葉には素直に頷いた。
「……海辺の広いところなら、できます」
「人のいない場所があるのか」
「少し先です。浜の外れに、舟を上げる空き地があります」
「よし。そこだ」
ランスロットは剣を肩に担いだまま、楽しそうに笑う。
「ちゃんと受けてくれるんだ」
「断る理由が薄い。お前は絶花に用がある。絶花も、逃げる気はなさそうだ」
言ってやると、絶花は小さく息を詰めたあと、こっちを見た。
「……はい」
「無理なら止める」
「無理では、ないです」
短いが、芯はあった。
なら十分だ。
浜の外れまで歩くあいだ、風は少し冷たくなっていった。夕陽はだいぶ沈み、海は赤というより鉄みたいな色をしている。波が寄せては引く。そのたび、砂利の擦れる音が細く響いた。
決闘の場としては、悪くない。
舟を何艘か引き上げてある広場で、俺たちは止まった。網も樽も端へ寄せられている。村からも少し離れていて、人目も薄い。
絶花とランスロットが向かい合う。
二人とも年は近い。背格好も大きく違わない。だが、立った時の空気がまるで違った。
絶花は静かだ。静かに、相手の呼吸と地面の癖と風向きを見ている。
ランスロットは逆だ。剣を持つだけで場を前へ押してくる。立ってるだけで「来い」と言ってるみたいな圧がある。
だが、その押し方にわずかな違和感が混じる。
まだ名前しか知らない。なのに、その名前だけで嫌でも思い出すものがあった。
ランスロット。
円卓の騎士。その中でも最強格。アーサー王に仕えた大騎士で、湖の乙女から与えられた剣、アロンダイトを持つ英雄だ。強さも名も申し分ない。ついでに言えば、面倒な逸話まで一式ついてくる。
なるほど。あの名を本名で背負ってるなら、人生もだいぶ面倒だろうよ。
俺が黙って見ていると、ランスロットはフードを脱いだままの顔で、絶花へ向けて言った。
「さっきの続き、いいよね」
「……確認です」
絶花は刀を下げずに答える。
「これは、手合わせですか。それとも、本気の勝負ですか」
「本気だよ」
ランスロットの返事は速かった。
「でも、殺し合いじゃない。私はあなたの剣を知りたいだけ」
「知りたいだけで、あんな斬りかかり方をするんですね」
「最初の一太刀が一番嘘をつかないから」
「乱暴です」
「否定はしない」
そこでランスロットは、少しだけ視線を横へ流し、俺も見た。
「でも、そっちの厄介な人も納得してる顔してる」
「理屈としては分かるってだけだ。好感は持ってねえ」
「辛口だなあ」
「お前が甘くないだけだろ」
ランスロットは笑い、それから絶花へ向き直った。
「改めて名乗るよ。私はランスロット」
そこで一拍置く。
「サー・ランスロットの子孫」
そのまま余計な説明は足さない。家名も、由来も、誇りも、全部その一言に押し込んだ。
絶花は真っ直ぐ受けた。
「宮本絶花です」
「知ってる」
「そうでしょうね」
「あなたの噂を聞いて来たんだから」
「それで、確かめるために」
「うん。あなたが本当に、斬るに値する相手かどうか」
絶花の目が細くなる。
「値踏みされるのは、あまり好きじゃないです」
「私もされるのは好きじゃない」
「じゃあ、嫌なことをしてますね」
「そうだね」
ランスロットは不敵な笑みを浮かべたまま、剣を前へ出した。
「だから、される前にする」
「正直ですね」
「取り繕っても剣でばれる」
悪くない返しだ。
そこで絶花が、小さく息を吐いた。緊張を切る時の癖だ。
「……分かりました。受けます」
「ありがとう」
「礼を言われる話ではないです」
「私にはあるんだよ」
その声だけ、少し本音が混じった。
飢えてるな、と分かる。
同年代で、まともに剣を振れる相手。しかも女。そういう条件が揃う相手がいなかったんだろう。だからわざわざここまで来た。面倒くせえが、筋は通ってる。
絶花が天聖を構える。正眼より少し低い。待ちの形だが、完全な受けじゃない。相手の一歩に合わせて、自分からも斬り込み返す型。
対するランスロットは、西洋剣を片手で持ち、肩と腰をわずかに開く。
そこだ。
その立ち方だ。
片手剣を二本持つなら分かる。だが今のあいつの手には一本しかない。一本でやるには、身体の残し方が半端だ。強い。だが、噛み合っていない。
「始めていいですか」
絶花が俺を見ずに聞く。
「好きにやれ」
「はい」
「いくよ」
ランスロットが踏み込んだ。
速い。
だが一直線じゃない。最初の一歩で右へ圧をかけたように見せて、実際には左足を深く差し込んでくる。視線も刃も、全部が先へ出る。初撃を合わせ損なえば、そのまま連撃で飲まれる型だ。
絶花が受ける。
天聖の刃が横に滑り、ランスロットの剣と火花を噛ませた。重い一撃をまともに止めない。流して、ずらして、戻る。だが戻りきる前に、二撃目が来る。
やっぱり速え。
ランスロットの手首は柔らかい。体重移動も鋭い。片手の西洋剣でここまで細かく刻めるのは大したもんだ。
絶花も同じだけ速かった。
「……っ」
短い息。刃が鳴る。踏み込みは浅い。だが浅いなりに、相手の間合いを汚している。正面から潰し合うんじゃなく、噛み合わせを崩す。絶花らしいやり方だ。
二人の足が、砂を蹴る。切り返し、打ち込み、外し、戻る。
ランスロットが押している。だが押し切れていない。
「どうしたの」
剣を交えながら、ランスロットが笑う。
「もっと来ると思ったんだけど」
「来てます」
絶花の返事は短い。
「十分、速いです」
「褒められた」
「でも」
そこで絶花の刀が一度、大きく外へ回る。
重い剣圧を流し切って、わずかに間合いが開いた。
「……一本ですね」
ランスロットの目が、少しだけ変わった。
「何が」
「あなたの剣」
絶花は呼吸を整えながら、まっすぐ言った。
「すごいです。でも、一本だと……少し、やりにくそうです」
図星を突かれた顔だった。
ランスロットの笑みが、ほんの一瞬だけ薄くなる。
「それ、よく言われる?」
「いえ。今、思いました」
「正直なんだ」
「剣が、そう言ってます」
その返しに、ランスロットは今度こそ笑った。
面白がるというより、嬉しそうだった。
「やっぱり、あなたで正解」
そこから踏み込みが一段深くなる。
重い。速い。強い。
剣の腕だけ見れば、相当だ。普通の相手ならあれで押し切れる。実際、絶花の袖が一度裂けた。頬も浅く掠める。だが逆に言えば、その程度でしかない。
絶花は崩れない。
そして三合、四合と打ち合ううちに、俺にもはっきり見えてきた。
あの女の身体は、一本の剣に対して最適化されていない。
肩の抜き方。左手の遊び。踏み換えの癖。次の刃が来る前提で残してある腰。全部が二刀流の動きだ。一本で収めようとしてる分だけ、切り返しのどこかに微かな空白ができる。
本人は力で埋めてる。センスと鍛錬で無理やり成立させてる。
だが、成立してるのと合ってるのは別だ。
数合後、ランスロットの剣筋が変わった。
いや、変えざるを得なくなったんだろう。
絶花が、こちらの動きを見た上で、わざと一瞬だけ踏み込みを浅くした。誘いだ。ランスロットはそれに応じて深く入る。入るのは正しい。だが、その瞬間、体の開きが大きくなる。
一本では埋まらない側ができる。
絶花の目が動く。
次の瞬間、彼女は左手を腰へ伸ばした。
もう一本、抜く。
短めの刀身。脇差に近いが、ただの予備じゃない。天聖と合わせるために馴染ませた、絶花の二本目だ。
ランスロットの目が見開かれる。
「二刀……」
「一本だと、難しいので」
絶花はそう言って、二本を静かに構え直した。
宮本武蔵の血、か。
普段の絶花は一本で十分戦える。だが、相手がそういう型なら話は別だ。噛み合わないなら、こっちが合わせて、その上で切る。それだけのことだ。
ランスロットの笑みが、今度は明らかに熱を帯びた。
「いい」
声が弾む。
「それ、すごくいい」
「喜んでる場合ですか」
「喜ぶよ。だって、ようやく見えてきた」
「何がです」
「欲しかった相手が」
その言葉と同時に、また激突する。
今度はさっきと違った。
絶花の二刀は派手じゃない。右で受け、左で崩し、右で通す。あるいは左で止め、右で線を作る。西洋剣の連撃に対して、和剣の間合いで細かく噛みついていく。
ランスロットは強い。実際、凄まじい。
押し込みも、切り返しも、踏みの強さも、一流だ。名門だの英雄の子孫だのを抜きにしても、剣士として上澄みだろう。
だが、やっぱり合ってねえ。
一本で無理やり成立させてるせいで、連撃の終端にわずかな空白が生まれる。その空白を絶花は見逃さない。
「……そこです」
小さな声。
右の刀が剣を受け、左の刀がランスロットの手元へ滑り込む。
金属音が高く鳴った。
ランスロットの剣が跳ねる。
完全には飛ばない。だが、握りが一瞬浮いた。その一瞬で十分だ。
絶花の右が、相手の喉元一寸手前で止まる。
風だけが、遅れて通る。
止まった。
波の音だけが戻ってくる。
ランスロットは目を瞬かせ、それから自分の手元と、絶花の刀を見た。
絶花の呼吸は乱れている。浅い傷もある。だが刃はぶれていない。
「……私の勝ちです」
短く、静かに告げる。
ランスロットはしばらく黙っていたが、やがて肩の力を抜いた。
剣先が下がる。
「負けた」
その言い方に変な悔しがり方はなかった。熱はある。だが、結果は結果として呑み込んでいる。
いい資質だ。
絶花も刀を引いた。二本ともゆっくり納める。その間も油断はしてない。だが、必要以上に構え続けもしない。
ランスロットはそんな絶花を見て、ふっと笑った。
「あなた、本当に面白いね」
「面白くはないです」
「あるよ。すごく」
「負けた相手に言う言葉じゃないと思います」
「勝った相手だから言ってるんだよ」
絶花は少しだけ言葉に詰まり、「……そうですか」とだけ返した。
そこで俺は口を挟む。
「で、どうだった」
ランスロットがこっちを見る。
「何が」
「お前の欲しかった相手とやらだ」
ランスロットは一度だけ絶花を見て、それから笑った。
「文句なし」
「そりゃ結構」
「でも、あなたの言いたいことも分かった気がする」
俺は眉を上げる。
「何の話だ」
「私の剣」
その一言で十分だった。
やっぱり自覚はある。
ランスロットは手の中の剣を見下ろす。その目には誇りもあるし、反発もある。面倒な家の事情まで見えるようだった。
「まだ名乗ってなかったね。剣の方」
そう言って、彼女は剣を少しだけ持ち上げた。
「アロンダイト」
なるほどな。
円卓の騎士ランスロットの剣。そいつを継いでるなら、あの名前にも説明がつく。
絶花が小さく息を呑む。
「……本当に、ランスロットなんですね」
「そうだよ。少なくとも、その子孫ではある」
「子孫、ね」
俺は鼻で笑う。
「面倒な名前背負ってる割に、剣の方はまだ噛み合ってねえな」
ランスロットの眉がぴくりと動いた。
「言うね」
「事実だ」
「負けた直後にそれ言う?」
「今だから言うんだよ。百億年早い段階で慰められても意味ねえだろ」
ランスロットは少しだけ黙って、それから苦笑した。
「……やっぱり厄介だ」
「褒め言葉として受け取っとく」
絶花がそっと俺を見る。
「太郎さん」
「なんだ」
「……たぶん、この人、すごく強いです」
「見りゃ分かる」
「でも」
絶花は言いにくそうに、それでも続けた。
「本当は、今の形じゃない気がします」
ランスロットの目が、また笑う前のそれになる。
「あなたも、そこまで見るんだ」
「剣が、そう言ってました」
「便利な言葉だね」
「便利じゃないです。たぶん、あまり言わない方がいいことです」
ランスロットは数秒だけ黙ってから、肩の力を抜いた。
「……そっか」
夕陽は、もうほとんど沈んでいた。
海は暗くなり始めている。村の方では、ぽつぽつと灯りがついていた。
決闘は終わった。勝ったのは絶花だ。だが、それで全部片づいたわけじゃない。
むしろ始まりだ。
ランスロットはアロンダイトを鞘へ戻し、真っ直ぐ絶花を見る。
「今日は負け。そこは認める」
「はい」
「でも、これで終わる気はない」
「でしょうね」
絶花の返しに、ランスロットは嬉しそうに笑った。
「あなた、やっぱり好き」
「そういう言い方、やめてください」
「嫌?」
「困ります」
「困る顔、ちょっと見たい」
「見せません」
少しだけいつもの絶花に戻った声で、俺はそこでようやく息を抜いた。
悪くない。
面倒は増えたが、腐った面倒じゃない。
ランスロットは最後に俺へ視線を寄越す。
「次は、あなたとも話したい」
「話なら今でもできる」
「剣の話じゃなくて、もっと面倒な方」
「なおさら後回しでいい」
「逃げるんだ」
「選んでるだけだ」
そう返すと、ランスロットは肩を竦めた。
「じゃあ今日はここまで」
それから絶花へ。
「勝ちはあなた。でも、次はもっと面白くする」
「……受けるかは、その時に決めます」
「うん。それでいい」
そう言って、彼女は夕暮れの浜を背に歩き出した。
細い背中だ。だが、あの背に詰まってるものは軽くない。名も剣も家も、何もかも。
そして何より、あいつ自身の本来の型が、まだあの剣と噛み切っていない。
絶花が小さく呟く。
「太郎さん」
「なんだ」
「この人、また来ます」
「ああ」
「今度は、もっと厄介な形で来ると思います」
「だろうな」
俺は沈み切った夕陽の方を見た。
「だから面白い」
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア