※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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旅立ちの家

 家が少し狭くなった、と思うことが増えた。

 

 壁が動いたわけじゃない。廊下が縮んだわけでもない。朝、居間へ下りる時に、前より半歩だけ身体を横へずらすようになった。台所の棚に、覚えのない食器が増えた。玄関脇に置かれる荷物の種類が変わった。そういう、どうでもいいようでいて、生活の輪郭を変える程度の違いが、ここしばらくで目に見えて増えている。

 

 要するに、一人分でも二人分でも収まっていた家に、それ以上の気配が出入りするようになったってことだ。

 

 悪くない。

 

 悪くないが、放っておくと面倒になる。

 

「……少し、ぶつかります」

 

 朝、廊下の角で絶花が身を引いた。

 

 箱を抱えたままのこいつと、学校鞄を肩にかけた俺が、ちょうど同じ場所へ出ようとしていたせいだ。ほんの少し肩が触れただけで、別に何ってほどでもない。

 

「見れば分かる」

 

「すみません」

 

「お前が悪いわけじゃねえ。家の方が追いついてない」

 

 そう返すと、絶花は箱を抱え直して、少しだけ視線を上げた。

 

「増えましたから」

 

「そうだな」

 

 箱の中身は、引っ越し用にまとめ始めた細かい雑貨だ。まだ全部決まったわけじゃない。だが、こうして朝から少しずつ分け始めている時点で、話はもうだいぶ進んでいる。

 

 居間へ入る。

 

 机の上には、昨夜のうちに置いておいた封筒と鍵があった。駒王での住居の話は、これでほぼ固まったことになる。これ以上、地元から駒王まで往復して、仲間も荷物も抱えたまま動き続けるのは効率が悪い。悪いというか、百億年単位で無駄だ。

 

 力は増えた。役割も増えた。外と繋がる線も、もう地元だけで抱えるには広くなりすぎている。

 

 なら、動くしかない。

 

 俺は封筒を指先で軽く叩いた。

 

「本当に決まったんですね」

 

 向かいへ座った絶花が言う。

 

「決まったな」

 

「駒王に、住む」

 

「正確には、拠点を移す」

 

 絶花が少しだけ首を傾げる。

 

「言い方を分けるんですね」

 

「分ける必要があるからな」

 

 味噌汁の湯気が上がる。朝の光はまだ薄い。けど机の上の鍵だけは、妙に現実味があった。

 

「地元を捨てるわけじゃない」

 

 俺が言うと、絶花は静かに聞いていた。

 

「ここで始まったものは切らねえ。ただ、今後の動きは駒王の方が回しやすい」

 

「仲間も、増えましたし」

 

「外とも繋がった。八坂も、アカネも、ランスロットも、ここだけで抱えるには広くなりすぎた」

 

 絶花が小さく頷く。

 

「はい」

 

 それ以上、変に湿っぽいことは言わない。こいつもそこは分かってるんだろう。別れの話じゃない。段階が一つ進むだけだ。

 

 学校からの帰り道、わざわざ遠回りして海の方へ出た。

 

 言い出したのは俺じゃない。絶花が特に何も言わず、自然にそっちへ足を向けた。止める理由もなかったから、そのままついていっただけだ。

 

 見慣れた道だ。石垣、坂、潮の匂い、錆びた手すり。最初の頃はここしか知らなかった。世界は狭くて、だからこそ手の届く範囲もはっきりしていた。

 

 今は違う。

 

 港も、神社町も、京都も、もう繋がっている。駒王も、その中心に近い位置へ変わる。そうなった今でも、やっぱりここが一番最初だって感覚だけは変わらない。

 

「本当に、出るんですね」

 

 海を見たまま、絶花が言った。

 

「そうだな」

 

「……少し、不思議です」

 

「何が」

 

「ここに太郎さんがいない時間が、これから増えるのが」

 

 その言い方に、少しだけ足を止める。

 

 絶花はこっちを見ずに、波の方を見ていた。

 

「お前も出るだろ」

 

「はい。出ます」

 

 即答だった。

 

 けど、そのあとで小さく間が空く。

 

「でも、地元は地元なので」

 

「分かる」

 

 それだけ返す。

 

 平気じゃない、と言うほどのことでもない。だが、何も感じていないわけでもない。こっちもこの町で始まった。最初の剣も、最初の距離も、最初の理も、だいたいここだ。

 

 絶花が少しだけ俺を見る。

 

「太郎さんは、平気そうです」

 

「平気かどうかで決める話じゃねえからな」

 

「……そうですね」

 

「必要だから動く。それだけだ」

 

 そう言うと、絶花は少しだけ口元を緩めた。

 

「でも、太郎さんらしいです」

 

「安いな」

 

「安くないです」

 

 そういう返し方も、だいぶ板についてきた。

 

 夕方の風が、海から町へ戻っていく。潮の匂いが少し強い。これも、駒王へ行けば薄くなるんだろう。だからどうしたって話でもある。

 

 夜、家の中はもう少し空き始めていた。

 

 まだ全部をまとめたわけじゃない。けど、棚の一角が空いて、机の上の物が減って、部屋の響き方がわずかに変わっている。人間の生活ってのは、物の量より、置いてきた時間の方が場所に残るらしい。

 

「少し、広いです」

 

 絶花が言った。

 

「明日には出るからな」

 

「はい」

 

 沈黙が落ちる。

 

 前なら、こんな時はただ静かだった。今は違う。静かなのに、その中へ意味が入り込んでくる。

 

 俺は縁側の柱に背を預けたまま、暗い庭を見る。

 

「ここで始まったものは終わらねえ」

 

 絶花がこっちを見る気配がした。

 

「ただ、次の場所へ運ぶだけだ」

 

「……はい」

 

 短い返事だった。けど、それで十分だ。

 

 絶花は少しだけ近くへ来て、俺の横へ座る。無言のまま、同じ方を見る。庭の向こう、家の外、さらにその向こうの町。夜は静かで、遠くの波の音だけがかすかに届いた。

 

「太郎さん」

 

「なんだ」

 

「私は、ついていきます」

 

「知ってる」

 

「……はい」

 

「けど、お前が言うのは大事だ」

 

 そう言うと、絶花は一瞬だけ目を上げた。

 

 だから、はっきり言う。

 

「行く」

 

 夜の空気が少しだけ締まる。

 

「地元を切るんじゃない。王国の拠点を、駒王へ移す」

 

 絶花は黙って聞いていた。

 

 それから、静かに頷く。

 

「はい」

 

 これで決まった。

 

 出る。逃げるんじゃない。広がったものを、広がったまま置ける場所へ持っていく。そのために動く。

 

 王になるってのは、強くなるだけじゃ足りない。集めたものを置く場所が要る。戻るための家じゃなく、これから先を組むための拠点が。

 

 なら、次は駒王だ。

 

 地元で始まったものを、切らずにそのまま持っていく。

 それで十分だった。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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