※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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騎士の疑問

 片付けを済ませて、自室の襖を開けた。

 

 そこに、ランスロットがいた。

 

 勝手にくつろいでいる、という感じではない。きちんと座っている。背筋も伸びている。二振りの剣は壁際へまとめて立てかけてあったし、部屋の物に触った気配もない。だから余計に、何をしてるんだお前、という感想だけが先に立つ。

 

「……何してる」

 

 言うと、ランスロットは少しだけ首を傾けた。

 

「待ってた」

 

 即答だった。

 

「そこはせめて、悪かったとかないのか」

 

「太郎の部屋に勝手に入ったこと?」

 

「それ以外に何がある」

 

「一応、入る前に声はかけたよ」

 

「返事がある前に入っただろ」

 

「そこは、まあ」

 

 ランスロットは小さく笑う。

 

「待つのが面倒になった」

 

「正直だな」

 

「今さら取り繕っても遅いでしょ」

 

 それはそうだ。

 

 俺はため息を一つついて、襖を閉めた。追い出すほどでもない。用がある顔をしてるし、わざわざこの時間に待ってたなら、それなりに聞く価値のある話なんだろう。

 

 向かいへ座る。

 

「で」

 

「うん」

 

「用件を先に言え」

 

「そう急かさないでよ」

 

「夜更かしの理由として納得できるものなら、こっちだって多少は待つ」

 

「できなかったら?」

 

「明日から台所当番増やす」

 

 ランスロットが目を丸くする。

 

「主の権力の使い方が地味に嫌」

 

「効くだろ」

 

「すごく効くのが腹立つ」

 

 言いながらも、ランスロットはちゃんと笑っていた。昼間よりも少し力の抜けた笑い方だ。共同生活三日目にして、もうこの家の空気にはだいぶ馴染んでいる。

 

 海の音が遠く鳴る。

 

 夜の部屋は静かだった。廊下の軋みも、風の通りも、全部が小さい。その静けさの中で、ランスロットは一度だけ視線を落とし、少し考えるように間を置いた。

 

「聞きたいことがある」

 

「剣か」

 

「違う」

 

「家の話か」

 

「それも違う」

 

「じゃあなんだ」

 

 そこでランスロットが、俺の顔を見た。

 

「恋愛の方」

 

 何を言い出すんだこいつは。

 

 顔には出たと思う。出て困る話でもない。

 

「……は?」

 

「だから、恋愛」

 

「いや、聞き取れてはいる。意味が分からないだけだ」

 

「意味そのままだよ」

 

「そういうのは分かる。分かった上で、なんで今、うちの自室でその話になる」

 

 ランスロットは頬杖をつくでもなく、ただ膝の上で指を組んだ。

 

「ライザさんに少し焚きつけられたのはある」

 

「少しで済むのか」

 

「半分くらい」

 

「結構多いな」

 

「でも、全部じゃないよ」

 

 声音が少し落ちる。

 

「私も気になったから」

 

 その言い方は、いつもの不敵な調子よりまっすぐだった。

 

 だからこそ、こっちも軽くは返さない。

 

「何が気になる」

 

「太郎って、そういうのどう考えてるのかなって」

 

「そういうの、で済ませるな。主語がでかい」

 

「じゃあ、ちゃんと言う」

 

 ランスロットは少し息を吸って、言葉を選んだ。

 

「誰かを好きになるとか。そういうことを、太郎はどう扱うの」

 

 部屋の空気が少しだけ変わった。

 

 別に甘い話をしてるわけじゃない。だが、剣の話とも、役割の話とも違う。答え方を間違えると、変な方向へ転がる問いだ。

 

「急だな」

 

「そうかな」

 

「かなりだ」

 

「でも、聞きたいタイミングって急に来るでしょ、こういうの」

 

「知らん」

 

「知らないって顔じゃないよ」

 

「どういう顔だ」

 

「困ってる顔」

 

「お前な」

 

 思わず呆れると、ランスロットは肩を揺らして笑う。

 

「そんなに変なこと聞いてる?」

 

「変だろ。騎士になって数日、共同生活始めて三日、聞く話じゃねえ」

 

「三日も一緒にいれば、結構見えるものあるよ」

 

「何が見えた」

 

「太郎、そういう話を自分からは絶対しない」

 

「当たり前だ」

 

「興味がないから?」

 

「無駄に口に出す理由がないからだ」

 

「それ、ちょっと違うよね」

 

 ランスロットは首を傾ける。

 

「興味がない人の言い方じゃない」

 

 鋭いな。

 

 いや、鋭いというより、変なところで勘がいい。絶花とはまた違う拾い方だ。あいつが空気や気配から見るなら、ランスロットは会話の隙間から見てくる。

 

「お前、剣以外も面倒だな」

 

「褒め言葉?」

 

「今は違う」

 

「残念」

 

 そう言ってから、ランスロットは少しだけ真面目な顔に戻った。

 

「だってさ。太郎って、人を見る時にわりと奥まで見るでしょ」

 

「必要ならな」

 

「必要じゃなくても見えてる時あるよ」

 

「気のせいだ」

 

「そういう逃がし方するんだ」

 

「逃げてねえ。お前が大げさなんだ」

 

 ランスロットは一瞬だけ口を尖らせた。

 

「じゃあ、聞き方を変える」

 

「勝手にしろ」

 

「太郎は、誰かを好きになったら、ちゃんとその人に言うタイプ?」

 

 直球で来た。

 

 やっぱり面倒だ。

 

 だが、面倒だからといって黙るのも違う。下手にかわすと、こいつは余計に詰めてくる顔をしている。

 

「相手による」

 

 そう返すと、ランスロットは少しだけ目を細めた。

 

「へえ」

 

「何だ、その反応」

 

「いや、もっと“知らん”とか“興味ない”で切るかと思った」

 

「雑に聞かれたら雑に返すだけだ」

 

「今のは雑じゃなかった?」

 

「さっきよりはマシだな」

 

「ひどいなあ」

 

 ランスロットは軽く笑う。が、そのあとで言葉を継いだ。

 

「じゃあ、相手によるっていうのは?」

 

「そのままだ。好きだの何だの、言えば済む相手もいれば、言わない方がましな相手もいる」

 

「理屈っぽい」

 

「感情論だけで済ませるよりはましだろ」

 

「でも、太郎らしいかも」

 

「今さらだな」

 

「うん。今さら」

 

 ランスロットは少しだけ視線をずらした。障子の向こう、夜の暗がりへ流してから、また戻す。

 

「私の家だとさ、そういうのも全部“相応しいかどうか”で決まるんだよね」

 

 不意にそう言った。

 

「恋愛?」

 

「うん。結婚とか縁談とか、そういうのまで含めて。家の名に合うか、血に傷がつかないか、立場に釣り合うか。そういうのばっかり」

 

 そこで小さく笑う。

 

「だから、余計に分からなくなる。好きになるって、何から始まるのか」

 

「急に話が重くなったな」

 

「最初から軽い話じゃないよ」

 

 その言い方は、少しだけ本気だった。

 

 俺は壁に背を預け直す。

 

「お前はどうなんだ」

 

「私?」

 

「聞いてくるってことは、お前の方にも何かあるんだろ」

 

 ランスロットはしばらく黙っていた。

 

 質問を返されるとは思ってなかったらしい。だが、すぐに顔を逸らすほどでもない。

 

「ある、というか」

 

 言葉が揺れる。

 

「今まで考える余裕がなかった、かな」

 

「剣で手一杯だったか」

 

「それもあるし、家のこともあるし」

 

 少しだけ苦笑する。

 

「あと、そういうのを自分の意思で選ぶって発想自体、あんまりなかった」

 

「名門育ちだな」

 

「嫌な言い方」

 

「事実だろ」

 

「そうだけど」

 

 ランスロットは膝の上の指を組み直した。

 

「でも、ここに来てから、ちょっとだけ変わった」

 

「共同生活三日でか」

 

「三日でも、変わる時は変わるよ」

 

「大したもんだ」

 

「馬鹿にしてる?」

 

「半分くらい」

 

「半分はしてるんだ」

 

「残り半分は聞いてやってる」

 

 それに、ランスロットは笑った。

 

「そういうところ、ほんとずるい」

 

「何がだ」

 

「邪険にしてるようで、ちゃんと会話は切らないところ」

 

「話を振ったのはお前だ」

 

「そうだね。でも、太郎ならほんとに終わらせることもできるでしょ」

 

「必要ならな」

 

「今は必要じゃないんだ」

 

 その問い返しは、わずかに柔らかかった。

 

 俺は少しだけ間を置いてから答える。

 

「……そうだな」

 

 答えたあとで、ランスロットが一瞬だけ黙る。

 

 今の一言は、こいつにとってそれなりに意味があったらしい。

 

「じゃあ、もう一個」

 

「まだあるのか」

 

「あるよ。せっかく話してるんだから」

 

「せっかく、で押し切るな」

 

「使えるものは使う」

 

「どこで覚えた」

 

「主の近く」

 

「最悪だな」

 

「でも否定できないでしょ?」

 

 できないのが腹立つ。

 

 ランスロットは少しだけ前へ身を乗り出した。

 

「太郎って、好かれるのは嫌いじゃないよね」

 

「何だその雑なくくり」

 

「雑じゃないよ。結構ちゃんと見てる」

 

「聞こうじゃないか」

 

「絶花にも、ライザさんにも、黒歌にも、あと八坂さんにも」

 

 その名前が出たところで、さすがに眉が動いた。

 

「見てるな、お前」

 

「でしょ」

 

 ランスロットは少し勝ち誇ったように笑う。

 

「みんな向け方は違うけど、太郎に対して何かしら特別な温度がある。でも、太郎は嫌がってない」

 

「嫌がる理由がないならな」

 

「受け止め方は違うけど、全部切り捨ててるわけじゃない」

 

「そうだな」

 

「それって、どうして?」

 

 いいところを突く。

 

 雑なようでいて、聞いてる芯は外していない。

 

「価値があるからだ」

 

 そう答えると、ランスロットは少しだけ考えるような顔をした。

 

「価値」

 

「好意だろうが信頼だろうが執着だろうが、向こうが何かを向けてくるなら、それ自体は事実だ。だったら、無意味に切る必要はない」

 

「ずいぶん王様っぽい答え」

 

「王だからな」

 

「でも、それだけでもないでしょ」

 

 そこをさらに来るのか。

 

 俺はため息をつく。

 

「お前、詰める時はほんとに遠慮ないな」

 

「嫌?」

 

「嫌ならここまで答えてない」

 

「じゃあ続ける」

 

 こいつ、本当に扱いが面倒だ。

 

「たぶん太郎、価値があるから受け取るだけじゃないよ」

 

 ランスロットの声は静かだった。

 

「ちゃんと、その人の向け方ごと見てる」

 

「そう見えるか」

 

「うん。少なくとも私には」

 

 そこで少しだけ笑う。

 

「だから気になった。そういう人が、自分の恋愛をどう扱うのか」

 

 ようやく、質問の芯が戻ってきた。

 

「つまり、お前は俺が誰かを好きになる時に、どういう選び方をするか知りたいわけだ」

 

「かなりはっきり言うね」

 

「整理しただけだ」

 

「まあ、そう」

 

 ランスロットは頷く。

 

「知りたい。太郎って、感情だけで突っ走る感じじゃないから。逆に、どうやって“好き”って決まるのかなって」

 

 それは、考えたことがないわけじゃない。

 

 ただ、普段口にする類の話でもない。

 

「決まる、ってほど綺麗じゃないだろ」

 

「そうかな」

 

「人間の感情なんて、大体は雑だ。だが、その雑なもんを抱えたまま並べる相手かどうかは見る」

 

「……並べる」

 

「そうだ」

 

 言いながら、自分の言葉を少し整理する。

 

「側に置いても崩れないか。こっちが崩しても、向こうが残るか。逆に向こうが崩れかけた時、こっちが支える価値があるか。そういうのだ」

 

 ランスロットは黙って聞いていた。

 

「だから“好きだから全部許す”みたいなのはねえ」

 

「うん」

 

「だが、“好きだからこそ切らない”はあるかもしれない」

 

 そこまで言うと、ランスロットは少しだけ息を止めた。

 

 意外だったのかもしれない。

 

「太郎って、もっと徹底してるかと思ってた」

 

「してるだろ」

 

「いや、なんていうか」

 

 言葉を探して、少し笑う。

 

「思ってたより、ちゃんと人間だなって」

 

「失礼だな」

 

「褒めてるよ」

 

「今日はそればっかだな」

 

「だって本当にそうなんだもん」

 

 ランスロットは膝を抱えるように少しだけ座り直した。昼間よりずっと砕けた仕草だ。もうこの家に慣れ始めてる証拠でもある。

 

「じゃあ、太郎は好きな相手がいたら、ちゃんとその人のこと見るんだ」

 

「当たり前だ」

 

「役割とか、価値とかだけじゃなくて?」

 

「そこを分ける意味がない。人間の好意なんて、そいつがどういう人間か込みだろ」

 

「……そっか」

 

 その返事は小さい。

 

 納得したようでもあるし、どこかでほっとしたようでもある。

 

 少しして、ランスロットはまた顔を上げた。

 

「じゃあ最後」

 

「まだあるのか」

 

「最後」

 

「信用ならねえな」

 

「本当に最後」

 

 俺が黙ると、ランスロットは少しだけ笑った。

 

「太郎は、恋愛したら面倒くさい方だと思う」

 

「喧嘩売ってるのか」

 

「違う違う。悪い意味じゃなくて」

 

「続けろ」

 

「好きになったら、その人のことすごく見るでしょ。見て、考えて、簡単には手放さない。でも言葉は足りないし、不器用だし、変なところで急に王様になる」

 

「散々だな」

 

「でも、そういうの嫌いじゃない人、結構いると思う」

 

「お前も大概面倒だな」

 

「知ってる」

 

 ランスロットは少し肩をすくめた。

 

「でも、聞けてよかった」

 

「何が」

 

「太郎が、ちゃんとそういうことを考えてるって分かったから」

 

「考えない理由がない」

 

「うん。そうだね」

 

 そこで、ようやく空気が少し緩む。

 

 俺は壁にもたれたまま、ランスロットを見る。

 

「で、満足したか」

 

「かなり」

 

「それは結構」

 

「あと、ちょっと安心した」

 

「何にだ」

 

「太郎が、本当に誰にも興味ない人だったらどうしようかと思ってた」

 

「お前、俺を何だと思ってる」

 

「王様」

 

「雑だな」

 

「でも、だいぶ正しい」

 

 俺は思わず苦笑する。

 

 ランスロットはその顔を見て、少しだけ目を細めた。

 

「今の顔、好き」

 

「はいはい」

 

「流した」

 

「夜更かしの元凶に付き合ってやってるだけでも十分だ」

 

「そういう言い方するのに、ちゃんと話してくれるんだよね」

 

「切るほどくだらなくもなかったからな」

 

「なら、合格」

 

「勝手に判定するな」

 

「でも、してる」

 

 最後にそう言って、ランスロットは立ち上がった。壁際の二振りを取り、軽く持ち直す。その動作がもうすっかり自然だ。

 

 襖の前で一度だけ振り返る。

 

「太郎」

 

「なんだ」

 

「そのうち、誰かを好きになったら教えて」

 

「断る」

 

「即答」

 

「当たり前だ」

 

「じゃあ、見てることにする」

 

「お前な」

 

「騎士だからね」

 

「用途が違うだろ」

 

 ランスロットは笑いながら襖を開けた。

 

「それ、ちゃんと考えといて。たぶん太郎、自分で思ってるよりそういうの向いてないから」

 

「余計なお世話だ」

 

「うん。でも、言いたかった」

 

 そうして、今度こそ廊下へ出ていく。

 

 足音が遠ざかる。静けさが戻る。

 

 俺は一人、部屋に残った。

 

 海の音が遠い。夜は深い。なのに、妙に頭だけが冴えていた。

 

 面倒な話を持ってきたもんだ。

 

 だが、完全に無駄だったとも言い切れない。

 

 俺は天井を見上げ、息を吐く。

 

「……本当に面倒な騎士だな」

 

 苦笑しながらそう呟いて、ようやく灯りを落とした。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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