サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
次は、音じゃなく本人を拾う。
昨日、高架下でそう決めた。なら、やることは単純だ。後藤ひとりを探す。街に残った不協和音を追い回すより、その方が早い。
とはいえ、手掛かりが何もないわけじゃない。絶花が、少しだけバンド関係で名前を知っていた。
「楽器店なら、たぶん来ます」
放課後、駒王の駅前通りを歩きながら、絶花が言う。
「たぶん、ってのが気になるな」
「私もです。でも、来ない感じではないです」
「雑だな」
「すみません」
「謝るほどでもねえよ」
音の多い街だ。車の音、人の話し声、店先のBGM。そういうのに混じって、まだ微かに昨日の嫌な残り方がある。耳へ直接来るってほどじゃない。けど、空気の底に薄く噛んでいる。
原因が近い。
楽器店は駅前から一本入った通りにあった。ガラス越しに、吊られたギターの影が見える。店内は明るい。アンプの匂いと木材の匂いが混ざっていて、他の店とは空気が違った。
入ってすぐ、絶花が小さく「あ」と言った。
視線の先に、いた。
後藤ひとりは、壁際の弦売り場の前に立っていた。昨日と同じくギターケースを背負って、棚へ顔を近づけるようにしてパッケージを見ている。人の気配を避けるみたいな立ち方だ。けど、弦の前にいる時だけは少しだけ集中が深い。
絶花が一歩だけ前へ出た。
「後藤さん」
ひとりの肩が跳ねた。
「あっ」
振り向く。俺と絶花を見て、目が見開く。昨日より分かりやすく固まった。
「あっ、え、あの、なんで……」
「少しだけ、お話を」
絶花が言うと、ひとりは視線を泳がせた。
「い、今ですか……?」
「今じゃ困るのか」
俺が言うと、ひとりは明らかに困った顔をした。
「こ、困るというか、その、困らない人の方が少ないというか……」
「日本語が逃げてるな」
「すみません……」
謝るのが早い。しかもかなり自然だ。癖になってるんだろう。
ひとりは弦の棚と、出口と、俺たちの間で視線を往復させていた。逃げたい。けど楽器店の中で全力逃走するほどの勇気はない。そういう顔だ。
絶花が棚を見た。
「弦、買いに来たんですか」
「あっ、は、はい……切れた、ので……」
「どれを使ってるんですか」
その質問だけ、ひとりの目の動きが少し変わった。
「えっと……その、普段は、これです。あっ、でも別に強いこだわりとかじゃなくて、ただ、張り替えた時にいちばん、あの、手に馴染むので……」
言いながら、自分で一度止まる。
「……すみません、急に喋って」
「いいえ」
絶花は首を振る。
「今の方が分かりやすいです」
ひとりは少しだけ目を丸くした。それから、ほんの少しだけ肩の力を抜く。
なるほどな。
こいつ、会話全般が苦手なんじゃない。人に自分のことを出す回路が壊滅的に死んでるだけで、ギターの話だけは辛うじてそこを通る。
俺はその間に、ひとりのケースを見る。
昨日よりはっきり分かった。中の気配が、店の壁に掛けられた他のギターと全然違う。楽器の気配じゃない。音になる前の振動そのものが、布越しに微かに滲んでいる。
「後藤」
「あっ、は、はい」
「そのケース、普通じゃないな」
ひとりの指が肩紐を強く握った。
「……っ」
「やっぱりそうなんですね」
絶花が言う。
「えっ、いや、その、やっぱりって言われると困るんですけど……!」
「困ってるのは見れば分かる」
「うっ……」
店の中でやる話じゃない。
俺は出口を顎で示した。
「場所を変えるぞ」
「あっ、えっ、なんでそんな当然みたいに……」
「ここで鳴らされると面倒だからだ」
ひとりがぴたりと止まる。
「……鳴る、って」
「心当たりあるだろ」
返事がない。その沈黙だけで十分だった。
店を出て、少し離れた裏通りまで歩く。人通りは減るが、完全に人気がなくなるわけじゃない。そのくらいがちょうどいい。ひとりは途中で何度か「やっぱり帰っても」と言いかけて、結局言い切れずについてきた。
高架沿いの細い道で、ようやく足を止める。
ひとりは壁際へ寄った。昨日と同じだ。自分が薄くなれる位置を無意識に取る。
「で」
俺が言う。
「最近、勝手に鳴るな?」
ひとりの喉が小さく動く。
「あっ……」
「違うか」
「……違わなくは、ないです」
「便利だな、その言い方」
「すみません……」
「それも便利だ」
ひとりは目を伏せたまま、ケースの肩紐を指でいじっている。
絶花が訊いた。
「いつからですか」
「えっと……そんなに前じゃ、ないです。あっ、でも、前からちょっと変だったのは変で……最近、その、前よりひどいというか」
「どうひどい」
俺が聞くと、ひとりは答えに詰まる。
「……説明、難しいです」
「できる範囲でいい」
「人前、だと」
そこまで言って、また止まる。自分で言葉を出すのが怖いんだろう。けど、今はギターの話だ。完全には潰れない。
「……人前だと、変に鳴るんです。弾いてなくても、ケースの中で弦が響いたり。あと、音が変なふうに伸びたり、返ってきたり」
「返る?」
「頭の中に、です」
その言い方は悪くなかった。
「自分で出した音なのに、自分のじゃないみたいな感じになるっていうか……あっ、すみません、意味分かんないですよね」
「いや、分かる」
俺が言うと、ひとりは顔を上げた。
「え」
「自分で持ててないだけだ」
「……」
ひとりは言い返さない。
絶花が静かに重ねる。
「後藤さんの音、外へ出る前に詰まってる感じがします」
「……はい」
ひとりはかなり小さい声で答えた。
「たぶん、それです」
そこまで言えたなら十分だ。
こいつは事件の中心にいる。だが、中心に立って街を壊しているわけじゃない。自分の中で処理しきれないものが、音になって漏れてるだけだ。
その時だった。
ケースの中で、弦がびり、と鳴った。
短い。
けど、昨日より近い。
「あっ」
ひとりが息を呑む。
次の瞬間、歪んだ一音が裏通りの空気を裂いた。
――ジャァン。
街灯が小さく明滅する。壁の看板が揺れる。何より、胸の奥が嫌な具合に掻き回される。怒りとも不安ともつかない、まとまりきらない感情だけが、雑に引っ張り出される感じだ。
絶花が一歩だけ身を固くした。
「……っ」
俺は眉を寄せる。
鋭い。だが、やっぱり向きがない。誰かを狙って刺してる音じゃない。ただ、行き場をなくしたまま外へ弾けた音だ。
ひとりはケースを抱えたまま縮こまっていた。
「ご、ごめんなさい……!」
「謝るのは後だ」
そう言うと、ひとりはびくっとした。
「これ、やっぱり」
「壊したい音じゃない」
俺が言い切ると、ひとりが顔を上げる。
「え……」
「引っ込めすぎて歪んでるだけだ」
絶花も頷く。
「怖いです。でも、嫌なだけの音じゃないです」
ひとりの目が大きくなった。
「……そんなの、分かるんですか」
「全部は分かりません」
絶花は正直に言う。
「でも、聞こえたものは言えます」
ひとりは返事をしない。
できないんだろう。図星を突かれた時の顔だった。自分でも、最初から誰かを壊したくて鳴らしてるわけじゃないのは分かっている。けど、じゃあ何なのかまで説明できない。
それで十分だ。
俺は言う。
「また会うぞ」
ひとりが露骨に肩を落とした。
「あっ、いや、その……会わない方向で終われませんか……」
「無理だな」
「即答……」
ひとりは項垂れ、それからケースを抱え直す。
「……最悪だ……」
そう呟いて歩き出す。歩幅は小さい。完全な逃走じゃない。追いつかれる前提で、一応逃げてるだけの歩き方だ。
絶花が訊く。
「追いますか」
「今日はいい」
「でも、また鳴ります」
「ああ」
街灯の下に、まださっきの音の嫌な余韻が薄く残っている。
「だから次は、音の方じゃなく本人を拾う」
後藤ひとりの音は、嘘をつかない。
隠そうとしても、押し込めても、歪んだ形で外へ出るだけだ。あれは壊したい音じゃない。引っ込めすぎて、行き場をなくした音だ。
なら、次にやることは決まってる。
街に残った不協和音を追うんじゃない。鳴らしてる本人の方へ、もう一段踏み込む。
女王は誰にする?
-
アルファ
-
ララ·サタリン·デビルーク
-
エミリア