※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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最強の剣士達

 ランスロットが去りかけた、その時だった。

 

 村の方じゃない。もっと低い、腹に響く音が海から来た。樽でも転がしたような鈍い音のあとで、誰かの怒鳴り声が続く。

 

「おい、網が――!」

 

「下がれ、下がれ!」

 

 絶花の顔つきが変わる。

 

「海です」

 

「見りゃ分かる」

 

 言いながら、もう走っていた。

 

 浜を回り込んだ先、小さな舟を上げてある入り江の辺りで、村の男たちが騒いでいる。夕暮れの海は、さっきまでよりずっと黒かった。波が立ってるわけじゃない。海面の一部だけが、底から濁りを押し上げるみたいに膨れている。

 

 面倒だな。

 

 地元の海で、地元の漁師が本気で怯える揺れ方じゃない。

 

「綻んでます」

 

 絶花が走りながら言う。

 

「海の下に、変な線が二つ」

 

「二つか。分かれてやがるな」

 

「近いです。ひとつは網の下、もうひとつは岩場の方です」

 

 後ろから砂を蹴る音が追ってきた。

 

 ランスロットだ。

 

 帰ると言ったくせに、迷いなくついてくる。

 

「面倒なタイミングだね」

 

「帰るんじゃなかったのか」

 

「帰ろうと思ったよ。でも、あれ見て見捨てると寝覚めが悪い」

 

「結構。なら働け」

 

 言ってやると、ランスロットは口元を吊り上げた。

 

「命令口調なんだ」

 

「今は時間がねえ」

 

 入り江へ着く。

 

 漁師たちが引いている網の一部が、海へ逆に引かれていた。網に引っかかってるんじゃない。下から何かが掴んでいる。しかも岩場の方では、砕けた泡の奥で黒いものが身を起こしていた。獣に見えて、獣じゃない。魚の骨みたいな線と、人の腕みたいなものが半端に混ざっている。

 

 嫌な混ざり方だ。

 

「太郎さん、岩場の方に子どもがいます」

 

 絶花が鋭く言う。

 

 見れば、漁具小屋の陰から動けなくなってるガキが二人。近くに母親らしい女がいるが、あの濁りに足を取られて進めていない。

 

「俺が右を切る。絶花、左の線を拾え。ランスロット――」

 

 言いかけたところで、あいつはもうアロンダイトを抜いていた。

 

「分かってる。人を退かせばいいんでしょ」

 

「話が早くて助かる」

 

「褒め言葉として受け取る」

 

 ランスロットが踏み込む。

 

 速い。

 

 浜でやり合った時と同じだ。いや、それ以上か。対人じゃない分だけ、ためらいがない。漁師たちと子どもの間へ滑り込み、黒い腕みたいなものを一閃で払う。

 

 だが、やっぱり見える。

 

 強い。文句なく強い。なのに、一本の剣が一拍だけ足りていない。

 

 その間を、海の方が見逃してくれるほど甘くはない。

 

「くっ……!」

 

 払った直後、別角度から濁りが這い上がる。ランスロットは身を捻って避けるが、空いた左側へもう一つ来る。左手が無意識に空を掴みかけていた。

 

 そこにあるはずのものを探す手だ。

 

 やっぱりそうか。

 

 俺は斬月を抜き、網の下へ踏み込む。重い。潮と泥と、別の何かが絡んだ感触がある。見えている黒い塊じゃない。そのもっと下だ。海底に細い線が引っかかっている。

 

「絶花!」

 

「下です。そこじゃなくて、もう少し右!」

 

 絶花の声が飛ぶ。

 

 斬月の角度を半歩ずらす。振る。潮を割るんじゃない。網に噛んでる薄い筋だけを断つ。

 

 濁りが一つ崩れた。

 

 だが、すぐ横で岩場の方の気配が膨らむ。

 

「太郎さん、もう一つが来ます!」

 

 絶花が二本の刀を抜き、浜を蹴る。右手の天聖で流れをいなし、左手の刃で岩の根元に噛んでいた薄い影を断つ。が、浅い。相手も分かっていて、引くより先に別の濁りが立ち上がる。

 

 面倒が二つ同時に来る。

 

 しかも人が近い。

 

 最悪だが、まあ、よくある。

 

「子どもを下げろ!」

 

 俺が怒鳴ると、ランスロットがすぐに動いた。アロンダイトで黒い腕を受け止め、そのまま外へ払う。左の母親へ顎をしゃくる。

 

「今! 走って!」

 

 声の通し方がいい。育ちが出る。

 

 女が子どもを抱えて走り、漁師たちもようやく引く。だが、入れ替わるように海の濁りが膨れた。人が離れたから、遠慮がなくなった形だ。

 

 黒いものが三つに分かれる。

 

 いや、違う。もともと二本だった線が、途中で捻れて見えていただけだ。

 

「絶花、核は」

 

「二つです。でも絡んでます!」

 

「上等」

 

 ランスロットが舌打ちする。

 

「厄介だね、ほんとに!」

 

「泣き言言う暇があるなら斬れ」

 

「言いながら斬ってる!」

 

 事実だった。

 

 アロンダイトの軌道は鋭い。重いのに鈍くない。押し込みも強い。あの一本でここまでやれるのは、やっぱり相当だ。

 

 だが、一本だからこそ手が塞がる。

 

 右を切れば左が残る。払えば次が遅れる。もともと二刀で噛み合う身体に、一本だけ持たせて押し込んでるせいだ。

 

 絶花もそれを見ている。

 

「……ランスロットさん!」

 

「何!」

 

「そこ、左が空きます!」

 

「分かってる!」

 

「分かってても埋まってないです!」

 

 言いながら絶花が踏み込む。二刀で濁りの交差を裂き、ランスロットの左へ回った影を弾く。

 

 ランスロットは一瞬だけ目を見開いた。

 

 助けられたことにじゃない。自分の空きを、他人にきっちり言い当てられたことにだ。

 

 そこへ、海の下からまた引き上げられるような黒が来る。

 

 今度はでかい。

 

 網ごと、岩場ごと、浜の一部を飲み込むつもりで膨らんでいた。

 

「太郎さん!」

 

「見えてる」

 

 斬月を構える。

 

 切れる。だが、雑にやれば浜ごと持っていく。村の海辺を半分ひっくり返す気はない。

 

 なら、切るべき場所だけを切る。

 

 絶花の呼吸が短くなる。

 

「二つ、重なります!」

 

「ほどけるか」

 

「少しだけなら!」

 

「ならやれ」

 

 絶花が頷き、二刀を翻す。天聖が上の流れを引き、左の刃が下の筋を押しずらす。無茶だが、やれるのはあいつしかいない。

 

 濁りが半歩だけ開く。

 

 だが、それでも足りない。

 

「っ、まだ……!」

 

 その一瞬、ランスロットが前へ出た。

 

 漁師たちの前。絶花の横。俺の斬月が届く線の、さらに先。

 

 アロンダイトを振るう。

 

 濁りの上半分を抑え、こちらに切る筋を作るつもりだ。発想は悪くない。むしろ正しい。だが、一本では受け切れない。

 

 案の定、上を押さえた直後、下の黒が彼女の足元へ回る。

 

 左手が動いた。

 

 空いたままの左手が、そこにあるはずの剣を握るみたいに、ぴくりと。

 

 遅い。だが、遅いのは腕じゃない。武器が足りないだけだ。

 

 だったら、答えはひとつだ。

 

「ランスロット!」

 

 俺が呼ぶと、あいつは歯を食いしばったまま、こっちへ目だけ寄越した。

 

「今、話しかける!?」

 

「お前、俺の側に来い」

 

 一瞬、海鳴りまで止まった気がした。

 

 絶花が目を見開く。ランスロットも同じだった。だが次の瞬間には、あいつの口元が引き上がる。

 

「最悪のタイミングで、すごいこと言うね!」

 

「百億点のタイミングだ。お前の剣は一本で腐らせるには惜しい」

 

 濁りを受けながら、俺は続ける。

 

「うちの騎士になれ。役割ごと噛み合わせてやる」

 

「家臣になれって?」

 

「言葉を飾る気はねえ。そういうことだ」

 

 ランスロットの目が揺れる。

 

 困惑じゃない。熱だ。

 

 ずっと欲しかった言葉を、欲しかった形で投げつけられた時の目だ。

 

「私の剣を……一本で終わらせないってこと?」

 

「終わらせる気があるなら、最初から誘ってねえよ」

 

「あなた、本当に」

 

 ランスロットが笑う。

 

 押しつけられた型の中でずっと燻ってたものが、そこで一気に火を吹いたみたいな笑い方だった。

 

「最低なくらい、まっすぐだ」

 

「褒め言葉だな」

 

「ええ、そう。すごくね」

 

 濁りがまた押し込んでくる。アロンダイトが軋む。普通ならここで、家だの名だの、迷う時間があるんだろう。

 

 だが、ランスロットはそこで迷わなかった。

 

 笑ったまま、はっきり言う。

 

「いいよ」

 

 一拍。

 

「私が自分で選ぶ。あなたの家臣になる」

 

 絶花が小さく息を呑んだ。

 

 俺は口元だけで笑う。

 

「結構。なら受け取れ」

 

 王国の駒を取り出す。

 

 光る駒は小さい。だが、重みはいつも同じだ。戦力じゃない。関係の決定そのものだ。

 

 俺はそれを投げない。掌の上で見せる。

 

「来い、ランスロット。俺の国へ」

 

 ランスロットは一瞬だけアロンダイトを引き、濁りを絶花に預けた。二歩で間合いを詰める。近い。目が合う。

 

 その目に、もう迷いはない。

 

「あなたの国なら、私の剣を間違えない?」

 

「間違えさせない。お前が騎士ならなおさらだ」

 

「なら――」

 

 ランスロットが、自分から手を伸ばした。

 

「受け取る」

 

 駒が、彼女の掌へ沈む。

 

 次の瞬間、空気が変わった。

 

 王国の駒の光が、手から腕へ、胸へ、そしてアロンダイトへ走る。海の黒とは違う。濁っていない、真っ直ぐな光だ。

 

 ランスロットが目を見開く。

 

「これは……!」

 

 アロンダイトが鳴くみたいに震えた。

 

 剣身を這った光が一気に広がる。一本の剣を包み込み、その輪郭そのものをほどいていく。斬魄刀が元の剣に纏わりつく。光は刃を呑み込み、形を変え始めた。

 

 ランスロットの左手が、今度は空を掴まない。

 

 光そのものが、そこへ流れ込む。

 

 絶花が見上げる。

 

「……もう一本」

 

 そうだ。

 

 それがこいつの形だ。

 

 ランスロットの唇が、自然に言葉を結ぶ。

 

「変われ、双頭の無窮剣――!」

 

 光が弾けた。

 

 一本だったアロンダイトは、二振りの西洋剣へ分かれていた。両刃。均整が取れている。だが同じではない。右が主なら、左はその影じゃない。最初から両方で一つだったみたいに、ぴたりと噛み合っている。

 

 ランスロットが息を呑む。

 

 右手に一振り。左手にも一振り。

 

 その瞬間の立ち方で分かった。

 

 さっきまでの全部が、ようやくそこへ収まった。肩も腰も、踏みしめた足も、空いていた左側も、最初からこれを待っていたみたいに自然だ。

 

 濁りが、遅れて襲いかかってくる。

 

 だが、もう遅い。

 

 ランスロットが笑った。

 

 不敵で、真っ直ぐで、どうしようもなく楽しそうな笑みだった。

 

「――なるほど」

 

 海風が二振りの刃を撫でる。

 

「こっちか」

 

 夕闇の浜で、ランスロットは二つの剣を構えた。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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