サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏) 作:ボルメテウスさん
駒王へ拠点を移してから、ようやく生活の方が街に馴染み始めていた。
最初の頃は、窓の外の音の多さも、道の広さも、夜の灯りの残り方も、どこか借り物みたいに感じていた。だが、今は違う。朝に起きて、顔を洗って、居間へ下りて、絶花の気配がすぐ近くにある。それがもう、当たり前の並びになりつつある。
拠点は、置いただけじゃ拠点にならない。使って、歩いて、音を馴染ませて、ようやく自分の場所になる。
そこへ、来客の気配が二つ落ちてきた。
「誰か来ます」
居間で書き物をしていた絶花が、顔を上げる。
「分かる」
説明の要る相手じゃない。扉の向こうの気配は見慣れていた。片方は刃みたいに無駄がなく、もう片方は静かに整っている。
ほどなくして扉が開いた。
「来た」
最初に入ってきたのは式だった。いつもの調子で、用件だけを置く顔をしている。その後ろから、東郷が柔らかく笑う。
「久しぶりね」
「京都組か」
「なんですか、その呼び方は」
「分かりやすいだろ」
東郷が小さく肩をすくめた。絶花が立ち上がる。
「式さん、東郷さん」
「ええ、こんにちは。元気そうでよかったわ」
形式的な雑談で終わる二人じゃない。わざわざ京都から来た時点で、何かある。
「で、何しに来た」
俺が聞くと、式は一拍も置かなかった。
「調べ物」
「駒王街の神社よ」
東郷が続ける。
神社。
駒王には古い場所がいくつかある。寺も、教会も、妙に土地へ根を張ってる建物もある。その中で、神社だけを名指しで来るのは少し珍しい。
「神社がどうした」
「管理の線が変なの」
東郷がそう言って、持ってきたメモを机に置いた。
「表向きにはちゃんと管理されている形になっているわ。掃除、祭具、社務の記録、参道の手入れ。そういうものは綺麗に整ってる」
「じゃあ問題ないだろ」
「綺麗すぎるのよ」
東郷は言う。
「記録はあるのに、肝心の“誰がどこまで見ているか”だけが薄いの。普通なら、神社ってもっと管理者の癖が残るのよ。でも、ここは輪郭だけ揃っていて、継ぎ手が見えない」
なるほど。
式が短く続ける。
「空いてる感じがする」
「神社がか」
「神社は立ってる。でも、座るべきものの座り方が少し変」
絶花もそこで、わずかに眉を寄せた。
「……変です」
「お前もか」
「はい。静かなんですけど、静かすぎます。守られてる感じはあります。でも、別の何かも通ってる感じがします」
嫌な感じではない。ただ、素直でもない。
土地に根づいたものほど、整いすぎている時は逆に怪しい。
「だから確認しに来たの」
東郷が言う。
「駒王の中のことだもの。あなたたちにも見ておいてほしかった」
「分かった」
立ち上がる。
話は早い方がいい。
神社へ向かう道は、駒王の街の中でも少しだけ空気が薄い。住宅街を抜けて、坂を上がり、木々の影が増える。人の生活音が遠ざかるにつれて、土地の匂いの方が前に出てきた。
東郷は歩きながら、拾った情報を淡々と話した。
「表向きの記録は綺麗よ。けど、普通なら出てくるはずの名前の重なりがない。神主、宮司、世話役、出入りの人間。そういう線が、あるのに見えない」
「消されてるのとは違うな」
「ええ。消しているより、“見せ方を整えてる”に近いわ」
「近づくほど変」
式が前を見たまま言う。
「気配が一枚多い」
「一枚多い?」
「神社そのものの静けさの上に、誰かが静かさを置いてる」
それは、あまり自然な言い方じゃない。
だから逆に信用できる。
石段が見えてきた。駒王の神社は、派手ではないが古びてもいない。手入れされている。掃き清められた参道、濁りのない手水鉢、揃いすぎた静けさ。
そして、その境内の中央に、一人の女が立っていた。
見覚えがある。
知らない相手じゃない。駒王学園の高等部。上品で、目立つくせに目立ち方が静かな女。
姫島朱乃だった。
「あら」
こちらに気づく。
驚いた顔はしない。まるで最初から、ここへ誰が来るか分かっていたみたいに、柔らかな笑みだけが浮かぶ。
「こんなところで会うなんて、不思議ですね」
「こっちの台詞だ」
俺が返すと、朱乃は口元だけで笑った。
絶花が小さく声を落とす。
「姫島先輩……」
東郷は、そこでようやく納得した顔になった。
「なるほど。そう来るのね」
式は短く言う。
「この人だ」
朱乃は俺たちの視線を受けても、少しも崩れなかった。柔らかい。礼儀正しい。だが、その整い方自体がもう、ただの上級生のものじゃない。
「この神社のことが気になって、来られたのですね」
「そういうことになる」
「でしたら、少しだけお話しできますよ」
促されるまま、拝殿の前へ立つ。風が抜ける。木々の擦れる音だけが妙に遠く聞こえた。
「ここは、駒王の中でも少し古い気配が残る場所なんです」
朱乃は穏やかに言う。
「ですから、定期的に様子を見る人間がいるんですよ」
「その“人間”というのは、具体的にはどなたですか」
東郷がすぐに問う。
朱乃は否定も慌てもせず、少しだけ首を傾げた。
「そうですね。細かく言えば色々です。土地を見る人、空気を見る人、結界の様子を見る人」
「随分と曖昧ね」
「曖昧に聞こえてしまいましたか?」
柔らかい笑みのまま返す。
声は綺麗だ。だが、答えは少しも具体になっていない。
「隠してる」
式が言った。
朱乃はそこで初めて、わずかに目を細めた。
「まあ」
驚きではない。ただ、見抜かれた事実だけを認める響きだった。
絶花も、ゆっくり言う。
「……何か、言ってないです」
「全部をいきなりお話しするには、まだ少し早いかもしれません」
否定しない。
嘘もつかない。
だが、踏み込ませる線は最初から決めている。
「神社を見に来てるだけの人間が、そういう顔はしねえ」
俺が言うと、朱乃の視線が静かにこっちへ寄る。
「どういう顔でしょう」
「こっちを見てる顔だ」
少し間があいた。
風が鳴る。
「……鋭いんですね」
その返しは、肯定に近かった。
東郷が続ける。
「見ているのは、私たち? それとも太郎くん個人?」
「さて、どうでしょう」
「どっちもだ」
式が切るように言った。
朱乃はまた、柔らかく笑うだけだった。
絶花が俺の少し後ろで小さく息を吐く。
「敵って感じではないです」
「そうだな」
敵じゃない。
だが、ただの案内役でもない。
この神社の事情を知っている。駒王の裏の静けさにも通じている。そして、その上でまだ、こちらに全部を見せる気はない。
「今日は、このくらいにしておきましょうか」
朱乃がそう言った。
「追い返すのか」
「いえ」
ゆるく首を振る。
「ただ、急ぎすぎると良くないこともありますので」
「それは忠告?」
東郷が問う。
「ええ。たぶん」
「たぶんなんだ」
式が言う。
朱乃はそこで少しだけ肩をすくめた。
その仕草すら整いすぎている。
「また来ます」
絶花が言った。
「はい。その時は、もう少しお話しできるかもしれません」
かもしれない。
また曖昧だ。曖昧なくせに、線だけは綺麗に引いている。
石段を下りながら、東郷が言う。
「情報は出した。でも、核心は出してない」
「かなり知ってる」
式が続ける。
「はい」
絶花も頷いた。
「隠してます。でも、悪意だけではないです」
「ああ」
姫島朱乃。
ただの上級生じゃない。神社の事情も、駒王の奥側も知っている。そして、その上でこちらを測っている。
神社の管理者が誰か、なんて問いだけじゃ、たぶん足りない。
問題は、あの女自身の方だ。
あいつが何を知っていて、どこまで駒王の奥に立っているのか。次に見るべきは神社じゃない。
姫島朱乃の方だった。
女王は誰にする?
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アルファ
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ララ·サタリン·デビルーク
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エミリア