※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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音は逃げ場じゃない

 翌日の駒王は、昨日より静かだった。

 

 静か、というより、表面だけが落ち着いたと言うべきかもしれない。駅前の人通りはいつも通りだし、商店街の呼び込みも、踏切の音も、店先の安っぽいBGMも、聞こえるものは昨日と変わらない。けど、その下にまだ薄く残っている。

 

 耳じゃなく、気分の方に引っかかるざらつきだ。

 

「街の方は、だいぶ静かです」

 

 歩きながら、絶花が言った。

 

「一時的にな」

 

 俺は前を見たまま返す。

 

「はい。でも、後藤さんの方は、まだ全然静かじゃない感じがします」

 

 こいつのそういう見立ては、だいたい外れない。

 

 昨日、高架下であそこまで漏れたなら、本人の中はむしろ悪化しているはずだ。街へ出たぶん、少し軽くなったなんて都合のいい話にはならない。持ち主の手を通らずに外へ漏れた音は、残り方まで歪む。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

「次は異音を止める話じゃねえ」

 

 そこで絶花が少しだけこっちを見た。

 

「本人の方、ですね」

 

「そうだ。あいつに、自分の音の話をする」

 

 絶花は頷く。

 

 それで十分だった。

 

 絶花のバンド縁を頼りに辿った先は、駅から少し離れた細い路地だった。表通りの喧騒が背中側に引いて、代わりに壁の近さだけが目立つ。古い看板のかかった小さな音楽スタジオ。派手さはないが、入口の横に雑多なフライヤーが何枚か貼ってある。いかにも、そういう場所だ。

 

 そして、その入口の前に、後藤ひとりはいた。

 

 ギターケースを背負ったまま、ドアノブへ手を伸ばしかけては止める、を繰り返している。入る気はある。けど、入って音を出すところまで気持ちが届いていない。立っているだけで、内側から引っ張る力と、今すぐ逃げたい力が綱引きをしてるのが分かった。

 

 分かりやすい。

 

「後藤さん」

 

 絶花が呼ぶ。

 

 ひとりの肩が跳ねた。

 

「あっ」

 

 振り向く。俺と絶花を見て、一拍遅れて目が大きくなる。

 

「あっ、え、あの、なんで……」

 

「相変わらず分かりやすいな」

 

 言うと、ひとりは露骨に困った顔をした。

 

「い、いや、別に、偶然ここにいただけで……」

 

「ギターケース背負ってスタジオ前でか」

 

「……すみません」

 

 そう言って視線を落とす。謝るのがあまりにも早い。

 

 絶花が訊いた。

 

「入らないんですか」

 

「入るつもりでは、あったんです……でも、その……」

 

 ひとりの指がケースの肩紐をいじる。癖なんだろう。言葉に詰まるたび、そこへ逃げる。

 

「昨日のあとだと、鳴らしたらまた変になる気がして」

 

「だろうな」

 

 俺は即答した。

 

 ひとりが顔を上げる。

 

「否定しないんですか……」

 

「する理由がない。実際、変になる可能性は高い」

 

「うっ」

 

 見事に詰まった。

 

 こういうところだ。慰めから入らない。けど切り捨てもしない。事実だけ置く。

 

「ただ、そこで外に立ってても何も進まねえ」

 

 スタジオのドアへ目を向ける。

 

「入るぞ」

 

「えっ」

 

「何だ」

 

「……ほんとに入るんですか」

 

「お前がいるのに、ここまで来て帰る理由がない」

 

「ひどい」

 

「知ってる」

 

 ひとりはもう一度だけ逃げるか迷う顔をしたが、結局、俺たちより先にドアを開けた。

 

 小さな受付を抜けて、空いていた個室へ入る。狭い。アンプ、マイク、折りたたみ椅子、壁の吸音材。外よりは静かだが、完全な無音ではない。こういう場所の沈黙は、音を出す前提で待っている沈黙だ。

 

 ひとりはドアの近くの椅子を選んだ。今にも逃げられる位置だ。徹底してる。

 

「……ほんとに話すんですか」

 

 座るなり、ひとりが言った。

 

「話す」

 

「昨日あれだけやっといて?」

 

「だからだ」

 

「普通、距離置きません……?」

 

「置いたら余計に歪むだろ」

 

 ひとりが言葉を失う。

 

 絶花が静かに言う。

 

「たぶん、そうです」

 

「宮本さんまで……」

 

 声に力がない。けど、完全に閉じてはいない。昨日のあとで、ここに来ている時点でそうだ。怖い。けど、音を捨てる気もない。その矛盾の中にいる。

 

「後藤」

 

「あっ、はい」

 

「お前の音は単純だ」

 

「……は?」

 

「感情が音に乗る」

 

 ひとりの顔を見る。逃げたそうだ。けど聞いている。

 

「乗った音が、霊力を伴って外へ出る。それをお前が持たずに押し込める。だから歪んだ不協和音として漏れる」

 

「そ、そんな簡単に……」

 

「簡単だからだ」

 

「全然簡単じゃないです!」

 

 ひとりが思わず声を上げた。ああ、そこは出るんだな、と少しだけ思う。

 

「勝手に鳴るし、人に刺さるし、街まで変になるし……そんなの、才能って言葉で片づけないでほしいです……!」

 

「片づけてねえ」

 

 俺は言う。

 

「定義してるだけだ」

 

 ひとりの唇が止まる。

 

 怒っている。怖がっている。けど、その両方の奥に、否定されたくない気持ちも見える。じゃなきゃここまで食いつかない。

 

「危険なのは事実だ」

 

 続ける。

 

「街を傷つける。人も乱す。昨日見た通りだ」

 

 ひとりの肩が少し縮む。

 

「だが、壊れてはいない」

 

 その一言で、今度ははっきり反応が変わった。

 

「……持つって、何を」

 

 かなり小さく、そう返す。

 

「自分の音だ」

 

「そんなの、無理です」

 

「今はな」

 

「今はって……!」

 

「逃げ場として鳴るから狂う」

 

 ひとりのケースを見る。布越しでも、まだ浅くざわついているのが分かる。

 

「なら、自分の意思で鳴らせばいい」

 

「人前でとか、無理ですって……!」

 

「人前かどうかは後だ」

 

 俺は椅子の背にもたれたまま言う。

 

「まずお前が、自分の音を自分のものとして触れ」

 

 ひとりは何も言わなかった。

 

 言い返したい。けど言葉がない。そういう顔だ。

 

 そこへ絶花が口を開いた。

 

「後藤さん」

 

「……はい」

 

「私は、昨日の音、怖かったです」

 

「ですよね……」

 

 ひとりが目を伏せる。

 

「でも、後藤さんがギターの弦の話をしていた時の方が、ずっと自然でした」

 

 その言葉で、ひとりがゆっくり顔を上げた。

 

「……え」

 

「苦しい音より、そっちの方が後藤さんらしかったです」

 

「そんなの……」

 

「嫌なだけではなかったです」

 

 絶花はいつもの調子で言う。余計な飾りがない。だから変に重くなる。

 

「だから、私はあの変な異音より、後藤さんがちゃんと持ってる方の音を聞きたいです」

 

 ひとりは黙り込んだ。

 

 年下にまっすぐ言われるのは、こいつにとってたぶんかなり効く。反論したくても、その言葉の中に悪意がないからぶつけ先がない。

 

「……宮本さんって、わりと容赦ないですよね」

 

「そうですか」

 

「そうです……」

 

 その返しに、少しだけ空気が緩んだ。

 

 その瞬間だった。

 

 ケースの中で、弦がかすかに鳴る。

 

 びり、ではない。もっと細くて、短い。

 

 ひとりが反射的に身を固くした。

 

「……っ、また」

 

「待て」

 

 俺はすぐに言う。

 

「今は押さえるな」

 

「え」

 

「昨日のと違います」

 

 絶花も、同時に気づいたらしい。

 

 今の音は短い。けど、歪んでいない。単音だ。細くて、まだ頼りない。けど芯がある。昨日までみたいに、空気へ棘を撒き散らす鳴り方じゃない。

 

 ひとりの目が、ケースへ落ちる。

 

「……今の」

 

「それだ」

 

「え?」

 

「昨日までの不協和音じゃない」

 

 俺は言い切る。

 

「今のが、お前の音の本来の形に近い」

 

 ケースの中の気配が、一瞬だけ一点へまとまった。まだ始解じゃない。斬魄刀の声とも少し違う。だが、見えた。“鳴らされる音”じゃなく、“鳴らせる音”の方向が。

 

「はい」

 

 絶花が頷く。

 

「さっきの方が、自然でした」

 

 ひとりはしばらく何も言わなかった。

 

 完全に理解したわけじゃない。受け入れたわけでもない。ただ、自分の中に、昨日までの嫌な音と違う何かがあることだけは、今のでごまかせなくなった。

 

「……まだ、全然信じてないです」

 

 やがて、ひとりが言った。

 

「そんな簡単に、“才能”とか言われても困るし……」

 

「今すぐ受け入れろとは言わねえ」

 

「でも、また来るんですよね」

 

「ああ」

 

 ひとりが深く項垂れる。

 

「最悪……」

 

「でも、今の音は昨日よりずっとよかったです」

 

 絶花がそう言うと、ひとりは肩を震わせた。

 

「……そういうの、じわじわ刺さるのでやめてほしいんですけど……」

 

「やめないだろ、こいつは」

 

「はい」

 

 絶花が頷く。

 

 ひとりが机へ額をつきそうな勢いでうなだれた。けど、前みたいな完全拒絶じゃない。今のはただの逃げ言葉だ。本気で閉じるやつは、もう少し黙る。

 

「次は、お前が自分で鳴らす番だ」

 

 俺が言うと、ひとりの身体が小さく止まった。

 

 怖い顔だった。けど、その言葉を全力で拒絶する顔じゃなかった。

 

 それで十分だ。

 

 スタジオを出る時、外はもう夕方の色を濃くしていた。路地の空気は少し冷えて、昼間のざらつきもだいぶ薄くなっている。

 

 歩き出してから、絶花が言った。

 

「後藤さん、少しだけ変わりました」

 

「何が」

 

「昨日は、自分の音を全部嫌がってました」

 

「今日は違ったか」

 

「全部ではなくなってました」

 

 それが一番大きい。

 

 後藤ひとりの音は、壊れた異常じゃない。危険ではある。実際、街を傷つけもした。けど、本質はそこじゃない。

 

 自分の中のものを、自分の手で持てていないだけだ。

 

 だったら次にやることは一つだ。

 

 異音を止めるんじゃない。あいつ自身に、自分の音を鳴らさせる。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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