※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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その剣は

 左手に剣がある。

 

 それだけで、ランスロットの立ち方が変わった。

 

 いや、変わったんじゃない。最初からこうであるべきだった形に、ようやく戻ったって方が近い。肩の残り方が違う。腰の開きが自然だ。踏み込みの前に、身体のどこにも引っかかりがない。

 

 海の濁りが押し寄せる。

 

 だが、もう遅い。

 

「絶花、上を固定しろ」

 

「はい」

 

 絶花が二刀を返す。右の天聖で上の流れを引き、左で下の筋を押さえる。さっきまで絡み合っていた二本の綻びが、わずかに開いた。

 

「ランスロット、右を裂け」

 

「言われなくても」

 

 笑いながら、あいつは踏み込んだ。

 

 速い。

 

 浜で見た時よりも、明らかに速い。いや、速さだけじゃない。動きに迷いがない。右の剣が濁りの上を裂き、左の剣がその下へ噛み込む。一本の時には必ず残っていた空きが、もうどこにも見当たらなかった。

 

 黒い腕みたいなものが二つ、同時に伸びる。

 

 ランスロットは右で受け、左で断つ。

 

 受けると断つが、同じ呼吸の中に収まっていた。

 

「……なるほどね」

 

 海鳴りの中で、ランスロットが低く笑う。

 

「これなら、遅れない」

 

 それが聞こえた時点で十分だった。

 

「太郎さん!」

 

 絶花の声が飛ぶ。

 

「核、今です!」

 

「見えてる」

 

 斬月を振るう。

 

 濁りそのものじゃない。二人が開いた隙間の奥、海底に噛んでいた薄い線だけを断つ。刃が通った瞬間、重たく絡んでいた圧がほどけた。

 

 濁りが沈む。

 

 黒いものは波に溶けるみたいに崩れ、網も岩場も、本来の形へ戻っていく。濡れた砂に残るのは、塩の匂いと、遅れて戻ってきた普通の波音だけだった。

 

 しばらく誰も動かなかった。

 

 漁師たちが恐る恐る海を見て、子どもを抱えた女がその場へ崩れ落ちる。誰かが「助かった」と言った。別の誰かが、ようやく息をついた。

 

 その声を背に、ランスロットは二振りの剣を見下ろしていた。

 

 右手に一振り。

 

 左手にも、一振り。

 

 光はもう落ち着いている。それでも剣身にはまだ薄い輝きが残っていて、海辺の湿った空気の中で、そこだけ輪郭が鮮やかだった。

 

「……変な感じ」

 

 ぽつりと漏らす。

 

 絶花が、少しだけ肩の力を抜いて言った。

 

「嫌、ではなさそうです」

 

「嫌なわけないでしょ」

 

 ランスロットは顔を上げる。目が笑っていた。強がりじゃない、素直な熱だ。

 

「左手が空いてないんだよ。次の一手を考える前に、もうそこにある。こんなの、初めてだ」

 

「今の方が自然です」

 

 絶花は短く言う。

 

「さっきまでの引っかかり、消えてます」

 

 ランスロットが少しだけ目を細めた。

 

「あなたにそれを言われると、ほんとにそうなんだなって思う」

 

「本当です」

 

「うん。そう見える」

 

 俺は斬月を背へ戻し、濡れた砂を踏んで二人の方へ行く。

 

「感動のところ悪いが、浮かれるのは後だ」

 

 ランスロットが剣を持ったまま俺を見る。

 

「相変わらずね、あなた」

 

「今ようやく噛み合っただけだ。完成したわけじゃない」

 

「分かってるよ」

 

「なら話は早い」

 

 村人たちに声をかけ、怪我人の確認だけ済ませる。大きな被害はない。網は何枚か駄目になったが、人が死ななかったなら安いもんだ。

 

 浜の少し外れ、引き上げられた舟の影へ移る。灯りは村の方から漏れてくるだけだ。海風が冷たい。だが、戦いの熱がまだ残っているせいで、むしろちょうどよかった。

 

 ランスロットはそこでも剣を納めなかった。

 

 納められない、の方が近いかもしれない。手放した瞬間、夢に戻るんじゃないかと疑ってる顔だ。

 

「本当に、私の剣になってる」

 

 呟きは小さい。だが、誰に向けるでもない分だけ、本音だった。

 

「お前のだ」

 

 俺が言うと、ランスロットは顔を上げた。

 

「そう言い切るんだ」

 

「言い切る。じゃなきゃ駒を渡してねえ」

 

 ランスロットの視線が、自分の胸元へ落ちる。そこに王国の駒の気配がまだ残っているのが、本人にも分かるんだろう。

 

「……勢いで受け取ったわけじゃないよ」

 

「だろうな」

 

「いや、勢いもあったけど」

 

「そりゃあの状況で冷静に一晩考えます、って言われても困る」

 

 そう返すと、ランスロットは吹き出した。

 

「ほんとに容赦ない」

 

「容赦が必要な話か?」

 

「いらない、たぶん」

 

 ランスロットは片方の剣を軽く振った。空気を裂く音が細い。軽いんじゃない。身体が正しく使えてるから、余計な重さがない。

 

「……すごいな」

 

 その言い方は、自分に向けた驚きでもあった。

 

「振る前に、次がもう見えてる。見えてるっていうか、最初から並んでる感じ」

 

「今までが遅すぎたんです」

 

 絶花が言う。

 

「遅い、というより……置いてきてた感じでした」

 

 ランスロットが苦笑する。

 

「そこまで言う?」

 

「今の方が綺麗です」

 

 絶花は少しだけ言い直した。

 

「前は、強いのに苦しそうでした」

 

 ランスロットはしばらく黙ってから、ふっと笑う。

 

「あなた、本当に遠慮がない」

 

「すみません」

 

「褒めてる」

 

 そのやり取りを横で聞きながら、俺は話を切る。

 

「ランスロット」

 

「ん?」

 

「お前はもう一人で好きに剣を振るうだけの人間じゃない」

 

 笑いが収まる。

 

 ランスロットの表情が、少しだけ真面目になる。

 

「それ、家臣になったってことの確認?」

 

「そうだ。うちは互助会じゃねえ。王国だ。駒を受け取った以上、お前には役割がある」

 

「役割」

 

「騎士だ」

 

 その一言を、はっきり置く。

 

「速く、鋭く、戦場の一点を貫く。前へ出るだけじゃない。王の切り込みとして、必要な場所を抉る」

 

 ランスロットは黙って聞いている。

 

 だから続ける。

 

「二刀になったから自由です、好きに暴れます、で済ませる気なら今ここで切る。だが、お前はそういう手合いじゃねえ」

 

「……買ってるね」

 

「使える形が見えてるだけだ」

 

「それ、だいぶ王様っぽい言い方」

 

「今さらだろ」

 

 ランスロットは笑ったが、その笑いはすぐ収まった。

 

 手の中の二振りを見る。

 

 家の名。継ぐ剣。先祖の伝説。そういう面倒が、全部その視線の中にあるのが分かった。

 

「家は、たぶん認めない」

 

 ぽつりと出た言葉は、夜の海より静かだった。

 

「アロンダイトは一振りであるべきだとか、ランスロットの名に相応しい型で立てとか、そういうの、絶対言う」

 

「だろうな」

 

 俺は否定しない。

 

「それで、お前はどうする」

 

 ランスロットが顔を上げる。

 

「……簡単に聞くね」

 

「簡単な話だからだ。家がどう言うかは後だ。お前がこの剣をどう見るかが先だろ」

 

「太郎さん」

 

 絶花が小さく口を挟む。

 

「たぶんですけど」

 

「なんだ」

 

「ランスロットさん、もう決めてると思います」

 

 ランスロットが絶花を見る。

 

 絶花は少し迷いながらも、続けた。

 

「さっきの返事、勢いだけじゃなかったです。……たぶん、前から欲しかったんだと思います。そういう剣を」

 

 ランスロットは何も言わない。

 

 だが、その沈黙は否定じゃなかった。

 

「欲しかったよ」

 

 やがて、そう言う。

 

「ずっと。片手に一本じゃ足りないって、自分の体が先に知ってた。なのに、家では駄目だって言われる。名を継ぐなら型を継げって言われる。だったら、私の方がおかしいのかって、何度も思った」

 

 そこまで言って、彼女は二振りの剣を持ち直す。

 

「でも、違った」

 

 一歩、踏む。

 

 軽い。さっきの戦いの延長じゃない。確かめるための一歩だ。

 

 右を振る。左を返す。交差、解き、もう一度交差。全部が自然で、どこにも無理がない。

 

「……違ったんだ」

 

 ランスロットの声が、今度は少し笑う。

 

「私の方じゃなくて、押し込めてた方が」

 

「そういうことだ」

 

 俺が言うと、彼女はまっすぐこっちを見る。

 

「じゃあ、確認させて」

 

「何を」

 

「私、さっき“家臣になる”って言った」

 

「言ったな」

 

「今のは取り消さない。勢いで言ったつもりも、もうない」

 

 一拍。

 

「改めて言う」

 

 夜の浜で、二振りの剣を持ったまま、ランスロットは背を伸ばした。

 

 さっきまでの剣士の顔じゃない。もう少し、立場を選んだ顔だ。

 

「唯我太郎」

 

 名前を呼ばれる。

 

 だから、俺も真っ直ぐ見る。

 

「私はあなたの騎士になる」

 

 絶花が静かに息を呑んだ。

 

 ランスロットはそのまま続ける。

 

「押しつけられた型じゃなく、私の剣で。あなたの王国の中で、その剣がどう生きるか見てみたい」

 

「見てみたい、で済ませるには重いぞ」

 

「分かってる」

 

 即答だった。

 

「それでも選ぶ。家がどう言おうが、先祖の名がどうあろうが、今この剣を手放す気はない」

 

 悪くない。

 

 いや、かなりいい。

 

「結構」

 

 俺はそれだけ返す。

 

「なら、お前はうちの騎士だ」

 

 ランスロットの目が細くなる。

 

「軽いね」

 

「重くしたいのか」

 

「そういう意味じゃない」

 

「なら十分だ。要点だけで足りる」

 

 絶花が、少しだけほっとした顔で言う。

 

「……よろしくお願いします」

 

 ランスロットはそちらを見て、ふっと笑った。

 

「こっちこそ。次からは敵じゃなくて、同じ側だね」

 

「はい。……でも、また手合わせはしてください」

 

「もちろん」

 

 ランスロットの返事には、もう迷いがなかった。

 

「今度はもっと噛み合った状態でやる。そしたら、さっきより面白い」

 

「そうですね」

 

 絶花は小さく頷く。

 

「今なら、ちゃんと競えます」

 

 その言い方が、ランスロットには嬉しかったらしい。

 

 少しだけ照れたように、けれど誇らしげに二振りの剣を見た。

 

「家の方は」

 

 俺が言うと、ランスロットは肩を竦めた。

 

「面倒になるよ。たぶん確実に」

 

「だろうな」

 

「アーサーの耳に入ってもおかしくないし、家の年寄りはひっくり返る」

 

「なおさら結構」

 

「どうしてそうなるの」

 

「面白くなる」

 

「あなた、根本が厄介だよ」

 

「知ってるなら話が早い」

 

 そう返すと、ランスロットは呆れたように笑った。

 

「でも」

 

 そこで彼女は、ほんの少しだけ声を落とす。

 

「たぶん、そういうのも嫌いじゃないんだろうな、私」

 

「じゃなきゃここまで来てねえよ」

 

「違いない」

 

 村の方から、人を呼ぶ声がした。網の片付けだの、小屋の確認だの、現実は待ってくれない。

 

 絶花がそちらを見てから、俺へ目を戻す。

 

「太郎さん。村の方、少し手伝った方がいいです」

 

「ああ。お前は漁師の足見ろ。捻ってた奴がいた」

 

「はい」

 

 絶花が先に駆ける。

 

 その背を見送ってから、ランスロットが隣へ来た。さっきより近い。敵としてじゃない距離だ。

 

「で、家臣になった騎士への最初の命令は?」

 

「働け」

 

「雑だなあ」

 

「十分具体的だろ」

 

「違いないけど」

 

 ランスロットは笑いながら、二振りを軽く翻した。もう見せびらかしてるようには見えない。身体の一部として馴染ませ始めてる。

 

「……ほんとに、こっちだったんだ」

 

 その呟きだけは、誰に聞かせるでもなかった。

 

 だが、聞こえたので返す。

 

「最初からそう言ってる」

 

「あなた、たまに優しさを全部理屈で包むよね」

 

「効率がいいからな」

 

「そういうところも含めて、気に入った」

 

「安いな」

 

「安くないよ。騎士の忠誠って、もっと面倒なものだから」

 

「なら結構」

 

 ランスロットはそこで、ふっと息を吐いた。

 

 海風が二振りの剣を撫でる。右と左。どちらも同じ名を継いでいて、でももう一振りの影じゃない。最初から二つで一つだったみたいに、そこにある。

 

 その姿を一度見て、俺は村の灯りへ向かって歩き出した。

 

 後ろから、砂を蹴る音が二つ続く。

 

 絶花と、ランスロット。

 

 悪くない並びだ。

 

 面倒は増えた。家も、継承も、先祖の名も、これからまとめて噛みついてくるだろう。

 

 だが、それでいい。

 

 面倒ってのは、使いようがあるうちは価値だ。

 

「太郎」

 

 歩きながら、ランスロットが呼ぶ。

 

 もう“あなた”じゃない。

 

「なんだ」

 

「次、ちゃんとその役割、教えてよ」

 

「騎士のか」

 

「うん。私がどこまで斬って、どこで止まるべきか」

 

「その辺は戦場で叩き込む」

 

「厳しい」

 

「王国だぞ」

 

「知ってる。だから来た」

 

 その返事に、少しだけ笑う。

 

 夜の浜を背に、俺たちは村へ戻る。

 

 後ろでは、ランスロットがまだときどき二振りの剣を見ていた。見て、そのたびに小さく笑っている。

 

 ようやく手に入れた、自分の剣を見る顔だった。

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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