サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
左手に剣がある。
それだけで、ランスロットの立ち方が変わった。
いや、変わったんじゃない。最初からこうであるべきだった形に、ようやく戻ったって方が近い。肩の残り方が違う。腰の開きが自然だ。踏み込みの前に、身体のどこにも引っかかりがない。
海の濁りが押し寄せる。
だが、もう遅い。
「絶花、上を固定しろ」
「はい」
絶花が二刀を返す。右の天聖で上の流れを引き、左で下の筋を押さえる。さっきまで絡み合っていた二本の綻びが、わずかに開いた。
「ランスロット、右を裂け」
「言われなくても」
笑いながら、あいつは踏み込んだ。
速い。
浜で見た時よりも、明らかに速い。いや、速さだけじゃない。動きに迷いがない。右の剣が濁りの上を裂き、左の剣がその下へ噛み込む。一本の時には必ず残っていた空きが、もうどこにも見当たらなかった。
黒い腕みたいなものが二つ、同時に伸びる。
ランスロットは右で受け、左で断つ。
受けると断つが、同じ呼吸の中に収まっていた。
「……なるほどね」
海鳴りの中で、ランスロットが低く笑う。
「これなら、遅れない」
それが聞こえた時点で十分だった。
「太郎さん!」
絶花の声が飛ぶ。
「核、今です!」
「見えてる」
斬月を振るう。
濁りそのものじゃない。二人が開いた隙間の奥、海底に噛んでいた薄い線だけを断つ。刃が通った瞬間、重たく絡んでいた圧がほどけた。
濁りが沈む。
黒いものは波に溶けるみたいに崩れ、網も岩場も、本来の形へ戻っていく。濡れた砂に残るのは、塩の匂いと、遅れて戻ってきた普通の波音だけだった。
しばらく誰も動かなかった。
漁師たちが恐る恐る海を見て、子どもを抱えた女がその場へ崩れ落ちる。誰かが「助かった」と言った。別の誰かが、ようやく息をついた。
その声を背に、ランスロットは二振りの剣を見下ろしていた。
右手に一振り。
左手にも、一振り。
光はもう落ち着いている。それでも剣身にはまだ薄い輝きが残っていて、海辺の湿った空気の中で、そこだけ輪郭が鮮やかだった。
「……変な感じ」
ぽつりと漏らす。
絶花が、少しだけ肩の力を抜いて言った。
「嫌、ではなさそうです」
「嫌なわけないでしょ」
ランスロットは顔を上げる。目が笑っていた。強がりじゃない、素直な熱だ。
「左手が空いてないんだよ。次の一手を考える前に、もうそこにある。こんなの、初めてだ」
「今の方が自然です」
絶花は短く言う。
「さっきまでの引っかかり、消えてます」
ランスロットが少しだけ目を細めた。
「あなたにそれを言われると、ほんとにそうなんだなって思う」
「本当です」
「うん。そう見える」
俺は斬月を背へ戻し、濡れた砂を踏んで二人の方へ行く。
「感動のところ悪いが、浮かれるのは後だ」
ランスロットが剣を持ったまま俺を見る。
「相変わらずね、あなた」
「今ようやく噛み合っただけだ。完成したわけじゃない」
「分かってるよ」
「なら話は早い」
村人たちに声をかけ、怪我人の確認だけ済ませる。大きな被害はない。網は何枚か駄目になったが、人が死ななかったなら安いもんだ。
浜の少し外れ、引き上げられた舟の影へ移る。灯りは村の方から漏れてくるだけだ。海風が冷たい。だが、戦いの熱がまだ残っているせいで、むしろちょうどよかった。
ランスロットはそこでも剣を納めなかった。
納められない、の方が近いかもしれない。手放した瞬間、夢に戻るんじゃないかと疑ってる顔だ。
「本当に、私の剣になってる」
呟きは小さい。だが、誰に向けるでもない分だけ、本音だった。
「お前のだ」
俺が言うと、ランスロットは顔を上げた。
「そう言い切るんだ」
「言い切る。じゃなきゃ駒を渡してねえ」
ランスロットの視線が、自分の胸元へ落ちる。そこに王国の駒の気配がまだ残っているのが、本人にも分かるんだろう。
「……勢いで受け取ったわけじゃないよ」
「だろうな」
「いや、勢いもあったけど」
「そりゃあの状況で冷静に一晩考えます、って言われても困る」
そう返すと、ランスロットは吹き出した。
「ほんとに容赦ない」
「容赦が必要な話か?」
「いらない、たぶん」
ランスロットは片方の剣を軽く振った。空気を裂く音が細い。軽いんじゃない。身体が正しく使えてるから、余計な重さがない。
「……すごいな」
その言い方は、自分に向けた驚きでもあった。
「振る前に、次がもう見えてる。見えてるっていうか、最初から並んでる感じ」
「今までが遅すぎたんです」
絶花が言う。
「遅い、というより……置いてきてた感じでした」
ランスロットが苦笑する。
「そこまで言う?」
「今の方が綺麗です」
絶花は少しだけ言い直した。
「前は、強いのに苦しそうでした」
ランスロットはしばらく黙ってから、ふっと笑う。
「あなた、本当に遠慮がない」
「すみません」
「褒めてる」
そのやり取りを横で聞きながら、俺は話を切る。
「ランスロット」
「ん?」
「お前はもう一人で好きに剣を振るうだけの人間じゃない」
笑いが収まる。
ランスロットの表情が、少しだけ真面目になる。
「それ、家臣になったってことの確認?」
「そうだ。うちは互助会じゃねえ。王国だ。駒を受け取った以上、お前には役割がある」
「役割」
「騎士だ」
その一言を、はっきり置く。
「速く、鋭く、戦場の一点を貫く。前へ出るだけじゃない。王の切り込みとして、必要な場所を抉る」
ランスロットは黙って聞いている。
だから続ける。
「二刀になったから自由です、好きに暴れます、で済ませる気なら今ここで切る。だが、お前はそういう手合いじゃねえ」
「……買ってるね」
「使える形が見えてるだけだ」
「それ、だいぶ王様っぽい言い方」
「今さらだろ」
ランスロットは笑ったが、その笑いはすぐ収まった。
手の中の二振りを見る。
家の名。継ぐ剣。先祖の伝説。そういう面倒が、全部その視線の中にあるのが分かった。
「家は、たぶん認めない」
ぽつりと出た言葉は、夜の海より静かだった。
「アロンダイトは一振りであるべきだとか、ランスロットの名に相応しい型で立てとか、そういうの、絶対言う」
「だろうな」
俺は否定しない。
「それで、お前はどうする」
ランスロットが顔を上げる。
「……簡単に聞くね」
「簡単な話だからだ。家がどう言うかは後だ。お前がこの剣をどう見るかが先だろ」
「太郎さん」
絶花が小さく口を挟む。
「たぶんですけど」
「なんだ」
「ランスロットさん、もう決めてると思います」
ランスロットが絶花を見る。
絶花は少し迷いながらも、続けた。
「さっきの返事、勢いだけじゃなかったです。……たぶん、前から欲しかったんだと思います。そういう剣を」
ランスロットは何も言わない。
だが、その沈黙は否定じゃなかった。
「欲しかったよ」
やがて、そう言う。
「ずっと。片手に一本じゃ足りないって、自分の体が先に知ってた。なのに、家では駄目だって言われる。名を継ぐなら型を継げって言われる。だったら、私の方がおかしいのかって、何度も思った」
そこまで言って、彼女は二振りの剣を持ち直す。
「でも、違った」
一歩、踏む。
軽い。さっきの戦いの延長じゃない。確かめるための一歩だ。
右を振る。左を返す。交差、解き、もう一度交差。全部が自然で、どこにも無理がない。
「……違ったんだ」
ランスロットの声が、今度は少し笑う。
「私の方じゃなくて、押し込めてた方が」
「そういうことだ」
俺が言うと、彼女はまっすぐこっちを見る。
「じゃあ、確認させて」
「何を」
「私、さっき“家臣になる”って言った」
「言ったな」
「今のは取り消さない。勢いで言ったつもりも、もうない」
一拍。
「改めて言う」
夜の浜で、二振りの剣を持ったまま、ランスロットは背を伸ばした。
さっきまでの剣士の顔じゃない。もう少し、立場を選んだ顔だ。
「唯我太郎」
名前を呼ばれる。
だから、俺も真っ直ぐ見る。
「私はあなたの騎士になる」
絶花が静かに息を呑んだ。
ランスロットはそのまま続ける。
「押しつけられた型じゃなく、私の剣で。あなたの王国の中で、その剣がどう生きるか見てみたい」
「見てみたい、で済ませるには重いぞ」
「分かってる」
即答だった。
「それでも選ぶ。家がどう言おうが、先祖の名がどうあろうが、今この剣を手放す気はない」
悪くない。
いや、かなりいい。
「結構」
俺はそれだけ返す。
「なら、お前はうちの騎士だ」
ランスロットの目が細くなる。
「軽いね」
「重くしたいのか」
「そういう意味じゃない」
「なら十分だ。要点だけで足りる」
絶花が、少しだけほっとした顔で言う。
「……よろしくお願いします」
ランスロットはそちらを見て、ふっと笑った。
「こっちこそ。次からは敵じゃなくて、同じ側だね」
「はい。……でも、また手合わせはしてください」
「もちろん」
ランスロットの返事には、もう迷いがなかった。
「今度はもっと噛み合った状態でやる。そしたら、さっきより面白い」
「そうですね」
絶花は小さく頷く。
「今なら、ちゃんと競えます」
その言い方が、ランスロットには嬉しかったらしい。
少しだけ照れたように、けれど誇らしげに二振りの剣を見た。
「家の方は」
俺が言うと、ランスロットは肩を竦めた。
「面倒になるよ。たぶん確実に」
「だろうな」
「アーサーの耳に入ってもおかしくないし、家の年寄りはひっくり返る」
「なおさら結構」
「どうしてそうなるの」
「面白くなる」
「あなた、根本が厄介だよ」
「知ってるなら話が早い」
そう返すと、ランスロットは呆れたように笑った。
「でも」
そこで彼女は、ほんの少しだけ声を落とす。
「たぶん、そういうのも嫌いじゃないんだろうな、私」
「じゃなきゃここまで来てねえよ」
「違いない」
村の方から、人を呼ぶ声がした。網の片付けだの、小屋の確認だの、現実は待ってくれない。
絶花がそちらを見てから、俺へ目を戻す。
「太郎さん。村の方、少し手伝った方がいいです」
「ああ。お前は漁師の足見ろ。捻ってた奴がいた」
「はい」
絶花が先に駆ける。
その背を見送ってから、ランスロットが隣へ来た。さっきより近い。敵としてじゃない距離だ。
「で、家臣になった騎士への最初の命令は?」
「働け」
「雑だなあ」
「十分具体的だろ」
「違いないけど」
ランスロットは笑いながら、二振りを軽く翻した。もう見せびらかしてるようには見えない。身体の一部として馴染ませ始めてる。
「……ほんとに、こっちだったんだ」
その呟きだけは、誰に聞かせるでもなかった。
だが、聞こえたので返す。
「最初からそう言ってる」
「あなた、たまに優しさを全部理屈で包むよね」
「効率がいいからな」
「そういうところも含めて、気に入った」
「安いな」
「安くないよ。騎士の忠誠って、もっと面倒なものだから」
「なら結構」
ランスロットはそこで、ふっと息を吐いた。
海風が二振りの剣を撫でる。右と左。どちらも同じ名を継いでいて、でももう一振りの影じゃない。最初から二つで一つだったみたいに、そこにある。
その姿を一度見て、俺は村の灯りへ向かって歩き出した。
後ろから、砂を蹴る音が二つ続く。
絶花と、ランスロット。
悪くない並びだ。
面倒は増えた。家も、継承も、先祖の名も、これからまとめて噛みついてくるだろう。
だが、それでいい。
面倒ってのは、使いようがあるうちは価値だ。
「太郎」
歩きながら、ランスロットが呼ぶ。
もう“あなた”じゃない。
「なんだ」
「次、ちゃんとその役割、教えてよ」
「騎士のか」
「うん。私がどこまで斬って、どこで止まるべきか」
「その辺は戦場で叩き込む」
「厳しい」
「王国だぞ」
「知ってる。だから来た」
その返事に、少しだけ笑う。
夜の浜を背に、俺たちは村へ戻る。
後ろでは、ランスロットがまだときどき二振りの剣を見ていた。見て、そのたびに小さく笑っている。
ようやく手に入れた、自分の剣を見る顔だった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア