※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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白い筆先

 新条アカネを追うなら、放課後の美術室がいちばん自然だと思った。

 

 昨日の感じからして、あいつは人の多いところで本音を出すタイプじゃない。出すとしたら、一人になれる場所。しかも、自分の手が勝手に何かを始めても、まだ言い訳の利く場所だ。

 

 だから、高校の特別棟の端にある美術室まで来た。

 

 ガラス越しに見えたのは、絵を描いている姿じゃなかった。

 

 紙の山だ。

 

 途中で止まったスケッチ。塗りかけで終わってる色。下書きのまま投げられた怪物の頭。手だけ描いて、胴がないやつ。空だけ妙に綺麗で、その下が真っ白なやつ。どれも途中だ。全部、途中で止められている。

 

 机に肘をついて、アカネはその真ん中にいた。

 

 昨日より顔色が悪い。隠す気ももうだいぶ薄れてる。いや、薄れたんじゃない。そこまで回らないだけだろう。

 

 美術室の戸を開ける。

 

 アカネがこっちを見る。

 

「……ほんとに来るんだ」

 

「昨日の続きだ」

 

「しつこい」

 

「必要だからな」

 

 そう返すと、アカネはあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「その“必要”って言い方、嫌い」

 

「そうか」

 

「そこで止まらないんだ」

 

「止まってほしいのか」

 

「今それ聞く?」

 

 聞くに決まってるだろ、と言いそうになったがやめた。代わりに、机の上を見た。

 

 散らばった紙の中に、昨日の怪獣と同じ線が何本もある。昨日のより細いもの、もっと露骨なもの、途中で消したもの。描く気があるのに、描き切る前に自分で止めてる痕だ。

 

 絶花が俺の少し後ろから言う。

 

「……描けてないんですね」

 

 アカネの肩がぴくりと揺れた。

 

「うるさいな」

 

「すみません」

 

「謝るくらいなら言わないで」

 

「でも、見えたので」

 

 絶花は本気でそう思った時の声だった。遠慮しているようでいて、引く気はない。アカネはそれに返そうとして、結局返せなかった。

 

 その時点で、だいたい終わってる。

 

 俺は近くの机に手をついた。

 

「新条」

 

「なに」

 

「お前の力は単純だ」

 

 アカネの眉が寄る。

 

「は?」

 

「感情が強く乗る。乗ったものが紙や色に定着する。定着したものが、実体を持ちかける」

 

「……そんなの、簡単に言うな」

 

「簡単だからだ」

 

「全然簡単じゃない!」

 

 アカネが立ち上がる。椅子の脚が床を鳴らした。

 

「勝手に出るんだよ! こっちは見たくもないのに、勝手に形になって、人に見られて、気持ち悪がられて……!」

 

「だから整理する必要がある」

 

「整理?」

 

「お前は怪物を生んでるんじゃない」

 

 一拍置く。

 

「描く力を、まだ自分のものとして持ててないだけだ」

 

 アカネが言葉を失う。

 

 たぶん、予想してた言葉じゃない。化け物とか、危険だとか、やめろとか、その辺ならまだ構えようがある。だが「持ててないだけだ」は、想定の外だったはずだ。

 

「……それ、才能って言いたいわけ」

 

「そうだ」

 

「冗談じゃない」

 

「冗談でこんな面倒なこと言うか」

 

「面倒って言った」

 

「面倒だろ。広いし、濃いし、放っとくと形になる。だが壊れてはいない」

 

 アカネが俺を睨む。年上らしい余裕を取り戻そうとしてる顔だ。けど、もう完全には戻らない。揺れたあとだ。

 

「勝手に決めないで」

 

「決めてるんじゃない。見えてる構造を言ってるだけだ」

 

「構造って……」

 

「感情が先に出る。手がそれを拾う。拾ったものが紙で止まりきらない。だから外へ漏れる。順番はその程度だ」

 

「そんな機械みたいに言わないでよ」

 

「機械じゃないから面倒なんだよ」

 

 言いながら、机の上の絵具を見る。白。青。赤。黒。どれも蓋が開いている。使う気がない人間の机じゃない。使いたいのに、使うのが怖いやつの机だ。

 

 アカネが唇を噛む。

 

「じゃあ何。私は、これを受け入れろって?」

 

「そんな綺麗な話じゃない」

 

「でしょ」

 

「まずは、これはお前の中のものだって認めろ」

 

「嫌だよ」

 

「だろうな」

 

「だって、気持ち悪いじゃん」

 

「気持ち悪いからって、他人のものにはならねえ」

 

 アカネが言い返しかけて、止まる。

 

 図星だからだ。

 

 絶花がそこで、静かに口を開く。

 

「新条さん」

 

「……何」

 

「私は、新条さんの絵が全部悪いとは思いません」

 

 アカネが目を見開いた。

 

「は?」

 

「怖いです」

 

「だったら――」

 

「でも、怖いだけじゃないです」

 

 絶花はまっすぐアカネを見ていた。

 

「昨日の怪物も、壊したいだけには見えませんでした」

 

「そんなの、見ただけで分かるわけない」

 

「分からないこともあります。でも、見えたことは言えます」

 

 絶花の言葉は短い。短いくせに、余計な逃げ道を作らない。

 

「嫌なだけではなかったです」

 

 アカネは、その返し方を知らない顔になった。

 

 年上だとか、高校生だとか、そういう壁が一瞬だけ消える。年下に説教されたなら反発もできる。けど、ただ“見えた”ことを言われると、そこへぶつける先がない。

 

「……何それ」

 

 アカネの声は、少しだけ弱かった。

 

「どう返せばいいの、それ」

 

「返さなくていいです」

 

 絶花が言う。

 

「今は、そう見えたって言っただけなので」

 

 そういうところだ。絶花は時々、人の逃げ場を塞ぐくせに、自分では追い詰めてる自覚が薄い。

 

 アカネが机へ片手をつく。

 

 指先が震えている。怒りか、怖さか、その両方か。たぶん、言葉だけじゃなくて、もっと別のところも揺れてる。

 

 見れば分かる。

 

 筆が動いていた。

 

 机の上に置かれた細い筆の穂先が、わずかに震えている。誰も触っていないのに、先だけが水面みたいに揺れ、白い絵具が皿の上でひとりでに薄く広がる。

 

 絶花も気づいたらしい。

 

「太郎さん」

 

「ああ」

 

「来ます」

 

 アカネが自分の手を見る。

 

「……また」

 

「待て」

 

 俺は反射で言った。

 

 絶花が刀の柄に手をかけかけて、止まる。

 

「今度は切るな」

 

「はい」

 

 アカネの指先に、白い光が集まり始めていた。

 

 昨日までみたいな、赤や黒の濁った漏れ方じゃない。もっと細い。もっと一点へ寄っている。線だ。細い線が、空中で何かの輪郭を探るみたいに揺れている。

 

「何、これ……」

 

 アカネの声がかすれる。

 

 白い光は、指先から少し浮き、穂先みたいに細く尖った。筆だ。いや、筆になりかけている。まだ不安定で、輪郭も甘い。けど、怪物じゃない。

 

「そっちだ」

 

 俺が言うと、アカネが息を呑む。

 

「え?」

 

「怪物じゃない。描く方だ」

 

 白い光が一瞬だけ、はっきり筆の形を取った。

 

 軸。穂先。細い柄。その全部が、紙の上ではなく、アカネの手の前に浮かびかける。

 

 次の瞬間、散った。

 

 まるで集中が切れたみたいに、光は白い粉になって崩れ、絵具皿の上へ落ちるように消えた。

 

「消えた……」

 

 アカネが呟く。

 

「十分だ」

 

 俺が言う。

 

 絶花も頷いた。

 

「今の、さっきまでと違いました」

 

「ああ。ようやく出口の形が見えた」

 

 アカネは、自分の手を見ていた。

 

 昨日までとは違う見方だ。怪物を生む手としてじゃない。何かを描くための手として、初めてそこへ視線が落ちている。

 

 まだ信じていない。信じるには早い。

 

 けど、完全に否定もしきれていない。

 

「……まだ、信じてないから」

 

 アカネが低く言う。

 

「別に今すぐ信じろとは言わねえ」

 

「でも、来るんでしょ。また」

 

「ああ」

 

「最悪」

 

「よく言われる」

 

 アカネが少しだけ笑った。

 

 昨日までみたいに、刺で誤魔化す笑い方じゃない。疲れてるのに、少しだけ力が抜けた顔だった。

 

 絶花が言う。

 

「でも、新条さん」

 

「何」

 

「さっきの、怪物じゃなかったです」

 

 アカネがまた、自分の手を見る。

 

「……分かんないよ、まだ」

 

「分からないなら、次で掴ませる」

 

 俺が言うと、アカネはこっちを見た。

 

「勝手」

 

「今さらだろ」

 

「そうだけど」

 

 それ以上は言わなかった。

 

 アカネは机の上の散らかった紙を見下ろす。途中で止まった線。塗りかけの色。怪物になりかけたもの。全部が、さっきまでより少し違って見えてるはずだ。

 

 壊れたものじゃない。出口を持てていないだけ。

 

 そう見た瞬間から、もう戻れない。

 

 美術室を出る頃には、夕方はだいぶ沈んでいた。廊下の窓が赤くて、床に長い影が落ちている。

 

 アカネは最後までついてこなかった。だが、追い出しもしなかった。それで十分だ。

 

 絶花が隣で言う。

 

「新条さん、少しだけ違いました」

 

「何が」

 

「昨日より、怖がり方が変わってました」

 

「そうだな」

 

「気持ち悪いだけじゃなくなってました」

 

「そうだろうな」

 

 怪物は、自分の外にある限り楽だ。切るか、逃げるかで済む。だが、自分の手の中にあると分かった瞬間、一番面倒になる。

 

 アカネは今、そこへ入った。

 

 俺は歩きながら、さっき見た白い光を思い返す。

 

 細かった。脆かった。けど、確かに“描くための形”だった。

 

 怪物じゃない。あれが出口だ。

 

「次で掴む」

 

 俺が言うと、絶花が短く頷いた。

 

「はい」

 

 アカネは怪物を生んでるんじゃない。

 

 描く力が濃すぎて、感情の出口と直結してるだけだ。だから漏れる。だから形になる。面倒だが、壊れてはいない。

 

 なら次は、その形を本人に持たせる。

 

 怪物じゃなく、描くための力として。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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