サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
家が少し狭くなった、と思うことが増えた。
壁が動いたわけじゃない。廊下が縮んだわけでもない。朝、居間へ下りる時に、前より半歩だけ身体を横へずらすようになった。台所の棚に、覚えのない食器が増えた。玄関脇に置かれる荷物の種類が変わった。そういう、どうでもいいようでいて、生活の輪郭を変える程度の違いが、ここしばらくで目に見えて増えている。
要するに、一人分でも二人分でも収まっていた家に、それ以上の気配が出入りするようになったってことだ。
悪くない。
悪くないが、放っておくと面倒になる。
「……少し、ぶつかります」
朝、廊下の角で絶花が身を引いた。
箱を抱えたままのこいつと、学校鞄を肩にかけた俺が、ちょうど同じ場所へ出ようとしていたせいだ。ほんの少し肩が触れただけで、別に何ってほどでもない。
「見れば分かる」
「すみません」
「お前が悪いわけじゃねえ。家の方が追いついてない」
そう返すと、絶花は箱を抱え直して、少しだけ視線を上げた。
「増えましたから」
「そうだな」
箱の中身は、引っ越し用にまとめ始めた細かい雑貨だ。まだ全部決まったわけじゃない。だが、こうして朝から少しずつ分け始めている時点で、話はもうだいぶ進んでいる。
居間へ入る。
机の上には、昨夜のうちに置いておいた封筒と鍵があった。駒王での住居の話は、これでほぼ固まったことになる。これ以上、地元から駒王まで往復して、仲間も荷物も抱えたまま動き続けるのは効率が悪い。悪いというか、百億年単位で無駄だ。
力は増えた。役割も増えた。外と繋がる線も、もう地元だけで抱えるには広くなりすぎている。
なら、動くしかない。
俺は封筒を指先で軽く叩いた。
「本当に決まったんですね」
向かいへ座った絶花が言う。
「決まったな」
「駒王に、住む」
「正確には、拠点を移す」
絶花が少しだけ首を傾げる。
「言い方を分けるんですね」
「分ける必要があるからな」
味噌汁の湯気が上がる。朝の光はまだ薄い。けど机の上の鍵だけは、妙に現実味があった。
「地元を捨てるわけじゃない」
俺が言うと、絶花は静かに聞いていた。
「ここで始まったものは切らねえ。ただ、今後の動きは駒王の方が回しやすい」
「仲間も、増えましたし」
「外とも繋がった。八坂も、アカネも、ランスロットも、ここだけで抱えるには広くなりすぎた」
絶花が小さく頷く。
「はい」
それ以上、変に湿っぽいことは言わない。こいつもそこは分かってるんだろう。別れの話じゃない。段階が一つ進むだけだ。
学校からの帰り道、わざわざ遠回りして海の方へ出た。
言い出したのは俺じゃない。絶花が特に何も言わず、自然にそっちへ足を向けた。止める理由もなかったから、そのままついていっただけだ。
見慣れた道だ。石垣、坂、潮の匂い、錆びた手すり。最初の頃はここしか知らなかった。世界は狭くて、だからこそ手の届く範囲もはっきりしていた。
今は違う。
港も、神社町も、京都も、もう繋がっている。駒王も、その中心に近い位置へ変わる。そうなった今でも、やっぱりここが一番最初だって感覚だけは変わらない。
「本当に、出るんですね」
海を見たまま、絶花が言った。
「そうだな」
「……少し、不思議です」
「何が」
「ここに太郎さんがいない時間が、これから増えるのが」
その言い方に、少しだけ足を止める。
絶花はこっちを見ずに、波の方を見ていた。
「お前も出るだろ」
「はい。出ます」
即答だった。
けど、そのあとで小さく間が空く。
「でも、地元は地元なので」
「分かる」
それだけ返す。
平気じゃない、と言うほどのことでもない。だが、何も感じていないわけでもない。こっちもこの町で始まった。最初の剣も、最初の距離も、最初の理も、だいたいここだ。
絶花が少しだけ俺を見る。
「太郎さんは、平気そうです」
「平気かどうかで決める話じゃねえからな」
「……そうですね」
「必要だから動く。それだけだ」
そう言うと、絶花は少しだけ口元を緩めた。
「でも、太郎さんらしいです」
「安いな」
「安くないです」
そういう返し方も、だいぶ板についてきた。
夕方の風が、海から町へ戻っていく。潮の匂いが少し強い。これも、駒王へ行けば薄くなるんだろう。だからどうしたって話でもある。
夜、家の中はもう少し空き始めていた。
まだ全部をまとめたわけじゃない。けど、棚の一角が空いて、机の上の物が減って、部屋の響き方がわずかに変わっている。人間の生活ってのは、物の量より、置いてきた時間の方が場所に残るらしい。
「少し、広いです」
絶花が言った。
「明日には出るからな」
「はい」
沈黙が落ちる。
前なら、こんな時はただ静かだった。今は違う。静かなのに、その中へ意味が入り込んでくる。
俺は縁側の柱に背を預けたまま、暗い庭を見る。
「ここで始まったものは終わらねえ」
絶花がこっちを見る気配がした。
「ただ、次の場所へ運ぶだけだ」
「……はい」
短い返事だった。けど、それで十分だ。
絶花は少しだけ近くへ来て、俺の横へ座る。無言のまま、同じ方を見る。庭の向こう、家の外、さらにその向こうの町。夜は静かで、遠くの波の音だけがかすかに届いた。
「太郎さん」
「なんだ」
「私は、ついていきます」
「知ってる」
「……はい」
「けど、お前が言うのは大事だ」
そう言うと、絶花は一瞬だけ目を上げた。
だから、はっきり言う。
「行く」
夜の空気が少しだけ締まる。
「地元を切るんじゃない。王国の拠点を、駒王へ移す」
絶花は黙って聞いていた。
それから、静かに頷く。
「はい」
これで決まった。
出る。逃げるんじゃない。広がったものを、広がったまま置ける場所へ持っていく。そのために動く。
王になるってのは、強くなるだけじゃ足りない。集めたものを置く場所が要る。戻るための家じゃなく、これから先を組むための拠点が。
なら、次は駒王だ。
地元で始まったものを、切らずにそのまま持っていく。
それで十分だった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア