サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
浜の外れに残った波音が、さっきまでの金属音を少しずつ洗っていく。
決闘は終わった。
絶花が勝ち、ランスロットは負けを認めた。形としてはそれだけだ。だが、あの剣の噛み合わなさを見た後だと、勝負がついたことより、その先の方がよほど気になった。
ランスロットはすぐには去らなかった。
アロンダイトを鞘へ納めたまま、少し離れた位置で海を見ている。悔しがって地面を蹴るでもなく、負け惜しみを言うでもない。ただ、自分の剣をどこか遠くから見直してるような顔だった。
絶花もまだ完全には息が整っていない。二本の刀を納めたあと、袖口を軽く押さえた。裂けた布の隙間から、さっきの斬り合いの鋭さがそのまま残っている。
「……強かったです」
最初に口を開いたのは絶花だった。
ランスロットは一度だけ瞬いて、それから肩の力を抜く。
「そこ、勝った側が言うところ?」
「事実ですから」
「きっぱり言うね」
「変に濁す方が失礼かと思って」
「なるほど。正面から来るタイプだ」
ランスロットは苦笑したが、嫌そうではなかった。むしろ、そういう返しを待っていたみたいに見える。
俺は砂を踏みしめて二人の近くへ寄る。
「で?」
ランスロットが横目でこっちを見る。
「何」
「負けてみて、どうだ」
「ずいぶん雑な聞き方するね」
「面倒な前置きが要るか?」
「要る時もあるよ」
「じゃあ今日は要らねえ」
そう返すと、ランスロットは鼻で笑った。
「本当に容赦ないな、あなた」
「甘い言葉で誤魔化しても意味がない。で、どうなんだ」
問い直すと、ランスロットは少しだけ黙った。
海風が髪を揺らす。視線は水面じゃない。手の中の剣、その記憶を見ている。
「……遠い」
小さく、だがはっきりした声だった。
「最強なんて、まだ全然見えてこない」
「そりゃまた、でかく出たな」
「笑う?」
「いや。そこで“悔しい”より先にそれが出るなら、筋は悪くない」
ランスロットは少し驚いたように俺を見る。
「馬鹿にしないんだ」
「その手の目標を持つやつは嫌いじゃない。問題は、中身が伴ってるかどうかだけだ」
「その判定は?」
「保留だ」
「辛いなあ」
「まだ甘くしてほしい段階か?」
「してほしいとは言ってない」
「ならいい」
絶花がそこで、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「……あの」
ランスロットがそちらへ顔を向ける。
「なに?」
「さっきのことですけど」
「一本だと苦しそう、ってやつ?」
先に言われて、絶花は小さく肩を揺らした。
「……はい。失礼でしたら、すみません」
「謝られると余計に図星っぽいな」
ランスロットは笑ったが、その笑い方には自嘲が混じっていた。
「でも、間違ってないよ。むしろ、よくそこまで見たね」
「剣が、少しだけ……引っかかって見えました」
「引っかかる、か」
「はい。速いです。重いです。怖いです。でも、その、違和感もありました」
絶花は言葉を選ぶ。選んでいる分だけ、余計に本音が出る。
「一本で全部届かせる剣、という感じではなかったです」
ランスロットはしばらく答えずにいた。
やがて、ふっと息を漏らす。
「あなた、本当に面倒なところまで見てくるね」
「そういうつもりでは……」
「いや、責めてるわけじゃない。むしろ逆」
ランスロットはアロンダイトの柄頭を指先で軽く叩いた。
「その違和感、私もずっと分かってる」
そこまで聞けば十分だ。
俺は肩を竦める。
「だろうな。分からないままやってる動きじゃねえ」
「やっぱり、そう見える?」
「見えるも何も、あれで気づかない方が鈍い」
「言い方」
「優しく包んでも中身は同じだ」
ランスロットは少しだけ眉を寄せたが、否定はしない。
「あなた、さっきから容赦ないね」
「要点だけ拾ってる」
「それを容赦ないって言うんだよ」
「便利な日本語だな」
そこで絶花が、わずかに首を傾ける。
「……太郎さんは、どう見えたんですか」
いい質問だ。
俺はアロンダイトを顎で指す。
「二刀流だな」
ランスロットの目が動いた。
絶花も静かに息を呑む。
「やっぱり、そうなんですか」
「方向はな。お前とまるっきり同じじゃないが、身体の使い方はそっち寄りだ」
「そんなに分かりやすい?」
ランスロットの声は軽く聞こえる。だが、軽く流したい話題じゃないのも分かる。
「肩の残し方、腰の抜き方、踏み換えの癖。全部、次の一手を別の刃で拾う前提だ。一本で成立させるには、どこかで余りが出る」
「余り、ね」
「言い換えてもいい。一本で戦えてないわけじゃない。むしろ相当やれてる。だが、やれてるのと噛み合ってるのは別だ」
ランスロットは口を閉じた。
刺さったな、と分かる沈黙だった。
絶花がそっと補うように言う。
「……すごく強かったです。だから余計に、もったいない感じがしました」
「慰めてる?」
「いいえ」
「だと思った」
ランスロットは苦笑し、それから視線を落とす。
「でも、その“もったいない”はたぶん合ってる」
「なら話は早い」
俺が言うと、彼女は顔を上げた。
「早くないよ。そんな簡単に済むなら、私だってここまで拗らせてない」
「家か」
今度は、はっきりと顔に出た。
面倒な話題だと自分でも分かってる顔だ。
「そう」
ランスロットは短く頷いた。
「代々の剣術がある。継ぐ名前がある。継ぐ剣がある。だったら、その形で立てってことになる」
「アロンダイトで戦え、と」
「正解」
ランスロットは乾いた笑みを浮かべる。
「遊びで別のことをするなら文句は言われない。でも、正式な場で見せる剣は家の型でなきゃいけない。少なくとも、私の家ではそうなってる」
絶花が小さく眉を寄せた。
「……二刀流も、ですか」
「駄目。というか、ほぼ禁止」
「そんなに」
「名門って、案外そういうところ窮屈なんだよ」
その言い方には慣れがあった。反発して、ぶつかって、それでもまだ完全には捨てられない類の慣れだ。
「アロンダイトが嫌いなわけじゃない」
ランスロットは、先にそこを切り分けた。
「継いでることが鬱陶しいだけでもない。誇りはあるよ。家名も、この剣も、軽く見てるわけじゃない」
「だが、それと合うかどうかは別」
俺が言うと、ランスロットは小さく笑った。
「本当に、言うことが早い」
「遅くしてほしいのか」
「まったく。そこじゃない」
言い返しながらも、声は前より柔らかかった。
「……そう。別なんだよ。誇りと、体に馴染むかどうかは」
絶花が静かに頷く。
「分かります」
「分かる?」
「少しだけ、です」
絶花は自分の刀へ目を落とした。
「自分に合う形と、周りから見られる形が、同じとは限らないので」
その言い方には、剣だけじゃないものが混じっていた。こいつはいつもそうだ。全部は言わない。だが、言葉の端だけで十分伝わる。
ランスロットはその返事を、真正面から受け取った。
「……そっか。あなたも、そういうの知ってるんだ」
「たくさんではないです。でも、少しなら」
「少しでそこまで見抜かれるの、こっちは結構つらいんだけど」
「すみません」
「だから、謝らなくていいって」
ランスロットは肩を落として、それからもう一度、俺を見た。
「でもさ」
「なんだ」
「二刀流が合うって言っても、そんなの家が聞くわけないでしょ」
「聞かせる必要あるのか?」
即答すると、さすがにランスロットが黙った。
「……は?」
「家がどう言うかは後だ。まず、お前自身が自分の剣をどう見てるかだろ」
「それは、そうだけど」
「それに、お前の先祖だって剣一本だけの人間じゃねえ」
そこでランスロットの表情が変わった。
絶花も視線をこちらへ寄せる。
「どういう意味ですか」
「どうもこうも、その手の英雄譚ってのは、だいたい後からきれいに削られてる。剣の名ばかりが残るが、実際の戦場でそんなもん一本握って立ってるだけで済むわけがない」
俺は砂浜を軽く蹴る。
「剣を使う。槍も使う。馬上槍も、盾も、拾った武器も使う。戦えるなら何でも使う。騎士ってのは、そういう連中だ。戦場の道具を全部、自分の手足にしてたはずだ」
ランスロットは真顔で聞いている。
俺は続けた。
「だったら、二刀流が変って理屈にはならねえ。むしろ自然だ。一本で足りないなら二本持つ。それで噛み合うなら、その方がよっぽど英雄のやり口だろ」
「……」
「名門様が“型にないから駄目です”って止めてる方が、よほど伝説の切り売りだ」
少し強めに言う。
ここは濁さない方がいい。
ランスロットはすぐには返さなかった。
海風だけが通る。波が寄せる。
やがて、彼女はぽつりと零した。
「昔、読んだことがある」
「何を」
「家の古い記録」
その声は、さっきまでよりも低かった。だが暗くはない。もっと深いところから掘り返してきた音だ。
「子どもの頃、武勇伝はたくさん聞かされた。アロンダイトの話も、決闘の話も、名誉の話も。けど、それだけじゃなかった」
ランスロットの目が、少し遠くを見る。
「馬上で槍を折ったとか。敵の武器を奪ったとか。折れた剣のまま殴り込んだとか。綺麗な話ばかりじゃなくて、ずいぶん滅茶苦茶な話もいっぱいあった」
「そりゃそうだ」
「なのに、継ぐ時になると、残るのは“この剣をこう使え”だけなんだよね」
そこで、ふっと笑う。
今までの不敵な笑みとも、強がりの笑みとも違う。もっと素直に可笑しがっている顔だった。
「変だな」
「ありがちだ。伝説なんて、都合のいいところだけ残される」
「夢がないね」
「夢で勝てるなら、誰も鍛えねえよ」
「そういうこと、ほんと平気で言う」
「事実だからな」
「そこ、もう少し曖昧にしてくれてもよくない?」
「曖昧にすると余計こじれる」
ランスロットは数秒だけ俺を見つめてから、吹き出した。
「だめだ。やっぱり面白い」
「急に笑うな」
「だって、そんな角度から来ると思わないじゃない」
「来ない方がよかったか?」
「まさか。むしろ逆」
彼女はアロンダイトの鞘を軽く叩く。
「名門の剣だから一本であるべき、みたいな話に飽きてたところだった」
「そりゃ重畳」
「その返し、ちょっと古くない?」
「そうかもな」
絶花が小さく口元を緩める。
「……少し、楽しそうです」
「楽しいよ」
ランスロットはあっさり言った。
「負けたのに?」
「負けたから、かな」
そう言ってから、彼女は絶花を見た。
「あなたには負けた。そこは変わらない。でも、負けた相手がちゃんと見てくれてて、その隣にいる人間が変な方向から風穴を開けてくるなら、今日は悪くない」
「変な方向、ですか」
「うん。かなり」
「おい」
「褒めてる」
「安い褒め方だな」
「そんなことないよ」
ランスロットは笑みを浮かべたまま、俺に向き直る。
「人の剣を、名前より先に動きで見る」
一拍。
「そういう人、私は好き」
「軽いな」
「軽く言ってない」
今度の声は、少しだけ真面目だった。
「私の家も、周りも、剣を見る時に先に名前を見る。ランスロットだから、アロンダイトだから、そういう順番で見られる。でも、あなたは違った」
「使いづらそうだから、そう言っただけだ」
「その“だけ”ができる人、案外いないんだよ」
絶花がそっと呟く。
「……気に入られてますね」
「だろうな」
俺が平然と返すと、ランスロットは目を丸くした。
「否定しないんだ」
「分かりやすいからな」
「自信あるね」
「観察の結果だ」
「そういうところも含めて」
ランスロットは少しだけ顎を上げる。
「気に入った」
「そうかよ」
「反応薄いなあ」
「いちいち赤くなる趣味はねえ」
「誰もそこまでは求めてない」
「なら十分だろ」
ランスロットは声を立てて笑った。
浜の空気が少しだけ軽くなる。
絶花はそのやり取りを見て、小さく首を傾げた。
「……でも、また来ますよね」
「もちろん」
ランスロットは即答した。
「こんなところで終わる気はないし、まだ試したいことがある」
「二刀流ですか」
「それもある」
ランスロットは絶花へ、それから俺へ順に目を向ける。
「あと、あなたたちのことももう少し知りたい」
「面倒な言い方だな」
「面倒な相手に面倒って言われた」
「事実確認だ」
「あなた、ほんとにぶれないね」
「ぶれる理由がない」
そこでランスロットは、少しだけ目を細めた。
「いいな、それ」
「何が」
「そういう返し。自分の立ち位置がちゃんとある感じ」
そう言ってから、少し考えるように言葉を選ぶ。
「私、強い相手は好きだけど、それだけじゃ足りないんだよね。自分の足で立ってる感じがする相手じゃないと、斬ってても面白くない」
「厄介な趣味してるな」
「剣の人間なんて大体そうでしょ」
「否定はしねえ」
すると絶花が、珍しく少しだけ前へ出るような口調で言った。
「……次は、私も負けません」
ランスロットが瞬く。
「え?」
「いえ、その」
絶花は少しだけ詰まったが、言い直した。
「勝ったのは今回です。でも、次も同じとは思っていません。だから……次も、ちゃんとやります」
ランスロットの笑みが深くなった。
「うん」
短く、嬉しそうに。
「やっぱりあなた、いいね」
「その言い方、本当に困るんですけど」
「慣れて」
「たぶん無理です」
「即答だ」
「そこは迷わなくていいと思います」
少しだけいつもの絶花に戻った声だった。
それを聞いて、俺はようやく息を抜く。
悪くない。
ランスロットは最後にアロンダイトを軽く持ち上げた。
「じゃあ今日は帰る」
「賢明だ」
「でも、また来るよ」
「だろうな」
「次はもう少し、面白い形で」
「それ、宣告か?」
「予告」
「なお悪い」
「そうかな」
「そうだよ」
俺が言うと、ランスロットは楽しそうに笑った。
「その時は、今よりもう少し真面目に口説く」
「剣でか?」
「それもあるし、言葉でも」
「やめてください」
絶花がすかさず挟む。
「ややこしくなります」
「もう十分ややこしいでしょ」
「だからです」
「それはそうか」
ランスロットは納得したように頷き、それから一歩下がった。
夕方の最後の光が、鞘の金具を一瞬だけ照らす。
「じゃあね、宮本絶花」
「……はい」
「それから」
今度は俺を見る。
「唯我太郎」
名前を呼ばれたので、少しだけ眉を上げる。
「なんだ」
「今日は、ありがとう」
「礼を言われる筋合いか?」
「あるよ。たぶん、思ってるより」
そこでランスロットは、さっきとは違う笑みを浮かべた。
挑発でも、不敵でもない。少しだけ柔らかい。
「私、自分の剣に“それでもいい”って言われたの、初めてだったから」
それは、思ったより真っすぐな言葉だった。
だからこそ、軽く返す。
「勘違いするな。“それでも”じゃない。“そっちの方が合う”だ」
ランスロットは一瞬、目を丸くして。
それから、こらえきれないみたいに笑った。
「ほんと、最後までそう来るんだ」
「中途半端が嫌いなんでな」
「うん」
彼女は頷く。
「ますます気に入った」
そうして今度こそ、ランスロットは踵を返した。
波打ち際の方へではなく、村を外れて続く暗い道へ向かう。背中は細いが、さっきより軽い。鬱屈が消えたわけじゃない。ただ、呼吸がしやすくなったように見える。
見送っていると、絶花がぽつりと呟いた。
「……嬉しかったんだと思います」
「ああ」
「太郎さんの言葉」
「だろうな」
「かなり」
「だろうな」
絶花はそれを聞いて、少しだけ頬を緩めた。
「平然としてますね」
「今さら慌てる理由がない」
「そういうところです」
「何が」
「気に入られるところです」
こいつまでそんなことを言う。
俺は肩を竦めた。
「安いな」
「安くないです」
絶花はすぐに否定した。
「太郎さんは、見るところが違います。だから、たぶん……刺さる人には、すごく刺さるんです」
「便利な言い方だな」
「事実です」
少し前にも似た返しを聞いた気がする。
浜を離れる。村の灯りが近づく。波音は背中の方へ遠ざかっていった。
ランスロット。
名前も剣も重い。家も面倒だ。だが、それ以上に、あいつ自身の身体がまだ答えを持ってる。
そういうやつは嫌いじゃない。
むしろ、王の側から見れば一番面白い。
「……また来ますね」
絶花がもう一度言う。
「ああ」
「今度はもっと、難しくなると思います」
「それでいい」
俺は村の明かりへ向かって歩く。
「簡単に収まるようなら、最初から面白くねえ」
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア