※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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怪獣は誰のものか

 翌朝、町の色が増えていた。

 

 昨日の高架下だけじゃない。通学路の電柱、商店街のシャッター、古いブロック塀の継ぎ目。視界の端に、妙に濃い線が引っかかる。赤。青。黒。落書きにしては執念があって、雑に見えるくせに、どこかだけやけに生々しい。

 

 ろくでもない。

 

「昨日より、多いです」

 

 隣を歩く絶花が言った。

 

「見りゃ分かる」

 

「……嫌な感じも、濃いです」

 

「敵意か」

 

 絶花は少し考えてから、首を横に振った。

 

「違います。もっと、苦しい感じです」

 

 その言い方の方が、たぶん正しい。

 

 敵なら楽だ。斬ればいい。壊せば終わる。だが、苦しさが漏れてるだけのものは面倒だ。出口を塞いだところで、別の場所から滲む。

 

「新条の方で何かあったな」

 

「そう思います」

 

 高校の方へ足を向ける。朝から平然と他校の校門を見に行く中学生もどうかと思うが、今さらだ。

 

 正門の辺りは、もう少しざわついていた。

 

「見た?」

「だから、昨日より増えてるって」

「え、あの変な絵?」

「なんか夜、動いたとか言ってたよ」

 

 まだ噂だ。噂で済んでいるうちに片づけるに越したことはない。

 

 放課後まで待って、校舎の裏手へ回る。絶花の感覚を頼りに歩くと、迷いなく人の少ない通路へ出た。窓際の廊下。そこに、新条アカネはいた。

 

 昨日より顔色が悪い。

 

 隠してるつもりなんだろうが、隠し方が追いついていない。平気そうな顔だけ作って、中身はだいぶ削れてる。そういう立ち方だった。

 

「……また来たの」

 

 アカネが言う。

 

「そっちの方が面倒そうだからな」

 

「嬉しくない」

 

「だろうな」

 

 絶花が一歩だけ前に出た。

 

「新条さん、大丈夫ですか」

 

「見て分からない?」

 

「分かるから聞いてます」

 

 アカネの口元が少し固まる。年下相手にそれを返されるのは、たぶん予定外なんだろう。

 

「平気だよ。別に、何も」

 

「その“何も”のせいで、壁が増えてる」

 

 俺が言うと、アカネの目が細くなった。

 

「知らないって言ってるでしょ」

 

「昨日まではな。今日はもう無理だ」

 

「何が」

 

「誤魔化しがだ」

 

 しばらく黙り込んだあと、アカネは小さく息を吐いた。

 

「……ほんと、何なのあんた」

 

「こっちの台詞だ」

 

 その時、窓ガラスの向こう、校舎の壁に描かれた奇妙な図形がひくりと揺れた。

 

 絶花が即座に振り向く。

 

「太郎さん」

 

「ああ、見えた」

 

 アカネもそれを見た。見た瞬間、肩がわずかに強張る。

 

 もう知らないでは通らない。

 

「場所を変えるぞ」

 

 俺が言うと、アカネは眉をひそめた。

 

「は?」

 

「ここじゃ人が多い。出るなら最悪だ」

 

「出るって、何が」

 

「お前が一番分かってるやつだよ」

 

 アカネは即答しない。

 

 その沈黙だけで十分だった。

 

 校舎の裏手、倉庫のある脇道まで出る。人通りはほとんどない。夕方の風が抜けるだけの場所だ。逃げ場はある。巻き込む人間も少ない。

 

 アカネは鞄を抱えるみたいに持ち直し、苛立ったように言った。

 

「で?」

 

「昨日の続きだ」

 

「そんなの分かってる」

 

「なら話が早い。お前の中で何が起きてる」

 

「知らない」

 

「嘘だな」

 

「何でそう決めつけるの」

 

「顔に出てる」

 

 アカネが何か言い返しかけた、その瞬間だった。

 

 鞄の中で紙が擦れる。

 

 昨日と同じ音だ。

 

 アカネが反応するより先に、鞄の口元から色が滲んだ。赤、青、黒。絵の具を水へ垂らしたみたいに広がって、それが空中で輪郭を持ち始める。

 

「……っ!」

 

 アカネが息を呑む。

 

「太郎さん!」

 

「下がれ、絶花!」

 

 遅い。

 

 色の塊はそのまま膨らみ、四足の異形へ変わった。昨日の高架下のより大きい。背中に棘。長い尾。口の裂け目だけが不自然に広い。怪獣、という言葉が一番近い。完成しきっていないくせに、害意だけはちゃんと形になっている。

 

 倉庫の陰にいた高校生二人が悲鳴を上げる。

 

「逃げろ!」

 

 怒鳴りながら前へ出る。怪獣が跳ねる。速い。だが、動きはまだ荒い。斬月を抜き、爪の軌道へ合わせて受け流す。

 

 重い。

 

 鉄と泥と、絵の具を混ぜたみたいな感触だ。

 

 その横を絶花が抜ける。天聖が閃く。肩口を斬る。色が飛び散る。だが、飛び散った色は地面へ落ちる前に、糸みたいな線を引いてまた怪物の方へ戻る。

 

「普通の敵じゃないです!」

 

「見りゃ分かる!」

 

 もう一撃。今度は尾が来る。しゃがんで避ける。倉庫の扉がへこむ。まともに食らえば骨が折れる程度には実体がある。

 

 絶花が高校生二人を逃がしながら叫ぶ。

 

「太郎さん、斬るだけだと増えます!」

 

「だろうな!」

 

 怪獣の前脚を斬る。色が散る。散って、床を這う。這いながら、別の小さな腕の形を取ろうとする。

 

 厄介だ。核が一つじゃない。というより、核になる前の感情そのものが散っている。

 

「新条!」

 

 怪獣の向こうに立ち尽くすアカネへ怒鳴る。

 

「お前、こいつに“なれ”って思ったか!」

 

「そんなわけ……!」

 

「じゃあ何を思った!」

 

 アカネは答えられない。

 

 答えられない間にも、怪獣は膨らむ。背中の棘が増え、輪郭が少しずつ濃くなっていく。中途半端に本物になりかけている。

 

「太郎さん!」

 

 絶花の声が鋭くなる。

 

「何だ!」

 

「この人、壊したいんじゃないです!」

 

 一瞬、戦場の中で言う台詞じゃない。

 

 だが、絶花は本気だった。怪獣の線を崩しながら、まっすぐアカネを見ている。

 

「漏れてるだけです! 感情が、形になってるだけです!」

 

 その通りだ。

 

 悪意がないわけじゃない。苛立ちも、孤独も、嫌悪もある。だが、これは“壊すために作った怪物”じゃない。行き場のないものが勝手に輪郭を持ってるだけだ。

 

 怪獣が飛び込んでくる。斬月を逆手に返し、喉元を払う。色の塊が崩れ、半歩ぶんだけ勢いが鈍る。

 

「新条!」

 

 アカネがようやくこっちを見る。目が揺れている。

 

「だったら、どうしろっていうの!」

 

 叫んだ。

 

 怒りだけじゃない。怯えも混じっていた。

 

「気持ち悪いし、勝手に出るし、私だって嫌なのに……! こんなの、見たくないし、分かりたくもないし、なのに出るし――!」

 

 言葉が途切れない。押さえていた分が、そのまま外へ噴き出している。

 

「どうしろっていうのよ!」

 

 怪獣の尾がまた来る。絶花がそれを受け流し、壁際へ逸らす。コンクリに色の傷が走る。

 

「確かめろ!」

 

 俺は一歩踏み込みながら言った。

 

 アカネが息を詰める。

 

「は?」

 

「お前の中で何が漏れてるのか、自分で見ろ!」

 

「分かるわけないでしょ!」

 

「分からないまま逃げる方が無理だ!」

 

 怪獣が吠える。声というより、絵の具を掻き回したような不快な音だ。

 

「これは壊れた力じゃねえ!」

 

 絶花が右から怪獣の輪郭を削る。

 

「扱えてないだけだ!」

 

 アカネの目が見開かれる。

 

 その瞬間、怪獣の動きがわずかに乱れた。本人の感情が直結してる。なら話は早い。

 

「絶花、右の線を切れ!」

 

「はい!」

 

「上は俺が潰す!」

 

 絶花が怪獣の足元へ潜る。二撃、三撃。斬るというより、線をずらす動きだ。輪郭の噛み合いが崩れる。

 

 そこへ斬月を叩き込む。

 

 首じゃない。背中でもない。胸の奥、色が一番濃く溜まっている場所。人間で言えば心臓の位置に近い。

 

 手応えは重い。だが、今までみたいに際限なく増える感触ではない。崩れる。色が飛び散る。赤、青、黒が空中で千切れ、地面へ落ちる前に細くなっていく。

 

 絶花が最後に一閃。残った尾の線を断つ。

 

 怪獣は音もなく崩れた。

 

 完全には消えない。色の痕だけは残る。だが、もう形を保てない。今はそれで十分だ。

 

 静かになった倉庫裏で、アカネだけが立ち尽くしていた。

 

 顔が白い。スケッチブックを抱えたまま、指先だけが震えている。

 

「……止まりました」

 

 絶花が言う。

 

「一時的にな」

 

 俺が答える。

 

 そしてアカネを見る。

 

「新条」

 

「……何」

 

「次は、お前の方だ」

 

「意味分かんない」

 

「分かるようにする」

 

 アカネはすぐに反発しない。もうその余力がないんだろう。

 

 絶花が静かに言う。

 

「逃げないでください」

 

 アカネがそっちを見る。

 

 少しだけ傷ついたみたいな顔をした。

 

「命令しないで」

 

「命令じゃないです」

 

 絶花は揺れない。

 

「放っておけないだけです」

 

 アカネは返さなかった。

 

 ただ、スケッチブックを抱きしめる力が少しだけ弱くなる。それで十分だった。

 

「……今日は帰る」

 

「そうか」

 

「止めないんだ」

 

「今止めても、余計固まる」

 

 アカネは自嘲気味に笑った。

 

「最悪」

 

「よく言われる」

 

「便利だね、それ」

 

「便利じゃない。事実だ」

 

 アカネはそれ以上何も言わず、倉庫裏を出ていった。

 

 追わない。

 

 今日はまだ、そこじゃない。

 

 絶花が隣に来る。

 

「追いますか」

 

「今日はいい」

 

「でも、また漏れます」

 

「ああ」

 

 地面に散った色は、まだ乾いていないみたいに生々しかった。けれど、そこに悪意の匂いは薄い。もっと個人的で、もっと厄介なものだ。

 

「だから次で拾う」

 

「新条さんを、ですか」

 

「怪獣じゃなくて、描いてる本人の方だ」

 

 アカネは怪獣を生んでるんじゃない。感情の置き場が紙へ寄って、そのまま形を持ってるだけだ。だから漏れる。漏れたものが勝手に歩く。

 

 面倒だ。

 

 だが、仕組みが見えたなら、今度は止めるだけじゃ足りない。

 

 あいつに、自分の力の輪郭を掴ませる。

 

 倉庫裏を離れながら、俺は空を見る。

 

 夜が近い。色は薄いのに、まだ完全には暗くならない。中途半端な時間だ。

 

 今のアカネも、たぶんそれに近い。怪物でも、ただの被害者でもない。才能が暴れてるだけの、一番扱いが面倒な段階だ。

 

 だからこそ、次で決める。

 

 切るんじゃない。あいつの中にあるものを、ちゃんと名前のある形まで持っていく。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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