※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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街に鳴る、合わない音

 駒王は、地元より音が多い。

 

 人の足音、車の音、店のシャッター、遠くを走る電車。街ってのは、匂いより先に音で性格が分かる。地元の方が嫌いってわけじゃない。あっちはあっちで、風と波の音が近かった。けど駒王は違う。人が多い分だけ、音も重なってる。

 

 その重なりの中に、一つだけ、妙に耳へ引っかかるものがあった。

 

「……聞こえますか」

 

 隣を歩く絶花が、小さく言った。

 

「何が」

 

「変な音です」

 

 絶花は足を止めないまま、けど少しだけ周囲を見るように視線を動かした。

 

「上手い下手じゃなくて、もっと……合ってないです」

 

 それは、こいつらしい言い方だった。剣の時もそうだが、絶花は物の形より先に、その場の空気のずれを拾う。音の話でもたぶん同じなんだろう。

 

 立ち止まって耳を澄ます。

 

 車の音。信号。通りのざわめき。笑い声。そこへ、短く歪んだギターの一音が混じった。

 

 ほんの一瞬だ。なのに、耳じゃなくて気分の方へ直接引っかかる。下手な演奏を聞かされた時の不快感とも違う。もっと近い。頭の奥を爪で撫でられたみたいな、妙な嫌さだった。

 

「……ただの外れた音じゃねえな」

 

「はい」

 

 絶花が頷く。

 

「押し込めたまま鳴ってる感じがします」

 

 面倒な音だ。

 

 音を追うようにして、駅裏の高架下まで来る。薄暗いコンクリの通路は、夕方の空気を半端に切り取っていて、昼でも夜でもない顔をしていた。人は少ない。金網と、壁の落書きと、通り抜ける風だけがある。

 

「ここ、濃いです」

 

 絶花が言う。

 

「そうだな」

 

 壁へ手を当てる。冷たい。けど冷たいだけじゃない。もう鳴り終わってるはずの音が、コンクリの中に噛んでいる感じがした。電車の振動じゃない。もっと細くて、もっと嫌な残り方だ。

 

 残響。

 

 だが自然な消え方をしていない。空気に流れず、場所の方へ貼りついている。

 

「霊的な干渉がある」

 

「やっぱり、そうですか」

 

「しかも雑じゃない」

 

 手を離す。

 

「壊したいだけなら、もっと真っ直ぐ暴れる。これは……引っ込めたまま歪んで漏れてる」

 

「苦しい音です」

 

「そうだな」

 

 その時、金網がびり、と震えた。

 

 短い不協和音。

 

 絶花がすぐ左を見る。

 

「今、あっちです」

 

 高架下の出口へ向かう。外はもう街灯が点き始めていて、日が落ち切る前の薄い青が道の上に残っていた。

 

 そこで、見つけた。

 

 ギターケースを背負った少女が、壁際に立っている。

 

 高校生だ。俺たちより年上。制服の上からカーディガンを羽織って、ケースの肩紐を両手で握っている。人待ちには見えない。立ってるだけなのに、今すぐ壁に溶け込みたいみたいな立ち方だった。

 

「……あ」

 

 絶花が小さく声を漏らした。

 

「知ってるのか」

 

「たぶん、ですけど」

 

 絶花の目が、少しだけその少女へ向く。

 

「バンド関係で、名前を聞いたことがあります」

 

 ちょうどその時、少女がこっちに気づいた。

 

 肩が跳ねる。

 

「……あっ」

 

 その一音だけで、だいたい分かった。

 

 人慣れしてない。しかもかなり重症だ。

 

「お前、そのケース」

 

 俺が言うと、少女はさらに一歩だけ後ろへ引いた。

 

「あっ、えと、これ、は……その……ギター、です」

 

「見れば分かる」

 

「ですよね、すみません……」

 

 目を合わせない。けど逃げるほどの反射もない。視線だけが落ち着きなく揺れて、俺と絶花の間を行ったり来たりする。

 

 絶花が一歩だけ前へ出た。

 

「後藤さん、ですか」

 

 少女がぴたりと止まる。

 

「あっ……はい……なんで知って……」

 

「少しだけ、バンドの縁で」

 

「そ、そうなんですね……あっ、じゃあその……私、やばい人とかじゃないので……」

 

「言い方がもう怪しいな」

 

「す、すみません……」

 

 後藤ひとり。

 

 名前と顔が、絶花の知ってる線で繋がったらしい。

 

 俺はそのままギターケースを見る。

 

 おかしい。

 

 ただの楽器じゃない。剣みたいな殺気ではない。けど圧がある。もっと振動に近い。音になる前の何かが、ケースの中で固まっている感じだった。

 

「この辺で変な音がしてる」

 

 言うと、ひとりの肩がまた揺れた。

 

「あっ」

 

「心当たりは」

 

「な、ないです……たぶん……あっ、でも、音は、街なので、すると思います……」

 

「雑な逃げ方だな」

 

「ですよね……すみません……」

 

 分かりやすい。会話そのものより、ケースの方を隠している。

 

 絶花が、ひとりへ静かに訊く。

 

「ギター、やってるんですよね」

 

「あっ、は、はい……」

 

「どのくらいですか」

 

「えっと……けっこう、長く……です」

 

「好きなんですね」

 

 その質問だけ、ひとりの反応が少し変わった。

 

 おどおどしてるのは変わらない。けど、言葉の潰れ方が少し緩む。

 

「……好き、では、あります。あっ、いや、べつに上手いとかじゃなくて、ただ、やってるだけなんですけど……」

 

 そこだけ、呼吸が違う。

 

 普段の会話は、言葉が前に出る前に自分で潰している。けどギターの話だけは、一瞬だけその癖がほどける。

 

「それ、普通の楽器じゃないな」

 

 俺が言うと、ひとりの目が大きくなった。

 

「……っ」

 

「後藤さん?」

 

 絶花が呼ぶ。

 

「あっ、いや、あの、ちが、違わなくはないというか、えっと、その……!」

 

「何だそれ」

 

「じ、自分でもよく分かってなくて……!」

 

 言い切る前に、ケースの中から音が鳴った。

 

 ――ジャァン。

 

 コードにもなっていない、歪んだ一音。

 

 短いのに、頭の奥へ直接刺さる。

 

 街灯の光がわずかに揺れた。高架下の壁が、さっき触れた時みたいに小さく震える。絶花が息を呑む。俺も思わず眉を寄せた。

 

 鋭い。

 

 だが、向きが定まってない。誰かを狙ってるんじゃない。ただ押し込められたものが、行き場をなくして外へ漏れただけだ。

 

 ひとりは耳を押さえていた。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「新条の時とは違うな」

 

「え」

 

「壊したい音じゃない」

 

 そう言うと、ひとりが顔を上げた。

 

「引っ込めすぎて歪んでるだけだ」

 

 初めて、ほんの少しだけ視線が合った。

 

 驚いた顔だった。そんなふうに言われるとは思ってなかったんだろう。危ないとか、迷惑とか、やめろとか、その辺ならまだ構えられたはずだ。けどこれは違う。

 

「あっ……」

 

 ひとりは何か言いかけて、結局言えなかった。

 

 その代わり、ケースを抱き直す。

 

「あの、すみません、私、今日はちょっと……」

 

「逃げるのか」

 

「に、逃げるっていうか……一回処理しないと……心が……」

 

 妙に正直だな。

 

 絶花が静かに言う。

 

「後藤さん」

 

「……はい」

 

「怖いですけど、嫌なだけの音じゃなかったです」

 

 ひとりが目を見開いた。

 

「……え」

 

「痛かったです。でも、壊したい音じゃない気がしました」

 

 返事ができない顔だった。

 

 図星なんだろう。自分でも持て余してるが、最初から人を壊したくて鳴らしているわけじゃない。そういう音だ。

 

「また会うぞ」

 

 俺が言うと、ひとりの肩が落ちた。

 

「あっ、いや、その、会わない方向で終われませんか……」

 

「無理だな」

 

「即答……」

 

 小さく項垂れて、それから少しだけふらつくように歩き出す。

 

 完全な逃走じゃない。追いつかれる前提で逃げるやつの歩き方だった。

 

 絶花が隣で言う。

 

「追いますか」

 

「今日はいい」

 

「でも、また鳴ります」

 

「ああ」

 

 高架下の壁へ視線を戻す。まだ微かに、さっきの一音が噛んでいる。

 

「だから次は、音の方じゃなく本人を拾う」

 

 後藤ひとりの音は、嘘をついていない。

 

 隠そうとしても、押し込めても、歪んだ形で外へ出るだけだ。あれは壊したい音じゃない。引っ込めすぎて、行き場をなくした音だ。

 

 だったら次にやることは決まってる。

 

 街に残った不協和音を追うんじゃない。鳴らしてる本人の方へ、踏み込む。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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