※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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旅立ちの朝

 出る朝は、思っていたより静かだった。

 

 もっとこう、いかにも区切りらしい空気があるかと思っていたが、実際にはいつもの朝に荷物が増えただけだ。台所の音も、戸を開ける音も、外から入ってくる潮の匂いも変わらない。ただ、玄関の横に積まれた箱と鞄だけが、今日が普段と違う日だと示していた。

 

「忘れ物、ないです」

 

 絶花が言う。

 

 荷物の横に立ったまま、こいつはもう何度目かの確認を終えた顔をしていた。自分の分だけじゃなく、俺の分まで見たんだろう。そういうやつだ。

 

「そうか」

 

「はい」

 

 短い返事のあと、少しだけ間が空く。

 

「……行きますか」

 

「ああ」

 

 戸を閉める前に、一度だけ家の中を見た。

 

 空いた棚。片づいた机。昨夜まであった箱の跡。何もなくなったわけじゃない。けど、前より確かに広い。その広さが、ここで過ごした時間を逆に濃く見せていた。

 

 ここで始まった。

 

 それで十分だ。

 

 始まりを見失わないなら、先へ持っていける。

 

 戸を閉める。鍵の音は、いつもと同じだった。

 

 駅へ向かう道も、別に変わらない。見慣れた坂、見慣れた店、朝の低い空。なのに今日は、その一つ一つが妙にはっきり見えた。もう見納め、なんて感傷じゃない。ただ、今日ここを出るから、視界に入るもの全部が少しだけ輪郭を持つ。

 

 絶花は道の途中で、何度か振り返りそうになって、結局しなかった。

 

 振り返らない方がこいつらしい。見ていないわけじゃない。ただ、前に進むと決めた以上、わざわざ足を止めないだけだ。

 

 列車に乗ると、景色は少しずつ切り替わった。

 

 海の色が遠ざかる。低い家並みが流れる。窓の外を横へ逃げていく電柱の間に、見慣れた地元の輪郭が細くなっていく。

 

「……本当に、離れていきます」

 

 絶花が小さく言った。

 

「そうだな」

 

「でも、変な感じです」

 

「何が」

 

「まだ、戻れる気がするので」

 

 その感覚は分かる。

 

 出ると言っても、世界の果てへ行くわけじゃない。必要があれば戻る。戻れなくなるわけでもない。だからこそ、別れというより移動なんだろう。

 

「戻るだろ。必要なら」

 

「はい」

 

 絶花は窓の外を見たまま頷く。

 

「でも、今は進む方ですね」

 

「そうだ」

 

 それで会話は切れた。

 

 こういう時、無理に何かを足さない方がいい。見ている景色が変わっていく、その事実だけで十分だ。

 

 駒王へ着く頃には、空の色もだいぶ高くなっていた。

 

 降りてすぐ分かる。地元とは音の密度が違う。人の数も、店の並びも、道路の広さも、全部が少しだけせわしない。海の匂いの代わりに、アスファルトの熱と、人の生活が混ざった街の空気がある。

 

「地元と、全然違います」

 

 絶花が言う。

 

「だろうな」

 

「少し……落ち着かないです」

 

「そのうち慣れる」

 

「太郎さんは?」

 

「慣れる前提で見てる」

 

 そう返すと、絶花が少しだけ息を吐いた。

 

「そういうところです」

 

「何が」

 

「太郎さん、です」

 

 よく分からんが、否定するほどでもない。

 

 新しい家は、駅から少し歩いた先にあった。

 

 鍵を開ける。戸を引く。まだ人の匂いが薄い。掃除はされているが、生活の跡はない。だから逆に、これから何を置くかの方がよく見える。

 

「……広いです」

 

 絶花が、入ってすぐ言った。

 

「そうだな」

 

「今までより、かなり」

 

「それだけ要る」

 

 靴を脱いで中へ上がる。玄関から廊下、居間、奥の部屋。どこもまだ空いている。空いているからこそ、誰がどこを使うか、どこへ人が集まるか、自然と頭の中で線が引かれた。

 

 居間は中心になる。人が来る。話もする。たぶんライザは勝手に物を広げる。アカネが来るなら、明るすぎない部屋が一つ要る。ランスロットは動ける空間を欲しがるだろう。絶花は、俺から遠すぎない位置に落ち着くはずだ。

 

「もう、考えてますね」

 

 絶花が言った。

 

「当たり前だ」

 

「部屋のこと、ですか」

 

「それもある」

 

 居間の真ん中で立ち止まり、窓の位置を見る。

 

「誰が来て、どこに置くかもな」

 

「王国の方ですね」

 

「今後はこっちが本拠地になる」

 

 そう言うと、絶花は家の中をもう一度見回した。

 

 少し落ち着かない顔はまだ残っている。けど、その中に、ちゃんと自分の立ち位置を探す目も入っている。

 

 なら十分だ。

 

 荷物を運び込み、最低限の形だけ整えた頃には、外はもう夕方から夜へ移り始めていた。地元とは違う夜だ。遠くの音も、街灯の色も、どこか薄く新しい。

 

 窓を開けると、涼しい風が入ってくる。

 

 絶花が少し離れたところで立っていた。

 

「太郎さん」

 

「なんだ」

 

「ここでも、やることは同じですね」

 

「そうだ」

 

「なら、大丈夫です」

 

 短い言葉だった。けど、それで十分だった。

 

 俺は窓の外の駒王を見る。

 

 地元とは違う街だ。だが、もう他人の場所でもない。ここへ来た。荷物を置いた。これから人も集まる。生活も戦いも、ここから組み上がる。

 

 国は、広がるだけじゃ足りない。

 

 集めたものを置く場所が要る。戻るための家じゃなく、これから先を組むための拠点が。

 

「ここから先は、駒王で組む」

 

 そう言うと、絶花が静かに頷いた。

 

「はい」

 

 地元で始まったものを、ここへ持ってきた。

 

 なら次は、ここで根を張るだけだ。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
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