サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
ランスロットが去りかけた、その時だった。
村の方じゃない。もっと低い、腹に響く音が海から来た。樽でも転がしたような鈍い音のあとで、誰かの怒鳴り声が続く。
「おい、網が――!」
「下がれ、下がれ!」
絶花の顔つきが変わる。
「海です」
「見りゃ分かる」
言いながら、もう走っていた。
浜を回り込んだ先、小さな舟を上げてある入り江の辺りで、村の男たちが騒いでいる。夕暮れの海は、さっきまでよりずっと黒かった。波が立ってるわけじゃない。海面の一部だけが、底から濁りを押し上げるみたいに膨れている。
面倒だな。
地元の海で、地元の漁師が本気で怯える揺れ方じゃない。
「綻んでます」
絶花が走りながら言う。
「海の下に、変な線が二つ」
「二つか。分かれてやがるな」
「近いです。ひとつは網の下、もうひとつは岩場の方です」
後ろから砂を蹴る音が追ってきた。
ランスロットだ。
帰ると言ったくせに、迷いなくついてくる。
「面倒なタイミングだね」
「帰るんじゃなかったのか」
「帰ろうと思ったよ。でも、あれ見て見捨てると寝覚めが悪い」
「結構。なら働け」
言ってやると、ランスロットは口元を吊り上げた。
「命令口調なんだ」
「今は時間がねえ」
入り江へ着く。
漁師たちが引いている網の一部が、海へ逆に引かれていた。網に引っかかってるんじゃない。下から何かが掴んでいる。しかも岩場の方では、砕けた泡の奥で黒いものが身を起こしていた。獣に見えて、獣じゃない。魚の骨みたいな線と、人の腕みたいなものが半端に混ざっている。
嫌な混ざり方だ。
「太郎さん、岩場の方に子どもがいます」
絶花が鋭く言う。
見れば、漁具小屋の陰から動けなくなってるガキが二人。近くに母親らしい女がいるが、あの濁りに足を取られて進めていない。
「俺が右を切る。絶花、左の線を拾え。ランスロット――」
言いかけたところで、あいつはもうアロンダイトを抜いていた。
「分かってる。人を退かせばいいんでしょ」
「話が早くて助かる」
「褒め言葉として受け取る」
ランスロットが踏み込む。
速い。
浜でやり合った時と同じだ。いや、それ以上か。対人じゃない分だけ、ためらいがない。漁師たちと子どもの間へ滑り込み、黒い腕みたいなものを一閃で払う。
だが、やっぱり見える。
強い。文句なく強い。なのに、一本の剣が一拍だけ足りていない。
その間を、海の方が見逃してくれるほど甘くはない。
「くっ……!」
払った直後、別角度から濁りが這い上がる。ランスロットは身を捻って避けるが、空いた左側へもう一つ来る。左手が無意識に空を掴みかけていた。
そこにあるはずのものを探す手だ。
やっぱりそうか。
俺は斬月を抜き、網の下へ踏み込む。重い。潮と泥と、別の何かが絡んだ感触がある。見えている黒い塊じゃない。そのもっと下だ。海底に細い線が引っかかっている。
「絶花!」
「下です。そこじゃなくて、もう少し右!」
絶花の声が飛ぶ。
斬月の角度を半歩ずらす。振る。潮を割るんじゃない。網に噛んでる薄い筋だけを断つ。
濁りが一つ崩れた。
だが、すぐ横で岩場の方の気配が膨らむ。
「太郎さん、もう一つが来ます!」
絶花が二本の刀を抜き、浜を蹴る。右手の天聖で流れをいなし、左手の刃で岩の根元に噛んでいた薄い影を断つ。が、浅い。相手も分かっていて、引くより先に別の濁りが立ち上がる。
面倒が二つ同時に来る。
しかも人が近い。
最悪だが、まあ、よくある。
「子どもを下げろ!」
俺が怒鳴ると、ランスロットがすぐに動いた。アロンダイトで黒い腕を受け止め、そのまま外へ払う。左の母親へ顎をしゃくる。
「今! 走って!」
声の通し方がいい。育ちが出る。
女が子どもを抱えて走り、漁師たちもようやく引く。だが、入れ替わるように海の濁りが膨れた。人が離れたから、遠慮がなくなった形だ。
黒いものが三つに分かれる。
いや、違う。もともと二本だった線が、途中で捻れて見えていただけだ。
「絶花、核は」
「二つです。でも絡んでます!」
「上等」
ランスロットが舌打ちする。
「厄介だね、ほんとに!」
「泣き言言う暇があるなら斬れ」
「言いながら斬ってる!」
事実だった。
アロンダイトの軌道は鋭い。重いのに鈍くない。押し込みも強い。あの一本でここまでやれるのは、やっぱり相当だ。
だが、一本だからこそ手が塞がる。
右を切れば左が残る。払えば次が遅れる。もともと二刀で噛み合う身体に、一本だけ持たせて押し込んでるせいだ。
絶花もそれを見ている。
「……ランスロットさん!」
「何!」
「そこ、左が空きます!」
「分かってる!」
「分かってても埋まってないです!」
言いながら絶花が踏み込む。二刀で濁りの交差を裂き、ランスロットの左へ回った影を弾く。
ランスロットは一瞬だけ目を見開いた。
助けられたことにじゃない。自分の空きを、他人にきっちり言い当てられたことにだ。
そこへ、海の下からまた引き上げられるような黒が来る。
今度はでかい。
網ごと、岩場ごと、浜の一部を飲み込むつもりで膨らんでいた。
「太郎さん!」
「見えてる」
斬月を構える。
切れる。だが、雑にやれば浜ごと持っていく。村の海辺を半分ひっくり返す気はない。
なら、切るべき場所だけを切る。
絶花の呼吸が短くなる。
「二つ、重なります!」
「ほどけるか」
「少しだけなら!」
「ならやれ」
絶花が頷き、二刀を翻す。天聖が上の流れを引き、左の刃が下の筋を押しずらす。無茶だが、やれるのはあいつしかいない。
濁りが半歩だけ開く。
だが、それでも足りない。
「っ、まだ……!」
その一瞬、ランスロットが前へ出た。
漁師たちの前。絶花の横。俺の斬月が届く線の、さらに先。
アロンダイトを振るう。
濁りの上半分を抑え、こちらに切る筋を作るつもりだ。発想は悪くない。むしろ正しい。だが、一本では受け切れない。
案の定、上を押さえた直後、下の黒が彼女の足元へ回る。
左手が動いた。
空いたままの左手が、そこにあるはずの剣を握るみたいに、ぴくりと。
遅い。だが、遅いのは腕じゃない。武器が足りないだけだ。
だったら、答えはひとつだ。
「ランスロット!」
俺が呼ぶと、あいつは歯を食いしばったまま、こっちへ目だけ寄越した。
「今、話しかける!?」
「お前、俺の側に来い」
一瞬、海鳴りまで止まった気がした。
絶花が目を見開く。ランスロットも同じだった。だが次の瞬間には、あいつの口元が引き上がる。
「最悪のタイミングで、すごいこと言うね!」
「百億点のタイミングだ。お前の剣は一本で腐らせるには惜しい」
濁りを受けながら、俺は続ける。
「うちの騎士になれ。役割ごと噛み合わせてやる」
「家臣になれって?」
「言葉を飾る気はねえ。そういうことだ」
ランスロットの目が揺れる。
困惑じゃない。熱だ。
ずっと欲しかった言葉を、欲しかった形で投げつけられた時の目だ。
「私の剣を……一本で終わらせないってこと?」
「終わらせる気があるなら、最初から誘ってねえよ」
「あなた、本当に」
ランスロットが笑う。
押しつけられた型の中でずっと燻ってたものが、そこで一気に火を吹いたみたいな笑い方だった。
「最低なくらい、まっすぐだ」
「褒め言葉だな」
「ええ、そう。すごくね」
濁りがまた押し込んでくる。アロンダイトが軋む。普通ならここで、家だの名だの、迷う時間があるんだろう。
だが、ランスロットはそこで迷わなかった。
笑ったまま、はっきり言う。
「いいよ」
一拍。
「私が自分で選ぶ。あなたの家臣になる」
絶花が小さく息を呑んだ。
俺は口元だけで笑う。
「結構。なら受け取れ」
王国の駒を取り出す。
光る駒は小さい。だが、重みはいつも同じだ。戦力じゃない。関係の決定そのものだ。
俺はそれを投げない。掌の上で見せる。
「来い、ランスロット。俺の国へ」
ランスロットは一瞬だけアロンダイトを引き、濁りを絶花に預けた。二歩で間合いを詰める。近い。目が合う。
その目に、もう迷いはない。
「あなたの国なら、私の剣を間違えない?」
「間違えさせない。お前が騎士ならなおさらだ」
「なら――」
ランスロットが、自分から手を伸ばした。
「受け取る」
駒が、彼女の掌へ沈む。
次の瞬間、空気が変わった。
王国の駒の光が、手から腕へ、胸へ、そしてアロンダイトへ走る。海の黒とは違う。濁っていない、真っ直ぐな光だ。
ランスロットが目を見開く。
「これは……!」
アロンダイトが鳴くみたいに震えた。
剣身を這った光が一気に広がる。一本の剣を包み込み、その輪郭そのものをほどいていく。斬魄刀が元の剣に纏わりつく。光は刃を呑み込み、形を変え始めた。
ランスロットの左手が、今度は空を掴まない。
光そのものが、そこへ流れ込む。
絶花が見上げる。
「……もう一本」
そうだ。
それがこいつの形だ。
ランスロットの唇が、自然に言葉を結ぶ。
「変われ、双頭の無窮剣――!」
光が弾けた。
一本だったアロンダイトは、二振りの西洋剣へ分かれていた。両刃。均整が取れている。だが同じではない。右が主なら、左はその影じゃない。最初から両方で一つだったみたいに、ぴたりと噛み合っている。
ランスロットが息を呑む。
右手に一振り。左手にも一振り。
その瞬間の立ち方で分かった。
さっきまでの全部が、ようやくそこへ収まった。肩も腰も、踏みしめた足も、空いていた左側も、最初からこれを待っていたみたいに自然だ。
濁りが、遅れて襲いかかってくる。
だが、もう遅い。
ランスロットが笑った。
不敵で、真っ直ぐで、どうしようもなく楽しそうな笑みだった。
「――なるほど」
海風が二振りの刃を撫でる。
「こっちか」
夕闇の浜で、ランスロットは二つの剣を構えた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア