サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
駒王は、地元より音が多い。
人の足音、車の音、店のシャッター、遠くを走る電車。街ってのは、匂いより先に音で性格が分かる。地元の方が嫌いってわけじゃない。あっちはあっちで、風と波の音が近かった。けど駒王は違う。人が多い分だけ、音も重なってる。
その重なりの中に、一つだけ、妙に耳へ引っかかるものがあった。
「……聞こえますか」
隣を歩く絶花が、小さく言った。
「何が」
「変な音です」
絶花は足を止めないまま、けど少しだけ周囲を見るように視線を動かした。
「上手い下手じゃなくて、もっと……合ってないです」
それは、こいつらしい言い方だった。剣の時もそうだが、絶花は物の形より先に、その場の空気のずれを拾う。音の話でもたぶん同じなんだろう。
立ち止まって耳を澄ます。
車の音。信号。通りのざわめき。笑い声。そこへ、短く歪んだギターの一音が混じった。
ほんの一瞬だ。なのに、耳じゃなくて気分の方へ直接引っかかる。下手な演奏を聞かされた時の不快感とも違う。もっと近い。頭の奥を爪で撫でられたみたいな、妙な嫌さだった。
「……ただの外れた音じゃねえな」
「はい」
絶花が頷く。
「押し込めたまま鳴ってる感じがします」
面倒な音だ。
音を追うようにして、駅裏の高架下まで来る。薄暗いコンクリの通路は、夕方の空気を半端に切り取っていて、昼でも夜でもない顔をしていた。人は少ない。金網と、壁の落書きと、通り抜ける風だけがある。
「ここ、濃いです」
絶花が言う。
「そうだな」
壁へ手を当てる。冷たい。けど冷たいだけじゃない。もう鳴り終わってるはずの音が、コンクリの中に噛んでいる感じがした。電車の振動じゃない。もっと細くて、もっと嫌な残り方だ。
残響。
だが自然な消え方をしていない。空気に流れず、場所の方へ貼りついている。
「霊的な干渉がある」
「やっぱり、そうですか」
「しかも雑じゃない」
手を離す。
「壊したいだけなら、もっと真っ直ぐ暴れる。これは……引っ込めたまま歪んで漏れてる」
「苦しい音です」
「そうだな」
その時、金網がびり、と震えた。
短い不協和音。
絶花がすぐ左を見る。
「今、あっちです」
高架下の出口へ向かう。外はもう街灯が点き始めていて、日が落ち切る前の薄い青が道の上に残っていた。
そこで、見つけた。
ギターケースを背負った少女が、壁際に立っている。
高校生だ。俺たちより年上。制服の上からカーディガンを羽織って、ケースの肩紐を両手で握っている。人待ちには見えない。立ってるだけなのに、今すぐ壁に溶け込みたいみたいな立ち方だった。
「……あ」
絶花が小さく声を漏らした。
「知ってるのか」
「たぶん、ですけど」
絶花の目が、少しだけその少女へ向く。
「バンド関係で、名前を聞いたことがあります」
ちょうどその時、少女がこっちに気づいた。
肩が跳ねる。
「……あっ」
その一音だけで、だいたい分かった。
人慣れしてない。しかもかなり重症だ。
「お前、そのケース」
俺が言うと、少女はさらに一歩だけ後ろへ引いた。
「あっ、えと、これ、は……その……ギター、です」
「見れば分かる」
「ですよね、すみません……」
目を合わせない。けど逃げるほどの反射もない。視線だけが落ち着きなく揺れて、俺と絶花の間を行ったり来たりする。
絶花が一歩だけ前へ出た。
「後藤さん、ですか」
少女がぴたりと止まる。
「あっ……はい……なんで知って……」
「少しだけ、バンドの縁で」
「そ、そうなんですね……あっ、じゃあその……私、やばい人とかじゃないので……」
「言い方がもう怪しいな」
「す、すみません……」
後藤ひとり。
名前と顔が、絶花の知ってる線で繋がったらしい。
俺はそのままギターケースを見る。
おかしい。
ただの楽器じゃない。剣みたいな殺気ではない。けど圧がある。もっと振動に近い。音になる前の何かが、ケースの中で固まっている感じだった。
「この辺で変な音がしてる」
言うと、ひとりの肩がまた揺れた。
「あっ」
「心当たりは」
「な、ないです……たぶん……あっ、でも、音は、街なので、すると思います……」
「雑な逃げ方だな」
「ですよね……すみません……」
分かりやすい。会話そのものより、ケースの方を隠している。
絶花が、ひとりへ静かに訊く。
「ギター、やってるんですよね」
「あっ、は、はい……」
「どのくらいですか」
「えっと……けっこう、長く……です」
「好きなんですね」
その質問だけ、ひとりの反応が少し変わった。
おどおどしてるのは変わらない。けど、言葉の潰れ方が少し緩む。
「……好き、では、あります。あっ、いや、べつに上手いとかじゃなくて、ただ、やってるだけなんですけど……」
そこだけ、呼吸が違う。
普段の会話は、言葉が前に出る前に自分で潰している。けどギターの話だけは、一瞬だけその癖がほどける。
「それ、普通の楽器じゃないな」
俺が言うと、ひとりの目が大きくなった。
「……っ」
「後藤さん?」
絶花が呼ぶ。
「あっ、いや、あの、ちが、違わなくはないというか、えっと、その……!」
「何だそれ」
「じ、自分でもよく分かってなくて……!」
言い切る前に、ケースの中から音が鳴った。
――ジャァン。
コードにもなっていない、歪んだ一音。
短いのに、頭の奥へ直接刺さる。
街灯の光がわずかに揺れた。高架下の壁が、さっき触れた時みたいに小さく震える。絶花が息を呑む。俺も思わず眉を寄せた。
鋭い。
だが、向きが定まってない。誰かを狙ってるんじゃない。ただ押し込められたものが、行き場をなくして外へ漏れただけだ。
ひとりは耳を押さえていた。
「ご、ごめんなさい……!」
「新条の時とは違うな」
「え」
「壊したい音じゃない」
そう言うと、ひとりが顔を上げた。
「引っ込めすぎて歪んでるだけだ」
初めて、ほんの少しだけ視線が合った。
驚いた顔だった。そんなふうに言われるとは思ってなかったんだろう。危ないとか、迷惑とか、やめろとか、その辺ならまだ構えられたはずだ。けどこれは違う。
「あっ……」
ひとりは何か言いかけて、結局言えなかった。
その代わり、ケースを抱き直す。
「あの、すみません、私、今日はちょっと……」
「逃げるのか」
「に、逃げるっていうか……一回処理しないと……心が……」
妙に正直だな。
絶花が静かに言う。
「後藤さん」
「……はい」
「怖いですけど、嫌なだけの音じゃなかったです」
ひとりが目を見開いた。
「……え」
「痛かったです。でも、壊したい音じゃない気がしました」
返事ができない顔だった。
図星なんだろう。自分でも持て余してるが、最初から人を壊したくて鳴らしているわけじゃない。そういう音だ。
「また会うぞ」
俺が言うと、ひとりの肩が落ちた。
「あっ、いや、その、会わない方向で終われませんか……」
「無理だな」
「即答……」
小さく項垂れて、それから少しだけふらつくように歩き出す。
完全な逃走じゃない。追いつかれる前提で逃げるやつの歩き方だった。
絶花が隣で言う。
「追いますか」
「今日はいい」
「でも、また鳴ります」
「ああ」
高架下の壁へ視線を戻す。まだ微かに、さっきの一音が噛んでいる。
「だから次は、音の方じゃなく本人を拾う」
後藤ひとりの音は、嘘をついていない。
隠そうとしても、押し込めても、歪んだ形で外へ出るだけだ。あれは壊したい音じゃない。引っ込めすぎて、行き場をなくした音だ。
だったら次にやることは決まってる。
街に残った不協和音を追うんじゃない。鳴らしてる本人の方へ、踏み込む。
女王は誰にする?
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