サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
後藤ひとりを家臣にして、ようやく一息つけるかと思った。
思っただけだった。
王国の駒を受け取った直後の人間が、急に社交性を獲得するわけじゃない。そんな都合のいい進化があるなら、世の中はもう少し平和だ。
居間へ戻ると、絶花がいた。
いつもの位置。背筋を伸ばして、こっちを見る目だけ妙にまっすぐだ。そこへ、俺の半歩後ろからひとりが入ってきた。
入ってきた、というか、できるだけ気配を薄くして壁と一体化しようとしたまま、なんとか室内へ侵入した、が正しい。
「……後藤さん」
絶花が言った。
「あっ、は、はい……」
ひとりの返事は、もうそれだけで半分くらい縮んでいる。
まあ、分かる。絶花は悪気なく真正面から来る。対人経験値の低いやつには、あれはだいぶ効く。
「改めて、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……あっ、いや、こっちこそ、その、よろしくで……」
挨拶までは通った。
問題は、その次だった。
絶花がひとりを見たまま言う。
「同じ家臣です」
「は、はい……」
「なので、仲良くしたいです」
「あっ」
早い。
俺は心の中だけでそう言った。
踏み込みが、早い。というか、前置きがない。絶花はこの手の時、妙な駆け引きをしない。できないとも言う。
ひとりは目をぱちぱちさせたあと、明らかに処理落ちした顔になった。
「な、仲良く……」
「はい」
絶花は頷く。
「後藤さんは、友達が欲しいですか」
直球だった。
俺は思わず黙る。そこを今、そう投げるのか。
ひとりは完全に固まった。
「えっ」
「友達です」
「わ、分かります、単語の意味は……」
「私も欲しいです」
「そんな真正面から言えることあります……?」
「言わないと伝わらないので」
「つ、強い……」
強いんじゃない。遠回しにできないだけだ。
絶花は少しだけ首を傾げた。
「後藤さんは、一人が長かった感じがします」
「ひ、否定はできないです……」
「私も、そうでした」
「……あっ」
そこで初めて、ひとりの顔が少し上がった。
たぶん今、絶花を“年下の強いやつ”から、“ちょっと近い種類のやつ”へ認識し始めたんだろう。
「じゃ、じゃあ、その……ちょっとだけ、似てる……?」
「はい。かなり」
そこまではよかった。
本当に、そこまでは。
絶花が少しだけ目を柔らかくした。こいつなりに、嬉しかったんだと思う。共通点を見つけて、友達になれるかもしれないと判断した時の顔だった。
「……後藤さん」
「は、はい」
「友達になれるかもしれません」
「あっ、えっ、そ、その……」
問題は、その時の視線だ。
絶花は悪気なく、真正面から、逃がさず、相手を見る。剣を向ける時と根本の集中力があまり変わらない。敵意はゼロだが、圧はある。
ひとりの肩が目に見えて縮んだ。
「み、見ないでください……」
「え」
「ち、違うんです、嫌とかじゃなくて、あの、視線の圧が……なんか、すごくて……」
「圧」
自覚がないのが一番厄介だ。
「私は、普通に見ているだけです」
「その“普通”が強いんですってぇ……!」
ひとりの姿勢が崩れ始めた。
最初は背中が丸くなる程度だった。次に、椅子の上で膝を抱え込むみたいに縮む。そこからが早かった。座面の端へずるずる寄っていき、最終的には、もはや人間の座り方じゃない何かになった。
「む、無理です……無理……そんな真っ直ぐ見られたら、存在の輪郭が保てないので……」
声まで溶けている。
ひとりは座布団の上でほとんど液状化していた。ギターケースだけが妙にきちんと横へ置かれているのが、逆に面白い。
絶花が本気で困った顔になる。
「……え」
「そうなるのか」
俺が言うと、ひとりがかろうじて返した。
「な、なります……すぐなります……」
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないです……もう今、心がスライム寄りなので……」
「心が」
肉体までだいぶ寄って見えるのが問題だ。
絶花は少しだけ身を引いて、しかしまた気になって見てしまう。そのたびに、ひとりがぷるっと震える。
「どうすれば戻りますか」
「そっとしておいてもらえると……あと、あんまり真っ直ぐ見ないでほしいです……」
「見ない方がいいんですか」
「はい……でも無視はちょっと傷つきます……」
「難しいです」
「私もそう思います……」
会話が進んでいるようで、全然進んでいない。
絶花は真剣に悩み始めた。
「後藤さん」
「……はい……」
「私は、嫌ってはいません」
「は、はい……」
「でも、どう接すればいいのか分かりません」
「私も分からないです……」
「視線を弱くするべきですか」
「できるならお願いします……」
絶花、少しだけ視線を逸らす。
だが気になるのか、すぐまた見てしまう。
「ひゃっ」
「すみません」
「今のは刺さりました……」
「刺すつもりはなかったです」
「知ってます……知ってるから余計に逃げ場が……」
俺はそのやり取りを見ながら、ようやく理解した。
どっちも本気だ。
絶花は本気で仲良くしたいと思っている。ひとりも本気で友達が欲しいと思っている。だが、どっちも距離の詰め方が壊滅的に下手だ。
結果、片方は剣士みたいな目でまっすぐ見つめ、もう片方は精神から先にスライム化する。
珍しいものを見た。
「太郎さん」
絶花がこっちを見た。
「なんだ」
「どうすればいいですか」
ひとりも、ほぼ溶けたままこっちを見る。
「た、太郎さん……この場合、答え持ってるんですか……?」
知らん。
知らんが、目の前の現象に名前をつけることくらいはできる。
少しだけ間を置いて、俺は言った。
「……これが、ぼっちの科学現象か」
沈黙。
ひとりが、ぺしゃっとしたまま呟く。
「科学現象なんだ……」
「現象なんですね」
絶花も妙に納得した声で言う。
「少なくとも、俺にはそう見える」
「すごく雑に分類された気がするんですけど……でも否定もしにくい……」
「私も少し納得しました」
「納得しちゃうんだ……」
ひとりはまた少しだけ溶けた。
けど、さっきよりはマシだ。完全液状化まではいっていない。
絶花が、今度は少しだけ視線を弱めるよう努力しながら言った。
「後藤さん」
「……はい」
「今日は、ここまでにします」
「た、助かります……」
「でも、また話します」
「えっ」
「友達になりたいので」
ひとりの肩がびくっと震える。
「ま、真正面から来る……」
だが今度は完全には崩れなかった。少しだけ耐えた。
「……が、頑張ります……たぶん……」
「はい。私も頑張ります」
絶花も真顔だ。たぶん本気で、今のやり取りを前進だと思っている。
実際、間違ってはいない。
前途はだいぶ多難だ。だが、ゼロではない。あの二人にしては、それだけでかなり上出来だった。
女王は誰にする?
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