※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

347 / 484
最強と最強

 決闘を受けることになったのは、そこまで引っ張る話でもなかった。

 

 海辺の道でいきなり斬りかかってきた時点で、あの女――ランスロットの頭にあるのは最初からそれだけだったんだろう。襲撃というには殺気の質が違ったし、だからといって茶飲み話で済ませるつもりもなかった。

 

 要するに、剣で話をしたい手合いだ。

 

 そういう連中は面倒だが、分かりやすくはある。

 

「場所を移すぞ」

 

 俺が言うと、ランスロットは海の方へ目をやった。

 

「ここじゃ駄目?」

 

「駄目だ。村の入り口で何本も振り回されてたまるか」

 

「正論だね」

 

「今さらだな」

 

 絶花はまだ天聖を下げていなかったが、俺の言葉には素直に頷いた。

 

「……海辺の広いところなら、できます」

 

「人のいない場所があるのか」

 

「少し先です。浜の外れに、舟を上げる空き地があります」

 

「よし。そこだ」

 

 ランスロットは剣を肩に担いだまま、楽しそうに笑う。

 

「ちゃんと受けてくれるんだ」

 

「断る理由が薄い。お前は絶花に用がある。絶花も、逃げる気はなさそうだ」

 

 言ってやると、絶花は小さく息を詰めたあと、こっちを見た。

 

「……はい」

 

「無理なら止める」

 

「無理では、ないです」

 

 短いが、芯はあった。

 

 なら十分だ。

 

 浜の外れまで歩くあいだ、風は少し冷たくなっていった。夕陽はだいぶ沈み、海は赤というより鉄みたいな色をしている。波が寄せては引く。そのたび、砂利の擦れる音が細く響いた。

 

 決闘の場としては、悪くない。

 

 舟を何艘か引き上げてある広場で、俺たちは止まった。網も樽も端へ寄せられている。村からも少し離れていて、人目も薄い。

 

 絶花とランスロットが向かい合う。

 

 二人とも年は近い。背格好も大きく違わない。だが、立った時の空気がまるで違った。

 

 絶花は静かだ。静かに、相手の呼吸と地面の癖と風向きを見ている。

 

 ランスロットは逆だ。剣を持つだけで場を前へ押してくる。立ってるだけで「来い」と言ってるみたいな圧がある。

 

 だが、その押し方にわずかな違和感が混じる。

 

 まだ名前しか知らない。なのに、その名前だけで嫌でも思い出すものがあった。

 

 ランスロット。

 

 円卓の騎士。その中でも最強格。アーサー王に仕えた大騎士で、湖の乙女から与えられた剣、アロンダイトを持つ英雄だ。強さも名も申し分ない。ついでに言えば、面倒な逸話まで一式ついてくる。

 

 なるほど。あの名を本名で背負ってるなら、人生もだいぶ面倒だろうよ。

 

 俺が黙って見ていると、ランスロットはフードを脱いだままの顔で、絶花へ向けて言った。

 

「さっきの続き、いいよね」

 

「……確認です」

 

 絶花は刀を下げずに答える。

 

「これは、手合わせですか。それとも、本気の勝負ですか」

 

「本気だよ」

 

 ランスロットの返事は速かった。

 

「でも、殺し合いじゃない。私はあなたの剣を知りたいだけ」

 

「知りたいだけで、あんな斬りかかり方をするんですね」

 

「最初の一太刀が一番嘘をつかないから」

 

「乱暴です」

 

「否定はしない」

 

 そこでランスロットは、少しだけ視線を横へ流し、俺も見た。

 

「でも、そっちの厄介な人も納得してる顔してる」

 

「理屈としては分かるってだけだ。好感は持ってねえ」

 

「辛口だなあ」

 

「お前が甘くないだけだろ」

 

 ランスロットは笑い、それから絶花へ向き直った。

 

「改めて名乗るよ。私はランスロット」

 

 そこで一拍置く。

 

「サー・ランスロットの子孫」

 

 そのまま余計な説明は足さない。家名も、由来も、誇りも、全部その一言に押し込んだ。

 

 絶花は真っ直ぐ受けた。

 

「宮本絶花です」

 

「知ってる」

 

「そうでしょうね」

 

「あなたの噂を聞いて来たんだから」

 

「それで、確かめるために」

 

「うん。あなたが本当に、斬るに値する相手かどうか」

 

 絶花の目が細くなる。

 

「値踏みされるのは、あまり好きじゃないです」

 

「私もされるのは好きじゃない」

 

「じゃあ、嫌なことをしてますね」

 

「そうだね」

 

 ランスロットは不敵な笑みを浮かべたまま、剣を前へ出した。

 

「だから、される前にする」

 

「正直ですね」

 

「取り繕っても剣でばれる」

 

 悪くない返しだ。

 

 そこで絶花が、小さく息を吐いた。緊張を切る時の癖だ。

 

「……分かりました。受けます」

 

「ありがとう」

 

「礼を言われる話ではないです」

 

「私にはあるんだよ」

 

 その声だけ、少し本音が混じった。

 

 飢えてるな、と分かる。

 

 同年代で、まともに剣を振れる相手。しかも女。そういう条件が揃う相手がいなかったんだろう。だからわざわざここまで来た。面倒くせえが、筋は通ってる。

 

 絶花が天聖を構える。正眼より少し低い。待ちの形だが、完全な受けじゃない。相手の一歩に合わせて、自分からも斬り込み返す型。

 

 対するランスロットは、西洋剣を片手で持ち、肩と腰をわずかに開く。

 

 そこだ。

 

 その立ち方だ。

 

 片手剣を二本持つなら分かる。だが今のあいつの手には一本しかない。一本でやるには、身体の残し方が半端だ。強い。だが、噛み合っていない。

 

「始めていいですか」

 

 絶花が俺を見ずに聞く。

 

「好きにやれ」

 

「はい」

 

「いくよ」

 

 ランスロットが踏み込んだ。

 

 速い。

 

 だが一直線じゃない。最初の一歩で右へ圧をかけたように見せて、実際には左足を深く差し込んでくる。視線も刃も、全部が先へ出る。初撃を合わせ損なえば、そのまま連撃で飲まれる型だ。

 

 絶花が受ける。

 

 天聖の刃が横に滑り、ランスロットの剣と火花を噛ませた。重い一撃をまともに止めない。流して、ずらして、戻る。だが戻りきる前に、二撃目が来る。

 

 やっぱり速え。

 

 ランスロットの手首は柔らかい。体重移動も鋭い。片手の西洋剣でここまで細かく刻めるのは大したもんだ。

 

 絶花も同じだけ速かった。

 

「……っ」

 

 短い息。刃が鳴る。踏み込みは浅い。だが浅いなりに、相手の間合いを汚している。正面から潰し合うんじゃなく、噛み合わせを崩す。絶花らしいやり方だ。

 

 二人の足が、砂を蹴る。切り返し、打ち込み、外し、戻る。

 

 ランスロットが押している。だが押し切れていない。

 

「どうしたの」

 

 剣を交えながら、ランスロットが笑う。

 

「もっと来ると思ったんだけど」

 

「来てます」

 

 絶花の返事は短い。

 

「十分、速いです」

 

「褒められた」

 

「でも」

 

 そこで絶花の刀が一度、大きく外へ回る。

 

 重い剣圧を流し切って、わずかに間合いが開いた。

 

「……一本ですね」

 

 ランスロットの目が、少しだけ変わった。

 

「何が」

 

「あなたの剣」

 

 絶花は呼吸を整えながら、まっすぐ言った。

 

「すごいです。でも、一本だと……少し、やりにくそうです」

 

 図星を突かれた顔だった。

 

 ランスロットの笑みが、ほんの一瞬だけ薄くなる。

 

「それ、よく言われる?」

 

「いえ。今、思いました」

 

「正直なんだ」

 

「剣が、そう言ってます」

 

 その返しに、ランスロットは今度こそ笑った。

 

 面白がるというより、嬉しそうだった。

 

「やっぱり、あなたで正解」

 

 そこから踏み込みが一段深くなる。

 

 重い。速い。強い。

 

 剣の腕だけ見れば、相当だ。普通の相手ならあれで押し切れる。実際、絶花の袖が一度裂けた。頬も浅く掠める。だが逆に言えば、その程度でしかない。

 

 絶花は崩れない。

 

 そして三合、四合と打ち合ううちに、俺にもはっきり見えてきた。

 

 あの女の身体は、一本の剣に対して最適化されていない。

 

 肩の抜き方。左手の遊び。踏み換えの癖。次の刃が来る前提で残してある腰。全部が二刀流の動きだ。一本で収めようとしてる分だけ、切り返しのどこかに微かな空白ができる。

 

 本人は力で埋めてる。センスと鍛錬で無理やり成立させてる。

 

 だが、成立してるのと合ってるのは別だ。

 

 数合後、ランスロットの剣筋が変わった。

 

 いや、変えざるを得なくなったんだろう。

 

 絶花が、こちらの動きを見た上で、わざと一瞬だけ踏み込みを浅くした。誘いだ。ランスロットはそれに応じて深く入る。入るのは正しい。だが、その瞬間、体の開きが大きくなる。

 

 一本では埋まらない側ができる。

 

 絶花の目が動く。

 

 次の瞬間、彼女は左手を腰へ伸ばした。

 

 もう一本、抜く。

 

 短めの刀身。脇差に近いが、ただの予備じゃない。天聖と合わせるために馴染ませた、絶花の二本目だ。

 

 ランスロットの目が見開かれる。

 

「二刀……」

 

「一本だと、難しいので」

 

 絶花はそう言って、二本を静かに構え直した。

 

 宮本武蔵の血、か。

 

 普段の絶花は一本で十分戦える。だが、相手がそういう型なら話は別だ。噛み合わないなら、こっちが合わせて、その上で切る。それだけのことだ。

 

 ランスロットの笑みが、今度は明らかに熱を帯びた。

 

「いい」

 

 声が弾む。

 

「それ、すごくいい」

 

「喜んでる場合ですか」

 

「喜ぶよ。だって、ようやく見えてきた」

 

「何がです」

 

「欲しかった相手が」

 

 その言葉と同時に、また激突する。

 

 今度はさっきと違った。

 

 絶花の二刀は派手じゃない。右で受け、左で崩し、右で通す。あるいは左で止め、右で線を作る。西洋剣の連撃に対して、和剣の間合いで細かく噛みついていく。

 

 ランスロットは強い。実際、凄まじい。

 

 押し込みも、切り返しも、踏みの強さも、一流だ。名門だの英雄の子孫だのを抜きにしても、剣士として上澄みだろう。

 

 だが、やっぱり合ってねえ。

 

 一本で無理やり成立させてるせいで、連撃の終端にわずかな空白が生まれる。その空白を絶花は見逃さない。

 

「……そこです」

 

 小さな声。

 

 右の刀が剣を受け、左の刀がランスロットの手元へ滑り込む。

 

 金属音が高く鳴った。

 

 ランスロットの剣が跳ねる。

 

 完全には飛ばない。だが、握りが一瞬浮いた。その一瞬で十分だ。

 

 絶花の右が、相手の喉元一寸手前で止まる。

 

 風だけが、遅れて通る。

 

 止まった。

 

 波の音だけが戻ってくる。

 

 ランスロットは目を瞬かせ、それから自分の手元と、絶花の刀を見た。

 

 絶花の呼吸は乱れている。浅い傷もある。だが刃はぶれていない。

 

「……私の勝ちです」

 

 短く、静かに告げる。

 

 ランスロットはしばらく黙っていたが、やがて肩の力を抜いた。

 

 剣先が下がる。

 

「負けた」

 

 その言い方に変な悔しがり方はなかった。熱はある。だが、結果は結果として呑み込んでいる。

 

 いい資質だ。

 

 絶花も刀を引いた。二本ともゆっくり納める。その間も油断はしてない。だが、必要以上に構え続けもしない。

 

 ランスロットはそんな絶花を見て、ふっと笑った。

 

「あなた、本当に面白いね」

 

「面白くはないです」

 

「あるよ。すごく」

 

「負けた相手に言う言葉じゃないと思います」

 

「勝った相手だから言ってるんだよ」

 

 絶花は少しだけ言葉に詰まり、「……そうですか」とだけ返した。

 

 そこで俺は口を挟む。

 

「で、どうだった」

 

 ランスロットがこっちを見る。

 

「何が」

 

「お前の欲しかった相手とやらだ」

 

 ランスロットは一度だけ絶花を見て、それから笑った。

 

「文句なし」

 

「そりゃ結構」

 

「でも、あなたの言いたいことも分かった気がする」

 

 俺は眉を上げる。

 

「何の話だ」

 

「私の剣」

 

 その一言で十分だった。

 

 やっぱり自覚はある。

 

 ランスロットは手の中の剣を見下ろす。その目には誇りもあるし、反発もある。面倒な家の事情まで見えるようだった。

 

「まだ名乗ってなかったね。剣の方」

 

 そう言って、彼女は剣を少しだけ持ち上げた。

 

「アロンダイト」

 

 なるほどな。

 

 円卓の騎士ランスロットの剣。そいつを継いでるなら、あの名前にも説明がつく。

 

 絶花が小さく息を呑む。

 

「……本当に、ランスロットなんですね」

 

「そうだよ。少なくとも、その子孫ではある」

 

「子孫、ね」

 

 俺は鼻で笑う。

 

「面倒な名前背負ってる割に、剣の方はまだ噛み合ってねえな」

 

 ランスロットの眉がぴくりと動いた。

 

「言うね」

 

「事実だ」

 

「負けた直後にそれ言う?」

 

「今だから言うんだよ。百億年早い段階で慰められても意味ねえだろ」

 

 ランスロットは少しだけ黙って、それから苦笑した。

 

「……やっぱり厄介だ」

 

「褒め言葉として受け取っとく」

 

 絶花がそっと俺を見る。

 

「太郎さん」

 

「なんだ」

 

「……たぶん、この人、すごく強いです」

 

「見りゃ分かる」

 

「でも」

 

 絶花は言いにくそうに、それでも続けた。

 

「本当は、今の形じゃない気がします」

 

 ランスロットの目が、また笑う前のそれになる。

 

「あなたも、そこまで見るんだ」

 

「剣が、そう言ってました」

 

「便利な言葉だね」

 

「便利じゃないです。たぶん、あまり言わない方がいいことです」

 

 ランスロットは数秒だけ黙ってから、肩の力を抜いた。

 

「……そっか」

 

 夕陽は、もうほとんど沈んでいた。

 

 海は暗くなり始めている。村の方では、ぽつぽつと灯りがついていた。

 

 決闘は終わった。勝ったのは絶花だ。だが、それで全部片づいたわけじゃない。

 

 むしろ始まりだ。

 

 ランスロットはアロンダイトを鞘へ戻し、真っ直ぐ絶花を見る。

 

「今日は負け。そこは認める」

 

「はい」

 

「でも、これで終わる気はない」

 

「でしょうね」

 

 絶花の返しに、ランスロットは嬉しそうに笑った。

 

「あなた、やっぱり好き」

 

「そういう言い方、やめてください」

 

「嫌?」

 

「困ります」

 

「困る顔、ちょっと見たい」

 

「見せません」

 

 少しだけいつもの絶花に戻った声で、俺はそこでようやく息を抜いた。

 

 悪くない。

 

 面倒は増えたが、腐った面倒じゃない。

 

 ランスロットは最後に俺へ視線を寄越す。

 

「次は、あなたとも話したい」

 

「話なら今でもできる」

 

「剣の話じゃなくて、もっと面倒な方」

 

「なおさら後回しでいい」

 

「逃げるんだ」

 

「選んでるだけだ」

 

 そう返すと、ランスロットは肩を竦めた。

 

「じゃあ今日はここまで」

 

 それから絶花へ。

 

「勝ちはあなた。でも、次はもっと面白くする」

 

「……受けるかは、その時に決めます」

 

「うん。それでいい」

 

 そう言って、彼女は夕暮れの浜を背に歩き出した。

 

 細い背中だ。だが、あの背に詰まってるものは軽くない。名も剣も家も、何もかも。

 

 そして何より、あいつ自身の本来の型が、まだあの剣と噛み切っていない。

 

 絶花が小さく呟く。

 

「太郎さん」

 

「なんだ」

 

「この人、また来ます」

 

「ああ」

 

「今度は、もっと厄介な形で来ると思います」

 

「だろうな」

 

 俺は沈み切った夕陽の方を見た。

 

「だから面白い」

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。