サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
夜もだいぶ更けていた。
村の灯りはもうまばらで、海の音だけが遠くから細く届く。風は冷えているが、昼間の潮の匂いがまだ土間の方に残っていた。
居間で帳面を閉じたところで、玄関の戸が叩かれる。
こんな時間に来るやつで、ろくなのを見た記憶がない。
「太郎さん」
奥から絶花の声がした。
「私、出ます」
「いや、いい。どうせ面倒だ」
そう返して立ち上がる。絶花も結局ついてきた。こういう時に素直に待ってるほど、あいつも薄情じゃない。
戸を開ける。
案の定、面倒が立っていた。
「こんばんは」
月明かりの下で、ランスロットが笑う。
片手に鞄。もう片方の手には細長い包み。背中には剣。服は昼間のままじゃないが、きちんと整っている。整っているのに、その立ち方だけがどうにも落ち着いていなかった。
絶花が、俺の少し後ろで小さく息を呑む。
「……ランスロットさん」
「やあ、宮本さん。起きてたんだ」
「起きてます。というか……こんな時間に、どうしたんですか」
ランスロットはそこで、ほんの少しだけ笑みを深くした。
「行く場所、なくなった」
軽い口調だった。
軽く言ってるだけで、軽い話じゃないことは分かる。
俺は戸を半分だけ開けたまま、そいつの荷物を見る。少ない。だが少なすぎもしない。今夜だけどうにかしたい人間の持ち方じゃない。少なくとも、数日で引き上げる気ではない荷だ。
「家か」
訊くと、ランスロットは肩を竦めた。
「話が早いね」
「お前が分かりやすいだけだ」
「褒め言葉?」
「状況次第だな」
絶花が、少し言いにくそうに口を開く。
「その、もしかして……」
「うん」
ランスロットはあっさり頷いた。
「追い出された」
夜風が、一度だけ強く吹く。
戸口の空気が冷える。絶花はすぐには何も言わなかった。言えなかった、の方が近いだろう。
俺は戸をもう少し開けた。
「立ち話で済む話か」
「済ませようと思えば済ませられるけど、たぶん済まない」
「だろうな。入れ」
ランスロットが一瞬だけ目を丸くする。
「そんな即答でいいの?」
「うちの騎士が戸口で突っ立ってるのを見物する趣味はない」
そう返すと、今度は絶花が少しだけこっちを見た。
ランスロットは、ふっと息を漏らして笑う。
「……そういうところだよね、ほんと」
「感想はいいから入れ。冷える」
「はいはい」
土間へ上がる足音は、見た目よりずっと静かだった。名門育ちってやつは、こういうところで妙に品が残る。
絶花がすぐに下足を揃え、鞄を置く場所を空ける。その手つきが自然すぎて、自分で少し驚いてる顔をしていた。
「お茶、いれます」
「助かる」
俺が言うと、絶花は小さく頷いて台所へ消えた。
居間へ通す。ランスロットは座る前に一度だけ部屋を見回した。珍しがるというより、今夜から自分の身をどこへ置くのか、ちゃんと見ている顔だ。
「で」
向かいへ座りながら訊く。
「何があった」
ランスロットはすぐには答えない。鞄の持ち手を指先で弄り、それから短く息を吐いた。
「見せたんだよ」
「何を」
「この剣を」
鞘に収まった二振りへ、視線が落ちる。
「黙ってるのも変でしょ。家に戻るなら、いずれ分かる。だったら先に見せた方がましだと思った」
「結果は」
「大体想像通り」
ランスロットは笑った。昼間の不敵な笑い方じゃない。もう少し乾いていて、少しだけ痛い。
「最初は誰も、意味が分かってなかった。“何をした”“どうやった”“それはアロンダイトか”って、そんな話ばっかり」
「で、すぐその次に“誰の差し金だ”か」
「正解」
絶花が茶を持って戻ってくる。湯気の立つ湯呑みを一つずつ置きながら、話の続きへ耳を傾けていた。
ランスロットは湯呑みへ手を伸ばし、温度を確かめるみたいに両手で包む。
「私が、自分の意思でこうしたって言っても、最初は誰も聞かなかった。そんなことより、“ランスロット家の継承剣を変質させた”って話の方が大きいらしくてね」
「ありがちな話だ」
「ほんとにね」
一口飲んで、それから続ける。
「そのあと、もっと最悪。太郎の名前を出したら、空気が変わった」
絶花の指先が、ほんの少しだけ止まる。
「……太郎さんの」
「うん。あんたのところの王様」
ランスロットは俺を見る。
「外の人間に取り込まれた、って話になった」
「間違ってはいないだろ」
「その言い方を本人がするの最悪だよ」
「勧誘したのは事実だ」
「したね。ものすごく真正面から」
それを受け取ったのは自分だ、と言外に続く。
俺は茶を一口飲む。
「追い出された、ってのは」
「そのまま」
ランスロットはあっさり言った。
「名を継ぐ者として認められない、って。家の型を捨て、継承剣を歪め、しかも外へ下った者を、うちには置けないってさ」
絶花が小さく息を呑む。
「そんな……」
「まあ、言うよね」
ランスロットは肩を竦めた。軽く見せてる。だが、そこで軽く流せるほど平気でもないのが分かる。
「一応、父は最後まで“考え直せ”って言ったよ。今ならまだ戻れる、剣も名も戻せる、って。でも」
そこで言葉が止まる。
止まったまま、ランスロットは二振りの剣を見る。
「戻す気、なかったんだろ」
俺が言うと、あいつは静かに頷いた。
「なかった」
その二文字だけは、妙に重かった。
「だって、もう分かっちゃったから。こっちの方が合うって。今さら一本に戻して、“何もありませんでした”みたいな顔で立てるほど、器用じゃない」
「上等」
「褒めてる?」
「そう聞こえないなら耳が悪い」
ランスロットは苦笑する。
「ほんと、そういうとこ変わらないね」
絶花が、おずおずと口を開いた。
「……後悔は、してませんか」
ランスロットは少しだけ目を瞬かせる。
「してるように見える?」
「いえ。でも、その……痛くは、あるのかなって」
いい聞き方だ。
絶花らしい。踏み込みすぎず、でも逃がしもしない。
ランスロットは少し考えるみたいにしてから答えた。
「痛いよ」
まっすぐだった。
「平気なわけない。家だし、名だし、育った場所だし。それを切られたなら、そりゃ痛い」
絶花は黙って聞いている。
「でも、後悔ではないかな」
ランスロットは、そこで少しだけ笑う。
「痛いのと、間違ってたのは別だから」
その答えに、絶花は小さく頷いた。
「……はい」
それ以上、安い慰めを言わないのが絶花のいいところだ。
ランスロットは茶を飲みきり、少し息を吐いた。
「で、問題はここからなんだよね」
「何が」
「ここに来たこと」
「追い出されたなら、来る先はここだろ」
「そういう言い方、ずるいなあ」
「事実だ。お前、自分でうちの騎士になるって言ったろ」
「言った」
「なら、寝床に困るならうちへ来る。筋は通ってる」
ランスロットはしばらく俺を見て、それからふっと笑う。
「やっぱり王様だ」
「今さら再確認するな」
「だって、普通はもうちょっと言い方があるでしょ。可哀想だったな、とか。大変だったな、とか」
「必要か?」
「……今は、いらないかも」
その返事には少し本音が混じっていた。多分、同情で受け入れられる方が嫌なんだろう。
だったらこっちの方がいい。
絶花がそこで、現実的なことを思い出した顔をする。
「部屋、どうするんですか」
「空いてる納戸の隣、片付いてたな」
「……片付いては、いますけど」
「使えるなら十分だろ」
「十分じゃないです」
絶花は珍しくはっきり言った。
「寝具が足りません。あと、着替えとか、洗面とか……女性なので、そのままだと困ります」
ランスロットが少しだけ吹き出す。
「そこから来るんだ、宮本さん」
「そこ、じゃないです」
絶花は少し頬を強張らせた。
「大事です。生活なので」
「うん。分かる。すごく分かる」
ランスロットの声が柔らかくなる。
「ありがとう。そういうの、今ちょっと助かる」
絶花は少しだけ視線を逸らした。
「別に……追い出された人を放っておくの、嫌なので」
「やっぱり優しいよね」
「そういう言い方、やめてください」
「なんで?」
「困ります」
「さっきからずっとそれ言ってる」
「本当に困るので」
そのやり取りを聞いて、俺は茶を飲みながら言う。
「じゃあ決まりだ。部屋は納戸の隣。寝具は俺のを一組回す」
「太郎さんはどうするんですか」
「雑魚寝で十分だろ」
「十分じゃないです」
絶花が即答する。
ランスロットが肩を揺らして笑った。
「この家、思ったよりしっかりしてるね」
「お前が雑なだけだ」
「初日からひどい」
「歓迎会の代わりだ」
ランスロットは机に頬杖をついた。
「でも、泊めてくれるんだ」
「何度言わせる」
「確認。だって、家から追い出された女が夜中に来て、面倒見ろって言ってるんだよ」
「言ってないですけど」
絶花が挟む。
「言ってないけど、ほぼそうだろ」
「そうとも言う」
ランスロットは笑ってから、少しだけ真面目な顔に戻った。
「……ありがと」
今度の礼は、軽口じゃなかった。
だから、軽く返す。
「うちの騎士を野宿させる趣味がねえだけだ」
「それでも十分」
絶花が立ち上がる。
「寝具、出してきます。あと、洗面用の桶も」
「手際いいなあ」
ランスロットが感心したように言うと、絶花は足を止めずに答える。
「今日はもう遅いので。明日、必要なものを買いに行きましょう」
「そこまでしてくれるの?」
「居候なら、最低限は必要です」
「すごい。すごくちゃんとしてる」
「ちゃんとしてないと困るだけです」
絶花が奥へ消える。
残された居間に、少しだけ静けさが落ちた。
ランスロットはしばらくその背を見て、それからぽつりと言う。
「宮本さん、思ってたよりずっと優しいね」
「表で言うと困るぞ」
「なんで」
「本人が困るからだ」
ランスロットは納得したように頷く。
「なるほど。じゃあ黙っておく」
「そうしろ」
少しして、あいつは今度は俺を見る。
「でも、太郎もだよ」
「何が」
「もっと突き放すかと思ってた」
「どこがだ」
「家を追い出された? そうか、じゃあ働け、で終わるかと思ってた」
「終わってないか?」
「終わってないよ。ちゃんと家に入れたし、お茶も飲ませたし、寝床も作る」
「それは必要だからだ」
「そういう言い方、ほんと便利だね」
「便利じゃない。正確だ」
「でも、嫌いじゃない」
ランスロットは少しだけ目を細める。
「そうやって、同情じゃなく“うちの騎士だから置く”って言われる方が、今の私には助かる」
それは本音だろう。
なら、それでいい。
「分かってるなら話が早い」
「うん。ほんとに」
そこで絶花が寝具を抱えて戻ってきた。普段より動きが少し速い。気になってる証拠だ。
「部屋、準備しました」
「仕事が早い」
「やるなら早くやった方がいいです」
ランスロットが立ち上がる。
「案内してくれる?」
「はい。……あ、でも」
絶花が少し迷ってから言う。
「夜中に剣、振らないでください」
「振らないよ」
「本当にですか」
「本当に。そこまで落ち着きない子どもじゃない」
「なら、いいです」
「信じてない顔してる」
「少しだけです」
ランスロットは笑って、鞄を持ち上げた。
その時、二振りの剣が小さく鳴る。まだ馴染みきっていないはずなのに、手の側に来る動きはもう自然だった。
あいつはその音に、ほんの少しだけ表情を緩める。
「……家を出る時さ」
不意に言う。
絶花も、俺も見る。
「最後に、父に言われたんだ。“戻りたくなったら、その剣を置いて戻れ”って」
絶花の眉が寄る。
「そんな……」
「まあ、分かりやすいよね」
ランスロットは苦く笑った。
「だから、戻る時は来ない」
その言い方には、寂しさもあった。だが、それ以上に決めた後の硬さがあった。
俺はそれを聞いて、短く返す。
「なら前だけ見てろ」
ランスロットがこちらを見る。
「簡単に言うね」
「簡単な話だからな。置いてきたもんが重いなら、その分、前で回収すりゃいい」
「……ほんと、そういう言葉はさらっと投げる」
「重く受け取るかはお前次第だ」
ランスロットは一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。
「受け取るよ」
絶花が、そのやり取りを静かに見ていた。
「部屋、こっちです」
「うん。ありがとう」
ランスロットが絶花について立ち上がる。戸口のところで、一度だけ振り返った。
「太郎」
「なんだ」
「今日から、ほんとに居るからね」
「見れば分かる」
「もっとこう、歓迎の言葉とかない?」
「騒ぐな、床が抜ける」
ランスロットが吹き出す。
「最悪」
「知ってるだろ」
「知ってる。だから来た」
その返しに、少しだけ笑う。
「だったら文句言うな」
「はいはい、王様」
絶花に案内されて、ランスロットが廊下の奥へ消える。
家の中に、ひとつ分、気配が増えた。
静かな家だった。潮の音と、遠くの虫の声だけがいつもの夜だった。そこに、剣を二振り抱えた厄介な新入りが転がり込んできた。
面倒は増える。
家の方も、継承の方も、そのうち黙ってはいないだろう。
だが、それでいい。
俺は冷めかけた茶を飲みきって、立ち上がる。
奥から、絶花の「そこです」「荷物はこっちへ」という小さな声と、ランスロットの少し笑った返事が聞こえた。
王国ってのは、こういうところからも広がる。
戦場だけじゃない。寝床も、飯も、日々の面倒も含めてだ。
悪くない。
少なくとも、追い出された騎士が戸口に立ってるよりは、ずっとましだ。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア