※この作品はR-18です。

サムライガールの幼馴染みは王様を目指す(裏)   作:ボルメテウスさん

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駒王の巫女

 駒王へ拠点を移してから、ようやく生活の方が街に馴染み始めていた。

 

 最初の頃は、窓の外の音の多さも、道の広さも、夜の灯りの残り方も、どこか借り物みたいに感じていた。だが、今は違う。朝に起きて、顔を洗って、居間へ下りて、絶花の気配がすぐ近くにある。それがもう、当たり前の並びになりつつある。

 

 拠点は、置いただけじゃ拠点にならない。使って、歩いて、音を馴染ませて、ようやく自分の場所になる。

 

 そこへ、来客の気配が二つ落ちてきた。

 

「誰か来ます」

 

 居間で書き物をしていた絶花が、顔を上げる。

 

「分かる」

 

 説明の要る相手じゃない。扉の向こうの気配は見慣れていた。片方は刃みたいに無駄がなく、もう片方は静かに整っている。

 

 ほどなくして扉が開いた。

 

「来た」

 

 最初に入ってきたのは式だった。いつもの調子で、用件だけを置く顔をしている。その後ろから、東郷が柔らかく笑う。

 

「久しぶりね」

 

「京都組か」

 

「なんですか、その呼び方は」

 

「分かりやすいだろ」

 

 東郷が小さく肩をすくめた。絶花が立ち上がる。

 

「式さん、東郷さん」

 

「ええ、こんにちは。元気そうでよかったわ」

 

 形式的な雑談で終わる二人じゃない。わざわざ京都から来た時点で、何かある。

 

「で、何しに来た」

 

 俺が聞くと、式は一拍も置かなかった。

 

「調べ物」

 

「駒王街の神社よ」

 

 東郷が続ける。

 

 神社。

 

 駒王には古い場所がいくつかある。寺も、教会も、妙に土地へ根を張ってる建物もある。その中で、神社だけを名指しで来るのは少し珍しい。

 

「神社がどうした」

 

「管理の線が変なの」

 

 東郷がそう言って、持ってきたメモを机に置いた。

 

「表向きにはちゃんと管理されている形になっているわ。掃除、祭具、社務の記録、参道の手入れ。そういうものは綺麗に整ってる」

 

「じゃあ問題ないだろ」

 

「綺麗すぎるのよ」

 

 東郷は言う。

 

「記録はあるのに、肝心の“誰がどこまで見ているか”だけが薄いの。普通なら、神社ってもっと管理者の癖が残るのよ。でも、ここは輪郭だけ揃っていて、継ぎ手が見えない」

 

 なるほど。

 

 式が短く続ける。

 

「空いてる感じがする」

 

「神社がか」

 

「神社は立ってる。でも、座るべきものの座り方が少し変」

 

 絶花もそこで、わずかに眉を寄せた。

 

「……変です」

 

「お前もか」

 

「はい。静かなんですけど、静かすぎます。守られてる感じはあります。でも、別の何かも通ってる感じがします」

 

 嫌な感じではない。ただ、素直でもない。

 

 土地に根づいたものほど、整いすぎている時は逆に怪しい。

 

「だから確認しに来たの」

 

 東郷が言う。

 

「駒王の中のことだもの。あなたたちにも見ておいてほしかった」

 

「分かった」

 

 立ち上がる。

 

 話は早い方がいい。

 

 神社へ向かう道は、駒王の街の中でも少しだけ空気が薄い。住宅街を抜けて、坂を上がり、木々の影が増える。人の生活音が遠ざかるにつれて、土地の匂いの方が前に出てきた。

 

 東郷は歩きながら、拾った情報を淡々と話した。

 

「表向きの記録は綺麗よ。けど、普通なら出てくるはずの名前の重なりがない。神主、宮司、世話役、出入りの人間。そういう線が、あるのに見えない」

 

「消されてるのとは違うな」

 

「ええ。消しているより、“見せ方を整えてる”に近いわ」

 

「近づくほど変」

 

 式が前を見たまま言う。

 

「気配が一枚多い」

 

「一枚多い?」

 

「神社そのものの静けさの上に、誰かが静かさを置いてる」

 

 それは、あまり自然な言い方じゃない。

 

 だから逆に信用できる。

 

 石段が見えてきた。駒王の神社は、派手ではないが古びてもいない。手入れされている。掃き清められた参道、濁りのない手水鉢、揃いすぎた静けさ。

 

 そして、その境内の中央に、一人の女が立っていた。

 

 見覚えがある。

 

 知らない相手じゃない。駒王学園の高等部。上品で、目立つくせに目立ち方が静かな女。

 

 姫島朱乃だった。

 

「あら」

 

 こちらに気づく。

 

 驚いた顔はしない。まるで最初から、ここへ誰が来るか分かっていたみたいに、柔らかな笑みだけが浮かぶ。

 

「こんなところで会うなんて、不思議ですね」

 

「こっちの台詞だ」

 

 俺が返すと、朱乃は口元だけで笑った。

 

 絶花が小さく声を落とす。

 

「姫島先輩……」

 

 東郷は、そこでようやく納得した顔になった。

 

「なるほど。そう来るのね」

 

 式は短く言う。

 

「この人だ」

 

 朱乃は俺たちの視線を受けても、少しも崩れなかった。柔らかい。礼儀正しい。だが、その整い方自体がもう、ただの上級生のものじゃない。

 

「この神社のことが気になって、来られたのですね」

 

「そういうことになる」

 

「でしたら、少しだけお話しできますよ」

 

 促されるまま、拝殿の前へ立つ。風が抜ける。木々の擦れる音だけが妙に遠く聞こえた。

 

「ここは、駒王の中でも少し古い気配が残る場所なんです」

 

 朱乃は穏やかに言う。

 

「ですから、定期的に様子を見る人間がいるんですよ」

 

「その“人間”というのは、具体的にはどなたですか」

 

 東郷がすぐに問う。

 

 朱乃は否定も慌てもせず、少しだけ首を傾げた。

 

「そうですね。細かく言えば色々です。土地を見る人、空気を見る人、結界の様子を見る人」

 

「随分と曖昧ね」

 

「曖昧に聞こえてしまいましたか?」

 

 柔らかい笑みのまま返す。

 

 声は綺麗だ。だが、答えは少しも具体になっていない。

 

「隠してる」

 

 式が言った。

 

 朱乃はそこで初めて、わずかに目を細めた。

 

「まあ」

 

 驚きではない。ただ、見抜かれた事実だけを認める響きだった。

 

 絶花も、ゆっくり言う。

 

「……何か、言ってないです」

 

「全部をいきなりお話しするには、まだ少し早いかもしれません」

 

 否定しない。

 

 嘘もつかない。

 

 だが、踏み込ませる線は最初から決めている。

 

「神社を見に来てるだけの人間が、そういう顔はしねえ」

 

 俺が言うと、朱乃の視線が静かにこっちへ寄る。

 

「どういう顔でしょう」

 

「こっちを見てる顔だ」

 

 少し間があいた。

 

 風が鳴る。

 

「……鋭いんですね」

 

 その返しは、肯定に近かった。

 

 東郷が続ける。

 

「見ているのは、私たち? それとも太郎くん個人?」

 

「さて、どうでしょう」

 

「どっちもだ」

 

 式が切るように言った。

 

 朱乃はまた、柔らかく笑うだけだった。

 

 絶花が俺の少し後ろで小さく息を吐く。

 

「敵って感じではないです」

 

「そうだな」

 

 敵じゃない。

 

 だが、ただの案内役でもない。

 

 この神社の事情を知っている。駒王の裏の静けさにも通じている。そして、その上でまだ、こちらに全部を見せる気はない。

 

「今日は、このくらいにしておきましょうか」

 

 朱乃がそう言った。

 

「追い返すのか」

 

「いえ」

 

 ゆるく首を振る。

 

「ただ、急ぎすぎると良くないこともありますので」

 

「それは忠告?」

 

 東郷が問う。

 

「ええ。たぶん」

 

「たぶんなんだ」

 

 式が言う。

 

 朱乃はそこで少しだけ肩をすくめた。

 

 その仕草すら整いすぎている。

 

「また来ます」

 

 絶花が言った。

 

「はい。その時は、もう少しお話しできるかもしれません」

 

 かもしれない。

 

 また曖昧だ。曖昧なくせに、線だけは綺麗に引いている。

 

 石段を下りながら、東郷が言う。

 

「情報は出した。でも、核心は出してない」

 

「かなり知ってる」

 

 式が続ける。

 

「はい」

 

 絶花も頷いた。

 

「隠してます。でも、悪意だけではないです」

 

「ああ」

 

 姫島朱乃。

 

 ただの上級生じゃない。神社の事情も、駒王の奥側も知っている。そして、その上でこちらを測っている。

 

 神社の管理者が誰か、なんて問いだけじゃ、たぶん足りない。

 

 問題は、あの女自身の方だ。

 

 あいつが何を知っていて、どこまで駒王の奥に立っているのか。次に見るべきは神社じゃない。

 

 姫島朱乃の方だった。

 

女王は誰にする?

  • アルファ
  • ララ·サタリン·デビルーク
  • エミリア
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