※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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鳴らしたくないのに、鳴る

 翌日の駒王は、昨日より少しだけ機嫌が悪かった。

 

 人通りはいつも通りだ。店も開いてる。駅前のざわつきも、夕方の帰り道も、見た目だけなら何も変わらない。なのに、街全体の噛み合わせが半歩ぶんずれている。

 

 電柱の影で肩が触れただけで、男が舌打ちした。店先で買い物袋をぶつけた女同士が、必要以上に睨み合う。たいした理由もない苛立ちが、薄く広く撒かれていた。

 

 音が、残ってる。

 

「昨日より、広いです」

 

 隣を歩く絶花が言った。

 

「そうだな」

 

「音そのものは大きくないのに、こっちへ残ってる感じがします」

 

「壁に噛んでるんだろ」

 

「人にも、少し」

 

 その言い方が一番正確だった。

 

 深く壊してるわけじゃない。人間の中身をひっくり返すほどの強さじゃない。ただ、神経の合わせ目だけを小さく狂わせる。だから逆に厄介だ。本人にも周囲にも、原因が分からないまま不快感だけが積もっていく。

 

「来るな」

 

 俺が言うと、絶花はすぐ頷いた。

 

「はい」

 

 昨日の時点で、後藤ひとりの音はもう街へ出始めていた。だったら今日が安く済むはずがない。

 

 駅裏の高架沿いへ回る。人の流れを避けるような道だ。本人もたぶん、こっちを選ぶ。

 

 案の定だった。

 

 薄暗い壁際に、ギターケースを背負ったひとりがいた。昨日と同じだ。違うのは、立ち方がもっと浅くなってることだった。今にも逃げたいくせに、どこへ逃げればいいか分からない人間の立ち方だ。

 

「いたな」

 

 声をかける。

 

 肩が跳ねた。

 

「あっ」

 

 ひとりが振り向く。目が合って、それだけで分かる。かなり限界に近い。

 

「な、なんでいるんですか……いや、いるのは別に道なので自由なんですけど、でも今じゃなくても……」

 

「雑な拒否だな」

 

「すみません……」

 

 早い。

 

 謝るのが癖になってるやつの速さだった。

 

 絶花が一歩だけ前へ出る。

 

「後藤さん」

 

「あっ、はい」

 

「息、浅いです」

 

 ひとりの目が一瞬だけ泳いだ。

 

「そ、そうですか……?」

 

「はい」

 

「や、やっぱり分かりますよね……」

 

 言いながら、ケースの肩紐を握る手が強くなる。

 

 そこだ。

 

「最近、勝手に鳴るな」

 

 俺が言うと、ひとりは露骨に黙った。

 

「……違うか」

 

「ち、違わなくは、ないです」

 

「便利だな、その言い方」

 

「すみません……」

 

「それも便利だ」

 

 ひとりは壁の方へ少し寄った。逃げるでもなく、詰められた分だけ自分を薄くしようとしている。

 

「どのくらいだ」

 

「えっと……そんなに前じゃ、ないです。あっ、でも、前から少し変だったのは変で……最近、その、前よりひどいというか」

 

「どうひどい」

 

 訊くと、ひとりはすぐに答えられなかった。

 

 こういう時、この子は言葉を探す前に、自分で潰す。けど、今回は潰しきれないくらい、もう近い。

 

「人前、だと」

 

 そこで一度止まる。喉が動いて、やっと続きが出た。

 

「変に鳴るんです。弾いてなくても、ケースの中で弦が響いたり……あと、音が、変なふうに伸びたり、返ってきたり」

 

「返る?」

 

「頭の中に、です」

 

 悪くない説明だった。

 

「自分で出したはずなのに、自分のじゃないみたいな感じで……あっ、すみません、意味分かんないですよね」

 

「いや、分かる」

 

 ひとりが顔を上げる。

 

「え」

 

「自分で持ててないだけだ」

 

 その一言で、表情が止まった。

 

 たぶん、そう言われたことがないんだろう。危ないとか、気味悪いとか、その手の言葉なら慣れてるはずだ。だが“持ててないだけ”は違う。

 

 絶花が静かに言う。

 

「後藤さんの音、外へ出る前に詰まってる感じがします」

 

 ひとりの視線が絶花へ移る。

 

「……たぶん、それです」

 

 認めた直後だった。

 

 ケースの中で、弦がびり、と鳴った。

 

 短い音。だが昨日よりずっと近い。

 

「あっ」

 

 ひとりが息を呑む。

 

 次の瞬間、歪んだ一音が高架沿いの空気を裂いた。

 

 ジャァン――

 

 街灯が明滅する。標識の支柱が細かく震える。通りを歩いていたサラリーマンが顔をしかめ、近くの女子高生が耳を押さえてしゃがみ込んだ。

 

「……っ、なに」

「頭、変……」

 

 空気そのものがざらつく。怒りとも不安ともつかない感情が、浅く雑に掻き立てられる。鋭い。だが、向きがない。

 

 壊したい音じゃない。

 

 押し込めたまま外へ漏れた音だ。

 

「絶花!」

 

「はい!」

 

 絶花がすぐに人のいる方へ走る。刀は抜かない。声だけで下がらせる。こういう時はそれで十分だ。

 

「耳を押さえて、離れてください!」

 

 俺はひとりの前へ出る。

 

「謝るな。押さえ込むな」

 

「む、無理ですって……!」

 

 ひとりの声が震える。ケースを抱え込む力がさらに強くなる。

 

 それがまずい。

 

 抑え込むほど、音が行き場をなくす。

 

 ケースの中で、今度は連続して弦が鳴った。

 

 ジャ、ギィ、ン――

 

 コードにも旋律にもならない破片。それが空間へ散って、壁へ、金網へ、ガラスへ噛みつく。高架下の壁面に、細いひびが一本走った。

 

 ひとりの顔から血の気が引く。

 

「……私、だ」

 

 小さく、けどはっきり言った。

 

「私の、せいで……」

 

「そうだな」

 

 俺は即答する。

 

 ひとりの目が揺れた。痛いのは分かる。けどここで曖昧に濁しても意味がない。

 

「原因ではある」

 

「……っ」

 

「だが、お前が街を壊したくて鳴らしてるわけじゃない」

 

 ひとりが顔を上げる。

 

「え……」

 

 絶花が戻ってくる。周囲の人はだいたい下がった。

 

「怖いです。かなり」

 

 絶花はそう言った。

 

「でも、やっぱり最初から壊したい音ではないです」

 

 ひとりは言い返せなかった。

 

 返せないまま、ケースを抱えた腕だけが震えている。

 

「これは“壊したい音”じゃねえ」

 

 俺は言い切る。

 

「危険なのは事実だ。街を傷つける。人も乱す。そこは否定しない」

 

 ケースの中の気配を読む。跳ね方、広がり方、残り方。どれも攻撃としては歪すぎる。

 

「だが、出方が違う」

 

「……でも、傷ついてる」

 

 ひとりが絞るみたいに言う。

 

「そうだ。けど、まっすぐ狙ってるならもっと一点へ来る。これは向きが定まってない。引っ込めたまま歪んで、勝手に漏れてるだけだ」

 

 絶花も頷く。

 

「後藤さん自身が、いちばん押されてます」

 

「……っ」

 

「お前は今、音を出してるんじゃない」

 

 言葉を重ねる。

 

「持ててない音に、外へ出られてるだけだ」

 

 ひとりの顔が大きく揺れた。

 

 その瞬間、また音が跳ねる。今度は怒りじゃない。もっと混ざった、追い詰められた音だ。

 

「だったら、どうすればいいんですか……!」

 

 ひとりが初めて、まともに前へ声を出した。

 

 震えている。けど逃げていない。

 

「鳴らしたいわけじゃないし、人前とか無理だし、静かにしててほしいのに勝手に鳴るし、私だってもう意味分かんなくて……!」

 

 言葉が止まらない。普段、自分の中で潰してきた分がそのまま出ている。

 

「だったら、どうしろっていうんですか……! 持てって言われても、そんなの、できるわけ……!」

 

 ケースの中の音がさらにざわつく。空気がまた軋む。

 

「後藤さん!」

 

 絶花が呼ぶ。

 

「いい。そのまま聞け」

 

 俺はひとりから目を逸らさない。

 

「今すぐ答えは出さねえ」

 

 そう言って、一歩だけ踏み込む。

 

「だが一つだけ言える」

 

 ひとりが息を止める。

 

「それは壊れた音じゃない」

 

 ケースの中で、弦がびり、と鳴った。けどさっきまでみたいな乱れ方じゃない。言葉へ反応したみたいに、一瞬だけ音の輪郭が定まる。

 

「持ててないだけだ」

 

 ひとりは何も言わなかった。

 

 言えないんだろう。否定したいのに、できない顔だった。

 

 今はこれでいい。

 

 俺はケースへ手を当てる。広がりだけを押さえる。絶花が周囲に残った残響の線を、見えない糸でも切るみたいに捌いていく。

 

 音は消えない。だが、街へ広がる勢いは止まった。

 

「……ひとまず、止まりました」

 

 絶花が言う。

 

「一時的にな」

 

 ひとりはその場に立ち尽くしていた。泣きはしない。けどかなり限界だ。無理もない。自分の音が街を傷つけるところまで見てしまった。

 

「……私、やっぱり、駄目で」

 

「違う」

 

 遮る。

 

 ひとりが顔を上げる。

 

「駄目なんじゃない。お前がまだ、自分の音を持ててないだけだ」

 

 返事はない。

 

 だが、否定もない。

 

 絶花が静かに続けた。

 

「次は、後藤さんの方です」

 

「……私の」

 

「街の異音を追うのはここまでだ」

 

 俺は言う。

 

「次は、お前自身に触る」

 

 ひとりが小さく息を呑んだ。

 

 それで十分だった。

 

 後藤ひとりの音は危険だ。街を傷つける。人を乱す。そこはもう否定できない。

 

 だが、それでも切り方は違う。

 

 あれは壊したい音じゃない。引っ込めすぎて、持ち手を失った音だ。

 

 だったら次にやることは決まってる。

 

 止めるんじゃない。あいつ自身に、自分の音として掴ませる。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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