サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
片付けを済ませて、自室の襖を開けた。
そこに、ランスロットがいた。
勝手にくつろいでいる、という感じではない。きちんと座っている。背筋も伸びている。二振りの剣は壁際へまとめて立てかけてあったし、部屋の物に触った気配もない。だから余計に、何をしてるんだお前、という感想だけが先に立つ。
「……何してる」
言うと、ランスロットは少しだけ首を傾けた。
「待ってた」
即答だった。
「そこはせめて、悪かったとかないのか」
「太郎の部屋に勝手に入ったこと?」
「それ以外に何がある」
「一応、入る前に声はかけたよ」
「返事がある前に入っただろ」
「そこは、まあ」
ランスロットは小さく笑う。
「待つのが面倒になった」
「正直だな」
「今さら取り繕っても遅いでしょ」
それはそうだ。
俺はため息を一つついて、襖を閉めた。追い出すほどでもない。用がある顔をしてるし、わざわざこの時間に待ってたなら、それなりに聞く価値のある話なんだろう。
向かいへ座る。
「で」
「うん」
「用件を先に言え」
「そう急かさないでよ」
「夜更かしの理由として納得できるものなら、こっちだって多少は待つ」
「できなかったら?」
「明日から台所当番増やす」
ランスロットが目を丸くする。
「主の権力の使い方が地味に嫌」
「効くだろ」
「すごく効くのが腹立つ」
言いながらも、ランスロットはちゃんと笑っていた。昼間よりも少し力の抜けた笑い方だ。共同生活三日目にして、もうこの家の空気にはだいぶ馴染んでいる。
海の音が遠く鳴る。
夜の部屋は静かだった。廊下の軋みも、風の通りも、全部が小さい。その静けさの中で、ランスロットは一度だけ視線を落とし、少し考えるように間を置いた。
「聞きたいことがある」
「剣か」
「違う」
「家の話か」
「それも違う」
「じゃあなんだ」
そこでランスロットが、俺の顔を見た。
「恋愛の方」
何を言い出すんだこいつは。
顔には出たと思う。出て困る話でもない。
「……は?」
「だから、恋愛」
「いや、聞き取れてはいる。意味が分からないだけだ」
「意味そのままだよ」
「そういうのは分かる。分かった上で、なんで今、うちの自室でその話になる」
ランスロットは頬杖をつくでもなく、ただ膝の上で指を組んだ。
「ライザさんに少し焚きつけられたのはある」
「少しで済むのか」
「半分くらい」
「結構多いな」
「でも、全部じゃないよ」
声音が少し落ちる。
「私も気になったから」
その言い方は、いつもの不敵な調子よりまっすぐだった。
だからこそ、こっちも軽くは返さない。
「何が気になる」
「太郎って、そういうのどう考えてるのかなって」
「そういうの、で済ませるな。主語がでかい」
「じゃあ、ちゃんと言う」
ランスロットは少し息を吸って、言葉を選んだ。
「誰かを好きになるとか。そういうことを、太郎はどう扱うの」
部屋の空気が少しだけ変わった。
別に甘い話をしてるわけじゃない。だが、剣の話とも、役割の話とも違う。答え方を間違えると、変な方向へ転がる問いだ。
「急だな」
「そうかな」
「かなりだ」
「でも、聞きたいタイミングって急に来るでしょ、こういうの」
「知らん」
「知らないって顔じゃないよ」
「どういう顔だ」
「困ってる顔」
「お前な」
思わず呆れると、ランスロットは肩を揺らして笑う。
「そんなに変なこと聞いてる?」
「変だろ。騎士になって数日、共同生活始めて三日、聞く話じゃねえ」
「三日も一緒にいれば、結構見えるものあるよ」
「何が見えた」
「太郎、そういう話を自分からは絶対しない」
「当たり前だ」
「興味がないから?」
「無駄に口に出す理由がないからだ」
「それ、ちょっと違うよね」
ランスロットは首を傾ける。
「興味がない人の言い方じゃない」
鋭いな。
いや、鋭いというより、変なところで勘がいい。絶花とはまた違う拾い方だ。あいつが空気や気配から見るなら、ランスロットは会話の隙間から見てくる。
「お前、剣以外も面倒だな」
「褒め言葉?」
「今は違う」
「残念」
そう言ってから、ランスロットは少しだけ真面目な顔に戻った。
「だってさ。太郎って、人を見る時にわりと奥まで見るでしょ」
「必要ならな」
「必要じゃなくても見えてる時あるよ」
「気のせいだ」
「そういう逃がし方するんだ」
「逃げてねえ。お前が大げさなんだ」
ランスロットは一瞬だけ口を尖らせた。
「じゃあ、聞き方を変える」
「勝手にしろ」
「太郎は、誰かを好きになったら、ちゃんとその人に言うタイプ?」
直球で来た。
やっぱり面倒だ。
だが、面倒だからといって黙るのも違う。下手にかわすと、こいつは余計に詰めてくる顔をしている。
「相手による」
そう返すと、ランスロットは少しだけ目を細めた。
「へえ」
「何だ、その反応」
「いや、もっと“知らん”とか“興味ない”で切るかと思った」
「雑に聞かれたら雑に返すだけだ」
「今のは雑じゃなかった?」
「さっきよりはマシだな」
「ひどいなあ」
ランスロットは軽く笑う。が、そのあとで言葉を継いだ。
「じゃあ、相手によるっていうのは?」
「そのままだ。好きだの何だの、言えば済む相手もいれば、言わない方がましな相手もいる」
「理屈っぽい」
「感情論だけで済ませるよりはましだろ」
「でも、太郎らしいかも」
「今さらだな」
「うん。今さら」
ランスロットは少しだけ視線をずらした。障子の向こう、夜の暗がりへ流してから、また戻す。
「私の家だとさ、そういうのも全部“相応しいかどうか”で決まるんだよね」
不意にそう言った。
「恋愛?」
「うん。結婚とか縁談とか、そういうのまで含めて。家の名に合うか、血に傷がつかないか、立場に釣り合うか。そういうのばっかり」
そこで小さく笑う。
「だから、余計に分からなくなる。好きになるって、何から始まるのか」
「急に話が重くなったな」
「最初から軽い話じゃないよ」
その言い方は、少しだけ本気だった。
俺は壁に背を預け直す。
「お前はどうなんだ」
「私?」
「聞いてくるってことは、お前の方にも何かあるんだろ」
ランスロットはしばらく黙っていた。
質問を返されるとは思ってなかったらしい。だが、すぐに顔を逸らすほどでもない。
「ある、というか」
言葉が揺れる。
「今まで考える余裕がなかった、かな」
「剣で手一杯だったか」
「それもあるし、家のこともあるし」
少しだけ苦笑する。
「あと、そういうのを自分の意思で選ぶって発想自体、あんまりなかった」
「名門育ちだな」
「嫌な言い方」
「事実だろ」
「そうだけど」
ランスロットは膝の上の指を組み直した。
「でも、ここに来てから、ちょっとだけ変わった」
「共同生活三日でか」
「三日でも、変わる時は変わるよ」
「大したもんだ」
「馬鹿にしてる?」
「半分くらい」
「半分はしてるんだ」
「残り半分は聞いてやってる」
それに、ランスロットは笑った。
「そういうところ、ほんとずるい」
「何がだ」
「邪険にしてるようで、ちゃんと会話は切らないところ」
「話を振ったのはお前だ」
「そうだね。でも、太郎ならほんとに終わらせることもできるでしょ」
「必要ならな」
「今は必要じゃないんだ」
その問い返しは、わずかに柔らかかった。
俺は少しだけ間を置いてから答える。
「……そうだな」
答えたあとで、ランスロットが一瞬だけ黙る。
今の一言は、こいつにとってそれなりに意味があったらしい。
「じゃあ、もう一個」
「まだあるのか」
「あるよ。せっかく話してるんだから」
「せっかく、で押し切るな」
「使えるものは使う」
「どこで覚えた」
「主の近く」
「最悪だな」
「でも否定できないでしょ?」
できないのが腹立つ。
ランスロットは少しだけ前へ身を乗り出した。
「太郎って、好かれるのは嫌いじゃないよね」
「何だその雑なくくり」
「雑じゃないよ。結構ちゃんと見てる」
「聞こうじゃないか」
「絶花にも、ライザさんにも、黒歌にも、あと八坂さんにも」
その名前が出たところで、さすがに眉が動いた。
「見てるな、お前」
「でしょ」
ランスロットは少し勝ち誇ったように笑う。
「みんな向け方は違うけど、太郎に対して何かしら特別な温度がある。でも、太郎は嫌がってない」
「嫌がる理由がないならな」
「受け止め方は違うけど、全部切り捨ててるわけじゃない」
「そうだな」
「それって、どうして?」
いいところを突く。
雑なようでいて、聞いてる芯は外していない。
「価値があるからだ」
そう答えると、ランスロットは少しだけ考えるような顔をした。
「価値」
「好意だろうが信頼だろうが執着だろうが、向こうが何かを向けてくるなら、それ自体は事実だ。だったら、無意味に切る必要はない」
「ずいぶん王様っぽい答え」
「王だからな」
「でも、それだけでもないでしょ」
そこをさらに来るのか。
俺はため息をつく。
「お前、詰める時はほんとに遠慮ないな」
「嫌?」
「嫌ならここまで答えてない」
「じゃあ続ける」
こいつ、本当に扱いが面倒だ。
「たぶん太郎、価値があるから受け取るだけじゃないよ」
ランスロットの声は静かだった。
「ちゃんと、その人の向け方ごと見てる」
「そう見えるか」
「うん。少なくとも私には」
そこで少しだけ笑う。
「だから気になった。そういう人が、自分の恋愛をどう扱うのか」
ようやく、質問の芯が戻ってきた。
「つまり、お前は俺が誰かを好きになる時に、どういう選び方をするか知りたいわけだ」
「かなりはっきり言うね」
「整理しただけだ」
「まあ、そう」
ランスロットは頷く。
「知りたい。太郎って、感情だけで突っ走る感じじゃないから。逆に、どうやって“好き”って決まるのかなって」
それは、考えたことがないわけじゃない。
ただ、普段口にする類の話でもない。
「決まる、ってほど綺麗じゃないだろ」
「そうかな」
「人間の感情なんて、大体は雑だ。だが、その雑なもんを抱えたまま並べる相手かどうかは見る」
「……並べる」
「そうだ」
言いながら、自分の言葉を少し整理する。
「側に置いても崩れないか。こっちが崩しても、向こうが残るか。逆に向こうが崩れかけた時、こっちが支える価値があるか。そういうのだ」
ランスロットは黙って聞いていた。
「だから“好きだから全部許す”みたいなのはねえ」
「うん」
「だが、“好きだからこそ切らない”はあるかもしれない」
そこまで言うと、ランスロットは少しだけ息を止めた。
意外だったのかもしれない。
「太郎って、もっと徹底してるかと思ってた」
「してるだろ」
「いや、なんていうか」
言葉を探して、少し笑う。
「思ってたより、ちゃんと人間だなって」
「失礼だな」
「褒めてるよ」
「今日はそればっかだな」
「だって本当にそうなんだもん」
ランスロットは膝を抱えるように少しだけ座り直した。昼間よりずっと砕けた仕草だ。もうこの家に慣れ始めてる証拠でもある。
「じゃあ、太郎は好きな相手がいたら、ちゃんとその人のこと見るんだ」
「当たり前だ」
「役割とか、価値とかだけじゃなくて?」
「そこを分ける意味がない。人間の好意なんて、そいつがどういう人間か込みだろ」
「……そっか」
その返事は小さい。
納得したようでもあるし、どこかでほっとしたようでもある。
少しして、ランスロットはまた顔を上げた。
「じゃあ最後」
「まだあるのか」
「最後」
「信用ならねえな」
「本当に最後」
俺が黙ると、ランスロットは少しだけ笑った。
「太郎は、恋愛したら面倒くさい方だと思う」
「喧嘩売ってるのか」
「違う違う。悪い意味じゃなくて」
「続けろ」
「好きになったら、その人のことすごく見るでしょ。見て、考えて、簡単には手放さない。でも言葉は足りないし、不器用だし、変なところで急に王様になる」
「散々だな」
「でも、そういうの嫌いじゃない人、結構いると思う」
「お前も大概面倒だな」
「知ってる」
ランスロットは少し肩をすくめた。
「でも、聞けてよかった」
「何が」
「太郎が、ちゃんとそういうことを考えてるって分かったから」
「考えない理由がない」
「うん。そうだね」
そこで、ようやく空気が少し緩む。
俺は壁にもたれたまま、ランスロットを見る。
「で、満足したか」
「かなり」
「それは結構」
「あと、ちょっと安心した」
「何にだ」
「太郎が、本当に誰にも興味ない人だったらどうしようかと思ってた」
「お前、俺を何だと思ってる」
「王様」
「雑だな」
「でも、だいぶ正しい」
俺は思わず苦笑する。
ランスロットはその顔を見て、少しだけ目を細めた。
「今の顔、好き」
「はいはい」
「流した」
「夜更かしの元凶に付き合ってやってるだけでも十分だ」
「そういう言い方するのに、ちゃんと話してくれるんだよね」
「切るほどくだらなくもなかったからな」
「なら、合格」
「勝手に判定するな」
「でも、してる」
最後にそう言って、ランスロットは立ち上がった。壁際の二振りを取り、軽く持ち直す。その動作がもうすっかり自然だ。
襖の前で一度だけ振り返る。
「太郎」
「なんだ」
「そのうち、誰かを好きになったら教えて」
「断る」
「即答」
「当たり前だ」
「じゃあ、見てることにする」
「お前な」
「騎士だからね」
「用途が違うだろ」
ランスロットは笑いながら襖を開けた。
「それ、ちゃんと考えといて。たぶん太郎、自分で思ってるよりそういうの向いてないから」
「余計なお世話だ」
「うん。でも、言いたかった」
そうして、今度こそ廊下へ出ていく。
足音が遠ざかる。静けさが戻る。
俺は一人、部屋に残った。
海の音が遠い。夜は深い。なのに、妙に頭だけが冴えていた。
面倒な話を持ってきたもんだ。
だが、完全に無駄だったとも言い切れない。
俺は天井を見上げ、息を吐く。
「……本当に面倒な騎士だな」
苦笑しながらそう呟いて、ようやく灯りを落とした。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア