※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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自分の剣

 村人のざわめきが、少しずつ日常の音へ戻っていく。

 

 濁りの消えた海は、何事もなかったみたいな顔で波を返していた。さっきまで網に噛みついていた黒い気配も、岩場にこびりついていた嫌な重さも、今はもう薄い潮の匂いに沈んでいる。

 

 助かった漁師たちは何度も頭を下げてきたが、いちいち受けていたら夜が明ける。絶花に怪我人の様子を見てもらって、俺は網の片付けに混じった。ランスロットも最初は黙って見ていたが、すぐに手を貸し始めた。あれだけ派手に二刀を振り回した直後だってのに、網を持つ手つきまで妙に様になっている。

 

 育ちが出る、ってやつだろう。

 

 ただし、本人はそれどころじゃないらしい。

 

 網を運び終えるたび、二振りの剣へ目が落ちる。

 

 右手。左手。

 

 持つたびに、まだ信じきれていない顔をする。

 

 分かる。長いこと噛み合っていなかったものが、いきなりぴたりと収まったんだ。そりゃ脳も追いつかない。

 

「太郎さん」

 

 絶花が戻ってくる。

 

「漁師さんたち、もう大丈夫です。足を少しひねった人がいましたけど、歩けるそうです」

 

「結構。死んでなきゃ安い」

 

「言い方が雑です」

 

「事実だろ」

 

「そうですけど」

 

 そのやり取りを聞いて、近くで網を畳んでいたランスロットが笑った。

 

「ほんとにそういう会話するんだ」

 

「今さら何だ」

 

「いや。さっきまで剣振ってた相手が、もう普通にそこにいるの、ちょっと変な感じがして」

 

「変なのはお前の方だ。海の化け物に噛まれかけておいて、まだ余裕ぶってる」

 

「余裕じゃないよ」

 

 ランスロットはアロンダイト――いや、今はもうそれだけじゃない二振りを、ほんの少し持ち上げた。

 

「気が抜けないだけ。だって、まだあるから」

 

「何がですか」

 

 絶花が訊く。

 

 ランスロットは少し考えてから、素直に言った。

 

「左手」

 

 絶花が一瞬、きょとんとする。

 

 俺は分かった。

 

「まだ信じきれてねえんだろ」

 

「うん」

 

 ランスロットはあっさり頷いた。

 

「さっきから、何回握っても“ある”んだよ。次の一手を出そうとした時、左が空いてない。変な話だけど、それがまだ一番変」

 

「変じゃないです」

 

 絶花が短く言う。

 

「今の方が自然です」

 

 ランスロットがそちらを向いた。

 

「ほんとにそう思う?」

 

「はい」

 

 絶花は迷わない。

 

「さっきまでの剣は、強かったです。でも、ずっと半歩だけ遅れてました。今は、その遅れがありません」

 

「半歩かあ」

 

 ランスロットは苦笑して、それから二振りを見た。

 

「容赦ないな、二人とも」

 

「優しくしてほしいのか?」

 

「いや。今はそれ、たぶんいらない」

 

 そこで一人の漁師が、大きな声で礼を言ってきた。年嵩の男で、日に焼けた顔を何度も下げる。

 

「ほんに助かった。あんなもん、初めて見た。何だったのかは知らんが、おかげで誰も死なずに済んだ」

 

「海が少し機嫌を悪くしてただけだ」

 

 俺が適当に返すと、男は意味が分かったのか分かってないのか、力強く頷いた。

 

「そやったとしても、抑えてくれたんなら十分や」

 

 絶花は困ったように頭を下げる。ランスロットは少しだけ居心地悪そうにしていた。そういう礼の受け取り方には慣れていないらしい。

 

 まあ、そりゃそうか。

 

 決闘で自分の剣ばかり見てきたやつが、こういう形で人に感謝されることに馴染んでるとは限らない。

 

 村人たちがようやく散り始めたところで、俺は顎で舟小屋の裏手を示した。

 

「少し奥行くぞ」

 

「話ですか」

 

 絶花が聞く。

 

「ああ。今のうちに切っとく話がある」

 

 ランスロットは二振りを見たまま、小さく笑った。

 

「歓迎会とかじゃないんだ」

 

「そんな気持ち悪いもんうちにあるわけないだろ」

 

「言い切るね」

 

「そこは百億%だ」

 

 舟小屋の裏は風が少し弱かった。古い櫓と網束が積まれていて、灯りは村から漏れてくるだけだ。海は黒く、空の端にだけ薄い残光が残っている。

 

 そこでようやく、ランスロットが二振りを鞘へ納めた。

 

 ただし、納める動作まで滑らかだった。一本だった時のぎこちなさが、もうない。

 

 絶花もそこを見ていたらしい。

 

「……やっぱり、合ってます」

 

「まだ言う?」

 

「大事なことなので」

 

「宮本さん、容赦ないなあ」

 

「剣のことなので」

 

 絶花の返事は短いが、そこに曖昧さはなかった。ランスロットもそれを受けて、苦笑を深くする。

 

 俺は壁に背を預けた。

 

「で、確認だ」

 

 ランスロットが顔を上げる。

 

「確認?」

 

「さっきお前は、俺の家臣になるって言った」

 

「言ったね」

 

「戦闘の最中で、アドレナリンもだいぶ回ってた」

 

「それも否定できない」

 

「だから今、もう一回聞く」

 

 少しだけ間を置く。

 

「その上で、まだ同じことを言えるか」

 

 海の音が細く入る。

 

 ランスロットはすぐには答えなかった。軽く流す気がないのは、その沈黙だけで十分だった。

 

 絶花も黙って見ている。口を挟む気はないらしい。

 

 いい。

 

 こういうとこは空気を読む。

 

 やがて、ランスロットがゆっくり息を吐いた。

 

「……正直に言えば、頭はまだ追いついてない」

 

「だろうな」

 

「体は“これだ”って言ってる。剣もそう。笑えるくらい、今の方が自然。一本だった時の方が、むしろ借り物みたいだ」

 

「それも見れば分かる」

 

「でもね」

 

 ランスロットは視線を落とす。

 

「それで全部済むほど、私の家は軽くない」

 

「そっちも分かる」

 

「アロンダイトを継ぐって、名前だけの話じゃないんだよ。どう振るうかも、どう立つかも、全部込みで押しつけてくる」

 

「家らしいな」

 

「最悪だよ」

 

 口ではそう言うが、そこに憎悪だけがあるわけじゃない。誇りもある。だから面倒なんだ。

 

「でも」

 

 ランスロットは自分で続ける。

 

「その最悪を、私はずっと自分の中でも引き受けてた。名を継ぐならこうあるべきだ、って」

 

「で、一本に押し込めてた」

 

「そう」

 

 短い頷き。

 

「私、本気で思ってたんだ。自分の方がおかしいのかもって」

 

 絶花が、少しだけ目を伏せた。

 

「……そういうの、あります」

 

 ランスロットが視線を向ける。

 

「宮本さんも?」

 

「少しだけです」

 

「少し、でそこまで分かるのすごいな」

 

「嬉しくはないです」

 

「そりゃそうか」

 

 ランスロットは苦笑したあと、今度は俺を見る。

 

「あなたは違うの?」

 

「何が」

 

「自分の方がおかしいのかもって思ったこと」

 

「あるに決まってるだろ」

 

 即答すると、二人とも少しだけ目を見開いた。

 

「ただ、その手の疑問は大抵、周りが鈍いだけで終わる」

 

「ずいぶんな自信だね」

 

「結果として間違ってなきゃ自信でいい」

 

 ランスロットは吹き出した。

 

「ほんと、そこだけ聞くと最悪」

 

「そこだけじゃなくても大差ないぞ」

 

「それを否定しないんだ」

 

「無駄だからな」

 

 笑いが落ち着くと、また少し静かになる。

 

 その静けさの中で、ランスロットは鞘に手を置いた。

 

「……でも、今は分かる」

 

「何が」

 

「私がおかしかったんじゃない。押し込めてた方が合ってなかった」

 

「ようやくそこまで来たか」

 

「遅い?」

 

「むしろ上等だ。そこを自分で言えるなら、話が早い」

 

 そこで俺は壁から背を離した。

 

「なら次だ」

 

「次?」

 

「お前の剣は噛み合った。だが、噛み合っただけじゃ価値にならねえ」

 

 ランスロットの顔つきが変わる。真面目な顔だ。

 

「うちの騎士になった以上、あの二刀はお前一人の気持ちよさのためにあるんじゃない」

 

「……そうだね」

 

「速い。鋭い。手数が多い。一本じゃ空いていたところを、二本で潰せる。だったら役割は決まってる」

 

 俺ははっきり言う。

 

「お前は前に出る。だが、ただ突っ込むんじゃない。王の手足として、戦場の一点を抉る騎士だ。穴を開ける。流れを切る。必要なら敵の中心まで届く」

 

 ランスロットは言葉を挟まない。

 

 その代わり、目の色が少しずつ変わっていく。剣士として聞く目から、役割を受け取る目へ。

 

「自由になったから好き勝手に振るう、じゃ三流だ」

 

 俺は続ける。

 

「お前が欲しかったのは、ただ二刀を持つことじゃないだろ。二刀で立つ自分が、何に向いてるかまで含めて欲しかったはずだ」

 

「……」

 

「だったら、そこまで引き受けろ」

 

 少し長い沈黙が落ちた。

 

 波の音が、一度だけ強くなる。

 

 やがてランスロットが言った。

 

「厳しいな、本当に」

 

「優しくしてほしいのか」

 

「今日はその聞き方好きだね」

 

「答えろ」

 

「嫌いじゃない」

 

 ランスロットは笑った。だが、すぐに消す。

 

「正直、嬉しいよ」

 

 今度の声は真っ直ぐだった。

 

「剣が合ったことも。二本になったことも。家臣になったことも。全部」

 

「そうか」

 

「でも、一番嬉しいのは、あなたが最初から“その剣で何ができるか”を見てること」

 

 少しだけ首を傾ける。

 

「私の家は、私に“どうあるべきか”を押しつけてくる。あなたは逆だね。“何に使えるか”を先に見てる」

 

「王だからな」

 

「うん。そこ」

 

 ランスロットは目を細めた。

 

「そういうところが、すごく好き」

 

 絶花が、ほんの少しだけ咳払いをした。

 

 わざとらしくはない。だが、聞こえる程度には。

 

 ランスロットがそちらを見て、ふっと笑う。

 

「ごめん。今のはそういう意味だけじゃない」

 

「……そういう意味“も”ある言い方でした」

 

 絶花の返事は淡々としていたが、少しだけ硬い。

 

 ランスロットは面白そうにしながらも、それ以上は弄らなかった。

 

「剣士としても、人としてもって意味。そっちの方が近いかな」

 

「近い、で済ませるのずるいですね」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 絶花は小さく息を吐く。

 

「でも、言いたいことは分かります」

 

「さすが」

 

「褒めても何も出ません」

 

「出てるよ。だいぶ」

 

「出てません」

 

 絶花のその返しで、場の張りが少しだけ和らぐ。

 

 そこで俺は話を戻した。

 

「ランスロット」

 

「ん?」

 

「まだ答えを聞いてない」

 

「え?」

 

「家臣の話だ」

 

 ランスロットは一瞬きょとんとして、それから笑う。

 

「しつこいなあ」

 

「大事な話を曖昧にする趣味はない」

 

「でしょうね」

 

 ランスロットは一度、夜の海を見る。

 

 それから、鞘に収まった二振りへ手を置いた。

 

「……さっきのは勢いだけじゃない」

 

 そう言って、俺を見る。

 

「改めて言う。私はこの剣を手放さない」

 

 一歩、前へ。

 

「家がなんと言っても、アロンダイトがどうあるべきだと喚いても、もう一本だった頃には戻らない」

 

 そのまま言葉を継ぐ。

 

「そして、この剣を腐らせないなら、あなたの側だ」

 

 絶花が黙って聞いている。

 

 ランスロットは迷いなく言い切った。

 

「唯我太郎。私はあなたの騎士になる」

 

 今度は勢いじゃない。

 

 理解した上での、二度目の宣言だった。

 

 なら、それで十分だ。

 

「結構」

 

 俺は短く返す。

 

「じゃあ、ようこそとは言わねえ。働け、騎士」

 

 ランスロットが一拍遅れて笑い出した。

 

「歓迎の言葉、それ?」

 

「十分だろ」

 

「ひどいなあ」

 

「嫌なら今から取り消すか」

 

「まさか」

 

 ランスロットは即答する。

 

「そこまで安くないよ、私の忠誠は」

 

「なら問題ない」

 

 絶花が、そこで小さく頭を下げた。

 

「……よろしくお願いします、ランスロットさん」

 

 ランスロットの顔が少しだけ柔らかくなる。

 

「うん。こっちこそ」

 

「次は、ちゃんと並べそうです」

 

「それ、嬉しいこと言うね」

 

「事実です」

 

「宮本さん、ほんとに容赦ない」

 

「剣のことなので」

 

「うん。知ってる」

 

 ランスロットは、その言葉を気に入ったみたいに繰り返した。

 

「剣のことなので、か」

 

 それから、少しだけ照れたように笑う。

 

「悪くない」

 

 風が強くなる。

 

 村の方からは、まだ人の声がする。片付けは終わっていない。現実は待ってくれない。

 

「家の方は面倒になるぞ」

 

 俺が言うと、ランスロットは肩を竦めた。

 

「でしょうね」

 

「アーサーの耳に入ってもおかしくない」

 

「それも、でしょうね」

 

「怖くないのか」

 

 訊くと、ランスロットは少しだけ考えた。

 

「怖いよ」

 

 答えはすぐだった。

 

「でも、怖いから戻るって話じゃない。そんなので戻るなら、最初から欲しがってない」

 

「上等」

 

「それに」

 

 ランスロットは、少しだけ不敵な笑みを浮かべる。

 

「先祖の伝説が本当にあの人のものなら、剣一本でお行儀よく収まってたとは思えないし」

 

「ようやく分かってきたな」

 

「あなたのせいでね」

 

「光栄だ」

 

「褒めてない」

 

「どっちでもいい」

 

 その返しに、ランスロットはまた笑った。

 

 最初に現れた時の笑みより、今の方がずっと自然だ。挑発じゃない。体の中心が少し軽くなったやつの笑い方だ。

 

「太郎」

 

 呼び方が変わった。

 

 もう“あなた”でも“厄介な人”でもない。

 

「なんだ」

 

「騎士ってことは、次からはもっと実戦で扱われる?」

 

「当たり前だ」

 

「容赦なく?」

 

「期待するな。想像以上だ」

 

「いいね」

 

 ランスロットは嬉しそうに言う。

 

「そういうの、嫌いじゃない」

 

「知ってる」

 

「まだ少ししか会ってないのに、断言するんだ」

 

「見れば分かる」

 

「便利だね、その目」

 

「便利じゃない。よく当たるだけだ」

 

「それを便利って言うんだよ」

 

 絶花が、小さく口元を緩めた。

 

「……少なくとも、今回は当たってます」

 

「お前まで言うのか」

 

「事実なので」

 

 まったく、今日は事実しか返ってこない。

 

 悪くないが。

 

 村の方から手を振る漁師が見えた。もう戻れ、ということだろう。

 

 俺は顎をしゃくる。

 

「行くぞ」

 

「村に?」

 

「ああ。まだ後始末が残ってる。騎士になった初日から働け」

 

「容赦ないなあ」

 

「歓迎会よりよほどマシだ」

 

「それは同意」

 

 ランスロットは頷いて、それから二振りの剣をもう一度だけ見た。

 

 その視線はさっきまでと少し違う。

 

 驚きじゃない。確認だ。

 

 自分のものになった剣を、自分の手で確かめる目だ。

 

 そして小さく、誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「……ようやく、来た」

 

 絶花がその声を拾って、短く答える。

 

「はい。たぶん、そういう感じです」

 

 ランスロットは少しだけ目を丸くして、すぐに笑った。

 

「あなた、そういうところほんと好き」

 

「またそういう言い方します」

 

「本音だから仕方ない」

 

「困ります」

 

「慣れて」

 

「無理です」

 

 そのやり取りを背中で聞きながら、俺は先に歩き出す。

 

 村の灯りが近づく。海は暗い。だが後ろからついてくる足音は、さっきまでより軽かった。

 

 絶花と、ランスロット。

 

 悪くない並びだ。

 

 問題は山ほどある。家もある。継承もある。先祖の名もある。たぶん、明日から一気に面倒になる。

 

 だが、面倒は使えるうちは価値だ。

 

 なら十分だ。

 

 俺は夜の村へ向かって歩く。

 

 その後ろで、ランスロットが今度は確かに、自分の剣を持った騎士の足でついてきていた。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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