※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

353 / 484
居候の騎士

 夜もだいぶ更けていた。

 

 村の灯りはもうまばらで、海の音だけが遠くから細く届く。風は冷えているが、昼間の潮の匂いがまだ土間の方に残っていた。

 

 居間で帳面を閉じたところで、玄関の戸が叩かれる。

 

 こんな時間に来るやつで、ろくなのを見た記憶がない。

 

「太郎さん」

 

 奥から絶花の声がした。

 

「私、出ます」

 

「いや、いい。どうせ面倒だ」

 

 そう返して立ち上がる。絶花も結局ついてきた。こういう時に素直に待ってるほど、あいつも薄情じゃない。

 

 戸を開ける。

 

 案の定、面倒が立っていた。

 

「こんばんは」

 

 月明かりの下で、ランスロットが笑う。

 

 片手に鞄。もう片方の手には細長い包み。背中には剣。服は昼間のままじゃないが、きちんと整っている。整っているのに、その立ち方だけがどうにも落ち着いていなかった。

 

 絶花が、俺の少し後ろで小さく息を呑む。

 

「……ランスロットさん」

 

「やあ、宮本さん。起きてたんだ」

 

「起きてます。というか……こんな時間に、どうしたんですか」

 

 ランスロットはそこで、ほんの少しだけ笑みを深くした。

 

「行く場所、なくなった」

 

 軽い口調だった。

 

 軽く言ってるだけで、軽い話じゃないことは分かる。

 

 俺は戸を半分だけ開けたまま、そいつの荷物を見る。少ない。だが少なすぎもしない。今夜だけどうにかしたい人間の持ち方じゃない。少なくとも、数日で引き上げる気ではない荷だ。

 

「家か」

 

 訊くと、ランスロットは肩を竦めた。

 

「話が早いね」

 

「お前が分かりやすいだけだ」

 

「褒め言葉?」

 

「状況次第だな」

 

 絶花が、少し言いにくそうに口を開く。

 

「その、もしかして……」

 

「うん」

 

 ランスロットはあっさり頷いた。

 

「追い出された」

 

 夜風が、一度だけ強く吹く。

 

 戸口の空気が冷える。絶花はすぐには何も言わなかった。言えなかった、の方が近いだろう。

 

 俺は戸をもう少し開けた。

 

「立ち話で済む話か」

 

「済ませようと思えば済ませられるけど、たぶん済まない」

 

「だろうな。入れ」

 

 ランスロットが一瞬だけ目を丸くする。

 

「そんな即答でいいの?」

 

「うちの騎士が戸口で突っ立ってるのを見物する趣味はない」

 

 そう返すと、今度は絶花が少しだけこっちを見た。

 

 ランスロットは、ふっと息を漏らして笑う。

 

「……そういうところだよね、ほんと」

 

「感想はいいから入れ。冷える」

 

「はいはい」

 

 土間へ上がる足音は、見た目よりずっと静かだった。名門育ちってやつは、こういうところで妙に品が残る。

 

 絶花がすぐに下足を揃え、鞄を置く場所を空ける。その手つきが自然すぎて、自分で少し驚いてる顔をしていた。

 

「お茶、いれます」

 

「助かる」

 

 俺が言うと、絶花は小さく頷いて台所へ消えた。

 

 居間へ通す。ランスロットは座る前に一度だけ部屋を見回した。珍しがるというより、今夜から自分の身をどこへ置くのか、ちゃんと見ている顔だ。

 

「で」

 

 向かいへ座りながら訊く。

 

「何があった」

 

 ランスロットはすぐには答えない。鞄の持ち手を指先で弄り、それから短く息を吐いた。

 

「見せたんだよ」

 

「何を」

 

「この剣を」

 

 鞘に収まった二振りへ、視線が落ちる。

 

「黙ってるのも変でしょ。家に戻るなら、いずれ分かる。だったら先に見せた方がましだと思った」

 

「結果は」

 

「大体想像通り」

 

 ランスロットは笑った。昼間の不敵な笑い方じゃない。もう少し乾いていて、少しだけ痛い。

 

「最初は誰も、意味が分かってなかった。“何をした”“どうやった”“それはアロンダイトか”って、そんな話ばっかり」

 

「で、すぐその次に“誰の差し金だ”か」

 

「正解」

 

 絶花が茶を持って戻ってくる。湯気の立つ湯呑みを一つずつ置きながら、話の続きへ耳を傾けていた。

 

 ランスロットは湯呑みへ手を伸ばし、温度を確かめるみたいに両手で包む。

 

「私が、自分の意思でこうしたって言っても、最初は誰も聞かなかった。そんなことより、“ランスロット家の継承剣を変質させた”って話の方が大きいらしくてね」

 

「ありがちな話だ」

 

「ほんとにね」

 

 一口飲んで、それから続ける。

 

「そのあと、もっと最悪。太郎の名前を出したら、空気が変わった」

 

 絶花の指先が、ほんの少しだけ止まる。

 

「……太郎さんの」

 

「うん。あんたのところの王様」

 

 ランスロットは俺を見る。

 

「外の人間に取り込まれた、って話になった」

 

「間違ってはいないだろ」

 

「その言い方を本人がするの最悪だよ」

 

「勧誘したのは事実だ」

 

「したね。ものすごく真正面から」

 

 それを受け取ったのは自分だ、と言外に続く。

 

 俺は茶を一口飲む。

 

「追い出された、ってのは」

 

「そのまま」

 

 ランスロットはあっさり言った。

 

「名を継ぐ者として認められない、って。家の型を捨て、継承剣を歪め、しかも外へ下った者を、うちには置けないってさ」

 

 絶花が小さく息を呑む。

 

「そんな……」

 

「まあ、言うよね」

 

 ランスロットは肩を竦めた。軽く見せてる。だが、そこで軽く流せるほど平気でもないのが分かる。

 

「一応、父は最後まで“考え直せ”って言ったよ。今ならまだ戻れる、剣も名も戻せる、って。でも」

 

 そこで言葉が止まる。

 

 止まったまま、ランスロットは二振りの剣を見る。

 

「戻す気、なかったんだろ」

 

 俺が言うと、あいつは静かに頷いた。

 

「なかった」

 

 その二文字だけは、妙に重かった。

 

「だって、もう分かっちゃったから。こっちの方が合うって。今さら一本に戻して、“何もありませんでした”みたいな顔で立てるほど、器用じゃない」

 

「上等」

 

「褒めてる?」

 

「そう聞こえないなら耳が悪い」

 

 ランスロットは苦笑する。

 

「ほんと、そういうとこ変わらないね」

 

 絶花が、おずおずと口を開いた。

 

「……後悔は、してませんか」

 

 ランスロットは少しだけ目を瞬かせる。

 

「してるように見える?」

 

「いえ。でも、その……痛くは、あるのかなって」

 

 いい聞き方だ。

 

 絶花らしい。踏み込みすぎず、でも逃がしもしない。

 

 ランスロットは少し考えるみたいにしてから答えた。

 

「痛いよ」

 

 まっすぐだった。

 

「平気なわけない。家だし、名だし、育った場所だし。それを切られたなら、そりゃ痛い」

 

 絶花は黙って聞いている。

 

「でも、後悔ではないかな」

 

 ランスロットは、そこで少しだけ笑う。

 

「痛いのと、間違ってたのは別だから」

 

 その答えに、絶花は小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 それ以上、安い慰めを言わないのが絶花のいいところだ。

 

 ランスロットは茶を飲みきり、少し息を吐いた。

 

「で、問題はここからなんだよね」

 

「何が」

 

「ここに来たこと」

 

「追い出されたなら、来る先はここだろ」

 

「そういう言い方、ずるいなあ」

 

「事実だ。お前、自分でうちの騎士になるって言ったろ」

 

「言った」

 

「なら、寝床に困るならうちへ来る。筋は通ってる」

 

 ランスロットはしばらく俺を見て、それからふっと笑う。

 

「やっぱり王様だ」

 

「今さら再確認するな」

 

「だって、普通はもうちょっと言い方があるでしょ。可哀想だったな、とか。大変だったな、とか」

 

「必要か?」

 

「……今は、いらないかも」

 

 その返事には少し本音が混じっていた。多分、同情で受け入れられる方が嫌なんだろう。

 

 だったらこっちの方がいい。

 

 絶花がそこで、現実的なことを思い出した顔をする。

 

「部屋、どうするんですか」

 

「空いてる納戸の隣、片付いてたな」

 

「……片付いては、いますけど」

 

「使えるなら十分だろ」

 

「十分じゃないです」

 

 絶花は珍しくはっきり言った。

 

「寝具が足りません。あと、着替えとか、洗面とか……女性なので、そのままだと困ります」

 

 ランスロットが少しだけ吹き出す。

 

「そこから来るんだ、宮本さん」

 

「そこ、じゃないです」

 

 絶花は少し頬を強張らせた。

 

「大事です。生活なので」

 

「うん。分かる。すごく分かる」

 

 ランスロットの声が柔らかくなる。

 

「ありがとう。そういうの、今ちょっと助かる」

 

 絶花は少しだけ視線を逸らした。

 

「別に……追い出された人を放っておくの、嫌なので」

 

「やっぱり優しいよね」

 

「そういう言い方、やめてください」

 

「なんで?」

 

「困ります」

 

「さっきからずっとそれ言ってる」

 

「本当に困るので」

 

 そのやり取りを聞いて、俺は茶を飲みながら言う。

 

「じゃあ決まりだ。部屋は納戸の隣。寝具は俺のを一組回す」

 

「太郎さんはどうするんですか」

 

「雑魚寝で十分だろ」

 

「十分じゃないです」

 

 絶花が即答する。

 

 ランスロットが肩を揺らして笑った。

 

「この家、思ったよりしっかりしてるね」

 

「お前が雑なだけだ」

 

「初日からひどい」

 

「歓迎会の代わりだ」

 

 ランスロットは机に頬杖をついた。

 

「でも、泊めてくれるんだ」

 

「何度言わせる」

 

「確認。だって、家から追い出された女が夜中に来て、面倒見ろって言ってるんだよ」

 

「言ってないですけど」

 

 絶花が挟む。

 

「言ってないけど、ほぼそうだろ」

 

「そうとも言う」

 

 ランスロットは笑ってから、少しだけ真面目な顔に戻った。

 

「……ありがと」

 

 今度の礼は、軽口じゃなかった。

 

 だから、軽く返す。

 

「うちの騎士を野宿させる趣味がねえだけだ」

 

「それでも十分」

 

 絶花が立ち上がる。

 

「寝具、出してきます。あと、洗面用の桶も」

 

「手際いいなあ」

 

 ランスロットが感心したように言うと、絶花は足を止めずに答える。

 

「今日はもう遅いので。明日、必要なものを買いに行きましょう」

 

「そこまでしてくれるの?」

 

「居候なら、最低限は必要です」

 

「すごい。すごくちゃんとしてる」

 

「ちゃんとしてないと困るだけです」

 

 絶花が奥へ消える。

 

 残された居間に、少しだけ静けさが落ちた。

 

 ランスロットはしばらくその背を見て、それからぽつりと言う。

 

「宮本さん、思ってたよりずっと優しいね」

 

「表で言うと困るぞ」

 

「なんで」

 

「本人が困るからだ」

 

 ランスロットは納得したように頷く。

 

「なるほど。じゃあ黙っておく」

 

「そうしろ」

 

 少しして、あいつは今度は俺を見る。

 

「でも、太郎もだよ」

 

「何が」

 

「もっと突き放すかと思ってた」

 

「どこがだ」

 

「家を追い出された? そうか、じゃあ働け、で終わるかと思ってた」

 

「終わってないか?」

 

「終わってないよ。ちゃんと家に入れたし、お茶も飲ませたし、寝床も作る」

 

「それは必要だからだ」

 

「そういう言い方、ほんと便利だね」

 

「便利じゃない。正確だ」

 

「でも、嫌いじゃない」

 

 ランスロットは少しだけ目を細める。

 

「そうやって、同情じゃなく“うちの騎士だから置く”って言われる方が、今の私には助かる」

 

 それは本音だろう。

 

 なら、それでいい。

 

「分かってるなら話が早い」

 

「うん。ほんとに」

 

 そこで絶花が寝具を抱えて戻ってきた。普段より動きが少し速い。気になってる証拠だ。

 

「部屋、準備しました」

 

「仕事が早い」

 

「やるなら早くやった方がいいです」

 

 ランスロットが立ち上がる。

 

「案内してくれる?」

 

「はい。……あ、でも」

 

 絶花が少し迷ってから言う。

 

「夜中に剣、振らないでください」

 

「振らないよ」

 

「本当にですか」

 

「本当に。そこまで落ち着きない子どもじゃない」

 

「なら、いいです」

 

「信じてない顔してる」

 

「少しだけです」

 

 ランスロットは笑って、鞄を持ち上げた。

 

 その時、二振りの剣が小さく鳴る。まだ馴染みきっていないはずなのに、手の側に来る動きはもう自然だった。

 

 あいつはその音に、ほんの少しだけ表情を緩める。

 

「……家を出る時さ」

 

 不意に言う。

 

 絶花も、俺も見る。

 

「最後に、父に言われたんだ。“戻りたくなったら、その剣を置いて戻れ”って」

 

 絶花の眉が寄る。

 

「そんな……」

 

「まあ、分かりやすいよね」

 

 ランスロットは苦く笑った。

 

「だから、戻る時は来ない」

 

 その言い方には、寂しさもあった。だが、それ以上に決めた後の硬さがあった。

 

 俺はそれを聞いて、短く返す。

 

「なら前だけ見てろ」

 

 ランスロットがこちらを見る。

 

「簡単に言うね」

 

「簡単な話だからな。置いてきたもんが重いなら、その分、前で回収すりゃいい」

 

「……ほんと、そういう言葉はさらっと投げる」

 

「重く受け取るかはお前次第だ」

 

 ランスロットは一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。

 

「受け取るよ」

 

 絶花が、そのやり取りを静かに見ていた。

 

「部屋、こっちです」

 

「うん。ありがとう」

 

 ランスロットが絶花について立ち上がる。戸口のところで、一度だけ振り返った。

 

「太郎」

 

「なんだ」

 

「今日から、ほんとに居るからね」

 

「見れば分かる」

 

「もっとこう、歓迎の言葉とかない?」

 

「騒ぐな、床が抜ける」

 

 ランスロットが吹き出す。

 

「最悪」

 

「知ってるだろ」

 

「知ってる。だから来た」

 

 その返しに、少しだけ笑う。

 

「だったら文句言うな」

 

「はいはい、王様」

 

 絶花に案内されて、ランスロットが廊下の奥へ消える。

 

 家の中に、ひとつ分、気配が増えた。

 

 静かな家だった。潮の音と、遠くの虫の声だけがいつもの夜だった。そこに、剣を二振り抱えた厄介な新入りが転がり込んできた。

 

 面倒は増える。

 

 家の方も、継承の方も、そのうち黙ってはいないだろう。

 

 だが、それでいい。

 

 俺は冷めかけた茶を飲みきって、立ち上がる。

 

 奥から、絶花の「そこです」「荷物はこっちへ」という小さな声と、ランスロットの少し笑った返事が聞こえた。

 

 王国ってのは、こういうところからも広がる。

 

 戦場だけじゃない。寝床も、飯も、日々の面倒も含めてだ。

 

 悪くない。

 

 少なくとも、追い出された騎士が戸口に立ってるよりは、ずっとましだ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。