サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
村人のざわめきが、少しずつ日常の音へ戻っていく。
濁りの消えた海は、何事もなかったみたいな顔で波を返していた。さっきまで網に噛みついていた黒い気配も、岩場にこびりついていた嫌な重さも、今はもう薄い潮の匂いに沈んでいる。
助かった漁師たちは何度も頭を下げてきたが、いちいち受けていたら夜が明ける。絶花に怪我人の様子を見てもらって、俺は網の片付けに混じった。ランスロットも最初は黙って見ていたが、すぐに手を貸し始めた。あれだけ派手に二刀を振り回した直後だってのに、網を持つ手つきまで妙に様になっている。
育ちが出る、ってやつだろう。
ただし、本人はそれどころじゃないらしい。
網を運び終えるたび、二振りの剣へ目が落ちる。
右手。左手。
持つたびに、まだ信じきれていない顔をする。
分かる。長いこと噛み合っていなかったものが、いきなりぴたりと収まったんだ。そりゃ脳も追いつかない。
「太郎さん」
絶花が戻ってくる。
「漁師さんたち、もう大丈夫です。足を少しひねった人がいましたけど、歩けるそうです」
「結構。死んでなきゃ安い」
「言い方が雑です」
「事実だろ」
「そうですけど」
そのやり取りを聞いて、近くで網を畳んでいたランスロットが笑った。
「ほんとにそういう会話するんだ」
「今さら何だ」
「いや。さっきまで剣振ってた相手が、もう普通にそこにいるの、ちょっと変な感じがして」
「変なのはお前の方だ。海の化け物に噛まれかけておいて、まだ余裕ぶってる」
「余裕じゃないよ」
ランスロットはアロンダイト――いや、今はもうそれだけじゃない二振りを、ほんの少し持ち上げた。
「気が抜けないだけ。だって、まだあるから」
「何がですか」
絶花が訊く。
ランスロットは少し考えてから、素直に言った。
「左手」
絶花が一瞬、きょとんとする。
俺は分かった。
「まだ信じきれてねえんだろ」
「うん」
ランスロットはあっさり頷いた。
「さっきから、何回握っても“ある”んだよ。次の一手を出そうとした時、左が空いてない。変な話だけど、それがまだ一番変」
「変じゃないです」
絶花が短く言う。
「今の方が自然です」
ランスロットがそちらを向いた。
「ほんとにそう思う?」
「はい」
絶花は迷わない。
「さっきまでの剣は、強かったです。でも、ずっと半歩だけ遅れてました。今は、その遅れがありません」
「半歩かあ」
ランスロットは苦笑して、それから二振りを見た。
「容赦ないな、二人とも」
「優しくしてほしいのか?」
「いや。今はそれ、たぶんいらない」
そこで一人の漁師が、大きな声で礼を言ってきた。年嵩の男で、日に焼けた顔を何度も下げる。
「ほんに助かった。あんなもん、初めて見た。何だったのかは知らんが、おかげで誰も死なずに済んだ」
「海が少し機嫌を悪くしてただけだ」
俺が適当に返すと、男は意味が分かったのか分かってないのか、力強く頷いた。
「そやったとしても、抑えてくれたんなら十分や」
絶花は困ったように頭を下げる。ランスロットは少しだけ居心地悪そうにしていた。そういう礼の受け取り方には慣れていないらしい。
まあ、そりゃそうか。
決闘で自分の剣ばかり見てきたやつが、こういう形で人に感謝されることに馴染んでるとは限らない。
村人たちがようやく散り始めたところで、俺は顎で舟小屋の裏手を示した。
「少し奥行くぞ」
「話ですか」
絶花が聞く。
「ああ。今のうちに切っとく話がある」
ランスロットは二振りを見たまま、小さく笑った。
「歓迎会とかじゃないんだ」
「そんな気持ち悪いもんうちにあるわけないだろ」
「言い切るね」
「そこは百億%だ」
舟小屋の裏は風が少し弱かった。古い櫓と網束が積まれていて、灯りは村から漏れてくるだけだ。海は黒く、空の端にだけ薄い残光が残っている。
そこでようやく、ランスロットが二振りを鞘へ納めた。
ただし、納める動作まで滑らかだった。一本だった時のぎこちなさが、もうない。
絶花もそこを見ていたらしい。
「……やっぱり、合ってます」
「まだ言う?」
「大事なことなので」
「宮本さん、容赦ないなあ」
「剣のことなので」
絶花の返事は短いが、そこに曖昧さはなかった。ランスロットもそれを受けて、苦笑を深くする。
俺は壁に背を預けた。
「で、確認だ」
ランスロットが顔を上げる。
「確認?」
「さっきお前は、俺の家臣になるって言った」
「言ったね」
「戦闘の最中で、アドレナリンもだいぶ回ってた」
「それも否定できない」
「だから今、もう一回聞く」
少しだけ間を置く。
「その上で、まだ同じことを言えるか」
海の音が細く入る。
ランスロットはすぐには答えなかった。軽く流す気がないのは、その沈黙だけで十分だった。
絶花も黙って見ている。口を挟む気はないらしい。
いい。
こういうとこは空気を読む。
やがて、ランスロットがゆっくり息を吐いた。
「……正直に言えば、頭はまだ追いついてない」
「だろうな」
「体は“これだ”って言ってる。剣もそう。笑えるくらい、今の方が自然。一本だった時の方が、むしろ借り物みたいだ」
「それも見れば分かる」
「でもね」
ランスロットは視線を落とす。
「それで全部済むほど、私の家は軽くない」
「そっちも分かる」
「アロンダイトを継ぐって、名前だけの話じゃないんだよ。どう振るうかも、どう立つかも、全部込みで押しつけてくる」
「家らしいな」
「最悪だよ」
口ではそう言うが、そこに憎悪だけがあるわけじゃない。誇りもある。だから面倒なんだ。
「でも」
ランスロットは自分で続ける。
「その最悪を、私はずっと自分の中でも引き受けてた。名を継ぐならこうあるべきだ、って」
「で、一本に押し込めてた」
「そう」
短い頷き。
「私、本気で思ってたんだ。自分の方がおかしいのかもって」
絶花が、少しだけ目を伏せた。
「……そういうの、あります」
ランスロットが視線を向ける。
「宮本さんも?」
「少しだけです」
「少し、でそこまで分かるのすごいな」
「嬉しくはないです」
「そりゃそうか」
ランスロットは苦笑したあと、今度は俺を見る。
「あなたは違うの?」
「何が」
「自分の方がおかしいのかもって思ったこと」
「あるに決まってるだろ」
即答すると、二人とも少しだけ目を見開いた。
「ただ、その手の疑問は大抵、周りが鈍いだけで終わる」
「ずいぶんな自信だね」
「結果として間違ってなきゃ自信でいい」
ランスロットは吹き出した。
「ほんと、そこだけ聞くと最悪」
「そこだけじゃなくても大差ないぞ」
「それを否定しないんだ」
「無駄だからな」
笑いが落ち着くと、また少し静かになる。
その静けさの中で、ランスロットは鞘に手を置いた。
「……でも、今は分かる」
「何が」
「私がおかしかったんじゃない。押し込めてた方が合ってなかった」
「ようやくそこまで来たか」
「遅い?」
「むしろ上等だ。そこを自分で言えるなら、話が早い」
そこで俺は壁から背を離した。
「なら次だ」
「次?」
「お前の剣は噛み合った。だが、噛み合っただけじゃ価値にならねえ」
ランスロットの顔つきが変わる。真面目な顔だ。
「うちの騎士になった以上、あの二刀はお前一人の気持ちよさのためにあるんじゃない」
「……そうだね」
「速い。鋭い。手数が多い。一本じゃ空いていたところを、二本で潰せる。だったら役割は決まってる」
俺ははっきり言う。
「お前は前に出る。だが、ただ突っ込むんじゃない。王の手足として、戦場の一点を抉る騎士だ。穴を開ける。流れを切る。必要なら敵の中心まで届く」
ランスロットは言葉を挟まない。
その代わり、目の色が少しずつ変わっていく。剣士として聞く目から、役割を受け取る目へ。
「自由になったから好き勝手に振るう、じゃ三流だ」
俺は続ける。
「お前が欲しかったのは、ただ二刀を持つことじゃないだろ。二刀で立つ自分が、何に向いてるかまで含めて欲しかったはずだ」
「……」
「だったら、そこまで引き受けろ」
少し長い沈黙が落ちた。
波の音が、一度だけ強くなる。
やがてランスロットが言った。
「厳しいな、本当に」
「優しくしてほしいのか」
「今日はその聞き方好きだね」
「答えろ」
「嫌いじゃない」
ランスロットは笑った。だが、すぐに消す。
「正直、嬉しいよ」
今度の声は真っ直ぐだった。
「剣が合ったことも。二本になったことも。家臣になったことも。全部」
「そうか」
「でも、一番嬉しいのは、あなたが最初から“その剣で何ができるか”を見てること」
少しだけ首を傾ける。
「私の家は、私に“どうあるべきか”を押しつけてくる。あなたは逆だね。“何に使えるか”を先に見てる」
「王だからな」
「うん。そこ」
ランスロットは目を細めた。
「そういうところが、すごく好き」
絶花が、ほんの少しだけ咳払いをした。
わざとらしくはない。だが、聞こえる程度には。
ランスロットがそちらを見て、ふっと笑う。
「ごめん。今のはそういう意味だけじゃない」
「……そういう意味“も”ある言い方でした」
絶花の返事は淡々としていたが、少しだけ硬い。
ランスロットは面白そうにしながらも、それ以上は弄らなかった。
「剣士としても、人としてもって意味。そっちの方が近いかな」
「近い、で済ませるのずるいですね」
「そう?」
「はい」
絶花は小さく息を吐く。
「でも、言いたいことは分かります」
「さすが」
「褒めても何も出ません」
「出てるよ。だいぶ」
「出てません」
絶花のその返しで、場の張りが少しだけ和らぐ。
そこで俺は話を戻した。
「ランスロット」
「ん?」
「まだ答えを聞いてない」
「え?」
「家臣の話だ」
ランスロットは一瞬きょとんとして、それから笑う。
「しつこいなあ」
「大事な話を曖昧にする趣味はない」
「でしょうね」
ランスロットは一度、夜の海を見る。
それから、鞘に収まった二振りへ手を置いた。
「……さっきのは勢いだけじゃない」
そう言って、俺を見る。
「改めて言う。私はこの剣を手放さない」
一歩、前へ。
「家がなんと言っても、アロンダイトがどうあるべきだと喚いても、もう一本だった頃には戻らない」
そのまま言葉を継ぐ。
「そして、この剣を腐らせないなら、あなたの側だ」
絶花が黙って聞いている。
ランスロットは迷いなく言い切った。
「唯我太郎。私はあなたの騎士になる」
今度は勢いじゃない。
理解した上での、二度目の宣言だった。
なら、それで十分だ。
「結構」
俺は短く返す。
「じゃあ、ようこそとは言わねえ。働け、騎士」
ランスロットが一拍遅れて笑い出した。
「歓迎の言葉、それ?」
「十分だろ」
「ひどいなあ」
「嫌なら今から取り消すか」
「まさか」
ランスロットは即答する。
「そこまで安くないよ、私の忠誠は」
「なら問題ない」
絶花が、そこで小さく頭を下げた。
「……よろしくお願いします、ランスロットさん」
ランスロットの顔が少しだけ柔らかくなる。
「うん。こっちこそ」
「次は、ちゃんと並べそうです」
「それ、嬉しいこと言うね」
「事実です」
「宮本さん、ほんとに容赦ない」
「剣のことなので」
「うん。知ってる」
ランスロットは、その言葉を気に入ったみたいに繰り返した。
「剣のことなので、か」
それから、少しだけ照れたように笑う。
「悪くない」
風が強くなる。
村の方からは、まだ人の声がする。片付けは終わっていない。現実は待ってくれない。
「家の方は面倒になるぞ」
俺が言うと、ランスロットは肩を竦めた。
「でしょうね」
「アーサーの耳に入ってもおかしくない」
「それも、でしょうね」
「怖くないのか」
訊くと、ランスロットは少しだけ考えた。
「怖いよ」
答えはすぐだった。
「でも、怖いから戻るって話じゃない。そんなので戻るなら、最初から欲しがってない」
「上等」
「それに」
ランスロットは、少しだけ不敵な笑みを浮かべる。
「先祖の伝説が本当にあの人のものなら、剣一本でお行儀よく収まってたとは思えないし」
「ようやく分かってきたな」
「あなたのせいでね」
「光栄だ」
「褒めてない」
「どっちでもいい」
その返しに、ランスロットはまた笑った。
最初に現れた時の笑みより、今の方がずっと自然だ。挑発じゃない。体の中心が少し軽くなったやつの笑い方だ。
「太郎」
呼び方が変わった。
もう“あなた”でも“厄介な人”でもない。
「なんだ」
「騎士ってことは、次からはもっと実戦で扱われる?」
「当たり前だ」
「容赦なく?」
「期待するな。想像以上だ」
「いいね」
ランスロットは嬉しそうに言う。
「そういうの、嫌いじゃない」
「知ってる」
「まだ少ししか会ってないのに、断言するんだ」
「見れば分かる」
「便利だね、その目」
「便利じゃない。よく当たるだけだ」
「それを便利って言うんだよ」
絶花が、小さく口元を緩めた。
「……少なくとも、今回は当たってます」
「お前まで言うのか」
「事実なので」
まったく、今日は事実しか返ってこない。
悪くないが。
村の方から手を振る漁師が見えた。もう戻れ、ということだろう。
俺は顎をしゃくる。
「行くぞ」
「村に?」
「ああ。まだ後始末が残ってる。騎士になった初日から働け」
「容赦ないなあ」
「歓迎会よりよほどマシだ」
「それは同意」
ランスロットは頷いて、それから二振りの剣をもう一度だけ見た。
その視線はさっきまでと少し違う。
驚きじゃない。確認だ。
自分のものになった剣を、自分の手で確かめる目だ。
そして小さく、誰に聞かせるでもなく呟く。
「……ようやく、来た」
絶花がその声を拾って、短く答える。
「はい。たぶん、そういう感じです」
ランスロットは少しだけ目を丸くして、すぐに笑った。
「あなた、そういうところほんと好き」
「またそういう言い方します」
「本音だから仕方ない」
「困ります」
「慣れて」
「無理です」
そのやり取りを背中で聞きながら、俺は先に歩き出す。
村の灯りが近づく。海は暗い。だが後ろからついてくる足音は、さっきまでより軽かった。
絶花と、ランスロット。
悪くない並びだ。
問題は山ほどある。家もある。継承もある。先祖の名もある。たぶん、明日から一気に面倒になる。
だが、面倒は使えるうちは価値だ。
なら十分だ。
俺は夜の村へ向かって歩く。
その後ろで、ランスロットが今度は確かに、自分の剣を持った騎士の足でついてきていた。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア