※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

366 / 484
地元に置いていく物

 荷物をまとめると、人間は嫌でも今の自分を見ることになる。

 

 朝から段ボールを広げて、持っていくものと置いていくものを分けていく。やること自体は単純だ。使うなら入れる。使わないなら置く。迷うようなら、その迷ってる理由ごと一回切る。そういう作業のはずなのに、実際に手を動かしてみると、単純な話では終わらない。

 

 物には、使う使わないとは別に、いつからそこにあるかって情報がくっついている。

 

 机の引き出しから、古いノートが出てきた。端が少し潰れている。使いかけのペンと、読み返すほどでもない授業のメモ。そういうのは迷わない。必要なものだけ抜いて、あとは閉じる。

 

 その横に、見覚えの薄い髪留めが転がっていた。

 

「絶花」

 

「はい」

 

「これ、お前のか」

 

 少し離れた場所で箱を整理していた絶花が、振り向く。俺の手元を見るなり、ほんの少しだけ視線を逸らした。

 

「……たぶん」

 

「たぶんって何だ」

 

「置いた覚えはあります。でも、忘れてました」

 

「そうか」

 

 言って、そのまま小箱へ入れる。

 

 絶花が小さく言う。

 

「捨てないんですね」

 

「使うなら持つだろ」

 

「……そうですね」

 

 それだけのやり取りだ。けど、それだけで今の家が、前の家とは違う場所になってるのが分かる。俺一人の物だけじゃない。絶花が何気なく置いていったもの、誰かが持ち込んでそのままになったもの、増えた食器、増えた気配。物の量は大したことがなくても、生活の形は確実に変わっていた。

 

 絶花は自分の箱の前で、しばらく手を止めていた。

 

「どうした」

 

「少し、ありました」

 

「何が」

 

「昔のものです」

 

 そう言って見せられたのは、小さな布袋と、使い込まれた木札、それからだいぶ端の擦れた本だった。俺より、こいつの方がそういうのをちゃんと残してるらしい。

 

「太郎さんは、少ないですね」

 

「元から溜める方じゃない」

 

「そうだと思ってました」

 

 絶花は少しだけ笑う。

 

「でも、少なすぎる気もします」

 

「必要なものだけで足りるなら、それでいい」

 

「……私は、少し足りませんでした」

 

「知ってる」

 

「見たんですか」

 

「箱の大きさで分かる」

 

 そう返すと、絶花は困ったみたいに目を伏せた。けど本気で嫌がっている感じじゃない。

 

 昼前には、部屋の一角がだいぶ空いた。

 

 棚の上も、机の下も、前より見通しがいい。床へ置かれていたものが減っただけで、家の中の音の響き方まで少し変わる。前は当たり前で数えもしなかった空間が、空いたせいで逆に目につく。

 

 絶花が、箱へ布を詰めながら言った。

 

「これは、置いていくんですか」

 

 指したのは、古い時計だった。壊れてはいないが、最近ほとんど使っていない。

 

「ああ」

 

「少し、意外です」

 

「必要ならまた取りに戻ればいい」

 

「執着、しないんですね」

 

「するものにはする」

 

 そこで少しだけ手が止まる。

 

「ただ、場所に執着するのと、始まりを忘れないのは別だ」

 

 絶花がその言葉を受け止めるみたいに、静かに瞬く。

 

「……地元は、持っていくものではないですか」

 

「持ち物じゃない。基礎だ」

 

「基礎」

 

「ここで始まったって事実は、駒王へ持っていかなくても消えねえ」

 

 大事なのは、家を丸ごと抱えていくことじゃない。ここで始まった理を、自分の中で切らないことだ。始まりを忘れなきゃ、場所が変わっても芯は残る。

 

 午後、ひと段落ついたところで、絶花が自然に外へ出た。

 

 たぶん、最後に見たいんだろう。そういう言い方をしないだけで、分かりやすい。

 

 俺もついていく。

 

 海辺まで出ると、風が強かった。石垣に当たって返る波の音。錆びた手すり。見慣れた坂。最初の頃は、ここしか知らなかった。世界はこの辺りの道と家と学校だけで、十分閉じていた。

 

 今は違う。

 

 港も、神社町も、京都も、駒王も、もう全部一本の線の先にある。広がった。だからこそ、やっぱりここが最初だって感覚だけが、妙にくっきり見える。

 

「ここ、最初の頃と同じですね」

 

 絶花が言った。

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 絶花は海を見る。

 

「風も、匂いも、道も」

 

「だろうな」

 

「でも、私たちは少し変わりました」

 

「だろうな」

 

「友達も、仲間も、増えました」

 

「面倒も増えた」

 

「はい」

 

 そこで絶花が少しだけ笑った。

 

「でも、嫌じゃないです」

 

「知ってる」

 

「太郎さんは?」

 

「悪くない」

 

 そう返すと、絶花がこっちを見た。

 

「その言い方、好きです」

 

「安いな」

 

「安くないです」

 

 海風が髪を揺らす。

 

 この町を嫌いになったわけじゃない。むしろ逆だ。ここで始まったからこそ、今がある。だから出るのは裏切りじゃない。ただ、ここだけでは収まらなくなったものを、次の場所へ運ぶだけだ。

 

 夜、家へ戻ると、部屋は昨日よりずっと広く感じた。

 

 棚の上が空き、机の端が見え、畳の上を歩く足音が前より軽く響く。何もなくなったわけじゃない。けど、物が減ったぶんだけ、この家で過ごした時間の方が逆に濃く見える。

 

「少し、広いです」

 

 絶花が言う。

 

「明日にはもっと空く」

 

「はい」

 

 こいつは箱の横へ座り込んで、まとめた荷物を見ていた。どれも大した量じゃない。けど、その大したことのないものの中に、地元で過ごした時間がそれなりに詰まっている。

 

「太郎さん」

 

「なんだ」

 

「ここで始まったものは、駒王へ行っても変わりませんか」

 

 少し考えてから、答える。

 

「変わるところはある」

 

 絶花が顔を上げる。

 

「でも、終わらねえ」

 

 静かな部屋の中で、その言葉は思ったよりはっきり響いた。

 

「ただ、次の場所へ運ぶだけだ」

 

 絶花はしばらく黙っていた。

 

 それから、小さく頷く。

 

「……はい」

 

 夜は静かだった。前より静かだ。物が減った家は、音まで整理されるらしい。

 

 俺は壁にもたれたまま、空き始めた部屋を見る。

 

 ここで始まった。そこは変わらない。変わらないなら、先へ持っていける。

 

 王国ってのは、集めるだけじゃ足りない。抱えたものを置く場所がいる。地元は始まりだ。駒王は、その先を組むための場所になる。

 

 なら、やることはもう決まってる。

 

 明日、出る。

 

 地元を捨てるんじゃない。ここで始まったものを、そのまま次の拠点へ運ぶだけだ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。